朝礼が始まって飯塚先生が入ってくるが、表情は暗い。
そして、今日の休みはこの空席全員らしく、ほかのクラスが学年のなかで一番多いらしい。
最近では口裂け女とかトイレの花子さん、学校の怪談に七不思議なんて、生徒のなかでは面白半分に噂している。人が休み過ぎると、医学や化学とかなんとかを超越したものを理由にしたくなるのも、分からなくはないけれど。
けれど大人は違う。飯塚先生は指導方法を責められてしまっているのだろう、あのクソ教頭、とブツブツ呟いていた。これで心が折れるような性格はしてなさそうだし、俺らも教頭よりも飯塚先生が好きなので、なにかあれば助けようと密かに決意した。
午前の授業は全く頭に入らなかった。入ったといえば、橘先生が怪談話をしてくれたことだ。
どうやら此処の学校というか、七四面字町には昔から色々な怪異の噂があるらしい。橘先生もその怪異の被害を受けた人が知人で、今の状況に似ているとか。
詳しく知りたいような知りたくないような……だったが、途中で女子たちが怖がっているよりも、可愛いを全面に出した黄色いような声でキャーキャー言うので、隣のクラスの先生に怒られて話は途中で終わった。
昼休みは透と約束した通り、弁当を持って中庭へ向かう。透とは校舎の影になっているベンチでよく一緒に昼食をとっていた。
少しだけ風が通って、教室よりは過ごしやすい。
「やっぱ外のがマシだな」
「だなあ~。まあ、暑いは暑いけど」
並んで座る。距離が近い。
それが当たり前で安心するはずなのに、妙に落ち着かない。
「明、最近ぼーっとしてるよな」
「そう?」
「今日もなんか変だったし。数学のときは上の空っていう感じっつーか」
鋭いな、と思う。でも核心までは踏み込んでこない。入ってきてほしくないところに入らないところが安心する。距離感を保ってくれているのだろう。興味ないだったら悲しいけれど。
「まあ、テスト前だしさ。落ち着かないっていうの?」
「明にその理由はないだろ」
「気分的な問題だって」
「適当だな~~」
軽く笑われる。そのやり取りも、透とはいつも通りだ。
箸を動かしながら、ふと気が付く。
味が、しない。
口に入れているはずなのに、何を食べているのか分からない。
咀嚼している感覚だけがあって、味がない。
「……ねえ、透」
「ん?」
「これ、味する?」
箸で掴んだ卵焼きを透の口に押し込んだ。
透は変な声を出したが、押し込まれたものを素直に咀嚼して飲み込む。
「してるに決まってんだろ。明のおばさんの甘い卵焼き。ついでに毎回、明にツナマヨのおにぎり」
「……だよな」
自分でも変なことを聞いたと思う。ツナマヨのおにぎりを割って半分透に渡す。おにぎりを受け取って食べる透を見て、俺ももう一口食べる。
やっぱり、味が分からない。
「明」
名前を呼ばれる。
顔を上げると、透がじっとこちらを見ていた。
いつもより、少しだけ近い。びっくりして、おにぎりが気管に入りそうだった。
「なに」
「ちゃんと、いるよな」
「……なにそれ」
笑って流そうとしたのに、声が少しだけ震えた。
透はそれを気にする様子もなく、続ける。
「いや、なんか最近さ。減ってるだろ」
「減ってるって」
「人」
あっさりと言う。あまりにも軽く言うものだから、一瞬なにか分からなかった。
「……そう、だけど」
「だからさ」
透が、ほんの少しだけ顔を近づける。
「明はちゃんと、ここにいるよなって。俺の隣に、いてくれるよな」
距離が近い。息がかかるくらいに。
ドッドッと激しく高鳴る心臓とは裏腹に、背筋が冷える。俺が消えると思っているのか、それともこの隠した恋心に気づかれてしまったのだろうか。もしかして、もしかして……両想いとか。
「……いるけど」
なんとか声を震わせず答えると、透はふっと笑った。
「そっか」
それだけ言って、体を離す。
急に距離が戻った。まるで、何もなかったみたいに。
「午後、だりぃな」
「それはいつもだろ」
「違いない」
軽く笑い合う。いつも通り。そう、いつも通りのはずなのに。さっきのは、なんだった?
