月曜日。テスト当日。
今日から三日間テスト漬けだ。俺は出席をしてもしなくても点数変わらないんだけど。そう言ったら、それなら出席点は出るから来るだけ来なさい。との飯塚先生の言葉に言われるがままに毎回出席している。そのあたり、俺の扱い方をよく知っている。
教室に入って、自分の席につくよりも黎助のところに行く。
勉強しているというよりも、暇だからぼんやりと教科書を眺めている黎助の顔をのぞき込む。
「おはよ」
「おは……よう?」
髪をばっさりと切った俺を見て、黎助は固まっている。黎助を驚かせることに成功してちょっと嬉しい。
「テスト勉強は?」
「先にそっちかよ。それより言うことあるんじゃない?」
「……似合ってる」
「さんきゅ」
黎助が帰ったあと、そのまま日曜日に髪を切った。今回は前回の失敗を踏まえて空いてる美容院を予約したから、変ではないはず。
前髪を失敗してから、この一年間髪を切らなかった。ちょうど黎助を忘れていた期間に伸びていたもの。それもよくないなと思って。色々な悪いモノから縁を切った意味を込めて。
「あっれ、明ってば髪切ったんだ」
背後から聞こえる明るい声。振り返ると、金曜日に倒れた星の姿だ。無事に登校できたみたいでよかった。
上限を押し出される形で復帰したはずの山代と、この前倒れたばかりの星。同時に快復して出席していることに、訝しんで見ていたら、あっ! と、大きい声を出された。
「ごめん! 失恋だった?!」
「違うって」
寧ろ告白の決意表明みたいなものでもあるので、変なフラグはやめてほしい。
「あはは! 黎助くんと仲直りしたと思ったのにって思って。最近の明はずっと、ほら……あの陸上部の人と居たじゃん」
「え」
星は透とそれなりに会話をしていたはずだ。そう見えていたのは、俺の勘違いだったのか。
「透と、仲良くない……のか?」
「仲いいっていうか……なんか、いるけど、居るだけみたいな? 存在感ないんだよねえ」
隣にいる黎助と視線を合わせると、お互いなんとも言えない顔になったので、この話もテスト明けに持ち越すこととしよう。
教室には、金曜日よりも沢山の人が出席している。久々に見る姿の人もいる。
授業が開始しても、透の姿はなかった。
一日目、二日目、三日目。全部いつも通りに終わらせた。赤点が何個あるのか、終わって早々考えるくらいには手ごたえはない。星は嘆いて、山代は休んでいたわりにそこそこの手ごたえで、綾瀬は偏りがある結果になりそうだと笑って、黎助は目標以上にはできただとか。普段だったら集まらないこの五人でなんとなく集まって、テスト後の労いを互いにしていた。
三日目のテストが終わった午後は自由時間。
俺は黎助と屋上に出た。普段屋上は禁止されているけど、橘先生にお願いしたら、お祝いだって一時間だけの約束で解放してもらえた。俺から怪異が居なくなったのが視えたんだろうけど、それにしてもあの先生、結構甘いところがあるな。
「佐伯は元々あんまり目立つタイプじゃなかったよ」
「そうなんだ」
だからみんな反応が薄いというか、俺といたときは星も反応していたけど、そうじゃなくなったら興味すら湧かなくなっていた。
「送り犬側は佐伯に恨みを持っていただろうね。力を持ったモノが人間に使われるなんて、嫌だろう」
「それで更に記憶が消えていった?」
「うん、送り犬が全部持って行ったんじゃないかな。本当に、全部。送り犬自身を含めて」
今までの被害者は身体や記憶は残っていたけれど。もしかして、これから透のことを覚えている人がいなくなるんだろうか。全部送り犬が自分ごと持って行ったなら、今まで被害にあったひとが一気に戻ってきたのには納得するけれど。
「陸上部だけど特に賞にも入ってないし、大学もほかの人が推薦のはずだけど……」
「そういう見栄とかも俺だけ記憶の上書きされてたってこと……?」
「明の周りだと人に良く見てもらえるとか、輝けるとか……」
そう言って、押し黙る黎助の顔を見る。何か考えているとき、思考に陥って周りが見えないことがあるんだよな。こういうときに黎助の顔を観察するのが俺の癖だったりする。
「今回の怪異って明も原因なんじゃないかなって思ったんだよね」
「俺のせいになった?」
