──時が、止まったのかと思った。
桜太郎に誘われて、ちょっと浮き足立つような気持ちもあって、バイト終わりにあの公園で合流した。
子供の頃、母親の実家の方に引っ越してから、それ以降一度も来たことがなかった。当時は、家にいても不安定な母親に怒鳴りつけられるだけで、場合によっては出て行けと罵られるから、とりあえずこの公園に避難して、毎日のように過ごしていたっけ。
久々の景色、二人で遊んだ沢山の記憶。思い出話に花を咲かせながら、脳裏にはあの日の光景や、あの時の言葉が、かわるがわる浮かんでくる。それはまるで、大雨の後の濁流のように。桜太郎の言う通り、確かにその公園の風貌は大きく変わっていて、地域の子供たちは相変わらず楽しく遊んでいたようだけど、物悲しさを抱くのも、わかる気がした。
日が暮れようと、夏は暑い。
じわじわした熱風と、話しすぎて乾いた喉を潤そうと、持参した炭酸飲料を飲んだその後に、──何故か、急に、桜太郎に、キス、された。
頭がおかしくなったのかと思った。
どっちの?
俺か、もしくは、桜太郎の。
最初は何が起きたのかわからず。遅れて理解したつもりが、脳が拒んだ。そんなわけなくない?
それでもどうしようもなく分かった瞬間に、身体中を、ぶわっと熱が駆け巡ったのが、他人事みたいにわかった。
気が付けば、バカ! と大声で叫んで、俺はその場を逃げ出した。桜太郎は咄嗟に手を伸ばしたようだけど、俺の腕を掴み損なって、そのまま俺を追いかけた。
逃げ出しておいてなんだが、公園から出てしまったら、もう二度とこうして話せない気がして、混乱しつつもそんな打算で、結局公園の中だけを走り回ることになった。そう広くはないので逃げ場所もほとんどなくて、遠くにも行けないから滑り台の裏に回り込む。桜太郎は、正面から距離を詰めてきて、俺は滑り台の影に隠れるようにしながら、それを隔てて一応向かい合った。
街灯が遠いから、はっきりとその表情が見えることはなかったが、恥ずかしそうに頬を染めていることは何となくわかった。目元にぎゅっと力が入って泣きそうな垂れ目と、一文字に結ばれた口の形は昔と全く一緒だった。小さい頃に、俺と喧嘩した時の顔を思い出す。
てか。暑い。熱い。背中とかすごい、じわって汗かいた。一気に。
頭もなんか、痛い。喉がヒリヒリする。
「け、ケダモノ! 色魔! 男子高校生ってみんなこうなのか!? 性欲の権化! 人間なら誰でもいいのかよ!」
「言い過ぎだよっ」
つい口をついて出た怒涛の文句に、桜太郎は勢いよくツッコんだ。いやでもだってお前、言われたって仕方ないことしてるだろ!
走り回ったのと、一度にたくさん言ったから、ぜーぜー息切れしている。それは桜太郎も同じようで、はあ、と息を整えつつも、結局全然整わないまま話し始める。
「ちが……っ、いろいろ、お、思い出して。むかし、どうして、俺があーちゃんのこと、す、好きになったのか、とか」
桜太郎の口から、ちゃんと「好き」と言われたのは、多分初めてだった。いつもは俺の問いかけに頷くばかりで、自発的にそう言われたことはなかったから。
耳の奥に、じんと響く。
わかってはいたつもりだったけど、本当に俺のこと好きだったんだ、と、心が揺れた。ときめいた。こんなときですら。
「かわいいって、いうのは、正直、そうで……。あと、キラキラして、眩しくて、そ、それは、い、今も、そう、なんだけど……」
次第にもごもご口ごもる。聞いていてこちらが照れてくる。
「お前、恥ずかしくないの? そんなこと言っちゃって……」
照れたり、何を言ったらいいのかわからなくなると、つい笑ってしまう。バカにしていると取られることもあるので、やめた方がいいと分かってはいるのだが長年のクセは何ともならない。つい口を挟むと、桜太郎は慌ただしく言い返した。
「い、言わないでよ、こっちは真剣なんだから」
静寂とも言えないくらいの僅かな沈黙があってから、桜太郎は付け足すように言った。
「だ、大体! 碧羽はすぐそうやって、人のことからかって話を逸らす! 昔からだ、それ!」
「うるさいな! 話逸らしたのはお前でしょ、今のは!」
ぎゃっと騒ぎ出すような喧嘩に発展する前に、お互いもうクソガキではないので、なんとも言えない目配せで、息を吸って吐いて気を取り直す。
俺は、隠れるようにして手をかけていた滑り台から少し離れて、ちゃんと桜太郎と向かい合った。絶妙な距離を保ったままに、俺たちは、今から、真剣で大真面目な話をしようとしていた。
