君の視線の外の俺

「うおお!めっちゃ綺麗…!」
期末テストが終わった7月初旬、4月に植えたホウセンカは見ごろを迎えていた。赤・白・ピンク・紫など、色とりどりの花壇に立ち止まる生徒もちらほらといた。
「俺、ちゃんと花育てたの初めてだから、なんか愛着わいた。俺の子供たち…」
そう言って空を抱きしめるポーズをする榎本を横目に、俺は自分が育てた花壇を眺めていた。
「ホウセンカっていろんな色があるんだね」
今回は特に色の指定をしていなかったため、色混合の種を発注してくれていたらしい。結果としてカラフルで可愛らしい花壇となった。
「だな。どんな色を配置しようとか、考えるのも楽しいぞ」
「えー!何それめっちゃいいじゃん!今から次の花壇も楽しみ」
「気が早ぇよ、この花壇は今が一番見ごろだぞ?」
「それはそうだけど、瑞季だって考えてたりするでしょ?」と、榎本は俺の鞄の上に置かれたノートを指差した。
「最近よくそのノート開いてるじゃん」
う、バレてた。実はホウセンカが咲き始めた頃から、次の花壇に植える花についてぼんやりと考え始めており、内容をノートに書き溜めていた。でも、ずっとノートと睨めっこしているわけではなかったのに、なんでバレたんだ?榎本は時々鋭い指摘をするから油断ならない。
「まぁな。うっすらと」
「じゃあ、今のところどんな花考えてるの?俺にも教えて」
興味津々といった表情でこちらを見つめる榎本に根負けし、俺はノートを取り出して花壇のヘリに腰掛けた。続くように隣に榎本が座る。
「やっぱり秋だとコスモスとかいいかな。でも、9月に植えるとなると、今度は苗から植え替えになるかも。他でいうと、カスミソウとか。白くて小さい花が咲いて綺麗なんだよ。花束に入れてもめちゃくちゃ映えて可愛い………って、なんだよ」
視線を感じ隣を見えれば、先ほどまでノートを覗き込んでいた榎本がこちら見ていた。
「やっぱ花好きなんだなぁと思って」
「嫌いじゃない」
「ふふ、なんでそこ素直じゃないの」
榎本の表情は変わらないはずなのに、口元から溢れた小さな笑い声がいつもより優しいような気がした。
風が花壇の花たちを揺らす。特有の香りが鼻腔を刺激した。
「瑞季は家で花育てたりしてるの?」
「育ててない、けど…」
難しい質問ではないが、少し言葉に詰まった。
「瑞季?」
「あ、ごめん。今はバイト先で花の世話してるから十分かな」
「バイト?」
「駅前に花屋あるだろ?あれ俺のおばさんの店なんだ」
「そうなんだ!花屋のバイトって何するの?瑞季も花束作るの?」
「なにするって、花の世話とか、掃除とか、お会計したり…。花束は、作ることはあるけどお客さんには出さないかな」
「そうなの?なんで?」
「なんでって、基本おばさんがやってるから。俺は手伝いだし。作らせてもらうことはあるけど」
「ふーん」
今までなんでなんでお化けだったのに、急に冷めるじゃん。
「そんなことどうでもいいだろ。ほら、植える花考えるんだろ」
俺は話を変えようと、ノートを榎本の前に差し出した。
「うん。あ、これは?」
「ビオラね。プランターとかでも育てやすいから、見たことあると思う。こういうの…」
「あ!見たことある、この紫のとか綺麗だね」
「そうだな…___」


1学期の終業式、今学期最後の緑化委員会が召集された。
「…てことで、土作りの日を割り振ってあるから、全員忘れずに来いよ。あと、夏休みだからって羽目外しすぎないようにな。」
秋から育てる植物のための土づくりを8月に行うらしく、俺のクラスは8月上旬に割り当てられていた。花壇で榎本と話した結果、俺たちが2学期に育てる花はコスモスに決まった。苗の植え付けになるのも問題ないとのことだった。
「んーー!終わったー!夏休みだ!」
俺は開放感から、両手を組んで大きく伸びをした。
「そうだね。瑞季は夏休み何するの?」
「俺は基本バイトかなぁ。シフト増やしてもらうつもり」
「へぇ、どれくらい入るの?」
「月水金と土日どっちかは多分いるかな」
「結構ちゃんと働くんだね」
「そっちは?」
「うーん、俺もバイトかなぁ」
「へぇ」
「…………」
今日の榎本なんかいつもと違う?というか、……静か?
「あのさ、今度」

______ヴー、ヴー、ヴー。
榎本の発した声を遮るように、机の上で俺のスマホが震えた。


スマホを手に取ると、そこには叔母からの着信を知らせる表示があった。
「ちょっとごめん」
榎本に断って電話に出ると、電話口からくぐもった声が聞こえてきた。
「おばさん?え、風邪?うん、大丈夫。全然いいよ、気にしないで!」
電話を切ると、心配そうな表情をした榎本が尋ねてくる。
「どうしたの?」
「おばさん風邪ひいちゃったらしい、今日予約のお客さん来るから店閉めれないんだって」
荷物を乱雑に鞄に放り込みながら答える。
「そういえば、さっき何言おうとしてたの?」
「あ、いや。なんでもない」
「そう?じゃあ、俺行くね」
榎本の方を振り向きながら、扉に歩みを進めた。廊下を出ようとした時______
「あだ」
誰かにぶつかった。
「すみませ…って瑞季?」
顔を上げると、そこには目を大きくした四宮がいた。少し話したい気持ちもあるが、今は叔母さんと花屋が優先だ。
「四宮くん!ごめん、ちょっと急いでて!またね!」



瑞季が去ったあとの教室。入れ替わるようにして四宮楓が入ってきた。今、一番見たくない顔だ。
「紫苑!」
楓は俺を見つけると声を出し、カバンから何かを取り出しながらこちらに近づいてきた。
「探したよ、はいこれ。助かった。ありがとう」
そう言うと、俺が貸していた英語の教科書を手渡してきた。
「おう」
「なんか、機嫌悪い?………あ!」
楓はなにか思い当たったとばかりに大袈裟な反応をした。そして、口角を少し上げて続けた。
「邪魔した?」
「………」
「ねぇ、しお」
「うるさい、さっさと部活行けよ」
「はいはい。あー、怖い怖い」
面倒そうに両手を頭の後ろで組み、そのまま教室を出ていった。
「クソッ……」
どっと体から力が抜け、椅子に腰掛ける。机の上には、瑞季が花壇についてまとめていたノートが置かれていた。