10月下旬、植えたコスモスが満開を迎えた。
淡いピンクと白が風に揺れて、視界の端までやわらかく色づいている。
「駅前でイルミネーション始まるらしいんだよね」
榎本が、咲き揃ったコスモスにそっと手を添える。花びらを傷つけないように、指先だけで触れる仕草がやけに丁寧だった。
「もうそんな季節なんだ。イルミネーションって冬やるものだと思ってた」
「12月末くらいまでやってるらしい。今年はサイネリアがテーマなんだって」
「サイネリアか!いいな!」
思わず声が弾む。
「折角だし、この花壇でもサイネリア育ててみたいなって」
榎本の視線が、コスモスの方へ向く。育てたい花を提案されるのは、初めてだった。
「おお!いいじゃん!サイネリアってこの時期から育てられるのか?」
「コスモスがもう少し持つだろうから、11月下旬くらいに入れ替えかな。苗で植えることになると思う」
そう言いながら、土の状態を軽く見ている。
「俺も調べただけだから、ちゃんと先生に確認しないとだけど」
「ちゃんと調べてるんだな」
感心して言うと、榎本は「だって俺から育てたいって言ってるしね、それくらいは」と少しだけ笑った。
ふと、さっきまで触れていたコスモスに目をやる。風に揺れる花と、その隣にいる榎本の横顔が重なった。
「……俺、この半年で榎本のイメージ変わった」
「…どんなふうに?」
「最初はいけすかないやつだと思ってたけど、なんか、花に対して真摯に向き合ってくれてる感じがして嬉しい。俺の話もちゃんと聞いてくれたし…」
自分で言っていて恥ずかしくなってきて、視線が下に落ちる。
「ひどくない?最初から俺は花に対しても、瑞季に対しても真摯だよ?」
顔を上げれば頬を膨らませ、大袈裟に拗ねたふりをする榎本がいた。
「ふふ」
そんな姿が可愛く思えて自然と笑みが溢れた。あれ、俺、
「あのさ、瑞季。イルミネーション一緒に見に行かない?」
「え?」
「花壇にサイネリア植えるなら、イルミネーション見比べたい。まだ植えてないし、先の話になっちゃうんだけど…」
息を呑む。
「瑞季と見に行きたいなって」
ドクン、と胸が鳴る。
「…いいよ」
少し間を置いて答える。
花壇も、今までで一番綺麗に作りたい」
「うん、そうだね」
しばらく一緒に咲き誇るコスモスを眺めていた。二人とも、何も話さなかった。でも、俺はこの時間が少しでも長く続けばいいと思っていた。
「…ずき、瑞季〜!」
「うわ!……って、彰人か。脅かさないでよ」
「ずっと読んでたのに無視してたのは瑞季だろ?」
彰人ぷんぷん。
「なぁ、最近お前楽しそうだよな?何かいいことあった?」
「へ?」
思い返してみる。特に変わったことはなくて。唯一去年からの変化といえば、榎本と一緒に花を育てるようになったことくらい。
「なんかニヤニヤしてるしさぁ。あ、ついに瑞季にも春が来たか?」
「もうすぐ冬が来るよ」
「はぁぁ、面白くない。からかい甲斐のないやつ」
「面白くなくて悪かったね」
ちぇっと口をとんがらせた彰人は、両手を頭の後ろに組んでどこかに行ってしまった。
恋ったって。夏休みに会って以降、四宮くんとは特に話していない。あの時話したのって…__
「親戚が気になってる子をデートに誘いたかったんだって」
その子も恋してるんだって思って、少し親近感湧いたんだよな。
その後、榎本が花屋によく来るようになって…。
そこまで考えて、ふと我に返る。
なんでまた榎本のこと…___
だめだ!こうやってモヤモヤ考えていても埒が明かない。こんな時は花を愛でよう。
廊下に出て、窓から花壇が見下ろせる位置まで移動する。育てた花壇と他のクラスの花壇も見渡せるお気に入りスポットだ。コスモスが綺麗に咲き誇っている。
サイネリア植えるなら、一緒に他の花も植えられたら綺麗になるかな?
色鮮やかなサイネリアを引き立たせるなら、白い花?
