晩御飯も食べずに寝てしまったせいか、目覚めはすっきりだ。足取りも昨日みたいに重くない。
 けれど鷹峰と食べたあと何も食べてないせいで腹が減っていて、何か準備されていないかと階段を降りてリビングに向かう。
「珍しい。こんな早起きするなんて」
「昨日寝落ちたから。腹減ったけどなんかある?」
 キッチンに入って冷蔵庫を開けて中をみると、昨晩の残りが一人分。それを取り出して、レンジで温めなおす。ご飯は母さんが入れてくれて、それを受け取った。椅子に座って、茶碗を置く。温め終わったレンジの音を聞いて、椅子から降りようとするが、それより先に母さんが取って運んでくれた。
「自分で取りにいけけど」
「ついでよ。そうじゃなかったらあんたを呼んで取りに来させてるわ」
 呼んで。俺はもし、母親の声で振り返らなかったら、家族の呼び声すら振り返ることができなかったら、俺の存在は誰が認めてくれるんだろう。
 先ほどまで減っていた腹が、食べ物を拒否しようする。
 だめだ、よくない、食べなければ。箸を持って、昨日の残りをつまみ上げる。
 ハンバーグの味がほとんどしない。
 食感はねちゃ、っとして美味しくない。まるで粘土を噛んでいるようで、うっすらと残っている味覚を必死に手繰り寄せて、わずかな薄い風味でご飯を掻き込んだ。
「そうそう、今週末お姉ちゃん帰ってくるわよ」
「姉ちゃん? 旦那さんとうまくいってないの?」
「そんなわけないじゃない。ただ友人に会いに帰ってくるんだって。だから、あんた部屋綺麗にしときなさいよ」
「はーい」
 姉ちゃんが帰ってくるのに何で部屋を綺麗にする必要があるんだ? と、思ったが、そういえば俺の部屋はクローゼットがデカくて物置になっているんだった。多分、なにか取りに帰ってくるのが一番の理由だろう。俺も、姉ちゃんには聞きたいことがあったし、丁度よかった。
「そんなにお腹空いてたならもっと用意しようか?」
「大丈夫。ごちそうさま」
 急いで食べたのが美味しかったから、と思ったらしい母さんはどこかうれしそうだ。本当は真逆なんだけど、頭を横に振ってから皿を重ねてキッチンに置く。
「あ、でも今日のおにぎりは一個追加して。具はツナマヨがいい」
「はいはい。まったく、常にツナを置いとかなきゃいけないから大変だわ」
 そう言いながらも、やっぱり母さんはうれしそうだった。

 今日はいつもより早起きしてしまったから、さっさと制服に着替えると、縁も二階から降りてくる。俺が起きていることに目を丸くさせていたが、挨拶だけしてあとは何も言わない。昔はあんなに遊んだのに、透と三人でお互いの家に行って遊んで……なんて過去を振り返っていると、縁がさっさとご飯を食べて出て行った。
「早くない?」
「普通よ。ほら、明もお弁当。あんたもたまには早く行きなさい」
 まるで追い出されるように家から出た。確かに、ちらほら通学している人がいる。俺が出るときより生徒の数は多い気がする。
「おはよう」
 背後から声を掛けられて、振り返る。鷹峰だ。
「昨日のことを覚えてないくらいに、躊躇いなく振り返ったね」
「……名前は呼ばれてないし?」
 呆れた顔をしているが、歩幅が緩まったので、一緒に登校する気らしい。この時間に登校するってことは、俺とは通学時間が被ってないみたいだ。
「鷹峰って朝早いんだ」
「社本が遅いんだよ」
「遅刻はしてないし」
 昨日まで全然話していない相手なのに、自然と会話ができてしまう。鷹峰はこう見えて意外とコミュ力が高かったりするのだろうか。
 人付き合いが悪いとかはないが、観察して好き嫌いを決めてしまう癖がある。初対面はかなり人見知りだ。だから、そんなことしなくても自然と話せてしまう人は結構珍しい。ということは、新しい友人が出来たかもしれない。
「ねえ、今日は橘先生に話聞いてみない?」
「え?」
「昔あった怪異の話。俺も気になる」
 正面を見ながら話して、俺のほうを見る。確かに、橘先生の内容は気になるが、鷹峰のほうが詳しいんじゃないだろうか。ぎこちなくうなづくと、また正面を見た。
「鷹峰は全部知ってるんじゃないの?」
「俺は大事な人が目の前で襲われただけ。それ以外の情報は少ないから、聞いておきたい」
 学校に向かう通学路。俺が出るときよりも少しだけ涼しい。少しだけ吹く風が身体を少しだけ冷やしてくれている気がする。
「じゃあ、昼休み聞きに行こっか。あと、よかったら一緒に昼もどう?」
