君の視線の外の俺

小学生三年生時に両親が離婚した。父の浮気が1番の原因であることを、幼いながらに察していたことは覚えている。昔は優しい父親だった。そんな父親が酒に溺れるようになったのはいつからだっただろうか。今は優しかったという記憶以外、具体的なことは思い出せないほど希薄になっている。だから、当時も特に寂しいという気持ちはなかった。ただ、俺たちが家を出ていく日、母が父に向けた表情は今でも鮮明に思い出すことができる。

母は俺に医者になってほしいと思っているようだった。小学四年生になって、中学受験のための塾に通うことになった。母は元々医者になりたかったそうだ。俺に医者になって欲しかったの、はそれが理由の一つだろう。
でも、一番の理由は……______
「あの人みたいにならないで」
中学受験することが決まった日、俺を抱きしめながら母は絞り出すように言った。その一言が棘のように刺さって抜けなかった。反発する気にはなれなかった。

それでも一度だけ、母以外の大人に意見を求めたことがあった。
離婚調停の最中、担当弁護士が家に来ることがあった。俺はその人が来る時は部屋で遊んでいるように言われていたが、母が離席している一瞬の隙に、こっそりリビングに忍び込んだ。
「おや、どうしだんだい」
「あの、弁護士ってどうやってなれるんですか」
俺は弁護士にそう尋ねた。
特に深い理由はなかった。裁判で疲弊していく母を見ていて苦しくなった。何もできない自分が、どうしようもなく嫌だった。それだけだった。
「君は弁護士になりたいのかい?」
「いや……そういうわけじゃないけど」
口籠る俺に、弁護士は俺の目を見て言った。
「お母さんの力になりたいのかい?」
「…うん」
弁護士はにこりと笑うと、俺の頭を撫でた。
「その気持ちがお母さんは嬉しいだろうね。弁護士になりたいなら、今はたくさん勉強することだ。そうやって人の心に寄り添える人はきっといい弁護士になれるよ」
照れ臭かったが、撫でられたその手を振り払おうとは思わなかった。

離婚後、母は女手一つで俺を育ててくれた。看護師をしており、夜勤で家を空けることも多かった。今思えば、駆け落ち同然で父と結婚した母は頼れる身内がいなかったのだと思う。だから、俺を育てるために昼夜を問わず働いていた。
母はそれまでよく作っていた編み物もやめてしまった。俺は母が作ったうさぎのキーホルダーがお気に入りで、どこに行くにも持ち歩いていた。母を真似て自分で作った不恰好なうさぎも、「世界一だね」と大袈裟に褒めてくれた。思えば、それが母との1番の思い出なのかもしれない。今や押入れの奥にしまわれた毛糸やかぎ針を見るたび、自分が母の自由を奪ってしまっている気がして、体の底からふつふつと黒い感情が渦巻く。

ずっと、後悔していることがある。
中学二年生の春、俺は母からもらったうさぎのキーホルダーを学校のカバンにつけていた。
「お前何つけてんの、女みてぇ。おかまじゃん」
同級生は俺の鞄についたうさぎのキーホルダーを指して笑っていた。まだ人が残る放課後の教室。その一言でクラス中の視線が俺に集まったことを感じた。
「……ッ」
俺はキーホルダーを握って隠し、逃げるようにその場を去った。家に帰るとすぐに、それを鞄から外した。

「最近、あのキーホルダーつけてないね?なくした?」
夕飯の最中、母が何気なく俺に尋ねた。母が言う”あのキーホルダー”が母がくれたあのうさぎであることはすぐにわかった。
ただの世間話のはずだった。母にとっても、きっとそうだったのだと思う。
けれど、その一言で昨日の出来事が鮮明に蘇った。同時に、顔に熱が集まっていく。
「あんなだせぇの、もうつけねぇよ」
吐き捨てるように言って、食器を流しに運ぶ。そのまま部屋へ戻ろうとしたとき、母と目が合った。
「………そう」
短い一言だった。
その表情を見た瞬間、自分の発言を後悔した。自分を守るために、母を傷つけた。
わかっていたのに、何も言えなかった。
謝ることも、言い直すこともできないまま、逃げるように部屋へ戻った。
俺は母の日のために作っていたうさぎのモチーフをゴミ箱の中に放った。

それから、母との会話は減っていった。最初は話しかけてきていた母も、やがて何も言わなくなった。母は偏差値が高い高校に入れたかったようだが、俺は家からいちばん近い高校を選んだ。せめてもの反抗心だった。
高校一年生になった頃から、家に帰るのが嫌になって、夜に出歩くことが多くなった。年齢を偽りクラブやバーに出入りすることもあった。そんな時でも、家に帰ると毎日ラップがかかったご飯が置いてあった。
取り巻く環境が変わっても、勉強だけは続けていた。理由は自分でもよくわからない。ただ、あの弁護士との会話がいつまでも脳裏に焼き付いて離れなかった。

そんな生活が半年ほど続いたある日、ある出会いをした。

「これ、君の?」