「ふぁああ」
俺は大きなあくびと共に教室の扉を開けた。まだ新学期2日目ということもあり、登校だけでもなんとなくそわそわしてしまう。
自席に荷物を置くと、すでに登校していた彰人と目があった。
「おはよう」
「おはよ。で、どうだった?」
彰人は目をキラキラさせてこちらに尋ねてくる。
「どうだったって?」
「わかるだろ?昨日の委員会だよ!榎本となんか話した?どんな奴だった?」
「どんな奴ったって…」
不意に昨日の出来事が走馬灯のように脳裏に浮かぶ。
『瑞季、四宮のこと好きでしょ?』
榎本に言われた言葉を思い出し、顔に熱が集まっていくのを感じた。いやいや、認めたわけじゃないし。いくらあんなにチャラそうなやつでも、根拠もないことを好き勝手広めたりはしないだろう。そう自分を納得させ、椅子に腰を下ろした。
でも、正直驚いた。去年から特に四宮くんと仲が良かったわけじゃない。と、言うと悲しくなるが、まぁ事実だ。一緒にいた彰人にも気づかれていないと思う。そもそも、榎本が俺のことを前から知ってたとも考えづらいし、そんなにバレやすい態度とってたのか?なら、少し気をつけないと。
「おーい、どうした?なんかあったのか?」
彰人の声でハッと我に帰る。
「あ、いや、別に。でも、なんかやる気はあるっぽい。」
「やる気?緑化委員に対して?」
「うーん、まぁそんなとこ」
曖昧に返事をする俺に対して、彰人は不思議そうな表情を向ける。その視線から逃げるように、ふと廊下の方に目をやった。そこでは、榎本と女子が楽しそうに談笑していた。
また、女子と話してる。あいつ本当にモテるんだな。
そんなことを考えていると、榎本の視線がこちらを捉えた。固まる俺を知ってか知らずか、榎本はニコニコと笑みを浮かべている。後ろを振り返るが、誰もいない。ん?俺?
「どーしたの?」
「んにゃ、なんでも」
そんな会話がこちらまで聞こえてきた。
なんだあいつ、笑顔もうさんくせぇし、何考えてんのかわかんねぇ。
昨日は花壇に植える花を一緒に考えよう、とか言っていたが本気だろうか?そもそも榎本は花の種類なんて知らなそうだけど…。思考は反芻するが、その答えが出るわけでもない。まぁ花壇は俺が考えればいいか。そう思い立ち、カバンからノートとペンを取り出す。新しいページを開き、見出しとして「春の花壇」と書いた。
不安の種は解消していないが、花壇のことを考えるのは純粋に楽しく、ぐるぐるとしていた思考も遠くなっていった。
俺は子供の頃から花が好きだった。きっかけは、ばあちゃんちの花屋。じいちゃんを早くに亡くしたばあちゃんが、趣味も兼ねて店を始めた。俺はばあちゃんと店が大好きで、暇さえあれば顔を出していた。植物独特の匂いや彩り美しい店内を見て回ると、自然と胸が高鳴った。
思い出と共に春の花を書き出していく。
マリーゴールド、ジニア、ホウセンカ、ペチュニア___
こうやってペンを走らせていると、ばあちゃんと一緒に花束を作った頃が思い出される。どんな花束を作りたいか考えて、使いたい花を書き出して。ばあちゃんに教えてもらいながら、見様見真似で初めて花束を作った日を今でも鮮明に覚えている。
そんなばあちゃんも一昨年亡くなってしまい、その店はおばさんが引き継ぐことになった。少しでも思い出の詰まった場所にいたくて、俺はその店でバイトをさせてもらっている。
