「ねぇ」
窓の外を見ながらぼーっとしていた俺に、隣から声がかかる。
振り返ると、声の主ははニヤリと笑い、小さく耳打ちをした。
「瑞季、四宮のこと好きでしょ?」
「は?」
高校に入ってから2度目の春がやってきた。
新しいクラスが発表され、それぞれが新しい教室へと集合する。
俺、瑞季菖蒲も例に漏れず、渡された紙を頼りにこれから1年間過ごすことになる教室へと向かった。教室は同じ作りのはずなのに、新しい教室が自分の空間ではない感じがして不思議だ。出席番号の席に着席するとすぐに、後ろから声が掛かった。
「菖蒲ーー!」
声の主にがっと肩を組まれ、バランスを崩す。
「げ、」
「げ、とはなんだよ。嬉しいだろ」
不満そうに口を尖らせるこの男は向井彰人。家が近かったこともあり、幼稚園の頃からの腐れ縁。家族ぐるみでの付き合いで、いわゆる幼馴染ってやつだ。
「はいはい、嬉しい嬉しい」
「心こめろよ!」
適当に対応はしてしまうけれど、見知った顔がいることはやはり心強い。他に知り合いがいないか教室を見回していると、すでに一際目立つグループがあった。俺の視線に気付いたのか、彰人が話しかけてきた。
「榎本紫苑だよ」
「誰?有名なの?」
「運動神経抜群で成績優秀。おまけにあの見た目だからそれはそれはモテるらしい」
いまもほら、と言う彰人の視線の先で、他クラスの女子から話しかけられているのが見えた。少し長めの黒髪に切れ長の瞳で、男の俺から見てもつい見入ってしまうような整った顔立ち。確かにあれは女子たちが放っておかないだろう。
「あんなイケメンうちの学校にいたんだ」
「去年2組の高橋さんに告られたって噂だぜ?いいよなぁ、付き合ってんのかなぁ。俺、高橋さん超好みだったのに…って、お前、本当に知らないのか?」
知らないのかと言われても、逆になんでそこまで知っているんだとこちらが疑問なのだが。でもまぁ、彰人の性格なら納得か。人懐っこい性格で誰とも気軽に話すので、他クラスにも友達が多い。加えて、噂話好き。対して内弁慶で部活にも入っていない俺は、交友関係の狭さには自負があった。誇ることではないが。
「でも、それ以外あんまいい噂聞かないんだよな。女子とっかえひっかえしてたり、授業サボってたり」
彰人から聞く情報だけだとやけにいけすかないが、本当にそんなやついるのか。
「まぁ、俺には関係ないかな。仲良くなるタイプじゃなさそうだし」
「それはそうだな。想像できん」
「だろ?」
「でも、何が起こるかわかんねぇし。もしかしたら、榎本とマブダチになってる可能性も、うぐ」
「ねぇよ」
しつこくなる気配を感じたので、俺はすかさず彰人のほっぺを手で挟んで黙らせた。
「はにゃせ」
「はは、変な顔」
「お前がやってんだろー!」
___ガラララ
「おーい、お前ら席につけー!ホームルーム始めんぞー!」
出席簿をバシバシ叩きながら、担任が教室に入ってきた。
「やべ、先生きた」
彰人は小声で呟いた後、机の上に出しっぱなしのカバンを整理し始めた。散り散りになって話していた他のクラスメイトたちも、自席へと戻っていく。ざわざわした雰囲気から緊張感のある空気へと変わったことに少し居心地の悪さを覚えた頃、担任がホームルームを開始した。最初の人の内容をまるパクりして無難に自己紹介を終えた後は、今年の委員会を決めることになった。
「じゃあ、あと緑化委員だけか。メインでやることは花壇の世話だな。やりたいやついるか?」
そう担任が募るが、誰からも手が上がらず数秒の沈黙。なら、仕方ないか。
「はい」
手を挙げた俺に視線が集まるのを感じた。
「お、瑞季やってくれるか。よろしく頼む。えー、じゃあもう1人は…」
「俺やる」
教室の端から声が聞こえた。振り返ってみれば、榎本がだるそうに手を挙げている。
「おぉ、榎本。おっけー、じゃあ、2人とも1年間よろしくな」
聞いた情報だけだと委員会に立候補するタイプには思えなかったので、驚いていると、彰人が後ろからコソコソ話しかけてきた。
「立候補するなんて珍しいじゃん」
「まぁ、誰もやらなさそうだったし。あと、植物は嫌いじゃないから」
「それでいうと、もっと意外な人と一緒だけど」
「それは、そうだな…委員とか、やらないタイプだと思ってた」
担任が黒板に文字を書く音が響く。「緑化委員」と書かれた文字の下には「瑞季」「榎本」と書かれている。
