不安げな君の顔に恋をした

 ジャンケンで負けた。
 ゴミが多い日にゴミ捨てに行かなきゃいけなくなるなんてついてないな。4階の教室から校舎裏のゴミ置き場までは遠いんだ。勝つために気合を入れて腕まくりした袖が虚しい。
 暦の上ではとっくに秋なのに日中は残暑が厳しいから、袖を捲った腕の部分に風が当たってちょうどいい感じになるなんて滑稽だ。
 さっさと終わらせようと足早に廊下を歩いて、校舎から外に出る。たしかこっちの方だったと前に来たときのことを思い出して道を辿っていく。
 ゴミ置き場に着くと、両手にそれぞれ持っていたゴミ袋を放り投げる。ゴミ捨て完了。地味に重かった。
 パンパンと手を叩いてなんとなく汚れを落とした気になり、教室に戻るかと向きを変えると少し離れた位置に竹箒を持ったあいつがいた。

「神白じゃん」
「あ、及木。お昼ぶりだね」
「こんなとこで」
「待って、足元……」

 足を1歩前に踏み出した途端、急に視界が低くなった。ずるっと、音が聞こえてきたような気がした。

「いて……」

 綺麗に足を滑らせて転び、尻もちをついた。
 え、ガキの頃でもこんな綺麗な転び方したことないのに?? 恥ずかし……。目の前で見られてるし。

「大丈夫? 怪我ない?」
「大丈夫……」

 こっちに来てくれた神白の顔を見られない。顔を上げられない。座ったままの体勢で顔を覆う。
 原因はどいつだと指の隙間から自分の周りや足元を確認して、散乱した葉っぱたちが目に入る。

「落ち葉?」
「そう」
「神白が纏めたのか? 崩して悪い」
「気にしないで」

 散らした葉っぱのうちの1つを手に取ってもて遊ぶ。なんの葉っぱだろう。学校といえば桜か?

「まだ暑いくせに葉っぱはこんな落ちてんのか」
「ね。集めたら結構な量になったんだよね」

 竹箒を使って再度纏めていく神白の姿を見て、なんとなくフードコートで清掃のバイトをする姿を思い出した。
 そう言えば校内で偶然会ったのは初めてだな。

「ここの掃除なのか?」
「ううん。美化活動でやる必要があって。今は落ち葉でこの辺り荒れるから片付けを言いつけられてるんだ」
「美化」

 なんだっけ。聞き覚えがあるな。

「学校来てなかった分の補填だね。不登校用の課題の一種かな」
「あぁ……っと、パシリみたいなこともさせられるんだな」
「パシリって。そうだね」

 パシリの言葉に、ふ、と笑われる。
 二星先生からもらったプリントに書いてあったな。普段やらないようなところの掃除に回されるなんてやっぱりパシリでいいな。

「はい、掴んで」
「悪い。ぅわ……!」

 手を差し出され掴んだら想像以上の力で引っ張られ、勢いよく神白にぶつかった。

「お前、力加減しろよ……」
「ご、ごめん。思ったより軽くて……」

 なんでお前までちょっと驚いてんだよ。
 起こしてくれるのはありがたいけど頭突きしちゃったじゃん。頭突きというか、胸に顔面からダイブした。

「軽くねえよ……?」
「あぁそっか。意識ない人って重いからね」
「は?」

 意識あるが……? お前には何が見えてるんだ? 何を一人で納得したんだ。
 怪訝な目で神白を見ると、すぐにニコリと返された。

「鼻の頭、赤くなってないね。よかった」
「っ……!」

 鼻のてっぺんを親指でスッと撫でられた。急な行動に脈が早くなる。

「問題ねえよ、俺もぶつかって悪い——」
「またお前らかよ……。邪魔なんだけど?」
「……!」
「あ……ごめんね」

 冷ややかな声を浴びせられて振り返ると見覚えのある顔。フードコートにあるリールバーガーの店員だったな。なんだっけ名前。

「こんなところでそういうことやってんじゃねえよ。キモいな」

 俺以上の荒っぽさでゴミ袋を投げ入れると、すぐに来た道を戻っていった。

「……」

 邪魔だったかもしれないけど、話してるくらいいいだろ。普通にどいてって言え。
 静かになった隣をチラリと窺うと表情に暗い影がかかっていた。せっかく朗らかに笑ってたのに、陰った。曇った。
 曇らせるなんて許せないな。
 前にもこんなことがあったなと思い出した。あのときは神白が目の前にはいなかったからよかったんだけど。
 どうしようか、直談判か?