「よろこんで」
 にこりと笑う。鷹峰は表情筋が死んでいるとか言った人はだれだろう。結構笑うぞ、こいつ。


 教室に到着すると、生徒の人数はまばらだ。休んでいる人と、登校がまだの人。鷹峰は窓側の自分の席についた。
 俺が朝早く登校するから珍しいと、仲のいい女子生徒の月森星(つきもりせい)が近寄ってくる。一緒に登校してきたのが鷹峰と知って、ますます楽しそうだ。
「黎助くんと喧嘩してるのかと思った!」
「え、なんで?」
 喧嘩するようなこともないし、そんな関係もない。だから驚いて星を見た。
「だってずっと黎助くんが明のことチョー見てんだよ、無表情で! あんたが怒らせた以外あんの?」
「なんで俺が原因なんだよ」
 じとり、と湿った視線を送るが、星は俺の額を人差し指でツンツン突いてくる。長い爪と結構な強さで痛い。
「黎助くんみたいな優等生が、あんたを気に掛けるほどのことなんて、それしかないでしょ!」
 結構なボリュームで言う星の声は当たり前に鷹峰まで届いていて、ふはっ、と噴き出して笑った声が聞こえた。口を押えて、耐えている。
「黎助くんが笑った……いや、明のせいで笑われた!」
 俺の背中をバシバシと叩く星の手は緩まることはなくて痛い。
 朝練を終えた生徒たちがちらほらと戻ってくる。そのなかに透の姿もあった。
「なにしてんの」
「なんでもない。朝練お疲れ」
「なんでもないことないでーす、明のせいで私は笑われました」
「月森がなんかしたんだろ」
「はーー? 私なんにもしてないんだけど。ねえ、明もなんか言ってやって!」
「いや、まあ……俺のせいではあるかも」
 なにが悪いか分からないけれど、俺は何も考えていないから、きっと俺が悪いんだと思った。
 そう、全部俺のせいだ。
「ほら見ろ」
「え、なにそれ。意味わかんないんだけど。コイツが来てからなんか明、変だよ」
 透に親指を向ける。その星の仕草がなんだか様になってちょっと笑ってしまった。
「ていうかさ明、今日なんか顔色悪くない?」
「え?」
 ずい、っと顔を覗かれて、整った顔立ちの星の顔が近い。
 星の性格を知らなかったり、透のことが好きじゃなければとときめいた可能性があるくらいには、かなり綺麗だ。
「目の下やばいし。ちゃんと寝てる?」
「あー……まあ、寝てるけど」
 寧ろ寝すぎて目のクマが消えたと思っていたくらいだ。自分の涙袋を指先で摩る。
「ほんとに? なんかさ、ぼーっとしてるっていうか」
「最近よく言われる、それ」
「だってしてるもん」
 頬を膨らませて俺を見る星の心配具合と世話焼きっぷりは姉ちゃんを思い出す。そういえば、姉ちゃんと星の姉も同級生だったから、母親同士と姉同士は仲がいい。なんて星の心配とは違う方向に意識を飛ばしていたが、透が口を開く。
「でも、ちゃんといるじゃん」
「……は? なにそれ」
「なにって、そのまま。最近、休み多いだろ」
「それはそうだけど、そういう話してんじゃなくて、体調の話。わかる?」
「わかるよ。でも、明は大丈夫そうだし」
「……どこが」
「だってまだいるし」
 大きい手のひらで俺の頭をポンポンと叩く。デカすぎるな、透の手。ちょっと勢いがあって、首が下がる。
 それでも納得しない星が、理解できない人のように透を見つめていた。
「ねえ、佐伯ってさ、たまに変なこと言うよね」
「そう?」
「うん。なんかズレてる」
「月森が気にしすぎなんじゃね」
 透は昔から、確かにちょっと雰囲気が変わった男の子って印象だったような気がする。でも、星がこんなに指摘するほどズレていたかな。いや、もしかしたら透は普通で星のほうが気にしすぎなのか。ふたりのやりとりをぼんやりと眺めるしかできない。
「いや、そういう問題じゃなくてさ」
「まあいいだろ。明、なんかあったらちゃんと言いってくれよ」
「うん」
「ほんとに。あんた、自覚なさそうだから」
「ひど」
 三人で会話したのは久しぶりだ。ふたりに肩をぽんぽんと軽く叩かれて去ったあと、鷹峰のほうを見たら、窓の外をぼんやりと眺めていた。

 今日の人数は多分、昨日と変わっていない気がする。
 朝礼にきた飯塚先生は、すこしだけホッとしたような表情を浮かべている。連絡なしに来なくなった生徒もいたのだろうなと、飯塚先生のどうにもならない生徒の休みと、教頭からの叱咤による板挟みな状況は可哀そうだなと、ちょっとだけ同情してしまう。
 
 午前の授業はいつも通りだ。