予想外の言葉に目をぱちぱちと瞬かせる。思考に耽って下に落ちていた瞳がこっちを見てくるので、ちょっと拗ねた顔をしたら頭を撫でられた。撫でたら機嫌が直ると思うなよ、今回だけだからな。
「ううん。いろんなもののタイミングにもなるんだけど。この町の七四面字って名前、ナナシって読めるから」
「それに面で顔も字もってあって、まさに今回の怪異にうってつけだけど」
「夏祭りの神社の土地神様が、犬神から守るために明の名前を強くしてくれたとか。ついでに噛まれた俺の名前も」
「名前の神様ってこと? ってか神様の力ってもっといい方向だけに向かわない?」
「神様に祈るのを間違えると大惨事が起こることもあるって言うからね、使う人次第みたいな」
「色々考えられることがありすぎるし、俺にはこの町と相性悪い気がしてきた」
「まあ、全部憶測だからね」
屋上のフェンスに寄りかかって、俺と黎助は炭酸水を飲む。いまの黎助のブームらしくて、たまに俺の分も買ってくれるけど、確かにフレーバー付きは美味しい。
「……明は、進路決めた?」
黎助は、視線を下げて聞いてくる。これから先、進路が違えば離れ離れだ。
スマホで連絡がとれたり話せたりするけど、今みたいに会うのとはまた違う環境になる。
それがさみしいって、言えばいいのに。
言葉にしなくても、表情で全部わかってしまうぞ、黎助。何年お前の親友やってると思ってるんだよ。
でも、親にも上手に甘えられないし、そんな環境でもなかったから甘え方も知らない黎助に、言ってくれよなんて言えない。それは今後の俺の課題にする。
そういう未来を込めて、黎助にぐちゃぐちゃになった進路希望の用紙を差し出す。
「これ、あとで飯塚先生に出すつもりなんだけど」
「……すごいボロボロ。いつ書いたの」
「去年の夏休みには書いてた。本当はあの日、黎助に言うつもりだった」
頭の良さが違うから、一緒の大学は無理だけど、同じ土地についていく。
俺には黎助がいないと、生きていけないって思ってるから。これは黎助のためじゃなくて、自分のエゴだ。
「進路。透にはあげなかったけど、黎助にはあげようとしてた。黎助との未来、見てたんだよ、俺」
「……うん」
「黎助が美味そうに母さんの料理食べるから、羨ましくて」
「だから調理系の学校なんだ」
俺が書いた進路先の専門学校の名前を、愛しそうに指先でなぞる。嘘の理由だって、愛しそうに眺めて。
「昨日、父さんと母さんに黎助と一緒に住むって言ったら、良いよって言ってくれたんだけど」
「まずは俺に相談しなよ」
「サプライズ?」
「本当、サプライズだ」
紙を抱きしめて、泣く顔が綺麗で。その涙が嬉しい涙だってわかるから俺も嬉しくて、黎助を抱きしめて左右に揺れてたら、頭を軽く叩かれた。大人しく止まると、ぎゅっと抱きしめ返された。黎助は俺よりでかいので、ちょっと包まれる感じがする。
「明、好きだよ」
ぎゅうぎゅうに抱きしめる耳元で囁かれて、グッときてしまった。心に刺さった。クリティカルヒットというか、WEEKというか。黎助の告白は俺にはまだ刺激が強すぎる。慣れるのか? 一生慣れないだろうな。また、俺は黎助に対する弱点を作ってしまった。
俺も、俺も伝えないと。嬉しくて溶けそうな情けない顔になっているだろうけど。ちゃんと黎助の顔を見て言いたくて、背中を叩いて俺の方に向かせれば、こつりと額同士を合わせる。
「俺も黎助が大好きだ」
ペットボトルを持った両手を背中に回すと、嬉しそうにはにかむ黎助の顔。近い。間近で綺麗な顔を見ると刺激が強すぎる。どちらかと言えば黎助の方が光属性だろ、ってくらい眩しい。ぎゅっと目を瞑ると、そのまま柔らかくて、熱い気温なのにもっとあったかいって感じるくらいの温度と触れて、ラムネフレーバーの味がした。
ゴトッ、と落ちる音。俺の持っていたペットボトルがしゅわしゅわと音を立てて零れている。
「ごめん。可愛くて、言うより先にキスしてしまった」
「お、おん……」
顔が真っ赤になっているのが自分で分かる。熱中症になったかもしれない!
それでもぜんぜん離してくれないし、また泣き始めた。こんなに泣いている黎助を見るのは初めてだ。それどころか最後に泣いてるのを見たのなんて、小学生のころじゃないか?