「…め、菖蒲!」
「わ!」
後ろから肩を叩かれ、反射で大きな声が出た。
「なんだよ、彰人。驚かすな…よ、」
後ろを振り返ると、彰人が気まずそうに視線を上にやった。
視線の先には____
「熱心なのはいいことだが、人の話は聞こうな?」
優しい口調で、でも目は笑っていない担任が立っていた。
「ということで、今日は以上。明日も遅れずにくるように」
担任の掛け声が合図となり、教室に騒がしさが戻る。友達と話し出すもの、家路を急ぐものなど様々だ。
「んーー!やっと終わったー!」
後ろから開放感に包まれた声が聞こえた。
「久々に授業受けたら眠いのなんのって。てか、菖蒲、数学寝てただろ?船漕いでたの見えてたかんな。」
「う、あれは眠くなるだろ…。それを言うなら彰人も当てられて一瞬無言なことあったじゃん。あれ寝てたんじゃねぇの?」
「あは、バレた?」
ケラケラ笑う彰人に対して、釣られて笑みが溢れた。
「これから部活?」
「そう、体入の子来てて大変よ?あ、いい機会だから菖蒲も…」
「いかない」
「だよな、知ってる」
バスケ部の彰人は、中学の頃同じくバスケ部だった俺を時々冗談混じりに勧誘してくる。時々目が本気な気がするが、まぁ気のせいということにしておこう。3年生が引退したらキャプテンになるとのことで、忙しい時期らしい。
「じゃあ、俺行くわ。また明日な!」
颯爽と部活に向かった彰人を見送った後、トイレから戻ってきた頃には、教室にいる人はまばらになっていた。俺は自席に戻り、書きかけの花壇ノートを開いた。朝書いた花の隣に、それぞれの花を育てたい理由や推しポイントなどを記載していく。春の花と言っても、もちろん見た目・育てる難易度や、組み合わせの有無など考えることは無限だ。
今年は暖かいらしいからジニアがいいかな、春っぽくなりそう。いや、王道でいったらマリーゴールドか?一面アスターの花壇も綺麗だろうなぁ。
昨日の帰り道、花壇を見てみると思ったよりも広くて驚いた。あれだけの広さがあれば、花壇の自由度が高くなる。考えただけで、胸が高鳴った。
「またニヤニヤしてるな」
声が降ってきた方を見上げると、そこには榎本の姿があった。
「んで、おすすめある?」
「へ?」
「花、決めるって言ってたじゃん」
あれ、冗談じゃなかったんだ。
榎本は前の席の椅子に座り、くるりと体をこちらに向けた。いつの間にか他のクラスメイトは帰ったらしく、教室は俺と榎本の2人きりになっていた。
「あ、うん。まぁ、俺としては…」
先ほどまで書いてたノートを榎本の方に向け、花の品種を解説する。話し始めると楽しくなってしまい、気づけばマシンガンのごとく話していた。
「…んで、こっちの花が…」
「…」
無言の榎本に、一瞬言葉に詰まる。まずい、一方的に話しすぎた。知らないものをひたすら語られるとか、面白くないよな。彰人にも話しすぎて半分呆れられ、セーブするようにしていたから、つい熱が入ってしまった。
俺は榎本の顔色を伺うように、顔を挙げた。
「ん?どうしたの?」
「え、いや、俺ばっかり話しちゃって、つまらないかなと思って…」
「そんなことないよ?知らないこと聞けて面白い。ね、こっちは?」
「これはキク科の花で…」
あれ、ちゃんと聞いてくれるんだ…。元々花に興味あったのかな。花壇作りにも前向きみたいだし、意外といいやつ…かも?
