「菖蒲!もうシフト入って大丈夫なの?」
バイトのために花屋を訪れた俺に対して、叔母が気遣う言葉をかけてくれた。
夏休みが始まって早1週間。テスト疲れか、季節はずれのインフルエンザに罹り、まるまる1週間ほど布団の中で過ごした。風邪を引いたのは小学生ぶりだったので、こんなにしんどいのは久々だった。もちろん、花屋のバイトは休ませてもらっていて、今日が久々の出勤日となった。
「うん、なんとか。でも、もう風邪はひきたくないかも」
「せっかくの夏休みだものね」
「まぁね」
夏休み、か。もう8月になったというのに、俺の夏休みはようやく始まったばかりだ。しかし、これといった予定はない。花屋のバイトと学校の課題くらいか。彰人も部活で忙しいらしく、友達の少ない俺は長期休みを長いおひとり様時間として過ごすことになりそうだ。
「私は裏で作業してくるから、ここは任せていい?体調悪くなったらすぐに言うのよ?」
「わかったよ、ありがとう」
叔母さんは裏で検品するために倉庫に戻っていった。
久々の花屋。目線の先には色とりどりの花たちが綺麗にディスプレイされている。深呼吸をすると、植物特有の香りが鼻に抜けて心が落ち着く。
「さ、始めるか」
エプロンの紐を後ろで結び気合をいれた。
看板に今日のおすすめの花を書いて、店の前に出す。扉にかかったプレートを「OPEN」に変え、店前の掃除をしようとしたところで、声がかかった。
「あれ、瑞季?」
「四宮くん!」
買い物袋を持った四宮に出会った。私服を初めて見たが、スタイルがいいからTシャツにジーパンでもおしゃれに見えた。俺が着るのと全く違う。
「はは、なんかよく会うね?バイトしてる花屋ってここのことだったんだ。母さんがよく来るって言ってたよ」
「そうなんだ、いつもありがとうございます」
そう言ったところで、ふと疑問が浮かんだ。四宮くんに俺が花屋でバイトしてると伝えたことがあっただろうか?去年は同じクラスだったし、彰人との会話を聞いていたことがあったのかもしれないが…。
「せっかくだし何か買っていこうかな。入ってもいい?」
「もちろん!」
体調不良明け最初のお客様が四宮くんになるとは思いもしなかった。俺は店の中を覗く四宮くんを店内へと案内した。
「わぁ!綺麗だね!」
並んだ花束を見ていた四宮くんの声が室内に響く。
「四宮くんって花屋にはよく来るの?」
「あんまり来ないかなぁ。でも、母さんが部屋の花瓶をこまめに世話してるのを見るから、ちょっと馴染みはあるかも」
四宮は店内を見回し、少し考える素振りをした後に、俺の方に振り返った。
「花束って、ここにある以外のものも作ってもらえるの?」
「うん、お店の中の花から選んで作れるよ」
「瑞季にお任せってできる?」
「花束はおば、あ、店長が基本的に作ってるけど」
「いらっしゃいませ」
話し声が聞こえていたのか、タイミングよく裏で作業をしていた叔母さんが店に出てきた。
「花束をお願いしたいんですが、瑞季に。いいですか?」
「俺の、と、友達」
叔母さんにそう尋ねる四宮くんに続けて、俺が彼を紹介する。
「あらそうなの。いつも菖蒲がお世話になっています」
「あ、俺の叔母さんなんだ」
四宮くんは少し驚きながらも、叔母に向かって軽く会釈をし、微笑んでみせた。
「えっと、花束でしたよね?問題ないですよ。この子も素敵な花束を作るんで、期待してやってください」
叔母さんが俺の背中を強めに叩いた。
「もう、叔母さん!………四宮くん。お任せでいいの?」
「うん、よろしくお願いします」
「早速なんだけど、誰にあげる花束なの?こういう感じにしたいとかってある?」
「えっと、まぁ、親戚≪・・≫へのなんだけど、特にイメージはしてなかったなぁ…」
そこまで言うと四宮は、しばらく顎に手を当てて考え込んでいる様子だ。
「………瑞季のおすすめがいいかな!うん、それが喜びそう」
これは俺を信頼してくれている、ということなのだろうか。本心は定かではないが、期待されているのなら最大限応えられるようにやるのみだ。
「じゃあ、その親戚ってどんな人?」
「え、なんで?」
「その人のために作るから、四宮くんから見てどんな人なのか知りたいなって」
「なるほどね、頭いいんだけど、本心を見せないようにしてるから扱いにくい。でも、すっごくわかりやすく感情が顔に出る時もあって。心を開いた人にはとことん懐く、猫?みたいな感じ?」 四宮くんが話した特徴を聞いて、最初に思い浮かんだのは何故か軽い調子で口角を上げる男だった。
