男の復讐劇は失敗に終わり、夜の世界にようやく静けさが戻った。
程なくして、親父さんが駐在さんを連れて現れた。親父さんが言うには、もっと前から駐在さんと神社にいたのだが、結界のようなものが貼られていて、拝殿から後ろに近寄ることができなかったそうだ。そんなことができるのは怜司だけだろう。他に被害が及ばない様にしたのか、男と俺の前に現れる前に仕込んだに違いない。
突然天気が大荒れになって驚いたと、乱れた制服を直しながら駐在さんは言った。親父さんは大荒れの原因を特に説明するでもなく、同じく乱れた浴衣を整えながら、駐在さんに相槌を打つだけだった。
小宮誠という男の亡骸は、駐在さんに任せることにした。おそらく駆けつけた県警から、遺体が傷だらけの理由を問い詰められるだろうけど、そこはこの村に長らく務める駐在さんの腕の見せ所。適当に話を作って、遺体を丁重に扱ってもらうことだろう。到着した救急車に乗せられ、パトカーと共にこの場を離れた。
怜司と俺は、親父さんが呼んでくれたもう一台の救急車で、隣町にある怜司かかりつけの病院に運ばれた。俺は意識もあり、幸い骨折などの大きな怪我は免れていたようだ。脳の検査結果も問題なかったことから、翌日には退院の手続きを取った。
一方の怜司は、病院についても意識が戻らず眠ったままだった。ただ目立った外傷もなく、精密検査の結果も良好なことから、医者からは、極度の疲労によるものだと説明されたそうだ。一週間も経てば目を覚ますだろうとのことだった。
一足お先に家に戻った俺は、親父さんから話を聞くことができた。
まず、小宮誠に取り憑いていた男の魂だが、亡骸から掬い取り、現在は親父さんの手によって、鬼山の麓に建てられている祠に一時的に封印しているらしい。親父さんに祓う力はないし、仮にも鬼山家の魂だ。怜司が帰ってきてから、処遇を考えるつもりのようだ。
それから、あの男について教えてもらうことができた。
男の言うとおり、やつは怜司の兄で、二人は双子だったという。昔から、双子は忌みモノといわれ、災いを呼ぶ存在だと見なされていた。怜司の祖父母が存命の時代は特に、そういった迷信めいたものがまだ信じられていたそうで、双子と判明した時、特にじいさんは、嫁いできたお袋さんのことを酷く叱責したそうだ。お袋さんが好きで双子を身ごもったわけでもないのに。
しかし、単に双子という事実だけなら、まだ悲劇は起こらなかった。不幸だったのは、男に全く霊力が宿っていなかったことだった。
じいさんは、鬼山家の人間は強い霊力をもってこそ、という主義を貫いていた。鬼山姓を名乗り、権威を手に入れられたのは霊力のおかげ。強い霊力こそが鬼山家の威厳を保つものであり、当主の絶対条件と、じいさんから散々聞かされたと親父さんは言う。怜司には遠く及ばないものの、それなりに強い力を持っていたじいさんは、自身の息子が不甲斐なかったために、孫へ強烈な期待をかけていたそうだ。安定期に入った頃、胎内に眠る双子の霊力を確認しようとした。それで、双子の一方から霊力を感じないことに気づいたのだ。
その時のじいさんの剣幕は凄まじいもので、分娩の後即処分すると、鬼山家当主としての厳命を下してきた。
出産当日。当時は立会いが許されていなかったにもかかわらず、病院とは何ら関係のない鬼窟神社の権威を振りかざし、じいさんの指示でばあさんが強引に分娩室へ入り込んだ。そして、最初にこの世に誕生した男が、ばあさんの手によって分娩室から運び出された。親父さんは、長男がどういう扱いを受けたのか見せてもらっていないし、聞いても答えてもらえなかったという。仮にもお袋さんと自分との間にできた、初めての子どもだ。お袋さんも親父さんも、指一本触れるどころか姿を見ることすらも許されず、その存在はなかったことにされた。それが今でも心残りだと言った。