桜太郎は、多分、何をどう伝えようか少し考えて、視線を斜めに揺らしたのが、薄暗い中でも見えた。その後、まるでカクゴを決めたように、まっすぐ俺の目を見た。一歩踏み出したからか、街灯か月明かりか、なにかが反射して、桜太郎の瞳がきらっと光った。
「碧羽は、っ──」
裏返りそうな、調節のきいていない大きめの声に、一度言葉を飲み込んで、ンン、と喉を鳴らした。
「──強いのに、強く見えるのに、本当は、めちゃくちゃ寂しがり屋で、構ってほしくて嫌なこと言っちゃったりとかして、また強がって」
さりげないディスが混ざり込んでいた気がするが、別にいい。桜太郎は、俺が泣きたくなるほどに、俺という人間を理解していたようだった。
「器用そうに見えてかなり不器用だし、なんか色々下手だし」
好きな理由、とか言っておいて全然褒めてない、むしろ貶しまくっているけど、桜太郎が俺に夢を見ていないことに傷付きもしたし、それ以上に安心した。
桜太郎はずっと必死に言葉を投げかけた。
俺はそれを真正面から浴びて、目の奥が痺れて、なんか鼻水とか出てきたから、ズッとすすった。
「そういうところ、見てて、俺が支えになりたいって思ったしっ! あーちゃんといるときの俺ってちょっとカッコよくなれる気がしてたし!」
そうだよ、桜太郎はずっと俺のヒーローだった。
俺はもう桜太郎のお姫様じゃなくなっちゃった、ただの男子高校生になっちゃった、いや、これが本当の姿で、俺はお姫様なんかじゃなかった。使用人よりよっぽど酷かったんだけど、桜太郎はいつでも俺にとってヒーローで、それは今も昔も全然変わらない。
「今はなんか逆に超ダサい俺になっちゃうけど! でも、なんか、目は、離せないし……っ」
いつも余計なことばかり喋る口は、なんだか今はうまく回らなかった。そうだよダサいよとか言ってやりたいのに、それ以上にいっぱいいっぱいだった。
顔が熱い。耳が熱い。なんだか手先が震えてきたかもしれない。
希望、未分不相応な野望に全身が疼いている。
既に受け取った夢みたいな想いと、これから訪れるだろう幸福な言葉から、逃げ出したくなる気持ちすらした。
「す、すきとか、正直、わかんない、俺、普通に女の子が好きだし、あーちゃんのことずっと女の子だと思ってたし」
目の前の特別が、自分に対してこんなにも一生懸命になっているという事実に、満たされないで何だというんだ。
俺だってわかんない、好きとか正直わかんない。恋愛とか、狂った母親見てたら嫌気がさしたし、それでも桜太郎と過ごせたら、きっとこころは暖かくなると思う。
「でも、今は、碧羽と、一緒にいたいって、この先もずっと一緒に過ごせたらいいなってそう思ってる!」
桜太郎は、頬を真っ赤にして、目に涙を潤ませながら、グッと力を入れるから垂れ目は余計に優しくなって、笑うことも置いてけぼりな必死の表情で、口を開いてはっきりと、俺に向かってそう言った。まろやかな声は芯をもって、どこにもぶつからずに俺に届いた。
俺も同じような気持ちだよって、そんなうまい話があってもいいのかな。
そういえばすごくドキドキしている。どんなことを言われるのか半ばわかっていたはずなのに、思いがけず心臓は痛い。有り得ないほどに跳ねている。こんなに暑いのに、指先が冷たくなって震えている。遅れて、また、汗が滲む。
「それってプロポーズ?」
「え!? や、ちが」
やっとのこと絞り出せた軽口に、桜太郎は咄嗟の否定をした。直後、否定をしたことに焦っている桜太郎がなんだかかわいく見えて、つい吹き出してしまう。
いや、あの、と、しどろもどろになる桜太郎を見ていたら、ドキドキはそのままに、少しずついつもの自分を取り戻せそうな感じがした。手をグーパー握って、肩の辺りに余ったTシャツで、こめかみに伝う汗を拭った。
「いーの? 俺、手強いよ」
笑いながら、挑発するみたいに──本当に桜太郎はそれでいいのか不安で、俺は、そう尋ねた。気負いせずに投げかけたつもりだったけど、語尾が少し震えたことに桜太郎は気がついてしまっただろうか。
少しの無言も心配で、桜太郎に否定させる隙を与えないように、ズルい質問を続ける。
「家、結構ヤバいし」
「うん」
「大学も行く気ないし」
「そうだね」
「めっちゃ性格悪いし」
「……知ってる」
「否定しろよ」
否定しなよ。そこはさあ。お前、俺のこと好きなんじゃないの?
