朝の空気は少しだけ涼しかった。けれど、日差しはすでに強くて、今日も暑くなりそうだと思わせるには十分な暑さだ。
教室で食べなさい、と言われたが男子高校生の胃袋は無限なので、我慢できずに歩きながら包みを開けて一口齧る。
妙に味が薄く感じた。いつも食べなれているはずなのに、なんだか新鮮な感覚がある。
こんな味だったっけ。具がいつもと違うとかかななんて思ったが、俺と透の好物の、食べなれたツナマヨだ。
母さんが調味料を入れ忘れたか、気のせいか。考えても仕方がないのでそのまま口に押し込んだ。
学校に着くと遅刻はギリギリ免れたが、ほぼ朝礼に近い時間だ。
昇降口で慌てて靴を履き替えて、教室へ向かう。
教室の席は、まだ半分くらいしか席は埋まっていなかった。
昨日よりさらに少ない。
そう思った瞬間、胸の奥がざわついた。けれど、その理由を考える前に、自分の席に向かう。
鞄を置いて、椅子に座る。教室を見渡す。
空席。
空席。
空席。
こんなに、休みいたっけ。1、2、3……指で数えようとして、途中で断念した。
「社本」
名前を呼ばれて、ビクッと肩が跳ねる。
そっと振り向くと、そこに立っていたのは鷹峰だった。
窓から差し込む朝の光を背にしているせいで、表情が少し見えづらい。けれど、確かにこちらに向けられている瞳。
まっすぐに、俺を見ている。
「……おはよう」
少し遅れて、そう返す。
鷹峰は、ゆっくりと歩いてきて、俺の座っている席の机に手を置いた。
距離が近い。あと、透とは違ったタイプの綺麗な顔立ちをじっと見つめてしまう。
俺と鷹峰ってこんなに近くで話す仲だったか? と、疑問が浮かぶ。でも、それもすぐに消えた。
「昨日は、ちゃんと帰れた?」
「え?」
予想していなかった言葉に、間の抜けた声が出る。ぱちぱちと瞬きを繰り返して、素直に頷く。
「帰れたけど……それがどうかした?」
「いや」
鷹峰は少しだけ目を細めた。無表情で目を細められると、睨まれたような圧迫感があって、少しだけ仰け反る。美人の迫力はすごい。
「念のため。最近、帰れない人がいるみたいだから」
その言い方に、妙な引っかかりを覚える。
「帰れてないって……なにそれ」
「さあ」
あっさりとした返事。けれど、興味がないわけじゃない。むしろ、何かを知っていて、言っていないようなそんな感じがする。
「でも、社本は大丈夫そうだね」
「何が?」
「まだ残ってる」
ぞわ、と背筋が冷えた。
「……残ってるって、なに」
思わず声が低くなる。ホラーはやめてほしい、俺は苦手なんだ。
鷹峰は少しだけ首を傾げた。
「そのままの意味だよ」
それだけ言って、ふっと視線を外す。逃げられた、と思った。
「ねえ、鷹峰」
呼び止める。自分でも、なんで呼び止めたのか分からない。でも、このまま何も聞かないままはダメな気がした。
鷹峰が振り返る。
「なに?」
「……俺たちって、前からこんなに話してたっけ」
言ってから、しまったと思った。変なことを聞いてしまった。普通に考えたら失礼だ。でも、口から出てしまったものは戻らないし、初対面の……はずだ。
鷹峰は、一瞬だけ目を見開いた。ほんの一瞬。それから、柔らかく笑う。けれど、いつもの無表情に戻った。
「少なくとも俺は、前から話してたつもりだけど……社本って話聞いてないから、君が忘れたのかもね」
そう、静かに言った。挑発されたと思って、ムッとしてしまった。けれど、もしかして一方的に友人と思われているか、俺が話を聞いていないことが本当とか。それがちょっとあり得そうで、問い返そうとしたとき明るい声が聞こえた。
「明ー!」
教室の前から声が飛んできた。
透だ。鷹峰で隠れていたので、身体を傾けて横から顔をのぞかせると、透はいつも通りの笑顔で手を上げている。
その姿を見た瞬間、表情が緩んでしまう。