昨日の出来事については特に触れられないし、うまくやっていけるかもしれない。噂だけでいけ好かないと判断していた自分を反省した。
少しの気まずさから逃げるように、窓の外に視線を逸らす。グラウンドでは、野球部が練習しており、自然と視線が四宮くんを捕らえた。胸がキュッと締め付けられた。
「なんであいつがいいの?」
その声に振り返ると、榎本がムッとした表情で頬杖をついてこちらを見つめていた。初めてみる真剣な表情に不覚にもドキリと心臓が跳ねた。
なんで急にその話…というか、なんでちょっと不機嫌そうなんだよ。さっきまで楽しそうに話聞いてくれてたじゃん。
そんな思いが返答にも現れてしまった。
「え、榎本には関係ないだろ、ていうか好きとかそんなんじゃ」
「俺にすればいいじゃん」
二人だけの教室に榎本の言葉が響く。グラウンドから聞こえていた掛け声が遠くなった気がした。
俺は大きなあくびと共に教室の扉を開けた。まだ新学期2日目ということもあり、登校だけでもなんとなくそわそわしてしまう。
自席に荷物を置くと、すでに登校していた彰人と目があった。
「おはよう」
「おはよ。で、どうだった?」
彰人は目をキラキラさせてこちらに尋ねてくる。
「どうだったって?」
「わかるだろ?昨日の委員会だよ!榎本となんか話した?どんな奴だった?」
「どんな奴ったって…」
不意に昨日の出来事が走馬灯のように脳裏に浮かぶ。
『瑞季、四宮のこと好きでしょ?』
榎本に言われた言葉を思い出し、顔に熱が集まっていくのを感じた。いやいや、認めたわけじゃないし。いくらあんなにチャラそうなやつでも、根拠もないことを好き勝手広めたりはしないだろう。そう自分を納得させ、椅子に腰を下ろした。
でも、正直驚いた。去年から特に四宮くんと仲が良かったわけじゃない。と、言うと悲しくなるが、まぁ事実だ。一緒にいた彰人にも気づかれていないと思う。そもそも、榎本が俺のことを前から知ってたとも考えづらいし、そんなにバレやすい態度とってたのか?なら、少し気をつけないと。
「おーい、どうした?なんかあったのか?」
彰人の声でハッと我に帰る。
「あ、いや、別に。でも、なんかやる気はあるっぽい。」
「やる気?緑化委員に対して?」
「うーん、まぁそんなとこ」
曖昧に返事をする俺に対して、彰人は不思議そうな表情を向ける。その視線から逃げるように、ふと廊下の方に目をやった。そこでは、榎本と女子が楽しそうに談笑していた。
また、女子と話してる。あいつ本当にモテるんだな。
そんなことを考えていると、榎本の視線がこちらを捉えた。固まる俺を知ってか知らずか、榎本はニコニコと笑みを浮かべている。後ろを振り返るが、誰もいない。ん?俺?
「どーしたの?」
「んにゃ、なんでも」
そんな会話がこちらまで聞こえてきた。
なんだあいつ、笑顔もうさんくせぇし、何考えてんのかわかんねぇ。
昨日は花壇に植える花を一緒に考えよう、とか言っていたが本気だろうか?そもそも榎本は花の種類なんて知らなそうだけど…。思考は反芻するが、その答えが出るわけでもない。まぁ花壇は俺が考えればいいか。そう思い立ち、カバンからノートとペンを取り出す。新しいページを開き、見出しとして「春の花壇」と書いた。
不安の種は解消していないが、花壇のことを考えるのは純粋に楽しく、ぐるぐるとしていた思考も遠くなっていった。
俺は子供の頃から花が好きだった。きっかけは、ばあちゃんちの花屋。じいちゃんを早くに亡くしたばあちゃんが、趣味も兼ねて店を始めた。俺はばあちゃんと店が大好きで、暇さえあれば顔を出していた。植物独特の匂いや彩り美しい店内を見て回ると、自然と胸が高鳴った。
思い出と共に春の花を書き出していく。
マリーゴールド、ジニア、ホウセンカ、ペチュニア___
こうやってペンを走らせていると、ばあちゃんと一緒に花束を作った頃が思い出される。どんな花束を作りたいか考えて、使いたい花を書き出して。ばあちゃんに教えてもらいながら、見様見真似で初めて花束を作った日を今でも鮮明に覚えている。
そんなばあちゃんも一昨年亡くなってしまい、その店はおばさんが引き継ぐことになった。少しでも思い出の詰まった場所にいたくて、俺はその店でバイトをさせてもらっている。