一方の怜司は、分娩室からNICUに直行した。何日もの間生死の堺に留まり、祖父母をやきもきさせた。心臓が弱く、少し体力を使っただけで死の危険があるといわれ、しばらくは泣き声も聞けなかった。ようやく退院したと思えば、また病院に戻る。入退院を繰り返しているうちに、待望だった孫への愛情は失せていった。どんなに強い霊力があっても、体が丈夫でなければ神職は務まらない。
―――どちらも失敗作。やはり双子は災いの元
―――始祖様のように、せめて鬼神様に食ってもらえ
じいさんは息をひきとる直前まで、お袋さんを詰ったそうだ。
当時のお袋さんの心情を思うと、心が痛む。親父さんは当時のことを思い出しながら、苦々しい表情を浮かべていた。
「私たちは長男について一切の介入を禁じられた。存在があったと認めさせないためだろう。だからずっと気になっていたことがあった。慰霊をしていないんじゃないかと」
鬼窟神社で管理する霊園にも、記録にも、その形跡は見当たらなかったという。
亡くなった御霊を慰霊しなければ、現世に留まってしまうおそれがある。そんなこと、神職なら分かっていたはずだろうに。慰霊をすることすら拒むほどの拒否反応を示していたということなのだろうか。
慰霊がなされていれば、先祖代々の霊と同様に家の守り神として、今日まで鬼山家を見守ってくれていたはず。その魂が、17年の時を経て鬼窟神社に姿を現し、次期当主に牙をむいた。
それが、親父さんの気がかりに対する答えだろう。
「まあ、名前も授けなかったから、当然彼を祀ることなどできないよな」
「名前、ないんですか?」
「正式な名はない、ただ、家内との間でこっそり呼んでいた名ならある。…優司だ」
「優しいって字ですか?」
「そう。人としての価値は、力なんかでは決まらない。たとえ鬼窟神社の者だとしても。優しい慈悲の心で、この村や地域のために祈りを捧げてくれればと、そんな思いを込めた。…今では皮肉にしか聞こえんがな」
男が自分の名前を言わなかったのは、正体を隠すためだと思っていた。
名前を聞かれ、"れいじ”と名乗ったとき、彼は何を思っていたのだろう。鬼山家の跡取りとして認めて欲しいという切実な願いが、そこにあったと思えてならなかった。
乳児の魂として放り出された力のない男は、現世にしがみつくため、なによりも力を蓄える必要があった。弱いままでは、現世に留まることはおろか、他にうろつく強い霊に食われてしまうおそれがあったからだ。存在そのものを否定された乳飲み子が、弱肉強食の世界をかいくぐってきた。それだけ、鬼山家への恨み、現世への未練は相当なものだったろうと、親父さんは言った。
怜司を危険な目に合わせた男。それだけで十分許せない。しかしそんな行動に出るには、それなりの理由があった。この事件の元凶は、間違いなくじいさんにある。能力がなくても、鬼山家の子孫として生を認められ、愛情を注がれていれば、こんなことは起きなかった。そうでないとしても、せめて御霊を慰めてくれてさえいれば。
あのバスの旅で、怜司に見せた男の笑みを思い出す。恨みを抱いていたとは思えないほどに、優しくて温かい雰囲気を感じた。本来の彼はそういう男なのだろう。もしかしたら、"優司”と呼ばれ、両親から気にかけられていたことを、魂のどこかで感じ取っていたのではないだろうか。生きていればなれたであろう、優しくも頼もしい"優司兄さん”の姿を、無意識に自身へ投影し、体現しようとしたのかもしれない。
怜司が目を覚ますまでの一週間、俺は放課後、毎日病院へ見舞いに行っていた。
目を覚まして一番最初に怜司の視界に入るのは俺だと決めていた。誰よりも早く怜司の視界に入り、まず謝罪しようと決めていた。3年前のあの時のように。
しかし、今の俺は3年前とは違う。あの時の俺は、自分のせいで怜司を傷つけたという引け目が強く心に残っていた。怜司を守らなければならない。そのために傍にいることを自身に言い聞かせた。しかし、怜司の命綱という自分の役割を全うする責任と、それでも拭いきれない自由への渇望は変わらず衝突していた。自分で解決すべき問題だと偉そうにしていながら、怜司の気遣いに乗っかり、この苦しみの原因を怜司へ責任転嫁し続けた。