______榎本…?
なんでここであいつがでてくるんだ。
「なんか最近は悩んでるみたいだけど」
「え」
「気になってる子をデートに誘えなかったんだって」
「そう、なんだ」
そんなわけないか。最近話すことが多かったから思い浮かんだだけだろう。そもそも榎本を”わかりやすい”なんて思ったことはない。むしろ、常に何考えてるのかわからないやつだ。でも、猫っぽい部分はあるかもしれない。
「じゃあ、作ってみるね。」
流れる思考を振り払い、俺は花束作りに取り掛かった。主役はひまわりにした。その周りを青いデルフィニウムと白いカスミソウで包んでいく。
四宮くんの話を聞いて、戸惑いながら不器用に恋をしている姿が想像できた。そんな一途な思いが届くようにと、自分なりに願いを込めて花束を作った。
「こんな感じでどうかな?」と、出来上がった花束を四宮に差し出した。
「いいね!喜びそう!渡すの楽しみだなぁ」
四宮は花束を受け取って満足そうな表情を見せた。
「よかった。もしまたなにかあったら相談してね。」
「うん!普段花束なんて買わないからちょっと緊張しちゃったよ。でも買えてよかった!ありがとう!」
爽やかな笑顔と共に四宮は店を去っていった。
親戚にあげると言っていたが、花束を送りたいと思うくらい仲がいいのだろうか。四宮くんから花束を贈られる人を羨ましいと感じている自分が嫌になった。
「菖蒲にあんなイケメンの友達がいるなんて」
「わ!」
後ろから声がかかり、肩がビクッと跳ねた。ぼーっと考え込んでしまっていたため、叔母さんがいることに気づかなかった。叔母さんは「礼儀正しくて素敵な子ね」と続け、俺の様子を窺ってくる。返答に迷い、俺が黙っていると、叔母さんは構わずに話し始めた。
「イケメンといえば、菖蒲が休みの間に高校生くらいのイケメンが何回か来てたわぁ」
イケメン?正直、特に興味はなかったが、四宮くんからなんとか話を逸らすにはちょうど良さそうだ。
「そうなんだ、どんな人?」
「そうねぇ、身長はさっきの彼くらいだったかしら。短髪黒髪で、目が切れ長な感じ?黒岩誠司に似てたわ!ほら、月9に出てた!」
そう興奮気味に声を上げる叔母さんに若干引きつつも、思考は進む。
短髪黒髪に切長の目、やはり榎本の顔が思い浮かんでしまう。言われてみれば黒岩誠司に似ているところもあるかもしれない。
「その人、何買いに来てたの?」
「一輪挿しと花を買って行ったわよ。あ、バイトはいないのか、とかも聞かれたかも」
榎本とは確かにバイトの話はしたけど…。花とか飾るタイプじゃないだろうし、花屋に用事なんてないはず。だからまぁ、別人か。
「なんか、変な人だね」
俺は花束を作るために出していたラッピングシートとリボンを手に取った。それらを片付けながら、先ほどの出来事を思い出す。四宮くんと叔母さんの話で、何故か榎本が浮かんできた。そのことに、靄のかかったような違和感を覚えた。
バイトのために花屋を訪れた俺に対して、叔母が気遣う言葉をかけてくれた。
夏休みが始まって早1週間。テスト疲れか、季節はずれのインフルエンザに罹り、まるまる1週間ほど布団の中で過ごした。風邪を引いたのは小学生ぶりだったので、こんなにしんどいのは久々だった。もちろん、花屋のバイトは休ませてもらっていて、今日が久々の出勤日となった。
「うん、なんとか。でも、もう風邪はひきたくないかも」
「せっかくの夏休みだものね」
「まぁね」
夏休み、か。もう8月になったというのに、俺の夏休みはようやく始まったばかりだ。しかし、これといった予定はない。花屋のバイトと学校の課題くらいか。彰人も部活で忙しいらしく、友達の少ない俺は長期休みを長いおひとり様時間として過ごすことになりそうだ。
