不安げな君の顔に恋をした

——おう富貴よ。
——なんだよ。
——いつもの時期だ。いやいつもより遅いくらいだ。オレの期末の点数がヤバいことになるぞ!
——おれは困んねえのになぁ。
——そういうわけであいつも呼べ。
——あいつ。
——あいつだ。
——三人寄れば文殊の知恵だ! オレに勉強を教えられる!
——それは三人を凡人と言ってるぞ。別に天才じゃないけどよ。
——オレが呼んだって言っていいぞ!
——あー……はいはい。

「ってことがあってだな……。俺の友達、兼、幼馴染なんだけど」

 甚鉄との会話を神白にざっくり説明する。
 昼休みにいつも通り屋上手前の踊り場に集合して並んで座っている状態だ。ソワソワと落ち着かないせいで体育座りになって縮こまっているのはいつもと違う。
 日が入りにくい場所に位置しているここでも、まだじっとりと汗が出るくらいに暑い。

「その、一緒にテスト勉強しないか? 月曜はバイトないよな?」
「うん。いいよ。誘ってもらえて嬉しい」
「え、あ! よろしくな……!」

 ドキドキしながら誘うとすぐにオッケーをもらえた。
 憂鬱だった気分が一瞬で消え去り嬉しい気持ちでいっぱいになる。誘うのってこんなに緊張するものだったんだな。

「月曜日はほぼ固定で休んでるよな? 土日の方が混むからそっち休んだほうが楽じゃないか?」

 緊張と不安かが消え去ると呑気なもので、些細な疑問がすぐに湧いてくる。
 解放された今は無敵だ。

「混んでるから出れると重宝されるんだよ。それにみんな休日は出たくないからね」
「あぁ、なるほど」

 最近は土曜日に魚の特売やってるしな。争奪戦が勃発してて気後れする。俺とは気迫が全然違くてその場に突撃するのにいつもの5倍くらい気合いと体力を必要としている。

「それにね」
「うん?」
「月曜日は週の頭だからね。憎いよね」
「は?」

 今、憎いって言った? 憎い、憎いと頭の中で言葉を繰り返し、神白が言ったときの様子を思い返して理解が追いつくと、フハッと笑ってしまった。

「面白いな。わかるかも」
「でしょ。でも及木と一緒にいられるその月曜日は憎くないね」
「っ……!」

 首を傾げながら覗き込まれふわりと微笑まれる。
 あざとい……! でも効く……! 絶対この顔わかって使ってるだろ。猫が人間の膝にポンと手を置くみたいな、乗っかってくるみたいな。そんなショート動画が流れてきたぞ。

「それは大変……ありがたいことで……?」
「おれも」

 別に俺が言い出したことじゃないのに……。神白が喜んでいるなら俺も嬉しくなってくる。
 胡座をかいた足の上に肘を乗せて顔を覆う。
 心臓がギュッ!!ってなって体が熱くなる。照れてる、とは少し違う気がする。こういうのがたまにあるんだけど、なんなんだ。





「隣の隣の隣のクラスの、俺の隣の部屋に住む神白だ」
「ん……? ちょっともう1回……」
「おい何言ってるかわからないぞ!」

 ブーイングが上がった。下校しようとする生徒がまばらにいる下駄箱の前で騒いでしまいチラリと見られた。でも4人いれば視線もさほど気にならないな。
 俺と神白と甚鉄と湊。
 改めて紹介するってなんか気恥ずかしくて、わざわざ迂遠な言い方を考えたんだ。当然のことながらわかりにくい。

「あー、E組の神白柳。アパートの隣人だ」
「最初からそう言えよ!」

 言い直してもブーイングが上がった。
 悪かったな。言い直したらすっげえシンプルになったよ。

「え? 待って、E組? ってことは甚のクラス?」
「ん? オレのクラス?」
「は? お前同じクラス?」

 みんなして神白の方に振り返る。誰もちゃんと全体を把握してないと間抜けに晒しているがそんなことはどうでもいい。
 下駄箱をバックに苦笑いをしている神白。そんなパターンの笑みも持ってたんだな。
 顔がいいからそんな表情でも制服紹介の写真に写ってそうなほど決まっている。
 数秒そうしてから我に返った甚鉄が俺のことを指差してくる。おい、失礼だぞ。

「なんで富貴はオレのクラス把握してないんだよ!」
「なんで俺がお前のクラスまで把握してなきゃいけないんだよ……」

 俺がお前のクラスに行く間もなくこっちに来るんだろ。俺が考える必要もないのにいちいち覚えるかよ。
 頭抱えてんじゃねえ。抱えたいのは俺の方なんだが?

「あっ! 待てわかったぞ。ずっと席空いてたとこに座ってるやつか!」
「はぁ……」
「なんだよハッキリ言えよ。オレって賢いだろ!」
「ハッピーでよろしい」
「だろ!」

 ハッピーは賢いって意味じゃないぞ。わかって返事してるのか?
 もう1回ため息をついておく。

「オレおんなじクラスの井尾甚鉄! よろしくな!」

 神白の手を掴み、ブンブンと勢いよく振りながら強制的に握手させていた。
 俺のため息も無視された。

「僕は富貴と同じクラスの氷見湊。1回話したね」
「うん。及木のこと呼んでくれてありがとう」
「いえいえー」

 次いで湊があまり見ないニッコニコな表情で自己紹介をした。
 なんか気温が下がったような気がする。

「こいつら、俺の友達……。俺に恩があるから大体何言っても言うこと聞くから。なんかあったら使え……」
「おい! どんな恩があるっていうんだ。言ってみろ!」
「言っていいのか……? テスト勉強から始まり、ユニフォーム紛失事件に牛乳瓶全転がし事件にリコーダー真っ二つ——」
「すみませんでしたッ!」
「ウッ……思い出したくない……」