 前方に何人かの女子と話しているリールバーガーの店員、春海がいる。名前は甚鉄の叫び声で思い出した。
 教室から出てきてるなんてタインミンがいい。
 うんざりした顔で会話してるように見えるけど、その割に女子には攻撃的じゃないんだな。誰彼構わず突っかかるわけじゃないのか。

「春海」
「……あ?」

 俺の顔見たら3割り増しの嫌そうな顔になったな。それでも女子の手を掻い潜って俺の方に来る。話を聞く気はあるらしい。
 撒くために上手く使われた気はするが。
 人気のないところで話そうと思い、そんなところ1つしか知らないのでそこへ移動する。屋上手前の階段のところまでついて来させた。

「なぁ、お前さ。別に嫌いでもいいしキモいと思っててもなんでもいいから、神白の前で言うのはやめてくれないか? 俺あいつがしんどそうな顔すんの嫌なんだよ」
「このくらい気にするほうが悪いだろ」
「悪いわけないだろ」

 即答でそんなこと言うなよ。
 こいつの方が若干背が高くてちょっとムカつくな……。少しだけど見下ろされながら言われるのってあんま気分よくない。
 神白のときは何も思わないんだけどな……?
 会話の内容の問題か? 春海が不機嫌そうな顔してるからか。

「もう何かあるなら俺に言えよ。神白に言ってほしくないんだって」
「そもそもお前らがそういうことしなきゃいいだろ」
「そういうことってなんかしてたかよ?」
「はぁ?」

 会話もダメか? 具体的に言え。わからねえよ。

「人目のあるところでベタベタしてたんだろうが。言われても仕方ねえだろ。目障り」
「え……? そう見えたのか?」

 たしかに鼻の頭を撫でられて恥ずかしい思いはしてたけど。ベタベタ?

「あ……! お前、神白のこと好きなのか?」
「ハァ?? 頭おかしいんじゃないのか……!?」

 心底嫌そうな顔をしつつ、頭大丈夫か?と言いたげな顔も向けてくる。
 お前がベタベタって言ったんじゃん? だからベタベタしてんのが嫌で見たくないから、それで突っかかってきたんじゃないのか? 違ったのか。
 一度目を逸らされてから盛大に舌打ちをされた。なんだよどういう反応だ。

「俺はお前の生き方が気に入らねえだけだから! 勝手にやってろよ!」
「うわっ……」

 俺にぶつかりながら去っていったせいでたたらを踏んだ。俺に言えとは言ったが、ぶつかっていいとは言ってねえよ。
 全然話せてないのに、話の途中だったのに、どっか行ったせいで了承を得てないんだけど。
 でも相手がいなきゃ話せないし。
 にしても生き方って話がデカいな……。それは神白が何しててもダメってことか。何がそんなに気に入らないんだ。
 わからないことだらけになったし、消化不良だけどここに留まっても仕方ない。……帰るか。

「……及木」
「あ、神白」

 まだ帰ってなかったのか。なんでこんなところにいるんだ。……なんで。

「……聞いてた?」
「うん」

 意味ないじゃん。わざわざいないところで伝えようとしたのに。どこまで聞いてたんだろ。
 神白の耳に届かないようにするつもりが結局神白の前で話してたなんて。

「おれのために動いてくれたんだよね。でも、こういうのしなくていいよ」
「しなくていい?」
「ん、必要ないよ」

——必要ないから

 あ……。またフラッシュバックした。
 余計なことした? 必要なかった? 要らなかった?

「ご、ごめん……」

——ごめんなさい。勝手なことして。もうしないから。

「おれは気にしてないから、及木が傷つくかもしれないことしないでほしいな」
「俺のことは別にどうでも……」

 なんでこんなことしたんだっけ? 
 不登校と関係ない? いやあるのか? だってせっかく学校来たのに、嫌な思いしたらまた来なくなるかもしれないじゃん。
 違う。
 神白の顔が曇ったのが嫌で、そうならないようにしたいって思った。でもそれって俺のエゴ。あれ? 学校に来てほしいのもそうなのか?
 迷惑かけた? 必要ないのに、余計なことして。今だって言われた、わかってたのに。
 神白は来たくないって思ってたのかもしれない。
 俺の勝手な正義感?責任感?の押し付けをしたんだ。