「はい、これで全部決まったかな。各委員に決まった人は放課後、委員の顔合わせあるから忘れずに行くように」
「え」
榎本の噂を聞いてなんとなく気まずいという気持ちがあり、無意識に声が漏れていた。誰にも聞こえていなかったようで、そのままホームルームは終了したが、喉に小さな骨が詰まったような感覚はしばらく残ったままだった。
放課後、少しの高揚感と緊張が漂う雰囲気の中、俺は緑化委員会が始まるのを教室の隅で待っていた。あたりを見渡してみても、特に知り合いはいない。
「ふぁああ…」
座っている窓際の席は日差しがよく当たり、ポカポカした陽気が眠気を誘った。
ちょっと寝るか。俺は机に突っ伏し少しだけ仮眠を取ることにした。
「ねぇ」
ぽんぽんと肩を叩かれ、瞼を軽く擦りながら顔を上げる。
「うわ!」
目の前にドアップで整った顔があり、思わず声が出た。
「え、榎本…」
榎本はまだ微睡んでいる俺に対して、「人の顔見てその反応は失礼じゃない?」と言いつつケタケタと笑った。そして、特に俺の様子を気にすることなく続ける。
「緑化委員ってここであってるよね?」
「あ、うん。そうだよ」
「良かった」
榎本はそう言うと、俺の隣の椅子に座り荷物を整理し始めた。特に話したこともないため、微妙に気まずい時間が流れる。早く委員会始まってくれ、と心の底から願いつつ、俺は窓の外に視線を向けた。しばらくぼーっとしていると、榎本から声がかかった。
「ねぇ」
これは、俺に対して、だよな。返事の代わりに視線を榎本に向ける。すると、榎本は俺の耳に顔を近づけ、小さく囁いた。
「瑞季、四宮のこと好きでしょ?」
榎本の言葉に一瞬固まる。え、今なんて言った?
「は、なんで四宮くん、いや、そもそもそんなんじゃ」
「だって今も、ほら」と、俺がさっきまで眺めていた方向を指さす。その先では野球部が準備運動をしていた。
「いるじゃん、四宮」
野球部で去年同じクラスだった四宮楓くん。誰に対しても優しくて、クラスの人気者だった。憧れの人だと思っていたら、いつの間にか目が追うようになっていて、叶わないと自覚しつつも諦められずにいた。この気持ちは誰にも言ったことがなかったし、彰人にすら気づかれていないはず。なのに、なんで___
その前に、俺ら話すの初めてだよね!?最初の会話それなの!?1年間よろしくとか、もっと他に話題あるだろ!
思考はぐるぐるするのに、返す言葉が見つからない。しばらく黙っている俺に対して榎本は、「何?俺の顔に見惚れちゃった?」と、両手を顎に当てケタケタ笑っている。
「ちが」
「おし、揃ったか。緑化委員はじめんぞ〜」
否定しようと口を開いたとき、担当教諭である熊崎先生の号令で委員会が始まった。このまま話しても墓穴を掘りそうだったので、正直ほっとした。
説明によると、緑化委員では今年から各クラスに花壇が割り当てられ、季節ごとに好きな植物を育てることになったらしい。
「___と言うことで、それぞれなにを植えるかは今配った紙に書いて来週までに提出するように。あと、毎週火曜と木曜の水やり当番を書く欄も作ったから忘れずに書いてくれ。それ以外は用務員さんが水やりしてくれるそうだ。以上、解散。」
そう号令がかかると、糸が切れたように教室内にざわめきが戻ってきた。
好きな植物を育てていい、か。軽い気持ちで立候補したが、正解だったかもしれない。学校の花壇なら普段育てられないような植物に挑戦できるし、広さもあるから見栄えも良いはずだ。自分が作った花壇を想像すると、今からワクワクが止まらない。
ふと、隣から視線を感じた。
「何?」
「いや、ニヤニヤしてるなって。瑞季、花好きなんだ?」
ニヤニヤしてるのバレてた…。それ以前に、俺の名前を覚えていることにも驚いた。
「まぁ、嫌いじゃない」
忘れかけていた先ほどの出来事を思い出し、つい素っ気ない口調になる。
「ふーん……じゃあ、これなにするか一緒に決めようね!俺今日はこの後バイトだから、明日の放課後!よろしく!」
榎本は配られた紙の「植える植物」の欄を指さしながら言うと、そそくさと教室を後にした。
え、あいつやる気なの?というか、明日も話さないといけないのか。考えるだけで気が重くなる。いや、あいつと話すと考えるからダメなんだ。そうだ、花壇!なにを植えるか考えよう!俺はそう自分に言い聞かせ、重たい腰を上げて帰路についた。