「あ、透」
安心した声が出る。さっきまでの違和感が、嘘みたいに薄れていく。鷹峰のこともさっきの会話も、どうでもよくなる。透さえ居てくれたら、俺はそれでいい。
「明ー、なにしてんだよ」
透がもう一度呼ぶ。その声だっていつも通りで、安心する。
「今行く!」
「社本、まって。そっちには……」
「ごめん、また話そ」
まだ会話を続けようとする鷹峰に短く返して、横切った。背中に視線を感じる。でも振り返らなかった。そのまま、透の方へ歩く。
「遅ぇよ」
「ごめんごめん」
軽く笑って誤魔化すと、透は呆れたように肩をすくめた。
「なに朝からぼーっとしてんだよ?」
「ちょっとね」
「寝不足か?」
手のひらを額に当てて、熱を測ってくれる。その接触に熱が上がりそうで、頭を横に振る。
「いや、寝たけど……なんか変な夢見た」
「どんな?」
「覚えてない」
答えながら、首を傾げた。本当に覚えていない。でも、楽しかった気がする。笑っていた気がする。
「まあいいや。今日さ、昼一緒に食おうぜ」
「いいよ」
頷く。それが当たり前みたいに。
でも、頷いた瞬間。胸の奥が、ほんの少しだけざわついた。
——本当に、それでいいのか?
そんな声が、どこかで鳴った気がした。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
首を横に振る。考えすぎだ。いつも通りでいい。それで問題なんて起きたことはないんだから。いつも通り、俺は流されていたらいいんだ。
透は「そっか」とだけ言って、それ以上は聞いてこなかった。そういうところも、楽でいい。
ふと、視線を感じて顔を上げる。教室の窓側。
鷹峰が、こちらを見ていた。目が合う。ただ見ているだけの瞳。でも、何も言わない。だから静かに視線を逸らした。
「どうした、明」
「いや」
もう一度、鷹峰の方を見るが、すでにこっちは見ていない。
窓の外を見ている、綺麗な横顔が見えた。
教室で食べなさい、と言われたが男子高校生の胃袋は無限なので、我慢できずに歩きながら包みを開けて一口齧る。
妙に味が薄く感じた。いつも食べなれているはずなのに、なんだか新鮮な感覚がある。
こんな味だったっけ。具がいつもと違うとかかななんて思ったが、俺と透の好物の、食べなれたツナマヨだ。
母さんが調味料を入れ忘れたか、気のせいか。考えても仕方がないのでそのまま口に押し込んだ。
学校に着くと遅刻はギリギリ免れたが、ほぼ朝礼に近い時間だ。
昇降口で慌てて靴を履き替えて、教室へ向かう。
教室の席は、まだ半分くらいしか席は埋まっていなかった。
昨日よりさらに少ない。
そう思った瞬間、胸の奥がざわついた。けれど、その理由を考える前に、自分の席に向かう。
鞄を置いて、椅子に座る。教室を見渡す。
空席。
空席。
空席。
こんなに、休みいたっけ。1、2、3……指で数えようとして、途中で断念した。
「社本」
名前を呼ばれて、ビクッと肩が跳ねる。
そっと振り向くと、そこに立っていたのは鷹峰だった。
窓から差し込む朝の光を背にしているせいで、表情が少し見えづらい。けれど、確かにこちらに向けられている瞳。
まっすぐに、俺を見ている。
「……おはよう」
少し遅れて、そう返す。
鷹峰は、ゆっくりと歩いてきて、俺の座っている席の机に手を置いた。
距離が近い。あと、透とは違ったタイプの綺麗な顔立ちをじっと見つめてしまう。
俺と鷹峰ってこんなに近くで話す仲だったか? と、疑問が浮かぶ。でも、それもすぐに消えた。
「昨日は、ちゃんと帰れた?」
「え?」
予想していなかった言葉に、間の抜けた声が出る。ぱちぱちと瞬きを繰り返して、素直に頷く。
「帰れたけど……それがどうかした?」
「いや」