ムカついたので、非難の意味を込めて、地面の砂を桜太郎の方に向かって蹴飛ばした。桜太郎のスニーカーに、小さな小石が数個、パラパラぶつかっていた。今更焦った桜太郎の、めっちゃではないよ、ちょっとね、とフォローになっていないフォロー。お前ってちょくちょくデリカシーないときある。
「……いつか後悔するかも」
「それならそれでもいいや」
それともさ、そういうのもまとめていいよって言ってくれるのかな、昔みたいに。
小学校上がるか上がらないかくらいの、難しい都合とかなんも考えないで毎日やれてた頃と同じように、色々すっ飛ばして好きって言ってくれんのかな。
桜太郎は、バカ真面目な顔をして言った。何を当然のことを、とでも言いたげな、スッとした表情で。力が入って、眉根はちょっと下がってた。
「今の俺が、今、碧羽と一緒にいたいんだもん」
「お前さあ」
幾度となく脳内で反芻した、かつての思い出が駆け巡る。あのときだって桜太郎は、何を気にするでもなく当然な顔をして、自分が一緒にいたいのだから周りなんか関係ない、と言ってのけた。
「お前さあ、それ、昔と言ってること一緒すぎ!」
笑ってたら、目尻に涙が滲んだ。いや、汗かも。暑いから。笑い過ぎたからかもしれないし、変わらない桜太郎がおかしかったからかもしれない。結局、俺が言われていちばんうれしい言葉をこの男は、臆面もなくぽろっと洩らすのだから、それはもうとらわれちゃって、離れたいだなんて思えないに決まっている。
「ねえ、本気ならさ、もっかいちゃんと、ちゅーして」
「えっ」
「勢いじゃなくて」
俺の申し出に、桜太郎は、これ以上ないくらいに狼狽えた。
あれは、夏の暑さと公園への郷愁だと、あとから言い訳されたくなかったから、ちゃんと意思をもった行動がほしかった。証拠品とか、証明書とか、そういうものを交わすかわりに、熱に浮かされない冷静なしるしがあれば、俺への誓いも言い逃れできないのではないかと思ったのだ。
──いや、そういう気持ちも当然あったのだが、本音は違った。あまりにも不意打ちだったシーンには実感がなく、俺の記憶に上手く留まってくれなかったから、ちゃんと確認して、味わいたかった。
でも、そう言ってから、なんてヤバいこと言っちゃったんだろうと思った。ほら見ろ、桜太郎も固まってる。
性欲の権化って、人のこと言えないのかもと思ったら急に、恥ずかしさでいてもたってもいられなくなってきた。あー、こうやっていつもそう。あとから言ったこと、後悔してばっかり。
脳内で頭を抱えていると、桜太郎は、おずおずと、足を踏み出して俺との距離を縮めた。靴の下で、砂と砂利が擦れる音を立てる。桜太郎の目線は、──獲物を捕捉するように。俺の姿形を捉えて、呼気は、熱い。
「や、やっぱなし」
取り返しがつかない。細かい理由は分からないがそう感じて、パッと顔を逸らし、半歩後ずさった。
乱れてもない洋服を整える。痛いほどの脈動で、血管とかがブチッと千切れて倒れてしまうかと思った。耳の奥がビリビリする。
うーっと唸りたくなるくらいの、どうにもならない色々が、身体の中でごちゃまぜになって、せめぎ合っている。
お互い少しずつ位置がズレたから、反射した街灯の光に照らされて、表情もよく見えるようになった。桜太郎は、肩で息をしながら俺のことを見つめていた。泣きそうにも見える、恨めしそうにも見える。唾をゴクッと飲み込んだのがわかる。
やばい、やばい──!