この時期に植えるとしたらノースポールがいいかも。
そう考えていると、廊下の先に榎本が歩いているのが見えた。
そうだ、榎本にも相談しよう。
そう考えて、声を出した。
「えのも」
「紫苑」
伸ばした手を咄嗟に戻す。榎本の隣に現れたのは四宮くんだった。
自然な動きで、榎本の肩に腕を回し、距離の近いまま、何かを話している。
紫苑って榎本のこと、だよな…。
四宮くんが何か榎本に耳打ちした。榎本は焦ったような表情を見せた。横顔しか見えないけど、耳が赤くなっているようにみえる。
……なに、それ
胸の奥が、ざわついた。じわ、と嫌な感覚が広がる。
あいつ、四宮くんと仲良かったのか。
今まで気づかなかっただけで、ずっと、ああやって——
「……ッ」
自分でもわからない感情が、内側で膨らむ。
……俺、なんでこんな
頭の中が、勝手に悪い方へ転がっていく。
二人で、俺のこと話してた?
笑ってた?
からかわれてた?
それ以上考えるのが嫌で、その場を逃げ出した。
足は、気づけば花壇の方へ向かっていた。
「瑞季、あのさ。今時間ある?」
少し息が上がったような榎本の声。でも今は聞きたくなかった。
考えずに、勝手に口から言葉が溢れ出す。
「榎本って四宮くんと仲良いんだ」
「え?」
質問の意図がわからないと言った様子で戸惑う榎本。
「まあ、はとこだし」
前に四宮が言ってた親戚って、、、榎本のことなんじゃ
「四宮くん俺のバイト先に来たんだ。俺が花屋で働いてるって言ったの榎本でしょ?」
「え、は」
「花束お願いされたから作ったよ、親戚のためにって。」
「……ッ!あいつ、何言って」
気になる子をデートに誘えなくて悩んでるって言ってた。その親戚が榎本なんだとしたら?
じゃあ、俺と花壇作るよりその子といた方がいいじゃん
あれ、俺怒ってる?
でも止まらない
「いいね、仲の良い親戚がいて、最初から俺のこと笑ってたんだろ。だからあんなふうに話しかけてきたんだ」
「…ッ!違う!」
「じゃあなんで!」
思わず、強い声が出た。
「なんで、あんなふうに話しかけてきたんだよ…!榎本の友達と俺、全然タイプ違うだろ」
「それは…」
言葉に詰まる榎本を見て、確信する。
__ほら、やっぱり。
「……花壇、サイネリアで出しとく」
「瑞季」
「当番も前と同じでいいよな」
「瑞季、待って」
「離せ!」
掴まれた手を、思い切り振り払った。
「ごめん、一人になりたい」
後ろから俺を呼ぶ声が聞こえたが、振り返らずに走った。息がうまく吸えない。胸が、痛い。
触れられた手には、まだ熱が残っていた。
淡いピンクと白が風に揺れて、視界の端までやわらかく色づいている。
「駅前でイルミネーション始まるらしいんだよね」
榎本が、咲き揃ったコスモスにそっと手を添える。花びらを傷つけないように、指先だけで触れる仕草がやけに丁寧だった。
「もうそんな季節なんだ。イルミネーションって冬やるものだと思ってた」
「12月末くらいまでやってるらしい。今年はサイネリアがテーマなんだって」
「サイネリアか!いいな!」
思わず声が弾む。
「折角だし、この花壇でもサイネリア育ててみたいなって」
榎本の視線が、コスモスの方へ向く。育てたい花を提案されるのは、初めてだった。
「おお!いいじゃん!サイネリアってこの時期から育てられるのか?」
「コスモスがもう少し持つだろうから、11月下旬くらいに入れ替えかな。苗で植えることになると思う」
そう言いながら、土の状態を軽く見ている。
「俺も調べただけだから、ちゃんと先生に確認しないとだけど」
「ちゃんと調べてるんだな」
感心して言うと、榎本は「だって俺から育てたいって言ってるしね、それくらいは」と少しだけ笑った。
ふと、さっきまで触れていたコスモスに目をやる。風に揺れる花と、その隣にいる榎本の横顔が重なった。
「……俺、この半年で榎本のイメージ変わった」
「…どんなふうに?」
「最初はいけすかないやつだと思ってたけど、なんか、花に対して真摯に向き合ってくれてる感じがして嬉しい。俺の話もちゃんと聞いてくれたし…」
自分で言っていて恥ずかしくなってきて、視線が下に落ちる。
「ひどくない?最初から俺は花に対しても、瑞季に対しても真摯だよ?」
顔を上げれば頬を膨らませ、大袈裟に拗ねたふりをする榎本がいた。
「ふふ」
そんな姿が可愛く思えて自然と笑みが溢れた。あれ、俺、
「あのさ、瑞季。イルミネーション一緒に見に行かない?」
「え?」