「私は裏で作業してくるから、ここは任せていい?体調悪くなったらすぐに言うのよ?」
「わかったよ、ありがとう」
叔母さんは裏で検品するために倉庫に戻っていった。
久々の花屋。目線の先には色とりどりの花たちが綺麗にディスプレイされている。深呼吸をすると、植物特有の香りが鼻に抜けて心が落ち着く。
「さ、始めるか」
エプロンの紐を後ろで結び気合をいれた。
看板に今日のおすすめの花を書いて、店の前に出す。扉にかかったプレートを「OPEN」に変え、店前の掃除をしようとしたところで、声がかかった。
「あれ、瑞季?」
「四宮くん!」
買い物袋を持った四宮に出会った。私服を初めて見たが、スタイルがいいからTシャツにジーパンでもおしゃれに見えた。俺が着るのと全く違う。
「はは、なんかよく会うね?バイトしてる花屋ってここのことだったんだ。母さんがよく来るって言ってたよ」
「そうなんだ、いつもありがとうございます」
そう言ったところで、ふと疑問が浮かんだ。四宮くんに俺が花屋でバイトしてると伝えたことがあっただろうか?去年は同じクラスだったし、彰人との会話を聞いていたことがあったのかもしれないが…。
「せっかくだし何か買っていこうかな。入ってもいい?」
「もちろん!」
体調不良明け最初のお客様が四宮くんになるとは思いもしなかった。俺は店の中を覗く四宮くんを店内へと案内した。
「わぁ!綺麗だね!」
並んだ花束を見ていた四宮くんの声が室内に響く。
「四宮くんって花屋にはよく来るの?」
「あんまり来ないかなぁ。でも、母さんが部屋の花瓶をこまめに世話してるのを見るから、ちょっと馴染みはあるかも」
四宮は店内を見回し、少し考える素振りをした後に、俺の方に振り返った。
「花束って、ここにある以外のものも作ってもらえるの?」
「うん、お店の中の花から選んで作れるよ」
「瑞季にお任せってできる?」
「花束はおば、あ、店長が基本的に作ってるけど」
「いらっしゃいませ」
話し声が聞こえていたのか、タイミングよく裏で作業をしていた叔母さんが店に出てきた。
「花束をお願いしたいんですが、瑞季に。いいですか?」
「俺の、と、友達」
叔母さんにそう尋ねる四宮くんに続けて、俺が彼を紹介する。
「あらそうなの。いつも菖蒲がお世話になっています」
「あ、俺の叔母さんなんだ」
四宮くんは少し驚きながらも、叔母に向かって軽く会釈をし、微笑んでみせた。
「えっと、花束でしたよね?問題ないですよ。この子も素敵な花束を作るんで、期待してやってください」
叔母さんが俺の背中を強めに叩いた。
「もう、叔母さん!………四宮くん。お任せでいいの?」
「うん、よろしくお願いします」
「早速なんだけど、誰にあげる花束なの?こういう感じにしたいとかってある?」
「えっと、まぁ、親戚≪・・≫へのなんだけど、特にイメージはしてなかったなぁ…」
そこまで言うと四宮は、しばらく顎に手を当てて考え込んでいる様子だ。
「………瑞季のおすすめがいいかな!うん、それが喜びそう」
これは俺を信頼してくれている、ということなのだろうか。本心は定かではないが、期待されているのなら最大限応えられるようにやるのみだ。
「じゃあ、その親戚ってどんな人?」
「え、なんで?」
「その人のために作るから、四宮くんから見てどんな人なのか知りたいなって」
「なるほどね、頭いいんだけど、本心を見せないようにしてるから扱いにくい。でも、すっごくわかりやすく感情が顔に出る時もあって。心を開いた人にはとことん懐く、猫?みたいな感じ?」 四宮くんが話した特徴を聞いて、最初に思い浮かんだのは何故か軽い調子で口角を上げる男だった。