 ひとつ違うのは、橘先生に呼び出されたこと。昼休みに職員室へ来てほしいと言われたので、俺と鷹峰も用事があると言えば、一緒に来てくれと言われた。
 昼休みに橘先生を探す手間が省けてラッキーだったな、職員室へと続く廊下を鷹峰と一緒に歩く。話し終わったあとはそのまま中庭にでも行って弁当を食べようと、お互いに弁当袋を持って行った。
 職員室の扉を開けて、頭を下げる。
「失礼します」
「急に呼び出して悪いな」
「大丈夫です。俺たちも聞きたかったので、先生がこの前話してた怪異の」
 怪異、そう言うとほかの教師から咳払いが聞こえた。橘先生は信じているタイプだけど、あの現代文の先生は信じていないらしい。
 橘先生は椅子から立ち上がり鍵をひとつ持って、俺と鷹峰を手招きした。

 職員室を出て、鍵についたタグの金具を指に嵌めてくるくると回す橘先生が深くため息を吐く。
「今、職員室はぴりぴりしててさ。飯塚先生なんて初担任なのに大変だろうな」
「橘先生も大変そうですね」
 ちょっと憐れんだ視線を向ければ、腕で目元を隠して大げさに泣き真似をする。
「わかってくれるか~~?! 新任で就いて早々にこれってツイてないない!」
「あ~、橘先生可哀そう、よしよし。ほら、鷹峰も慰めてあげなって」
「えっ? えーと、お疲れさまです?」
「はは、可愛い教え子に慰められて元気でた。それより、お前ら……いや、とりあえず中に入ってくれ」
 普段鍵が掛かっている部屋のなかは整理された教材。どうやら倉庫のようだ。
 真ん中には余った机があったのでそこに座ると、隣の席に鷹峰が座って、部屋の電気を点けたあと机をぐるりと回して正面に橘先生が座った。
「それで、先にどっちから話そうか」
「どちらも同じ話題だと思うので、怪異について……先生が知っていることを教えてください」
「……まず、社本。お前、最近変なこと起きてないか?」
 どうして分かるんだろう。これは素直に答えていいのか、鷹峰の視線を見合わせると、橘先生が呆れたように息を吐いた。
「それはあります、って言っているようなもんだぞ」
「……ありまーす……」
 なんだか居た堪れなくて小声になってしまった。
「最近、人が減っているのを見てどう思う?」
「え、体調不良かなって……」
 俺の次に鷹峰へ視線を移した。
「そう思っていたけど、今は違う可能性を考えている。で合ってる?」
「う、はい……」
 俺の返事を聞いて、満足そうな笑みを浮かべる橘先生を見て、俺の話を嘘だと思っていないことに安堵する。
「いいな、その感覚。ちゃんと違和感に気づいてる」
「え……?」
「気が付かないやつは、そのまま休んでしまうからな」
 軽く言った。まるで冗談とかを言うみたいな口調で。でも口元だけが笑っているのに目は笑っていない。
「社本は後ろからなにかついてきた、だろ?」
 ぴたり、空気が止まる。何故知っているんだ。
 さっきもそうだが、隣には鷹峰がいるのに、俺になにかあったってなぜ分かるんだろう。
「何かいる気配が。何かいるのに、それが何か分からない」
「な、んで……知ってるんですか」
 心臓が跳ねる。喉が渇いた、弁当と一緒に持ってきたお茶が恋しい。隣に座っている鷹峰は目を細めて橘先生を見ている。
「知ってるんじゃない。見れば分かる」
 じ、っと俺の顔を見つめる。橘先生の瞳は俺を真っすぐ射抜いて、指先ひとつ動かせない。
「“残り香”がついてる」
「残り香?」
 予想外の答えに、そんな匂いがするのかと、腕を鼻に当ててすんすん嗅いでみるが、布の匂いしかしない。
 橘先生は腰を浮かせて、前のめりになって俺に顔を寄せてくる。
 近い。
 そのまま鼻先で、匂いを嗅ぐようにすっと息を吸う。
 椅子を引きそうになるのをぐっと耐える。

「先生、それ以上は」
 俺の目の前を遮る手は鷹峰の手のひら。あまり聞きなじみのない、低い声。
 その鷹峰の様子を見て、虚を突かれたような表情から、ニタッと楽しそうに笑う橘先生。それを見た鷹峰が、眉間に皺を寄せて不機嫌そうなので、鷹峰の手を引いて椅子に座るように促す。
「……ああ、悪い悪い。怖がらせるつもりはなかったんだ、ついでに奪うつもりも」
 揶揄う先生と、それにムッとする鷹峰の表情は、俺が言うのはなんだが、普段大人びた鷹峰が他人に向ける年相応のものだ。
「ただの確認だ」
「確認って……?」
「お前がどこまで気に入られているか」
 どこまで。気に入られるとは、何に?