考えようとすると、頭の奥がぼやける。思考が、滑る。掴めない。ずっとドキドキしているのに、ここに居ていいのか不安になるほど背筋が冷たい。
そのとき、視界の端で何かが動いた。反射的に顔を向ける。中庭の入り口。校舎の影の中に、誰かが立っていた。
黒い髪、高い身長の見慣れたシルエット。鷹峰だ。
こちらを見ている。まっすぐに。そして、何事もなかったように立ち去った。
「明?」
「……なんでもない」
視線を戻す。
鷹峰はもういない。胸の奥のざわつきは、消えなかった。
そして、今日の休みはこの空席全員らしく、ほかのクラスが学年のなかで一番多いらしい。
最近では口裂け女とかトイレの花子さん、学校の怪談に七不思議なんて、生徒のなかでは面白半分に噂している。人が休み過ぎると、医学や化学とかなんとかを超越したものを理由にしたくなるのも、分からなくはないけれど。
けれど大人は違う。飯塚先生は指導方法を責められてしまっているのだろう、あのクソ教頭、とブツブツ呟いていた。これで心が折れるような性格はしてなさそうだし、俺らも教頭よりも飯塚先生が好きなので、なにかあれば助けようと密かに決意した。
午前の授業は全く頭に入らなかった。入ったといえば、橘先生が怪談話をしてくれたことだ。
どうやら此処の学校というか、七四面字町には昔から色々な怪異の噂があるらしい。橘先生もその怪異の被害を受けた人が知人で、今の状況に似ているとか。
詳しく知りたいような知りたくないような……だったが、途中で女子たちが怖がっているよりも、可愛いを全面に出した黄色いような声でキャーキャー言うので、隣のクラスの先生に怒られて話は途中で終わった。
昼休みは透と約束した通り、弁当を持って中庭へ向かう。透とは校舎の影になっているベンチでよく一緒に昼食をとっていた。
少しだけ風が通って、教室よりは過ごしやすい。
「やっぱ外のがマシだな」
「だなあ~。まあ、暑いは暑いけど」
並んで座る。距離が近い。
それが当たり前で安心するはずなのに、妙に落ち着かない。
「明、最近ぼーっとしてるよな」
「そう?」
「今日もなんか変だったし。数学のときは上の空っていう感じっつーか」
鋭いな、と思う。でも核心までは踏み込んでこない。入ってきてほしくないところに入らないところが安心する。距離感を保ってくれているのだろう。興味ないだったら悲しいけれど。
「まあ、テスト前だしさ。落ち着かないっていうの?」
「明にその理由はないだろ」
「気分的な問題だって」
「適当だな~~」
軽く笑われる。そのやり取りも、透とはいつも通りだ。
箸を動かしながら、ふと気が付く。
味が、しない。
口に入れているはずなのに、何を食べているのか分からない。
咀嚼している感覚だけがあって、味がない。
「……ねえ、透」
「ん?」
「これ、味する?」
箸で掴んだ卵焼きを透の口に押し込んだ。
透は変な声を出したが、押し込まれたものを素直に咀嚼して飲み込む。
「してるに決まってんだろ。明のおばさんの甘い卵焼き。ついでに毎回、明にツナマヨのおにぎり」
「……だよな」
自分でも変なことを聞いたと思う。ツナマヨのおにぎりを割って半分透に渡す。おにぎりを受け取って食べる透を見て、俺ももう一口食べる。
やっぱり、味が分からない。
「明」
名前を呼ばれる。
顔を上げると、透がじっとこちらを見ていた。
いつもより、少しだけ近い。びっくりして、おにぎりが気管に入りそうだった。
「なに」
「ちゃんと、いるよな」
「……なにそれ」
笑って流そうとしたのに、声が少しだけ震えた。
透はそれを気にする様子もなく、続ける。
「いや、なんか最近さ。減ってるだろ」
「減ってるって」
「人」
あっさりと言う。あまりにも軽く言うものだから、一瞬なにか分からなかった。
「……そう、だけど」
「だからさ」
透が、ほんの少しだけ顔を近づける。
「明はちゃんと、ここにいるよなって。俺の隣に、いてくれるよな」
距離が近い。息がかかるくらいに。
ドッドッと激しく高鳴る心臓とは裏腹に、背筋が冷える。俺が消えると思っているのか、それともこの隠した恋心に気づかれてしまったのだろうか。もしかして、もしかして……両想いとか。
「……いるけど」
なんとか声を震わせず答えると、透はふっと笑った。
「そっか」
それだけ言って、体を離す。
急に距離が戻った。まるで、何もなかったみたいに。
「午後、だりぃな」
「それはいつもだろ」
「違いない」
軽く笑い合う。いつも通り。そう、いつも通りのはずなのに。さっきのは、なんだった?
考えようとすると、頭の奥がぼやける。思考が、滑る。掴めない。ずっとドキドキしているのに、ここに居ていいのか不安になるほど背筋が冷たい。
そのとき、視界の端で何かが動いた。反射的に顔を向ける。中庭の入り口。校舎の影の中に、誰かが立っていた。
黒い髪、高い身長の見慣れたシルエット。鷹峰だ。
こちらを見ている。まっすぐに。そして、何事もなかったように立ち去った。
「明?」
「……なんでもない」
視線を戻す。
鷹峰はもういない。胸の奥のざわつきは、消えなかった。
