君だけは、どうかお元気で



少し早いが、夕飯前に風呂を済ませることにした。バスの中でたっぷり寝た怜司も多少体力が回復していたのか、今のうちと、俺の後に続けて入った。
今日の夕食はカレーライスだ。お袋さんが何を間違えたのか作りすぎたと言って、寸胴鍋から溢れんばかりのカレーを見せてくれた。牛のこま切れ肉が入った、家族全員の大好物だ。いつも二日分くらいの量は作ってくれるのだが、今日はそれにしても大量だ。
「あいつも食えたな」
「あいつって、どちら様?」
「今日、観光客っぽい人を案内していたんだ。ウチに誘ったんだけど、断られちゃって」
「あら!私、お客様が来るかもって、勘が働いたのかもしれないわね。空振りしちゃったけど」
「俺全然食いますよ」
「頼もしいわ、雄大君」
嬉しそうに人数分の皿を用意し、ご飯をよそっていく。心なしか俺の分がいつもより盛りに盛られている気がする。カレーも、滝のように流し込まれていく。
テーブルに置いてみると、明らかに俺の分が、怜司の二倍以上に見える。
「雄大君、いつになく凄いな」
リビングに現れた親父さんが感心したように、山盛りのカレーを眺めている。
「まさに小さい連山を従えた鬼山と言ったところだ」
「有言実行だよ、雄大」
「任せろ」
牛肉も大盤振る舞いされていて、思わずにやけてしまう。昼のホットドックでは到底足りなかった俺の腹は、今や獰猛なハイエナのようだ。
席に着き、全員で「いただきます」をした。食物を育ててくれた人、食事を作ってくれた人、そしてその全てを見守る神への感謝だと、ガキの頃、親父さんから叩き込まれたものだ。言わない日はないし、言わないと、地を這うような重低音での叱責が飛んでくる。あの恐ろしさはトラウマとなり、だらしなかった俺の行動を矯正した。それはやがて習慣となり、無意識にできるようになる。大人の叱りというのは大事だと実感したものだ。
感謝が済めば、待てという指示に従っていたハイエナが心置きなく暴れ出す。スプーンを持った今の俺を止められる者は誰もいない。
「雄大すごっ。てか、それ嚙んでるの?」
「カレーは飲み物だ。知らなかったか?」
「いや明らかに固形だけど」
「どうしましょう。お米足りるかしら」
もう間もなく空きそうな俺の皿を見て、数口しか食べていないお袋さんがオロオロと席を立ち、再び台所に行ってしまった。冷凍の米がストックされていないか確かめに行ってくれたのだろう。さすがにこの量で足りると思ったのだが、俺の胃袋は俺にも分からないものだ。最近学校で習ったエンゲル係数とやらが、ふと頭の中に浮かんだ。
今日は俺も、疲れたのかもしれない。慣れない人との付き合いに、肝を冷やす言葉の応酬。必要以上にエネルギーを使って、俺の生命力が燃料の補給を欲しているのかもしれない。こんな暴食は今日だけだと、お袋さんの背中に手を合わせた。
親父さんは習慣で、食事をするときには決まってテレビをつけ、ニュースを見る。朝と同じ。普段は忙しいから、テレビを見る時間が食事時しかないようで、この時間に時事を確認するようにしているそうだ。
公共放送局のアナウンサーが、今日のトピックを読み上げている。この時間帯を担当している男性アナウンサーで、見た目からすると中堅だろうか。さすが民放よりも滑舌が良くて聞きやすい。
「男子高校生の失踪から1か月以上が経ち、年末を迎えようとする家族が今日も、駅前で顔写真付きのチラシを配り、情報提供を呼びかけていました」
失踪事件のニュースだ。ここ最近は特に試験勉強に集中していて、あまりテレビに意識を向けていなかった。そういえば、先月の朝にこんなニュースを聞いた気がする。りなりんに夢中になって、写真の顔をすっかり忘れていた。
情報提供先の電話番号、男子高生の名前とともにテレビに映し出された顔写真を見て、思わずスプーンを落とした。
あいつだ。今日ずっと行動を共にしていた、あの男だった。他人の空似かと思っていたが、俺は先月の朝に見たあの顔写真を、頭の片隅に覚えていたのか。
顔のそっくりな他人かとも考えたが、思い出してみれば、あいつは、隣の県から歩いてきたと行っていた。失踪したのは、修学旅行中の男子学生。旅行先は、隣の県だ。
「雄大、スプーン落としたぞ」
怜司がのんびりとした声で呼びかけながら、俺のスプーンを拾ってくれた。俺はスプーンを受け取り、目線でテレビ画面を見るよう促した。俺の横から覗き込むと、直後、目を丸くして俺を見た。
「え?……うそ」
「俺たち、駐在さんに言った方が良くないか?」
「ダメ」
強い否定に、息をのんだ。