よしよし、と背中を摩りながら空を見上げると、青空に飛行機雲が一筆。
黎助に、2回目の恋に落ちた時と同じキャンパスだ。
あの時、記憶が無くても、俺は黎助に恋してたんだ。
「夏祭りのときから、言おうと思ってたんだ。俺、黎助のこと、恋愛として好きだって」
言い切った瞬間、心臓が痛いくらい跳ねた。
けれど黎助は、困ったみたいに笑ったあと、俺の額にこつんと額をぶつけてくる。
「知ってた」
「は?」
「だって、明、分かりやすすぎるから」
「うそだろ……」
全部バレてたらしい。恥ずかしさでしゃがみ込みたくなる俺を、黎助は逃がさないみたいに腕の中へ閉じ込める。
「でも、ちゃんと聞けてよかった」
その声が、少し震えていた。
ああ、本当に。全部終わったんだ。
名前を呼ばれても、消えない。忘れない。
こうして、隣にいられる。
「黎助に俺が必要なら、ずっと隣にいるから。黎助を俺の名前で導けるならそれはきっと、俺は黎助のために生まれてきたんだ」
「急にかっこいいね」
「普段からかっこいいけど?」
「普段は可愛いよ」
可愛いと思ってるのは黎助だけだって。そう言おうとしたら、また唇を奪われた。
今度は、赤い舌が入ってくる。あの日見た赤い舌が俺の口の中に入って、奥へ逃げようとする舌を絡めとる。まるで捕食されているようで、もう炭酸水の味はしなくて。夏の気温が更に頭を茹でらせて、それから、それから。訳が分からないくらい、気持ちいい。
黎助が満足したころで、舌が離されて、俺はただ茫然と立っていた。いや、足が震えて黎助に寄りかかっている。
「うん、やっぱり可愛い」
「……やばいキスするときは、事前に報告してほしい」
「ははっ、……うん。善処する」
フェンスの向こう、夏空に伸びた飛行機雲がゆっくり崩れていく。
「……帰ったら母さんたちに報告する?」
「待って。それは流石に心の準備がいる」
「もう一緒に住む話までしてるのに?」
「それとこれとは別だよ、明」
黎助が声を上げて笑う。つられて俺も笑った。
今日から三日間テスト漬けだ。俺は出席をしてもしなくても点数変わらないんだけど。そう言ったら、それなら出席点は出るから来るだけ来なさい。との飯塚先生の言葉に言われるがままに毎回出席している。そのあたり、俺の扱い方をよく知っている。
教室に入って、自分の席につくよりも黎助のところに行く。
勉強しているというよりも、暇だからぼんやりと教科書を眺めている黎助の顔をのぞき込む。
「おはよ」
「おは……よう?」
髪をばっさりと切った俺を見て、黎助は固まっている。黎助を驚かせることに成功してちょっと嬉しい。
「テスト勉強は?」
「先にそっちかよ。それより言うことあるんじゃない?」
「……似合ってる」
「さんきゅ」
黎助が帰ったあと、そのまま日曜日に髪を切った。今回は前回の失敗を踏まえて空いてる美容院を予約したから、変ではないはず。
前髪を失敗してから、この一年間髪を切らなかった。ちょうど黎助を忘れていた期間に伸びていたもの。それもよくないなと思って。色々な悪いモノから縁を切った意味を込めて。
「あっれ、明ってば髪切ったんだ」
背後から聞こえる明るい声。振り返ると、金曜日に倒れた星の姿だ。無事に登校できたみたいでよかった。
上限を押し出される形で復帰したはずの山代と、この前倒れたばかりの星。同時に快復して出席していることに、訝しんで見ていたら、あっ! と、大きい声を出された。
「ごめん! 失恋だった?!」
「違うって」
寧ろ告白の決意表明みたいなものでもあるので、変なフラグはやめてほしい。
「あはは! 黎助くんと仲直りしたと思ったのにって思って。最近の明はずっと、ほら……あの陸上部の人と居たじゃん」
「え」
星は透とそれなりに会話をしていたはずだ。そう見えていたのは、俺の勘違いだったのか。
「透と、仲良くない……のか?」
「仲いいっていうか……なんか、いるけど、居るだけみたいな? 存在感ないんだよねえ」
隣にいる黎助と視線を合わせると、お互いなんとも言えない顔になったので、この話もテスト明けに持ち越すこととしよう。
教室には、金曜日よりも沢山の人が出席している。久々に見る姿の人もいる。