 橘先生の言葉が上手く呑み込めず、首を傾げるしかなかった。
「それ以外にも、なにか違和感を感じないか」
「……違和感」
 それは心当たりがない。首を傾げると、先生は鷹峰に視線を向けて、憐れんでいる。なんだなんだ。俺抜きのふたりで友情を育まないでほしい。
「お前は完全には持っていかれていない」
「先生はなんで分かるの?」
「俺がここの在校生のとき、同じようなことが起こって、クラスメイトがどんどん休んでいった。休んでいる子たちは、気が狂ったり廃人みたいになったり……人によって症状は違ったが」
 もし、あのとき振り返っただけでそうなっていたのか。ゾッとして縋るように鷹峰を見つめると、寒気が走る背中を優しく軽く叩かれる。
「一緒に帰っていた友人が、隣で襲われた。俺はその場面を見て、ソレが視えるようになった。だからってなにかが出来るわけじゃない。俺ができるのは忠告だけだ」
「その、友人はどうなったんですか」
「引っ越して知らないんだ。連絡もとれなくてね」
 戻れたのか、戻れなかったのか。それすらも分からないものに狙われている恐怖に、冷や汗が滲む。
 先生は、目の前で一本の指を立てる。
「一番大事なことを言っておく。走って逃げろ」
 それは初めて聞いた。そんな対処法があるなんて知らなかった。鷹峰はどう思っているのだろうと見れば、思案した顔を浮かべていた。
「お前は野性的な勘なのか、よくソレの方向を見てんだよ。だが、持ち前の鈍感さでギリギリで回避してるってところだ」
「え?! そうなの?」
 驚いて聞くと、先生と鷹峰どちらもうん、と頷く。
「怪異は気が付いたものに執着するし、社本は好かれやすいのもあるんだろうな。それに鷹峰も視えているんだろう」
「はい。俺も先生と同じです。だから、走るのはダメじゃないですか?」
「俺はソレだけじゃないと思ってる。俺の時は、名前はなかった。まあ、俺が伝えたかったのこれくらいだ。鍵をちゃんと返してくれるなら飯はここで食ったらいい」
 鍵を机の上に置いて先生は準備室から出て行った。


「色々情報を仕入れたけど、これと言って解決策はなさそうだなあ」
「……うん。でも、橘先生がそこまで知識があるのが気になる。なんであそこまで知っているんだろう」
「鷹峰だって知ってるだろ」
「でも、社本のこと俺より見てたよ。君はもう少し気にしたほうがいいと思うけど」
 そこに対抗心を持つんだと、ちょっとズレている言葉に笑ってしまう。
 ふたりきりの昼食をとることになったのはラッキーだ。今日は試そうと思っていたことがある。
 たっぷりの保冷剤が入った袋から弁当箱を取り出して開くと、いつもの母さんの作った中身。卵焼きとウィンナーに唐揚げ。あとは揚げ物。おにぎりは別の容器に入っている。
 鷹峰はコンビニのパンとフレーバー付きの炭酸水。
「あれ、鷹峰って弁当じゃないんだ」
「自分で作ることになるから面倒で。これくらいが一番楽なんだ」
「ふーん……じゃあ、これ一個あげる」
「いや、悪いよ」
「多めに作ってもらったから。その代わり、お願いごとがあるんだけど……」
 そう言って無理矢理押し付けると受け取ってもらえた。
「お願いごと……って?」
「俺に食べさせて」
「はっ?!」
 自分用のおにぎりを鷹峰に渡すと、予想外のお願いに固まってしまった。狼狽える様子が珍しくて肩を震わせて笑う。この前食わせてくれたくせに。
「この前、口の中に突っ込まれたポテトは味がしたんだ。だから、鷹峰に食べさせてもらえれば、また味がするかなと思って」