______榎本…?
なんでここであいつがでてくるんだ。
「なんか最近は悩んでるみたいだけど」
「え」
「気になってる子をデートに誘えなかったんだって」
「そう、なんだ」
そんなわけないか。最近話すことが多かったから思い浮かんだだけだろう。そもそも榎本を”わかりやすい”なんて思ったことはない。むしろ、常に何考えてるのかわからないやつだ。でも、猫っぽい部分はあるかもしれない。
「じゃあ、作ってみるね。」
流れる思考を振り払い、俺は花束作りに取り掛かった。主役はひまわりにした。その周りを青いデルフィニウムと白いカスミソウで包んでいく。
四宮くんの話を聞いて、戸惑いながら不器用に恋をしている姿が想像できた。そんな一途な思いが届くようにと、自分なりに願いを込めて花束を作った。
「こんな感じでどうかな?」と、出来上がった花束を四宮に差し出した。
「いいね!喜びそう!渡すの楽しみだなぁ」
四宮は花束を受け取って満足そうな表情を見せた。
「よかった。もしまたなにかあったら相談してね。」
「うん!普段花束なんて買わないからちょっと緊張しちゃったよ。でも買えてよかった!ありがとう!」
爽やかな笑顔と共に四宮は店を去っていった。
親戚にあげると言っていたが、花束を送りたいと思うくらい仲がいいのだろうか。四宮くんから花束を贈られる人を羨ましいと感じている自分が嫌になった。
「菖蒲にあんなイケメンの友達がいるなんて」
「わ!」
後ろから声がかかり、肩がビクッと跳ねた。ぼーっと考え込んでしまっていたため、叔母さんがいることに気づかなかった。叔母さんは「礼儀正しくて素敵な子ね」と続け、俺の様子を窺ってくる。返答に迷い、俺が黙っていると、叔母さんは構わずに話し始めた。
「イケメンといえば、菖蒲が休みの間に高校生くらいのイケメンが何回か来てたわぁ」
イケメン?正直、特に興味はなかったが、四宮くんからなんとか話を逸らすにはちょうど良さそうだ。
「そうなんだ、どんな人?」
「そうねぇ、身長はさっきの彼くらいだったかしら。短髪黒髪で、目が切れ長な感じ?黒岩誠司に似てたわ!ほら、月9に出てた!」
そう興奮気味に声を上げる叔母さんに若干引きつつも、思考は進む。
短髪黒髪に切長の目、やはり榎本の顔が思い浮かんでしまう。言われてみれば黒岩誠司に似ているところもあるかもしれない。
「その人、何買いに来てたの?」
「一輪挿しと花を買って行ったわよ。あ、バイトはいないのか、とかも聞かれたかも」
榎本とは確かにバイトの話はしたけど…。花とか飾るタイプじゃないだろうし、花屋に用事なんてないはず。だからまぁ、別人か。
「なんか、変な人だね」
俺は花束を作るために出していたラッピングシートとリボンを手に取った。それらを片付けながら、先ほどの出来事を思い出す。四宮くんと叔母さんの話で、何故か榎本が浮かんできた。そのことに、靄のかかったような違和感を覚えた。