授業が開始しても、透の姿はなかった。
一日目、二日目、三日目。全部いつも通りに終わらせた。赤点が何個あるのか、終わって早々考えるくらいには手ごたえはない。星は嘆いて、山代は休んでいたわりにそこそこの手ごたえで、綾瀬は偏りがある結果になりそうだと笑って、黎助は目標以上にはできただとか。普段だったら集まらないこの五人でなんとなく集まって、テスト後の労いを互いにしていた。
三日目のテストが終わった午後は自由時間。
俺は黎助と屋上に出た。普段屋上は禁止されているけど、橘先生にお願いしたら、お祝いだって一時間だけの約束で解放してもらえた。俺から怪異が居なくなったのが視えたんだろうけど、それにしてもあの先生、結構甘いところがあるな。
「佐伯は元々あんまり目立つタイプじゃなかったよ」
「そうなんだ」
だからみんな反応が薄いというか、俺といたときは星も反応していたけど、そうじゃなくなったら興味すら湧かなくなっていた。
「送り犬側は佐伯に恨みを持っていただろうね。力を持ったモノが人間に使われるなんて、嫌だろう」
「それで更に記憶が消えていった?」
「うん、送り犬が全部持って行ったんじゃないかな。本当に、全部。送り犬自身を含めて」
今までの被害者は身体や記憶は残っていたけれど。もしかして、これから透のことを覚えている人がいなくなるんだろうか。全部送り犬が自分ごと持って行ったなら、今まで被害にあったひとが一気に戻ってきたのには納得するけれど。
「陸上部だけど特に賞にも入ってないし、大学もほかの人が推薦のはずだけど……」
「そういう見栄とかも俺だけ記憶の上書きされてたってこと……?」
「明の周りだと人に良く見てもらえるとか、輝けるとか……」
そう言って、押し黙る黎助の顔を見る。何か考えているとき、思考に陥って周りが見えないことがあるんだよな。こういうときに黎助の顔を観察するのが俺の癖だったりする。
「今回の怪異って明も原因なんじゃないかなって思ったんだよね」
「俺のせいになった?」
予想外の言葉に目をぱちぱちと瞬かせる。思考に耽って下に落ちていた瞳がこっちを見てくるので、ちょっと拗ねた顔をしたら頭を撫でられた。撫でたら機嫌が直ると思うなよ、今回だけだからな。
「ううん。いろんなもののタイミングにもなるんだけど。この町の七四面字って名前、ナナシって読めるから」
「それに面で顔も字もってあって、まさに今回の怪異にうってつけだけど」
「夏祭りの神社の土地神様が、犬神から守るために明の名前を強くしてくれたとか。ついでに噛まれた俺の名前も」
「名前の神様ってこと? ってか神様の力ってもっといい方向だけに向かわない?」
「神様に祈るのを間違えると大惨事が起こることもあるって言うからね、使う人次第みたいな」
「色々考えられることがありすぎるし、俺にはこの町と相性悪い気がしてきた」
「まあ、全部憶測だからね」
屋上のフェンスに寄りかかって、俺と黎助は炭酸水を飲む。いまの黎助のブームらしくて、たまに俺の分も買ってくれるけど、確かにフレーバー付きは美味しい。
「……明は、進路決めた?」
黎助は、視線を下げて聞いてくる。これから先、進路が違えば離れ離れだ。
スマホで連絡がとれたり話せたりするけど、今みたいに会うのとはまた違う環境になる。
それがさみしいって、言えばいいのに。
言葉にしなくても、表情で全部わかってしまうぞ、黎助。何年お前の親友やってると思ってるんだよ。
でも、親にも上手に甘えられないし、そんな環境でもなかったから甘え方も知らない黎助に、言ってくれよなんて言えない。それは今後の俺の課題にする。
そういう未来を込めて、黎助にぐちゃぐちゃになった進路希望の用紙を差し出す。
「これ、あとで飯塚先生に出すつもりなんだけど」
「……すごいボロボロ。いつ書いたの」
「去年の夏休みには書いてた。本当はあの日、黎助に言うつもりだった」
頭の良さが違うから、一緒の大学は無理だけど、同じ土地についていく。
俺には黎助がいないと、生きていけないって思ってるから。これは黎助のためじゃなくて、自分のエゴだ。