「花壇にサイネリア植えるなら、イルミネーション見比べたい。まだ植えてないし、先の話になっちゃうんだけど…」
息を呑む。
「瑞季と見に行きたいなって」
ドクン、と胸が鳴る。
「…いいよ」
少し間を置いて答える。
花壇も、今までで一番綺麗に作りたい」
「うん、そうだね」
しばらく一緒に咲き誇るコスモスを眺めていた。二人とも、何も話さなかった。でも、俺はこの時間が少しでも長く続けばいいと思っていた。
「…ずき、瑞季〜!」
「うわ!……って、彰人か。脅かさないでよ」
「ずっと読んでたのに無視してたのは瑞季だろ?」
彰人ぷんぷん。
「なぁ、最近お前楽しそうだよな?何かいいことあった?」
「へ?」
思い返してみる。特に変わったことはなくて。唯一去年からの変化といえば、榎本と一緒に花を育てるようになったことくらい。
「なんかニヤニヤしてるしさぁ。あ、ついに瑞季にも春が来たか?」
「もうすぐ冬が来るよ」
「はぁぁ、面白くない。からかい甲斐のないやつ」
「面白くなくて悪かったね」
ちぇっと口をとんがらせた彰人は、両手を頭の後ろに組んでどこかに行ってしまった。
恋ったって。夏休みに会って以降、四宮くんとは特に話していない。あの時話したのって…__
「親戚が気になってる子をデートに誘いたかったんだって」
その子も恋してるんだって思って、少し親近感湧いたんだよな。
その後、榎本が花屋によく来るようになって…。
そこまで考えて、ふと我に返る。
なんでまた榎本のこと…___
だめだ!こうやってモヤモヤ考えていても埒が明かない。こんな時は花を愛でよう。
廊下に出て、窓から花壇が見下ろせる位置まで移動する。育てた花壇と他のクラスの花壇も見渡せるお気に入りスポットだ。コスモスが綺麗に咲き誇っている。
サイネリア植えるなら、一緒に他の花も植えられたら綺麗になるかな?
色鮮やかなサイネリアを引き立たせるなら、白い花?
この時期に植えるとしたらノースポールがいいかも。
そう考えていると、廊下の先に榎本が歩いているのが見えた。
そうだ、榎本にも相談しよう。
そう考えて、声を出した。
「えのも」
「紫苑」
伸ばした手を咄嗟に戻す。榎本の隣に現れたのは四宮くんだった。
自然な動きで、榎本の肩に腕を回し、距離の近いまま、何かを話している。
紫苑って榎本のこと、だよな…。
四宮くんが何か榎本に耳打ちした。榎本は焦ったような表情を見せた。横顔しか見えないけど、耳が赤くなっているようにみえる。
……なに、それ
胸の奥が、ざわついた。じわ、と嫌な感覚が広がる。
あいつ、四宮くんと仲良かったのか。
今まで気づかなかっただけで、ずっと、ああやって——
「……ッ」
自分でもわからない感情が、内側で膨らむ。
……俺、なんでこんな
頭の中が、勝手に悪い方へ転がっていく。
二人で、俺のこと話してた?
笑ってた?
からかわれてた?
それ以上考えるのが嫌で、その場を逃げ出した。
足は、気づけば花壇の方へ向かっていた。
「瑞季、あのさ。今時間ある?」
少し息が上がったような榎本の声。でも今は聞きたくなかった。
考えずに、勝手に口から言葉が溢れ出す。
「榎本って四宮くんと仲良いんだ」
「え?」
質問の意図がわからないと言った様子で戸惑う榎本。
「まあ、はとこだし」
前に四宮が言ってた親戚って、、、榎本のことなんじゃ
「四宮くん俺のバイト先に来たんだ。俺が花屋で働いてるって言ったの榎本でしょ?」
「え、は」
「花束お願いされたから作ったよ、親戚のためにって。」
「……ッ!あいつ、何言って」
気になる子をデートに誘えなくて悩んでるって言ってた。その親戚が榎本なんだとしたら?
じゃあ、俺と花壇作るよりその子といた方がいいじゃん
あれ、俺怒ってる?
でも止まらない
「いいね、仲の良い親戚がいて、最初から俺のこと笑ってたんだろ。だからあんなふうに話しかけてきたんだ」
「…ッ!違う!」
「じゃあなんで!」
思わず、強い声が出た。
「なんで、あんなふうに話しかけてきたんだよ…!榎本の友達と俺、全然タイプ違うだろ」
「それは…」
言葉に詰まる榎本を見て、確信する。
__ほら、やっぱり。
「……花壇、サイネリアで出しとく」
「瑞季」
「当番も前と同じでいいよな」
「瑞季、待って」
「離せ!」
掴まれた手を、思い切り振り払った。
「ごめん、一人になりたい」
後ろから俺を呼ぶ声が聞こえたが、振り返らずに走った。息がうまく吸えない。胸が、痛い。
触れられた手には、まだ熱が残っていた。
