寝支度をして、カーテンを閉める。ベッドに座ると、ようやく一息ついた。
 夜は静かすぎる。昼間のざわめきが嘘みたいに、何も聞こえない。
 早く寝る必要もないし、手持無沙汰で充電したスマホを見る。透からのメッセージは来ていない。
 来ていないのに、何度も画面を開いてしまう。
 ――なんでだ。なんで見てしまうんだろう。
 自分でもよく分からない。透のことが。好きなはずだ。だから何度も見ているはず。なのに、なんだかそれがズレているような気がする。
 ここ数日で、その“好き”がどこか曖昧になっている。
 代わりに浮かぶのは――……。
「……なんで、鷹峰なんだよ」
 小さく呟いて、スマホを放り投げて、ベッドに倒れ込む。
 天井を見上げると、放課後の光景がフラッシュバックする。

 倒れた星。揺らめいていた“なにか”の気配。それから山代の話に笑い方。
 ぞくり、と背中が冷える。もしかして今、いるのか。
 ゆっくりと息を止めて、静かに耳を澄ます。
 何も聞こえない。何も、いない。
 ……はずなのに。
 見たら終わる。頭のどこかでそう理解している。
 振り返れない。振り返ったら、何かが決定的に変わる気がする。
 布団を頭まで被る。子どもみたいだと、自分でも思う。
 でも、それでもいい。見えなければ、いないのと同じだ。
 ――本当に?
 思考が止まらない。鷹峰の言葉が浮かぶ。
 “数があるのかもしれない”

 じゃあ今、枠は埋まってるのか?
 それとも、空いているのか。埋まっているから、山代が戻ったのか。戻るなら、いないときの身体はナニ者なんだ?
 心臓が強く跳ねる。
 考えるな。考えるな。
 そう思えば思うほど、頭の中がそれで埋まっていく。きっと本当はいないのに、恐怖で居る、と思ってしまっている。
 どれくらいそうしていたのか分からない。
 遠くで車の音がする。家の中は静かで、誰かがいるはずなのに、妙に孤独だ。
 スマホの画面が光る。通知の音。
 反射的に手を伸ばして、画面を見る。
 鷹峰からだった。

『起きてる?』
『起きてる』
 鷹峰っぽい、簡潔な言葉がひとつだけ。だから、俺も簡単な返事をした。
 あれ。俺、鷹峰の連絡先なんて知ってたっけ。
『寝る準備した?』
 なんでそんなこと聞くんだよ。疑問と謎の面白さがじわじわと滲む。
『したけど』
『じゃあもう寝なよ』
「なんだそれ……」
 思わず小さく呟く。お互いに返事が早い。
 俺は楽しいし、きっと鷹峰も悪い感情ではないはずだ。できることならまだ続けていたい。
『まだ早いだろ』
『今日はいつもより、疲れてる顔してた』
 少しだけ言葉に詰まる。よく寝たつもりだし、ダルさは……まあ多少あるけど。味覚がなくなるくらいのストレスが原因とか? 返信をあぐねいていると、俺の返事を待たずに鷹峰からまたメッセージが飛んでくる。
『体育のあとずっとぼーっとしてたし』
『そうだっけ』
『してた。口がずっと開いてたよ』
 即答。なんでそんなに見てんだよ、と思って、少しだけ居心地が悪い。今更ながらそっと自分の口を手のひらで隠す。今も開いてたし。
 けど、嫌じゃない。むしろ、特別感みたいなものがある。待て、鷹峰の特別になって、なんでそんなはしゃぐ気持ちになるんだ?
 頭の中がごちゃごちゃしてくる。
『ちゃんと寝たほうがいいよ』
『明日もあるし。テスト勉強しないと』
 その言い方がやけに自然で。母さんに言われるより、すんなり入ってくるのがなんか悔しい。少しくらいは気まぐれでしようかなって、思えるくらいに。
『俺に言うなら、鷹峰も寝ろよ』
『俺はもうベッドのなか』
 ベッドのなか。鷹峰が、ベッドのなかで寝ている。想像してみたら、ちょっとだけ頬にじんわりと熱が籠る。
 その想像をしてしまった罪悪感と、なにかいけないものが芽生えそうで、慌てて指を動かして返事をした。
『はや。鷹峰はテスト勉強いいのかよ』
『俺は毎日ちゃんと勉強してるから』
「むかつくな……」
 口ではそう言いながら、少しだけ笑ってしまう。
 画面を見つめたまま、指が止まる。
 さっきまであんなにざわついてたのに、今は少しだけ落ち着いている。
 なんでだろう。ただ、鷹峰とメッセージをやり取りしてるだけなのに。
『ありがと』
 送ってから、なんでそんなことを言ったのか分からなくなる。
 ぜんぜん脈絡なんてないし。なに突然お礼なんて言ってるんだって、恥ずかしくなってきた。取り消したい。
 けれど、取り消しよりも早く既読がついて『どういたしまして』と、それだけ返ってくる。
 変な会話。でも、それでいい気がした。なんとなく、お互いこれくらいでいいんだって。
 スマホを枕元に置いて、照明のリモコンを掴んで、電気を消す。
 さっきまで怖かったはずなのに、少しだけマシになっている。
 目を閉じる。暗闇の中で、ふと考える。
 なんで、鷹峰なんだろう。
 透じゃなくて。
 考えかけて、やめた。それよりも眠気が、ゆっくりと意識を引っ張っていく。