窓の外を見ながらぼーっとしていた俺に、隣から声がかかる。
振り返ると、声の主ははニヤリと笑い、小さく耳打ちをした。
「瑞季、四宮のこと好きでしょ?」
「は?」
高校に入ってから2度目の春がやってきた。
新しいクラスが発表され、それぞれが新しい教室へと集合する。
俺、瑞季菖蒲も例に漏れず、渡された紙を頼りにこれから1年間過ごすことになる教室へと向かった。教室は同じ作りのはずなのに、新しい教室が自分の空間ではない感じがして不思議だ。出席番号の席に着席するとすぐに、後ろから声が掛かった。
「菖蒲ーー!」
声の主にがっと肩を組まれ、バランスを崩す。
「げ、」
「げ、とはなんだよ。嬉しいだろ」
不満そうに口を尖らせるこの男は向井彰人。家が近かったこともあり、幼稚園の頃からの腐れ縁。家族ぐるみでの付き合いで、いわゆる幼馴染ってやつだ。
「はいはい、嬉しい嬉しい」
「心こめろよ!」
適当に対応はしてしまうけれど、見知った顔がいることはやはり心強い。他に知り合いがいないか教室を見回していると、すでに一際目立つグループがあった。俺の視線に気付いたのか、彰人が話しかけてきた。
「榎本紫苑だよ」
「誰?有名なの?」
「運動神経抜群で成績優秀。おまけにあの見た目だからそれはそれはモテるらしい」
いまもほら、と言う彰人の視線の先で、他クラスの女子から話しかけられているのが見えた。少し長めの黒髪に切れ長の瞳で、男の俺から見てもつい見入ってしまうような整った顔立ち。確かにあれは女子たちが放っておかないだろう。
「あんなイケメンうちの学校にいたんだ」
「去年2組の高橋さんに告られたって噂だぜ?いいよなぁ、付き合ってんのかなぁ。俺、高橋さん超好みだったのに…って、お前、本当に知らないのか?」
知らないのかと言われても、逆になんでそこまで知っているんだとこちらが疑問なのだが。でもまぁ、彰人の性格なら納得か。人懐っこい性格で誰とも気軽に話すので、他クラスにも友達が多い。加えて、噂話好き。対して内弁慶で部活にも入っていない俺は、交友関係の狭さには自負があった。誇ることではないが。
「でも、それ以外あんまいい噂聞かないんだよな。女子とっかえひっかえしてたり、授業サボってたり」
彰人から聞く情報だけだとやけにいけすかないが、本当にそんなやついるのか。
「まぁ、俺には関係ないかな。仲良くなるタイプじゃなさそうだし」
「それはそうだな。想像できん」
「だろ?」
「でも、何が起こるかわかんねぇし。もしかしたら、榎本とマブダチになってる可能性も、うぐ」
「ねぇよ」
しつこくなる気配を感じたので、俺はすかさず彰人のほっぺを手で挟んで黙らせた。
「はにゃせ」
「はは、変な顔」
「お前がやってんだろー!」
___ガラララ
「おーい、お前ら席につけー!ホームルーム始めんぞー!」
出席簿をバシバシ叩きながら、担任が教室に入ってきた。
「やべ、先生きた」
彰人は小声で呟いた後、机の上に出しっぱなしのカバンを整理し始めた。散り散りになって話していた他のクラスメイトたちも、自席へと戻っていく。ざわざわした雰囲気から緊張感のある空気へと変わったことに少し居心地の悪さを覚えた頃、担任がホームルームを開始した。最初の人の内容をまるパクりして無難に自己紹介を終えた後は、今年の委員会を決めることになった。
「じゃあ、あと緑化委員だけか。メインでやることは花壇の世話だな。やりたいやついるか?」
そう担任が募るが、誰からも手が上がらず数秒の沈黙。なら、仕方ないか。
「はい」
手を挙げた俺に視線が集まるのを感じた。
「お、瑞季やってくれるか。よろしく頼む。えー、じゃあもう1人は…」
「俺やる」
教室の端から声が聞こえた。振り返ってみれば、榎本がだるそうに手を挙げている。
「おぉ、榎本。おっけー、じゃあ、2人とも1年間よろしくな」
聞いた情報だけだと委員会に立候補するタイプには思えなかったので、驚いていると、彰人が後ろからコソコソ話しかけてきた。
「立候補するなんて珍しいじゃん」
「まぁ、誰もやらなさそうだったし。あと、植物は嫌いじゃないから」
「それでいうと、もっと意外な人と一緒だけど」
「それは、そうだな…委員とか、やらないタイプだと思ってた」
担任が黒板に文字を書く音が響く。「緑化委員」と書かれた文字の下には「瑞季」「榎本」と書かれている。