 ガバッと頭を下げる甚鉄と、下駄箱に手をついて脱力する湊の姿を見て満足する。基本ただのポーズだけど。

「ふ……。及木はみんなに世話焼きなんだね」
「えっ? あー、うん。たしかに世話してやってる」
「意味が違えだろ!」
「間違ってはないだろ……」

 俺が勝手に不登校関連の課題について調べたりしてるのを指摘されたのかと思った。
 そういうことではないよな。

「甚鉄が同じクラスだし、勉強はできないけど頼りになる、から、たぶん。よろしくしてやってくれ」

 具体的にどんなところが頼りになるかは教えることはできないが。でもこの場ができたのは甚鉄のおかげなので、頼りにならないとは言えないのがこいつなんだよな。

「ヒィッ」
「神白くん、これは甚の喜びの悲鳴だよ」
「ふ。そうなんだね。よろしくね」
「おう!」

 甚鉄と湊に神白を、神白に二人を、それぞれ紹介できた。どっちも大切だから仲良くなってくれたら最高だな。
 俺以外にも知り合いができれば学校に居やすくなるだろうし。





「すまねえ! 神白の説明は難しくてよくわからん! やっぱりオレのテスト対策は富貴だけだな! でも休憩、まずは休憩だ!」

 シャーペンを投げ出し、教科書を伏せ、ノートを放り投げ、お手上げポーズになった甚鉄。
 いつも通りルポマのフードコートでファストフードをお供にして勉強を始めた。
 テーブルには4人分のノートやら教科書やらプリントが広がっている。一人分増えただけなのに随分窮屈に感じるな。

「ううん、そっか。ごめんね」
「俺はわかりやすかったけどな」
「僕もこんがらがってたところが解消されてスッキリ」
「裏切ったな!」

 酷い言いようだな。お前も神白の親切を無駄にするんじゃねえ。

「せめて教科書読んで予習復習するようになれば違うと思うぞ」
「できたら苦労しない!」

 本当だよ。俺も苦労しないぞ。
 ほんの少し心苦しそうに眉を下げた神白の顔を見てちょっと心が騒つく。
 放り投げられ俺の方に飛んできた可哀想なノートを甚鉄に投げつけてやろうかと画策し始めたところで、バッと甚鉄が立ち上がった。なんだ威嚇のポーズか?

「オレも湊が飲んでるやつ買ってくる! それ美味しいか?」
「今季のも美味しいよ」

 湊がほぼ毎回買うフラッペに目をつけたらしい。

「お前ドリンクバーに逃げまくるからファミレスやめてフードコートになったのに、そんなに買いに行ったら意味ないだろ。金なくなるぞ」
「聞こえねーな! 旬のフルーツがオレを呼んでいる!」
「はいはい」

 俊敏な動きで立ち去っていった甚鉄を見送らない。
 今の期間限定のフラッペってなんだったか。湊の買ったプラスチックのカップを眺めて判別しようとしたが、わからない。
 旬のフルーツって言ってたけど、白と黄色がマーブル状になれるフルーツってなんだろ。

「神白くんはスラスラ解くね。引っかかるところとかないの?」
「ん、今のところは大丈夫かな」
「羨ましい〜」

 俺たちがお喋りに興じ始めた横で、テスト対策用に先生が作ってくれているプリントを黙々と埋めていく神白に湊が絡んだ。そして突っ伏してしまった。集中力が切れたな。神白以外。
 授業出てなかったのに、俺たちの誰よりも余裕そうに問題を解く。
 できちゃうやつって、できないやつがどこで躓いて何が引っかかるのかわからないから教えるのは上手くないって聞いたことあるな。だから甚鉄には響かなかったのか?

「家でちゃんとやってたんだ、一応ね」
「なるほど?」

 俺の方を向いて言い訳するみたいに言われた。
 バイトは夕方から夜だしな。昼間は自宅学習的な感じでやってたんだな、たぶん。

「及木、これ借りていい?」
「あぁ」

 開きっぱなしの現代文のノートが目についたらしい。
 板書だけじゃなくて先生のお喋りやたまにチラッとこぼすテストに関わるメモを残してるから、我ながらテスト前は役に立つと思っている。学校のテストは先生の癖が出るからな。

「ごめん。なんか挟んであったの落としちゃった」
「全然、拾っておいてくれ」

 ヒョイと持ち上げた際に滑り落ちたのか。
 そんなところに何挟んでおいたんだっけ?と考えながらパサと床に落ちたプリントの束を見て、はたと気づく。

「っ! それ」
「あれ? 不登校用の課題プリント?」

 拾い上げてすぐに内容が目に入ったみたいでこっちを向いて言及される。

「おれのレポート課題のために調べてくれたの?」
「違!くないけど……勝手に、して悪い……」
「うん? ありがとう。見てもいい?」
「あ、うん」

 余計なことしてるのに拒否されないのか……? 
 二星先生を咄嗟に言い訳に使おうとしたが神白に変わりがなくて、気持ちが宙ぶらりんになる。

「おれも図書室に行って探してみたんだ。でも課題多すぎて何から手をつけようかなって困ってたんだよね」
「あぁ、さすがに多いよな……」

 俺がレポート課題用の参考になりそうな書籍や、該当する教科書の範囲をまとめたプリントから目を離さずに言われる。
 俺自身はレポート書く気はない。だから特に悩まずにあれこれとピックアップしたり、選択肢から排除したりしてて、それが良かったんだろうか。
 これはしていいことだったのか?