向かいを見ると、親父さんがいつの間にか席を立ち、台所にいた。少しお酒を飲みたいようで冷蔵庫を開けているところを、お袋さんが止めている。下戸なのに飲みたがる親父さんの体を心配しているのだ。しばらくあそこで攻防が続くだろう。目線を怜司に戻し、念のため小さい声で話を続けた。
「なんでだよ、探されてるんだろ?」
「あの人は別人だよ」
「は?」
「ここじゃあ何だから、食べ終わってから話すよ」
怜司の視線が俺から外れた。台所から二人が戻ってくるところだった。お袋さんが負けたようで、親父さんが瓶ビールとコップを持っている。感情表現が豊かではない親父さんだが、その口元は嬉しさを隠しきれていないようだ。
これで今日の親父さんは、言葉を選ばずに言えば使い物にならなくなった。お袋さんには迷惑をかけたくない。俺は怜司の言葉に従って、黙々と残りを平らげた。お袋さんからおかわりを聞かれたが、急に膨満感を覚えてしまい、残念だが朝食べると告げて、食事を終えた。
皿を片づけ、二階に上がる階段を上る怜司を後ろからついていく。
「怜司、どういうことだよ、別人って」
「実は…、!」
何かを言おうとして、怜司が止まった。何もない空間の一点を見つめている。猫みたいなこの挙動は決まって、何か霊的なものを察したときに出る。
「どうした?」
「雄大、家にいてね」
「おい!」
俺を押し退け階段を駆け下りていく。家にいろとは言われたが、怜司を一人にできるわけがない。言いつけを無視して、怜司の後を追った。

玄関を出て、怜司は迷わず鳥居の外に向かっていく。
「なんでだよ!雄大は出てこないで!」
「そう言ったって、お前どこにいくんだよ!」
「すぐそこだから!」
そう言って鳥居をくぐり、道路に出た。目の前に、人影が立っていた。
ぼおっと力なく立っているそれと、俺の目が合った。瞬間、にたっと笑った。信じられない程高く口角が横に伸びた。それは頬を引き裂き、耳にまで達していた。黒い長髪に青白い肌、上下白の簡素な服のせいで、唇の血のような赤が、妖しく浮き出てみえた。
俺にも分かりやすく、幽霊だと分かった。俺は怜司の言うことに従い、霊に背を向けず、一歩ずつ後ろに下がった。その間、怜司はいつものようにその場に立ち止まり、右手を霊に向けたまま身動き一つ取らずにいる。
わざわざ怜司が鳥居の外にまで飛び出したということは、この霊が相当の力を持っていて、俺が鳥居をくぐり抜け出る瞬間まで待ち構え続けると勘づいたのだろう。俺が不用心のまま遭遇する前に、片づけようとしてくれているのだ。
空気が重くなってきた。もうすぐ音のない世界がやってきて、霊が霧散する。
そう思った瞬間、予想もしていないタイミングで、突然霊が断末魔の叫び声をあげた。あまりにも苦しいのか、首を搔きむしるようにもがいている。怜司にも何が起きたのか分からないのか、それとも察しているのか、伸ばしていた右手がいつの間にか下げられていた。やがて、ジタバタと何かを拒むように、髪を振り乱しながら叫び声をあげていた喉からは、きゅっと捻り潰されたような息が吐き出され、突如動きが停止した。そして、砂粒が風に流されていくように、体の形がさらさらと崩れていき、あっけなく姿が消え去った。
そこには再び静寂が訪れた。俺は恐る恐る鳥居を抜けて、怜司の傍に近寄ろうとした。
「雄大、まだダメ」
「なんだよ」
右の角から足音が聞こえる。こちらに近づいてきて、そして、雄大の前で立ち止まった。
見慣れた立ち姿、昼間の男だった。
「やあ、こんばんは」
変わらないのんびりとした様子で、手を振ってみせた。
「先ほどはどうも。また会えたね」
「れいじさん、…いや、まずその体は、小宮誠さんのですね」
小宮誠。それは先ほどのニュースで表示されていた、男子高生の名前だった。
「ああ。コレはそういう名前だったんだ。聞いておけばよかったよ。…といっても、コレと会話することはできなかったんだけど」
「小宮さんには、霊感がなかったんだね」
「なんだよ、なに話してんだよ」
「雄大、眼鏡を外してごらん」
怜司に指示されるがまま、俺は眼鏡を少しだけずらした。
「?!」
俺の目の前にいるのは人間だ。だが、肌は土色のようにくすんでいて、白目を剥きながら、今にも崩れ落ちそうな体の曲がり方をして立っている。
それは以前、どこかで見たことのあるものだった。
「まさか、死体…」
「小宮さんは、霊に魂を食われて、体が乗っ取られている状態なんだ」
「待てよ、お前、いつからそれに?」
「バス停で見かけた時だよ」
「はあ?!」