それは、役割に固執していたからかもしれない。自分の存在が役割あってのものと思い込んでいたから、それによって制限を受けた自由への執着が強くなってしまった。
そうじゃない。俺が怜司の傍にいるのは、それが役目だからじゃない。俺が怜司の傍にいたいと思ったから、役目を引き受けたにすぎない。それを俺は、ようやく思い出すことができた。
今よりもずっと小さいガキの頃。怜司と出会った時の衝撃と喜び。俺の人生を決めたあの時の感動を忘れてしまっていた。俺はそれを、謝りたいと思った。
俺は最初から自由だった。自由の中で、俺はこの場所を選び取ったのだ。
怜司の隣という、誰にも譲れない場所を。
怜司の瞼が開かれた時、きっと怜司の視界には俺でいっぱいになっていただろう。ぼんやりとしていた目が急にこれでもかと大きく開かれた。
「…近い」
「思い出すだろ?」
「なにを?」
「初めて会ったころ。あの時も俺、こんくらいの距離にいなかったか?」
「確かに。…なんで、急に昔話?」
「お前待ってる間に思い出した」
「ああ、奇遇だね。僕も、寝ている間ずっと、昔のことを夢で見ていたよ」
振り返った思い出に、また怜司は小さく笑った。きっと初めて会った頃の俺と重ねたのだろう。可愛げがなくなったと思っているに違いない。
ガキの頃。その小さな体に宿った強大な生命力をコントロールすることができなくて、俺は問題行動を繰り返していた。暴言、暴力は日常茶飯事で、揉め事や、学校の備品を壊しては呼び出された母親が必死に謝っていた。何度も何度も頭を下げ、腰が折れ曲がってしまうのではないかと、子どもながらに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
自分でもどうにかしたかった。たくさんの友達に囲まれて、一緒にスポーツをしたり、遊びたかった。湯水のごとく溢れかえるエネルギーを自身でどうにかするだけの、体の大きさも知能も追いつかず、どうしたらいいのか教えて欲しかった。
しかし、発育だけは立派だった俺は、子どもたちから、体が大きくて暴れん坊の雄大君として怖がられるばかり。先生だけでなく両親からも、単に手の付けられない問題児として見なされ、行動を制限されるばかりの日々だった。
誰からも理解されない。受け入れてもらえない。そんな悲しさが苛立ちに変換され、問題行動は止むことがなかった。
小学5年生になると、加えて謎の頭痛や肩こりに悩まされるようになった。親に訴えて、何件もの大病院を梯子し検査を受けても異常は見つからず。原因不明の痛みに苛まれ、俺の問題行動はさらにエスカレートしていった。先生や同級生、保護者からは腫れ物扱いされ、両親の喧嘩も絶えなくなっていた。
母親が精神的に落ち込むことが増えた頃、父親が激務の本社勤務から、地方の支店への異動を申し出た。都会の喧騒から離れて、家族全員、一度落ち着こうという提案だった。
会社は快諾。人手不足の支社へ異動が決まった。その住所地が、俺の今住む鬼山村の隣町だった。
引っ越してしばらくすると、確かに俺は落ち着いてきた。辺り一面灰色に囲まれ、人も車も絶えず往来し、それだけで神経の擦り減る都会とは違い、空と緑の広がる雄大な自然が俺を包みこんで、扱いきれなかったエネルギーを代わりに吸収してくれるようだった。
しかし、頭痛や肩こりは治るどころか、こちらに来てから悪化したように感じた。都会の大病院より信頼できないと、母親が文句を言いながらも頼った病院でも、相変わらず異常無し。しかしこの結果を受けて、その時の担当医が、何故か鬼窟神社を紹介してくれたのだ。お祓いとか、そういうのも視野に入れてみてはどうかと。