「…め、菖蒲!」
「わ!」
後ろから肩を叩かれ、反射で大きな声が出た。
「なんだよ、彰人。驚かすな…よ、」
後ろを振り返ると、彰人が気まずそうに視線を上にやった。
視線の先には____
「熱心なのはいいことだが、人の話は聞こうな?」
優しい口調で、でも目は笑っていない担任が立っていた。
「ということで、今日は以上。明日も遅れずにくるように」
担任の掛け声が合図となり、教室に騒がしさが戻る。友達と話し出すもの、家路を急ぐものなど様々だ。
「んーー!やっと終わったー!」
後ろから開放感に包まれた声が聞こえた。
「久々に授業受けたら眠いのなんのって。てか、菖蒲、数学寝てただろ?船漕いでたの見えてたかんな。」
「う、あれは眠くなるだろ…。それを言うなら彰人も当てられて一瞬無言なことあったじゃん。あれ寝てたんじゃねぇの?」
「あは、バレた?」
ケラケラ笑う彰人に対して、釣られて笑みが溢れた。
「これから部活?」
「そう、体入の子来てて大変よ?あ、いい機会だから菖蒲も…」
「いかない」
「だよな、知ってる」
バスケ部の彰人は、中学の頃同じくバスケ部だった俺を時々冗談混じりに勧誘してくる。時々目が本気な気がするが、まぁ気のせいということにしておこう。3年生が引退したらキャプテンになるとのことで、忙しい時期らしい。
「じゃあ、俺行くわ。また明日な!」
颯爽と部活に向かった彰人を見送った後、トイレから戻ってきた頃には、教室にいる人はまばらになっていた。俺は自席に戻り、書きかけの花壇ノートを開いた。朝書いた花の隣に、それぞれの花を育てたい理由や推しポイントなどを記載していく。春の花と言っても、もちろん見た目・育てる難易度や、組み合わせの有無など考えることは無限だ。
今年は暖かいらしいからジニアがいいかな、春っぽくなりそう。いや、王道でいったらマリーゴールドか?一面アスターの花壇も綺麗だろうなぁ。
昨日の帰り道、花壇を見てみると思ったよりも広くて驚いた。あれだけの広さがあれば、花壇の自由度が高くなる。考えただけで、胸が高鳴った。
「またニヤニヤしてるな」
声が降ってきた方を見上げると、そこには榎本の姿があった。
「んで、おすすめある?」
「へ?」
「花、決めるって言ってたじゃん」
あれ、冗談じゃなかったんだ。
榎本は前の席の椅子に座り、くるりと体をこちらに向けた。いつの間にか他のクラスメイトは帰ったらしく、教室は俺と榎本の2人きりになっていた。
「あ、うん。まぁ、俺としては…」
先ほどまで書いてたノートを榎本の方に向け、花の品種を解説する。話し始めると楽しくなってしまい、気づけばマシンガンのごとく話していた。
「…んで、こっちの花が…」
「…」
無言の榎本に、一瞬言葉に詰まる。まずい、一方的に話しすぎた。知らないものをひたすら語られるとか、面白くないよな。彰人にも話しすぎて半分呆れられ、セーブするようにしていたから、つい熱が入ってしまった。
俺は榎本の顔色を伺うように、顔を挙げた。
「ん?どうしたの?」
「え、いや、俺ばっかり話しちゃって、つまらないかなと思って…」
「そんなことないよ?知らないこと聞けて面白い。ね、こっちは?」
「これはキク科の花で…」
あれ、ちゃんと聞いてくれるんだ…。元々花に興味あったのかな。花壇作りにも前向きみたいだし、意外といいやつ…かも?
昨日の出来事については特に触れられないし、うまくやっていけるかもしれない。噂だけでいけ好かないと判断していた自分を反省した。
少しの気まずさから逃げるように、窓の外に視線を逸らす。グラウンドでは、野球部が練習しており、自然と視線が四宮くんを捕らえた。胸がキュッと締め付けられた。
「なんであいつがいいの?」
その声に振り返ると、榎本がムッとした表情で頬杖をついてこちらを見つめていた。初めてみる真剣な表情に不覚にもドキリと心臓が跳ねた。
なんで急にその話…というか、なんでちょっと不機嫌そうなんだよ。さっきまで楽しそうに話聞いてくれてたじゃん。
そんな思いが返答にも現れてしまった。
「え、榎本には関係ないだろ、ていうか好きとかそんなんじゃ」
「俺にすればいいじゃん」
二人だけの教室に榎本の言葉が響く。グラウンドから聞こえていた掛け声が遠くなった気がした。