「進路。透にはあげなかったけど、黎助にはあげようとしてた。黎助との未来、見てたんだよ、俺」
「……うん」
「黎助が美味そうに母さんの料理食べるから、羨ましくて」
「だから調理系の学校なんだ」
俺が書いた進路先の専門学校の名前を、愛しそうに指先でなぞる。嘘の理由だって、愛しそうに眺めて。
「昨日、父さんと母さんに黎助と一緒に住むって言ったら、良いよって言ってくれたんだけど」
「まずは俺に相談しなよ」
「サプライズ?」
「本当、サプライズだ」
紙を抱きしめて、泣く顔が綺麗で。その涙が嬉しい涙だってわかるから俺も嬉しくて、黎助を抱きしめて左右に揺れてたら、頭を軽く叩かれた。大人しく止まると、ぎゅっと抱きしめ返された。黎助は俺よりでかいので、ちょっと包まれる感じがする。
「明、好きだよ」
ぎゅうぎゅうに抱きしめる耳元で囁かれて、グッときてしまった。心に刺さった。クリティカルヒットというか、WEEKというか。黎助の告白は俺にはまだ刺激が強すぎる。慣れるのか? 一生慣れないだろうな。また、俺は黎助に対する弱点を作ってしまった。
俺も、俺も伝えないと。嬉しくて溶けそうな情けない顔になっているだろうけど。ちゃんと黎助の顔を見て言いたくて、背中を叩いて俺の方に向かせれば、こつりと額同士を合わせる。
「俺も黎助が大好きだ」
ペットボトルを持った両手を背中に回すと、嬉しそうにはにかむ黎助の顔。近い。間近で綺麗な顔を見ると刺激が強すぎる。どちらかと言えば黎助の方が光属性だろ、ってくらい眩しい。ぎゅっと目を瞑ると、そのまま柔らかくて、熱い気温なのにもっとあったかいって感じるくらいの温度と触れて、ラムネフレーバーの味がした。
ゴトッ、と落ちる音。俺の持っていたペットボトルがしゅわしゅわと音を立てて零れている。
「ごめん。可愛くて、言うより先にキスしてしまった」
「お、おん……」
顔が真っ赤になっているのが自分で分かる。熱中症になったかもしれない!
それでもぜんぜん離してくれないし、また泣き始めた。こんなに泣いている黎助を見るのは初めてだ。それどころか最後に泣いてるのを見たのなんて、小学生のころじゃないか?
よしよし、と背中を摩りながら空を見上げると、青空に飛行機雲が一筆。
黎助に、2回目の恋に落ちた時と同じキャンパスだ。
あの時、記憶が無くても、俺は黎助に恋してたんだ。
「夏祭りのときから、言おうと思ってたんだ。俺、黎助のこと、恋愛として好きだって」
言い切った瞬間、心臓が痛いくらい跳ねた。
けれど黎助は、困ったみたいに笑ったあと、俺の額にこつんと額をぶつけてくる。
「知ってた」
「は?」
「だって、明、分かりやすすぎるから」
「うそだろ……」
全部バレてたらしい。恥ずかしさでしゃがみ込みたくなる俺を、黎助は逃がさないみたいに腕の中へ閉じ込める。
「でも、ちゃんと聞けてよかった」
その声が、少し震えていた。
ああ、本当に。全部終わったんだ。
名前を呼ばれても、消えない。忘れない。
こうして、隣にいられる。
「黎助に俺が必要なら、ずっと隣にいるから。黎助を俺の名前で導けるならそれはきっと、俺は黎助のために生まれてきたんだ」
「急にかっこいいね」
「普段からかっこいいけど?」
「普段は可愛いよ」
可愛いと思ってるのは黎助だけだって。そう言おうとしたら、また唇を奪われた。
今度は、赤い舌が入ってくる。あの日見た赤い舌が俺の口の中に入って、奥へ逃げようとする舌を絡めとる。まるで捕食されているようで、もう炭酸水の味はしなくて。夏の気温が更に頭を茹でらせて、それから、それから。訳が分からないくらい、気持ちいい。
黎助が満足したころで、舌が離されて、俺はただ茫然と立っていた。いや、足が震えて黎助に寄りかかっている。
「うん、やっぱり可愛い」
「……やばいキスするときは、事前に報告してほしい」
「ははっ、……うん。善処する」
フェンスの向こう、夏空に伸びた飛行機雲がゆっくり崩れていく。
「……帰ったら母さんたちに報告する?」
「待って。それは流石に心の準備がいる」
「もう一緒に住む話までしてるのに?」
「それとこれとは別だよ、明」
黎助が声を上げて笑う。つられて俺も笑った。