「ヤバぁ! 本気にしたの?」
ふっかけておいて怖気付いたのは自分なのに、体裁を保つために桜太郎を揶揄ることしかできない。
「するよ、本気にっ」
あまりにも真剣な顔でそう返されたから、余計に慌ただしくなった。違う、違くて。何とかしなきゃと思うほど、頭の中は空回りして、口をついて出るのはクセになった可愛げのない言葉たち、だ。
「ア、アハッ、顔真っ赤じゃんお前」
「碧羽もね」
「……」
カウンター。耳はきっと触ったら火傷しそうなくらい熱い。何も言えない。
桜太郎は、おあずけをくらった犬のような目で、俺を見据えた。いたたまれなくなってきて、上唇を少し噛んだ。
桜太郎は、さっき縮まった距離をもっと縮めて、俺の肩、腕の付け根辺りを両手でガシッと掴んだ。乱暴ではなかったが力強くて、逃れられない、と思った。反射的に、ビクッと揺れてしまう。汗を吸ったTシャツは、元々気温と体温で温まっていたと思うが、桜太郎のてのひらはそれよりもずっと熱かった。
「嫌、なわけじゃ、ない?」
いつもより掠れたように聞こえる声が、空気を震わせる続きで、俺の耳も震わせた。
「イヤでは、ないけど」
喉の奥が詰まりそうだけど、それでも、絞り出した本心が空間を漂った。
桜太郎は、ほっとしたように、手の力を少しだけ弱めた。それでも、掴まれているところからは熱が伝わって、早く強い心音はもはや、痛みになってみぞおちの辺りで渦巻いた。
「じゃあ、もう、次は、やめないから……っ」
「や、ちょ」
ちょっと待て、と言おうとしたのに、言えなかった。俺がちゃんとストップをかける前に、桜太郎は、思い詰めたような表情で俺の肩を引いた。優しいけど強引な力で、俺の身は桜太郎の方へと傾いた。桜太郎の顔が近づいてくる。
あ、くる──。
こんなに近くで人の顔をまじまじ見たのは、生まれて初めてのことだと思う。スローモーションみたいに、視界も、鼓動も、ゆっくり流れる。恥ずかしくて泣きそうだ。逃げ出したい。隠れる代わりにせめて目を閉じてしまいたいのに、そんなことをしたらこの景色が見られなくなってしまうと思うと、それも惜しかった。
なんか、意外とクマがあるんだな、とか。鼻の付け根とか骨っぽい。ほっぺの下の方、治りかけのニキビあるし。うっすら汗の匂いがするけど、嫌じゃない。
桜太郎が、あまりに俺の目を見つめてくるから、つい斜め下に目線を逸らした。息遣いまで聞こえてきそうな、いや、聞こえてくる距離だ。唾液を飲み込む。まずは鼻同士が柔らかくぶつかって、そこから流れるように、くちびるが重なった。
触れ合ったとき、くちびるは、硬かった。ファーストキスはレモンの味、なんて言説があるけれど、なんの味もしなかった。それよりも、本当にキスをしている! という衝撃で、色々とそれどころじゃなかった。
鼻息が顔を掠める。肩に酷く力が入っていることに気がついて、できるだけ解けさせた。桜太郎は、なかなか俺のことを離そうとはしなかった。自分の息が止まっていたことにも気がついて、微かな空気をそろりと吐き出したら、少しずつ余裕が出てきた。
いつ辞めるんだろう、という気持ちと、このままずっと続いたらいい、という気持ちが混ざっていくうちに、身体が心か、あるいは両方がむずむずしてくる。
いつか見たあの洋画の、舌を絡ませるような熱烈なキスの光景が頭に浮かんで、好奇心、欲求、羞恥、自己嫌悪、様々な感情がまた、渦巻く。
──舌、とか。どうなんのかな。
そんな考えが浮かんでしまったのを、必死に打ち消す。はしたない。猿か。はじめてのクセにサカりすぎ? でも、気になる、しかも今くちびるを合わせている相手は俺のことを好きらしいし、俺もこいつが好きなんだから、少しくらい──
