ふたりぼっちの帰宅部員

 担任の大内先生に呼び出され、ぼくは授業終わりに職員室に向かった。入学してから二週間、とくに問題なく、慎重に、目立たないよう生きてきたのだ。帰りのホームルームで名指しされるなんて思いもしなかった。
「おお、わざわざすまんね」
 ぼくが職員室に入ると、待ち構えていたみたいに遠くの席から手を振った。
 大内先生は大学を卒業して3年目。先生の中では一番若い。なので生徒たちは親しみをこめて「おーうっちゃん」なんて呼んでいる。
「なんでしょうか」
 ぼくは先生の元に向かって言った。
「ああ、何度かホームルームで言ったんだけど、部活の入部申請、提出していないからさ」
 大内先生は顔をくしゃっとさせた。こういう見た人みんなが好感を抱いてしまうような笑顔ができるなんて、うらやましい。
「部活、やっぱり入らなくっちゃいけませんか」
「まあ、強制はしないけど、いちおうみんな入ったほうがいいっていうアレだから」
 なんとなく歯切れの悪い言い方だ。
 多分この学校、以前は生徒全員、部活に入ることを義務付けていたんだろう。いまはあくまで推奨となっている。よかった、そういうくだらない強制がなくって。
「じゃあ、やめときます」
 ぼくは言った。きっぱりと断ったほうが後腐れないし、後々繰り返されることはない。
「でも、せっかく高校に入ったんだし、なんか部活はやったほうがいいけどなあ」
 大内先生がちょっと困ったように言った。「高校の思い出づくりに。ほら、高校時代って、人生の三年しかないわけだし、まさにこう、青春っていうか、さ」
 思い出。
 青春。
 なんだろう、口にするには重すぎ、耳にしたらなんともゾッとするワードだ。じいさんになって懐かしむ頃には、甘かったり酸っぱかったりするんだろうか。
「入んないと、先生、困りますか」
 査定に響くのなら、申し訳ない、と思った。
「いや、そんなことはないけど」
 さっきより困った顔をしている。やっぱり他の先生からノルマを課せられているのかもしれない。
「ぼくだけですか、もしかして部活に入ってないの」
 だったら……この学校のなかで希少種になってしまうってことか。それは困る。でも、授業や行事以外でこの学校に関わるのはできるだけ避けたい。
 15年生きてきて、我を通したところでろくなことは起こらない、というのは骨身に染みていた。
 だったら、もう、どうでもよさそうな部活を探すよりほかないのかもしれない。文化系であんまりやる気のない部活を探すか……。
 そんなふうに観念しかけたときだった。
「うーん、まああと一人、いるんだけどなあ」
 大内先生は、「あれ」
 と目線を横のほうに移した。
 ぼくもそっちを向いてみると、
「うわ」
 思わず声が出てしまい、慌てて目を逸らした。
「なんだなんだ?」
 そこには、高木千晴が立っていた。
「あれも、そうなんですか」
 ぼくは大内先生にこそこそと耳打ちした。
「ああ、知ってんのか。まあ有名人だからなあ」
 大内先生が、ぼくが嫌な顔をしているのを不思議そうに眺めた。「あいつ、中学で部活みっつ掛け持ちして、どれも活躍してたから、いろんな部から勧誘されているみたいだけど、まったく入る気ないらしいんだよな」
「へえ……」
 ちらちらぼくは、高木千晴を盗み見した。
 どうやら高木千晴は、どこか部活に入れと、担任に説得されているらしい。
 しかし千晴は口を真一文字にしている。ああ、この顔をしている千晴は絶対に首を縦に振らない。
 昔からそうだった。
 千晴の担任の先生は、人の良さそうなふくよかな感じだ。そして哀願といった表情をしている。
 お気の毒に……。
 眺めていたら、ふと、千晴と目が合った。
 慌てて目を逸らした。
 やばい、見つかってしまったかもしれない。
 でも、大丈夫だ。中学の三年間、千晴とは会っていないし、ぼくのことなど忘れているに決まっている。逆にキョドっているほうが不審がられる。
「なに? なんか動作がおかしいんだが」
 大内先生がぼくのことを不思議そうに眺めた。
「いや、そんなことないです」
「そう? なんかさ、クールっぽい印象だったけど」
「クール、とは?」
「意外とコミカルなんだな、天然系なのかな」
 疑問に答えず、大内先生は勝手になにか納得したみたいに頷いた。
「えーと、じゃあ、そういうわけで、もういいですか?」
「んー、意思は固い、と」
「はい」
「まあ部活はいつでも入ることできるから」
「はい」
「でも早いとこ入ったほうが運動部なんかは」
「運動部は入るつもりないんで」
「じゃあ、文化部か」
「いや、興味ある部活ないんで」
「なにか新しいことにチャレンジしてみるのも」
「学校に慣れるので精一杯なんで」
「クラス以外の友達が増えるし」
「……クラスにもべつに友達いないんで」
「あ」
 大内先生は地雷を踏んだのでは? と思ったらしく、顔を見開いた。
「いや、べつにいじめとか無視とかでないです」
「これ、もしかして俺、ハラスメント的なことしてる?」
「はい?」
「生徒に心理的負担を与えてる?」
「えーと、はい、って答えたら、帰っていい感じですか?」
「まず、そんなつもりではなかった」
「あの、気にしないでください」
「いや、こういうわだかまりみたいなものは放置しておくと後々」
「わだかまってません!」
 すごく面倒なことになっている。部活を断るだけなのに、なぜか担任教師を怯えさせている。
「そう?」
 大内先生は、疑いの眼差しを向けた。
「もちろん」
 じゃあ、そういうわけで、とぼくは話をうやむやにして、職員室をあとにした。
「なんなんだ」
 ドアを閉めて、ぼくがため息をつくと、
「古謝充」
 ぼくの名字を呼ばれた。
 声のほうを向くと、
 高木千晴が立っていた。やっぱり口を真一文字にして。