後で知ったのだが、この病院こそ怜司のかかりつけの病院で、俺を見てくれた医者は怜司の担当医だったのだ。これがご縁なのかと、感動したことを覚えている。
母は最初こそ、藪医者がスピリチュアルを語り出したと鼻で笑っていたが、ついに打つ手が無くなったところで、旅行も兼ねてこの村を訪れた。
どこまでいっても田畑で埋め尽くされ、二階以上の建物がない。子どもが想像する田舎の風景がそこに広がっていた。そんな低く広大な世界に聳え立つ鬼山と、鬼窟神社の鳥居。圧倒的な存在感を前に覚えた緊張感は、今でも鮮明に思い出せる。体が震え、恐怖すら感じた。今思えば、本当に恐怖を感じていたのは俺自身ではなかったのかもしれない。
当時は秋だった。紅葉が見頃を迎えており、鬼山も後ろに控える連山も、一面紅に染まっていた。鳥居をくぐれば、拝殿を隠すように紅の落葉が風に舞う、幻惑的な空間に迷い込んだようだった。
両親が社務所の受付に顔を出している間、俺は勝手に境内をぶらぶら歩き回っていた。神社に原因を見てもらうといっても、子どもの俺にはピンと来ていなかった。観光の一つで寄った程度の認識で、奥から出てきた大人と難しい話が始まった時には、拝殿の裏に回っていた。
そこには、車椅子に乗った同い年くらいの男子がいた。空を見つめているのに、その目には何も映っていないようで、心ここに在らず、抜け殻のようにそこにいるだけ。
それが、怜司との出会いだった。
俺がどんなに声をかけても、こちらを向くことすらない。不満だった俺は、驚かせてやろうと怜司の目の前に立って、上から覗き込んでやった。
しかし、怜司は表情を崩さなかった。まるで凪のように、ぼおっと俺の顔を見つめるだけ。
何もかもが思いどおりにいかなくて、気に入らなくて、俺は話しかけた。
「なんだよ、びっくりしないのかよ」
「ねえ、君、重くないの?」
「重い?」
聞かれた質問の意味が分からず、どう答えたらいいのか分からなかった。旅行用に荷造りしたリュックは車の中に置いてきた。手ぶらの俺に、何を言っているのか。変な奴だと思った。
「何も持ってないんだから重くねえよ。見りゃわかるだろ?」
「…そうか。君は見えないんだね」
そう言うと、怜司は手を伸ばしてきた。そして「触るよ」と前置きをし、誇りを取り払うように、俺の頭や肩を数回撫でた。
訳が分からずされるがままでいた。するとしばらくして、すっと体が軽くなるのを感じた。頭痛と肩こりが消えたのだ。医者に診てもらっても、マッサージをしても状況は変わらず、毎日あるのが当たり前になっていたあの痛みが、跡形もなく消えた。
突然のことにむしろ怖くなり、慌てて頭や肩を何度も摩った。もはや、僅かに残る痛みを探すまでに疑って、しかしやっぱり、跡形もなく消えていた。
いつぶりかの不快感のない体に、俺は興奮した。
「すごい…。なあお前、何したんだよ!」
「追い祓っただけだよ。もう大丈夫、……、あれ?」
何てことないように優しく答えるも、今度は怜司が頭に疑問符を浮かべ始めた。
俺が頭や肩を触ったように、怜司もしきりに胸を撫でる。
「え、なんで?苦しくない…」
「苦しい?お前具合悪いのか?」
「いつもなら、こんなに動いたら息が苦しくなって、お母さんを呼ぶんだけど」
そう言って、車椅子の肘掛から短くぶら下がっている赤いボタンを見せてくれた。曰く、このボタンを押すと家のリビングにあるスピーカーから音が出て、怜司の体調が優れないことを知らせるのだと。
こんなに動いたって、俺の体を触った以外に何かしただろうか。自分には全く、理解も想像もできなかった。
そんな俺のことを置き去りにして、怜司もまた一人で興奮しているようだ。
「凄い、凄く体が楽だ!君、何かしてくれたの?」
「いや、俺、なにもしてない…」
こいつみたいに、例えば手をかざしたら凄い力が出せる、とかだったら、誇らしげな気持ちになれたのだろうけど、俺は本当に何もしていない。