おそるおそる、薄く開いたくちびるの隙間から、舌をちろりと出してみた。自分の歯に引っかかって、変に力が入って突っ張った。そのまま、桜太郎のくちびるに、舌で触れると──桜太郎は、ビクッと身体を強ばらせた。俺のことを掴んだままの手に、きゅっと力が入ったのがわかった。
桜太郎の口は、俺を誘うように開いて、同じようにそろりと舌が伸びてくる。壁ひとつ隔てたような、お上品な温度のキスとは違って、舌同士が触れ合うとかなり熱くて、粘膜、という、感じがした。
ここからどうしたらいいんだ。
始めたものの、やり方も何も分からないでいると、桜太郎の手が、俺の腕からゆっくり肩の上に、そして、耳元と首に移動した。
「! っん……」
思わず変な声が出てしまったのが嫌だった。恥ずかしかった。違う、驚いたし、くすぐったかっただけだ。でもそれを言い訳する暇も、そもそも考える暇すらないまま、桜太郎は、柔らかい果物にかぶりつくみたいに、俺のくちびるをまた包んだ。
舌が触れる。擦り合わさる。あつい。くちびる。食われる。やばい、やばい──!
身体の中心が疼く感じがした。頭の奥が甘く痺れている。脳味噌の中心が溶け出している。
これ以上は、ちょっと──。
突き放すように、とん、と桜太郎の胸板を押し返した。桜太郎は、ひと呼吸おいてから、ゆっくり俺を離れた。くちのなかに、自分のじゃない唾液を、感じる。
はあ、とどちらともなく吐いた息が、熱すぎてくらくらする。
「こ、このくらいにしておいてやるよ!」
謎に涙が出るかと思ったが、そう宣言すると、顔を真っ赤にして、いつもよりも──男らしい顔をした桜太郎が、少しだけ笑いながら言う。
「なにその煽り」
てか、なんか。慣れてね? お前。なんかさぁ。すごいさぁ。
でも多分、お互い、これ以上はヤバくて。何がとは言わないけど。燻った温度が体内を蠢いている。多分なんか、一歩間違えたら、熱中症とかになりそう。
「なんか? お前? ヨユーそうじゃん、遊び人」
なぜか上がった息を整えながら、自分ばかり限界ギリギリで、動揺して、涼しい顔をした桜太郎にムカついて、また憎まれ口を叩く。桜太郎は、くちびるを噛み締めるようにしたあと、大きく息を吸って、同じだけ大きく吐いた。
「……っ、あおば!」
急に、名前を呼ばれて、一度離れたはずの身体がまた近付いた。両腕を引っ張られて、抱きしめられたのだとわかった。お互い汗ばんでしっとりしたTシャツが張り付く。布越しに、身体が密着する。
ぎゅうう、と力強く締め付けられる。剣道とかやってたら腕力ってやっぱ鍛えられるのかな、とか考えて。それどころじゃない自分は、腕の行き場に迷って、それをそっと桜太郎の腰あたりにまわした。
「好きだよ」
耳元でしみじみと呟いた、吐息みたいな声の、湿度と甘さが、腹立たしい!
「……余裕なわけ、ないよ」
全くこの男は、自分がやりたいこと、考えるよりすぐ行動する。それで、俺の言ったことなんて聞いちゃいないし。聞いてたとこでこうやってまた、恥ずかしげもなく、ちょうど俺の心臓を突き刺すような言葉をストレートに放り投げるんだから。
「うるさ!」
返事の代わりに、腕にぎゅーっと力を込めて、俺も桜太郎を抱き締めた。
──俺も、好きだよ。スキ、当然に。
色々、難しいことは一旦置いておこう。それよりも、意識せずとも勝手にニヤつく頬を、何とかしなければ。お花畑になっちゃった頭の中を、どうにかしなければ。
そう思うけど、くちびるに残った感触は俺の心拍数を落ち着けてくれないし、二人の体温は混ざりあって、まだできたての切り傷みたいにじくじくしてる。
でもなんか、そうだよな。桜太郎がいれば、なんだってきっと大丈夫になるんだ。