「味がしないって聞いてないよ」
「誰にも言ってないし。ほら、あーん」
 鷹峰に向かって口を開くと、ぐっ、と眉間に皺が寄る。はしたないとか注意されるかな、と思ったが、おにぎりを包んだアルミホイルとラップを剥いて、俺の口に当ててくる。
「ん……、……うん、味がする」
 ちゃんとした食べ物の味。中身に到着できなくて、ただ米の味しかしないが、それがすごく美味い。
「もう一口?」
 感動している俺に、おにぎりを軽く持ち上げてくれて、頷いて齧る。ようやくツナマヨの味がして、やっぱり母さんの作るツナマヨは美味い。ツナにマヨネーズだけじゃなくて、色々入ってるらしいけど、レシピは教えてくれない秘伝のツナマヨだ。
 卵焼きは二切れ入っているので、一切れ食べせてもらったお礼に、もう一切れを鷹峰にあげた。
「うん、美味しい。甘くて、ふわふわして、まるで」
「俺みたいとか言うなよ」
「社本は甘くてふわふわの自覚があるんだね」
「……な、ないけど!」
 なんでそんなことを言ってしまったのか、恥ずかしくて机に突っ伏す。その後頭部に片手を置いて、撫でられる。撫でられている?
 親に撫でられた記憶ははるか遠い。だからなのか、懐かしいような気恥ずかしいけど、心地いい。なんだか、丁度いい。
 その心地よさが、今は恥ずかしくて、鷹峰の手首を掴んでそっと離させると、素直に引いていく。俺から拒否したのに、残念に思う気持ちがあって混乱する。
「あのさ……ガキじゃないし」
「社本、寝てるときの頭が撫でやすそうだなっていつも見てたから」
「本当に撫でるのはおかしいだろ」
「嫌がってたら謝ろうと思ったけど、そうじゃなさそうだから……俺、謝らないよ」
 ずれたカチューシャを優しい手つきで付け直してくれて、熱を持った顔は鷹峰に見られてしまった。
 俺は透が好きなのに。別に付き合ってないからそんなこと気にしなくていいのに、つい罪悪感が沸いてしまう。
 考えすぎる恋愛脳をどうにか誤魔化そうと、自分でウィンナーを食べる。やっぱり味はしない。しないけれど、家で食べた時よりは味がする。にがにがと咀嚼して、水分と一緒に飲み込む。持たせてもらったのはペットボトルの麦茶だが、味はしなくてほぼ水だ。
 そのあいだに、鷹峰は俺が渡したおにぎりを食べている。ツナマヨの具のところに到着すると、美味しいと思っている顔だ。人の表情の変化には疎いほうだが、鷹峰の表情変化は人が言うよりは分かりやすいと思うけれど、星は分かりづらいと言っていた。
「……うん、美味しい」
「だろ。母さんの手料理は美味いと思ってる」
「それ、お母さんに伝えてる? きっと喜ぶよ」
「やだよ、恥ずかしいじゃん」
「社本は照れ屋だね」
「鷹峰が変なこと言うからだって!」
 恥ずかしくないのか? 鷹峰の家はそういうのを言い合うのが当たり前の家なのか。それなら鷹峰がなんでも口に出してしまうことに納得するけれど。
 でもなぜか鷹峰に食べさせてもらったものは味がする。また鷹峰に餌付けもとい、なにかしら食べ物を用意して食べさせてもらおう。でも、誰にも見えないところがいい。変な噂が立って透の耳に入るのが嫌という以前に、男としてのプライドが折れそうな気がする……なんて葛藤を抱きつつ、昼食を済ませた。

 昼食を終えて鍵を返しに職員室へ向かう。
 あの部屋は生徒だけで残るにはよくない場所だなと薄々思っていたので、鷹峰との相談の結果、まだ戻っていない橘先生の代わりに飯塚先生に事情を説明すれば、やれやれといった顔で受け取ってもらえた。