「でも凄いや。君といるとすごく気持ちが良いよ!」
「ほ、ホントか?」
数分前の抜け殻状態からは想像もつかない、明るくて優しい笑顔を向けてくれた。
恥ずかしかった。でもそれは悪い意味ではなく、正確に言うなら、照れ臭かった。生まれて初めて、冷たく拒絶する目ではなく、恐怖で怯えた目でもなく、温かな目で存在を喜ばれた。嬉しかった。あまりに嬉しくて、しかし経験のないことに、どう反応を示せばいいのか分からず困った。でも何かしら反応しないと、また変な奴だと思われて、離れてしまうかもしれない。何か言わなければと、足りない頭を必死に動かした。
「お、…お前だって!俺を助けてくれた、かっこいいヒーローみたいだ!」
「かっこいいひーろー?」
「ヒーロー知らないのか?悪いやつをやっつけて、大事な人を守る、正義の味方なんだぜ!」
「まもる…ヒーロー!」
語彙力も経験値も乏しいガキの俺の、精一杯の褒め言葉だった。でもその言葉に、花が咲いたような、パッと明るい表情を見せてくれた。
「ね、君、名前何て言うの?良かったら、友達になってくれない?」
「え、いいのか?!俺、雄大!お前は?」
「怜司」
「怜司!今から俺たち、友達な!」
会話の流れで自然と口にした言葉だったけれど、この時人生で初めて、友達という言葉を言った。喉から手が出るほどに渇望していた友達が、こんなにもあっさり出来てしまったことが信じられなくて、何度も「友達」と呟いた。
それを聞いていた怜司もまた、嬉しそうに言った。
「雄大は僕にとっての、初めての友達だよ」
俺達のやりとりを影から見ていた親父さんに呼ばれ、俺の両親を前にして、俺の体質と怜司の体質を説明された。そして、この神社に居候することを提案されたのだ。
両親は二つ返事で了承した。息子の不調が収まることもそうだが、なによりも俺から離れる真っ当な理由ができたことが一番嬉しかったのだろうと思う。自分たちの手に負えない存在に、限界をとっくに超えていただろうから。
俺ももちろん了承した。お互いを本当に理解し、支え合える存在にやっと出会えたのだ。絶対に離れたくないと思った。そして、俺も怜司にとってのヒーローでありたいと、密かに願っていたのだ。
そんな純粋な想いが10年も経たないうちに歪み、事件を起こすことになるとは、当時の俺には想像もつかないだろうし、知ったら、過去から飛び出して殴りかかってきそうだ。
もし本当にそんな事が起きたら、思う存分に殴られよう。そう思うくらいに、余計な回り道をしてしまった。
けれど、怜司の存在と、自分の存在理由を再確認できた。役割のためではなく、ただ、自分のことを世界中の誰よりも分かっている人の傍にいたい。そのための役割。
俺たちはお互いが、お互いのヒーローなのだ。
「怜司、ごめんな」
俺は改まって、怜司に体を向けた。怜司も、真面目な雰囲気を察してか、俺の目を静かに見つめている。
「不甲斐無くて、何度もお前を危険な目に合わせちまったけど、俺はやっぱり、お前の傍以外考えられない」
「…それは、君の本心?」
「本心だよ。本心で選んだ、俺の居場所だ」
「…!」
怜司の目には忽ち涙が溜まり、溢れ、流れ落ちた。ダムが決壊したかのように、止まらない。
ついに大声をあげながら、泣き出してしまった。
思いもよらない流れに、どうしたらいいか分からず、戸惑って右往左往していたら、騒ぎを聞きつけた看護師が飛んできた。泣きじゃくる小柄で可愛らしい怜司に、いかつい大柄の俺。病院でもすっかりお馴染みのコンビのはずなのに、俺が泣かせたと大目玉を食らってしまった。
誤解を解こうとするが、全然聞いてくれない。そんな俺の必死な様子を見ていた怜司は、可笑しくなったのか、泣きながら笑い始めた。涙を拭い、腹を抱えながら笑い声を響かす。
分かりやすく感情を見せる怜司に驚いたが、遠い昔に見たあの無邪気な笑顔にまた会えたようで、鼻の奥がツンとした。