「及木?」

 自分勝手に動いた。
 神白のため? 何も言ってないのに、言われてないのに、聞いてないのに。
 こんな顔させたいわけじゃ、違う、嫌われたくない、怖い。

「大丈夫……?」

 息を切る音が聞こえる。呼吸がうるさい。何も聞こえない。喉が痛い。胸が痛い。指か痺れる。もうよくわからない。

「……っごめんね」
「痛ッ! なに、んっ……!?」

 骨がミシッと音を立てたかと思った。
 なに? 何これ、どういうこと? 神白の顔が目の前にある。触れてる。呼吸を止められてる。
 何事かわからなくて空いてる手で神白の肩を押して離れようとするが、びくともしない。
 頭を固定されてるみたいで横にもずらせない。動けない。一人相撲のように暴れるがやっぱりどうにもならない。
 窒息しそう。
 肩を掴んでる指に力が入る。いつまで……苦し……。
 やばい、本当に息できなくなる。今もできてない。そろそろ離してほしい。なんでこんなこと……?
 諦めて苦しいのを耐えていると少しして、ふっと急に力が抜けた。

「っは……」
「……及木、落ち着いた?」

 声が聞こえる。
 唇を離されて、神白の顔も見える。フラフラと揺れて彷徨う目。陰った表情。

「及木は、おれと過ごすの嫌だった?」
「え……?」

 なに? なんで?

「したくない事させてたのかな。メモも、ノートも。おれに何も伝えてくれないのはそういうことだったのかな」

 何? どういうこと? してよかったのか? あれ? なんで知ってんの……?
 何が良くて、何がダメ? 
 俺のしたかったことってなんだっけ。

「ごめん。おれが無理やりさせてたのかな」

 全然違う。俺が勝手にしてたのに。なんでそんなこと言うんだ。
 曇った不安げな顔から、笑顔になってほしかったのに。逆になってる、俺がその顔をさせてどうするんだ。

「息、落ち着いたね。ごめんね、おれのせいで」

 するりと腕から手を離された。1歩俺から離れ、そのまま踵を返す。
 待って、って言葉が出ない。言っていいのかわからなくて。言って良かった? して良かった? 俺が自分で制限していたのか? なんでこんなに怖くてたまらないのかわからない。
 足が竦んでいる。追いかけようとして、足が重くてゆっくりを足を前に出すので精一杯だった。どうにか階段を降りて当然のようにない神白の姿にどうしていいか、さらにわからなくなる。

「おー! 及木じゃないか。調子はどうだ?」

 背中から飛んできた軽快な声にビクリと体が跳ねた。今度は誰だ、と恐る恐る振り返る。

「……二星先生」
「おう、二星先生だぞ?」

 軽薄そうに手をヒラヒラとしている先生は、何も見てないし聞いてなかったと思わせる様子だ。ホッと息を吐く。

「今から帰るのか? 及木は部活してなかったよな?」
「してないです。帰りますよ……」
「なんだ、暗いなどうした、あ? お前その腕どうしたんだ?」
「……腕?」
「手首か? 赤くなってるぞ」

 言われて右、左と順番に確認すると左の手首辺りが赤くなっている。線が並ぶようにして。
 これ、指の痕だよな。指ってことは掴まれたってことか? ……さっき、神白に掴まれたよな。そのときの痕……?

「っ……」

 気づいた瞬間にカッと体が熱くなる。
 強く掴み過ぎだろ。こんなクッキリ痕が残るなんて。そういえばめちゃくちゃ痛かった気がする。
 痕がつくほどに強く掴まれたという事実に、執着のようなものを感じて気分が良くなる。
 痕に喜ぶってちょっと変態かもしれない。それでもいい。

「愛の証ですよ」
「は……? 何言って、あ。待て待て、未成年は健全な恋愛をしなさい」
「先生のおかげです。じゃあ失礼します」
「俺のおかげって、おい及木ー!」

 まだ話したそうな先生を無視して帰る。先生のおかげで出会えたし理解した。
 俺が神白のことを好きだったんじゃん。今やっと理解できたなんて。
 バカすぎる。
 人を好きになるって、怖い。何もかも自由にならない。
 昔のことと混同して取り乱すなんて、恥ずかしい。