鷹峰は少しだけ目を細めた。無表情で目を細められると、睨まれたような圧迫感があって、少しだけ仰け反る。美人の迫力はすごい。
「念のため。最近、帰れない人がいるみたいだから」
その言い方に、妙な引っかかりを覚える。
「帰れてないって……なにそれ」
「さあ」
あっさりとした返事。けれど、興味がないわけじゃない。むしろ、何かを知っていて、言っていないようなそんな感じがする。
「でも、社本は大丈夫そうだね」
「何が?」
「まだ残ってる」
ぞわ、と背筋が冷えた。
「……残ってるって、なに」
思わず声が低くなる。ホラーはやめてほしい、俺は苦手なんだ。
鷹峰は少しだけ首を傾げた。
「そのままの意味だよ」
それだけ言って、ふっと視線を外す。逃げられた、と思った。
「ねえ、鷹峰」
呼び止める。自分でも、なんで呼び止めたのか分からない。でも、このまま何も聞かないままはダメな気がした。
鷹峰が振り返る。
「なに?」
「……俺たちって、前からこんなに話してたっけ」
言ってから、しまったと思った。変なことを聞いてしまった。普通に考えたら失礼だ。でも、口から出てしまったものは戻らないし、初対面の……はずだ。
鷹峰は、一瞬だけ目を見開いた。ほんの一瞬。それから、柔らかく笑う。けれど、いつもの無表情に戻った。
「少なくとも俺は、前から話してたつもりだけど……社本って話聞いてないから、君が忘れたのかもね」
そう、静かに言った。挑発されたと思って、ムッとしてしまった。けれど、もしかして一方的に友人と思われているか、俺が話を聞いていないことが本当とか。それがちょっとあり得そうで、問い返そうとしたとき明るい声が聞こえた。
「明ー!」
教室の前から声が飛んできた。
透だ。鷹峰で隠れていたので、身体を傾けて横から顔をのぞかせると、透はいつも通りの笑顔で手を上げている。
その姿を見た瞬間、表情が緩んでしまう。
「あ、透」
安心した声が出る。さっきまでの違和感が、嘘みたいに薄れていく。鷹峰のこともさっきの会話も、どうでもよくなる。透さえ居てくれたら、俺はそれでいい。
「明ー、なにしてんだよ」
透がもう一度呼ぶ。その声だっていつも通りで、安心する。
「今行く!」
「社本、まって。そっちには……」
「ごめん、また話そ」
まだ会話を続けようとする鷹峰に短く返して、横切った。背中に視線を感じる。でも振り返らなかった。そのまま、透の方へ歩く。
「遅ぇよ」
「ごめんごめん」
軽く笑って誤魔化すと、透は呆れたように肩をすくめた。
「なに朝からぼーっとしてんだよ?」
「ちょっとね」
「寝不足か?」
手のひらを額に当てて、熱を測ってくれる。その接触に熱が上がりそうで、頭を横に振る。
「いや、寝たけど……なんか変な夢見た」
「どんな?」
「覚えてない」
答えながら、首を傾げた。本当に覚えていない。でも、楽しかった気がする。笑っていた気がする。
「まあいいや。今日さ、昼一緒に食おうぜ」
「いいよ」
頷く。それが当たり前みたいに。
でも、頷いた瞬間。胸の奥が、ほんの少しだけざわついた。
——本当に、それでいいのか?
そんな声が、どこかで鳴った気がした。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
首を横に振る。考えすぎだ。いつも通りでいい。それで問題なんて起きたことはないんだから。いつも通り、俺は流されていたらいいんだ。
透は「そっか」とだけ言って、それ以上は聞いてこなかった。そういうところも、楽でいい。
ふと、視線を感じて顔を上げる。教室の窓側。
鷹峰が、こちらを見ていた。目が合う。ただ見ているだけの瞳。でも、何も言わない。だから静かに視線を逸らした。
「どうした、明」
「いや」
もう一度、鷹峰の方を見るが、すでにこっちは見ていない。
窓の外を見ている、綺麗な横顔が見えた。