「はい、これで全部決まったかな。各委員に決まった人は放課後、委員の顔合わせあるから忘れずに行くように」
「え」
榎本の噂を聞いてなんとなく気まずいという気持ちがあり、無意識に声が漏れていた。誰にも聞こえていなかったようで、そのままホームルームは終了したが、喉に小さな骨が詰まったような感覚はしばらく残ったままだった。
放課後、少しの高揚感と緊張が漂う雰囲気の中、俺は緑化委員会が始まるのを教室の隅で待っていた。あたりを見渡してみても、特に知り合いはいない。
「ふぁああ…」
座っている窓際の席は日差しがよく当たり、ポカポカした陽気が眠気を誘った。
ちょっと寝るか。俺は机に突っ伏し少しだけ仮眠を取ることにした。
「ねぇ」
ぽんぽんと肩を叩かれ、瞼を軽く擦りながら顔を上げる。
「うわ!」
目の前にドアップで整った顔があり、思わず声が出た。
「え、榎本…」
榎本はまだ微睡んでいる俺に対して、「人の顔見てその反応は失礼じゃない?」と言いつつケタケタと笑った。そして、特に俺の様子を気にすることなく続ける。
「緑化委員ってここであってるよね?」
「あ、うん。そうだよ」
「良かった」
榎本はそう言うと、俺の隣の椅子に座り荷物を整理し始めた。特に話したこともないため、微妙に気まずい時間が流れる。早く委員会始まってくれ、と心の底から願いつつ、俺は窓の外に視線を向けた。しばらくぼーっとしていると、榎本から声がかかった。
「ねぇ」
これは、俺に対して、だよな。返事の代わりに視線を榎本に向ける。すると、榎本は俺の耳に顔を近づけ、小さく囁いた。
「瑞季、四宮のこと好きでしょ?」
榎本の言葉に一瞬固まる。え、今なんて言った?
「は、なんで四宮くん、いや、そもそもそんなんじゃ」
「だって今も、ほら」と、俺がさっきまで眺めていた方向を指さす。その先では野球部が準備運動をしていた。
「いるじゃん、四宮」
野球部で去年同じクラスだった四宮楓くん。誰に対しても優しくて、クラスの人気者だった。憧れの人だと思っていたら、いつの間にか目が追うようになっていて、叶わないと自覚しつつも諦められずにいた。この気持ちは誰にも言ったことがなかったし、彰人にすら気づかれていないはず。なのに、なんで___
その前に、俺ら話すの初めてだよね!?最初の会話それなの!?1年間よろしくとか、もっと他に話題あるだろ!
思考はぐるぐるするのに、返す言葉が見つからない。しばらく黙っている俺に対して榎本は、「何?俺の顔に見惚れちゃった?」と、両手を顎に当てケタケタ笑っている。
「ちが」
「おし、揃ったか。緑化委員はじめんぞ〜」
否定しようと口を開いたとき、担当教諭である熊崎先生の号令で委員会が始まった。このまま話しても墓穴を掘りそうだったので、正直ほっとした。
説明によると、緑化委員では今年から各クラスに花壇が割り当てられ、季節ごとに好きな植物を育てることになったらしい。
「___と言うことで、それぞれなにを植えるかは今配った紙に書いて来週までに提出するように。あと、毎週火曜と木曜の水やり当番を書く欄も作ったから忘れずに書いてくれ。それ以外は用務員さんが水やりしてくれるそうだ。以上、解散。」
そう号令がかかると、糸が切れたように教室内にざわめきが戻ってきた。
好きな植物を育てていい、か。軽い気持ちで立候補したが、正解だったかもしれない。学校の花壇なら普段育てられないような植物に挑戦できるし、広さもあるから見栄えも良いはずだ。自分が作った花壇を想像すると、今からワクワクが止まらない。
ふと、隣から視線を感じた。
「何?」
「いや、ニヤニヤしてるなって。瑞季、花好きなんだ?」
ニヤニヤしてるのバレてた…。それ以前に、俺の名前を覚えていることにも驚いた。
「まぁ、嫌いじゃない」
忘れかけていた先ほどの出来事を思い出し、つい素っ気ない口調になる。
「ふーん……じゃあ、これなにするか一緒に決めようね!俺今日はこの後バイトだから、明日の放課後!よろしく!」
榎本は配られた紙の「植える植物」の欄を指さしながら言うと、そそくさと教室を後にした。
え、あいつやる気なの?というか、明日も話さないといけないのか。考えるだけで気が重くなる。いや、あいつと話すと考えるからダメなんだ。そうだ、花壇!なにを植えるか考えよう!俺はそう自分に言い聞かせ、重たい腰を上げて帰路についた。