初めて怜司に男を見せた時、怜司は怪訝そうな顔をしていた。その時既に、霊に操られていた死体だと気が付いていたというのか。
「なんですぐに言わなかったんだよ?!俺たちずっと死体と歩いていたっていうのか?!」
「村の人は多少なりとも霊感がある。だから殆どの人は、雄大と同じように生きた人間のように見えていたはずだ。可哀想に、バスの運転手さんには、霊感がなかったみたいだけど」
帰りのバスを運転していた運転手。あの時は、見慣れない乗客の姿に驚いていたのかと思ったが、バケモノを見るような目には、間違いなくバケモノが映っていたということか。
「いや、だからなんで」
「確かめたかったんだ。雄大に会っても何もしてこない、僕に会っても何もしてこない、何が狙いなんだろうって」
「それで何か分かったのか?」
「…分からない。でも確かなのは、かなりの霊力を持っているってことかな」
「は?」
「さきほどの霊を消したのは、あなたですよね」
霊が、霊を消したというのか。怜司の言葉に、男は嬉しそうに答える。
「そうだよ。僕にも霊を祓う力があるんだ。凄いでしょ?怜司君と同じ」
陽気にピースサインなんかしてくる。俺は呆気にとられた。怜司と同じことができるくらい、本当にこいつの霊力は強いということなのか。
「さすが、僕の力も見抜いていたんですね」
「すぐに消されちゃったらどうしようと思ったけど、大人しくしていて良かった。おかげで君たちと楽しい時間を過ごすことができた」
「…未練は、晴れた?」
怜司は落ち着いた声で男に尋ねた。現世を彷徨い、人間にまで取り憑いて今まで過ごしてきたこの霊にとって、もしかしたら、こうして誰かと交流することが望みだったのではないかと。怜司は警戒を崩さず返事を待った。
しかし、怜司の言葉に、男はしばし黙って、そしてやはり、愉快そうな表情をみせた。
「…晴れた?僕の?…ふふ、何か勘違いしていないかい?」
「なにを?」
「楽しい時間を過ごしたのは、君たちのためだよ」
そう言うと、男は一歩一歩、ゆっくりと怜司に近づいた。今すぐ怜司の傍に行きたいが、鳥居を出るなと言われている手前、迂闊に近づけない。俺には後ろ姿しか見えないが、怜司は男の動きに微動だにせず、その場に立ったままだ。
「最期のひと時を。ついでに、僕のことも知っておいて欲しいと思ってね」
男は怜司の頭を気安く触り、軽く撫でると、その場を去ろうと、こちらに背を向けた。何か仕掛けるなら今だと思ったが、怜司は動かない。黙って、去っていく男の後ろ姿を見送った。
ついに影も見えなくなって、ようやく怜司がこちらに振り向き、鳥居の中まで戻ってきた。息を忘れるほどに張り詰めた緊張感がやっと抜けて、膝から崩れそうなところを気力で踏ん張った。
「行かせて良かったのか?」
力を使わずして終わったとはいえ、怜司も気の抜けない時間を過ごしたせいか、その顔からは、かなりの疲労の色がみえた。いつも通り肩を差し出すと、遠慮がちに腕を回してきた。
「下手に刺激しないほうがいいから」
そう言うと、黙ってしまった。早く家に入ったほうが良さそうだ。怜司を半ば引きずりつつ、怜司の歩幅に合わせながら、家に向かう。
静かに俯いていた怜司が、玄関を前にして立ち止まり、ぽつりと溢した。
「気がつけなかった」
「なにを?」
「れいじさんのこと、ずっと」
そういえばそうだ。自ら霊を祓えるほどの力があるのなら、その霊気に怜司が気づかないはずがない。鬼山の異変だけをぼんやりと捉えるだけで、その原因までは解けなかった。
朝、社務所の裏という至近距離にまで、何度も近づいていながら。
しかし、何も分からない俺がアレコレ言っても仕方がない。「そうか」とだけ相槌を打って、怜司からの次の言葉を待つ。
「…ちょっと、父さんに聞きたいことができた」
「今の親父さんにか?」
アルコールを入れた父親の姿を思い出したのか、プッと吹き出した。
「でも、多分大丈夫。目が覚めると思うんだ」
俺はまた「そうか」とだけ応え、今度こそ玄関扉を開け、中に入った。
怜司は靴を脱ぐと、そのまま親父さんのもとに向かった。予想した通り、顔を真っ赤にして、ぐらぐらと船を漕いでいる。普段の、背筋の伸びた凛とした佇まいの親父さんからは、想像もつかない堕落さだ。
そんな自分の父親に苦笑いを浮かべながら、俺を、先に部屋に戻るように促した。もしかしたら込み入った話なのかもしれない。どうせいつか怜司から説明があるだろうし、怜司の言うとおり、先に部屋に上がることにした。

怜司はおそらく、あの男の対処について、親父さんに相談しているのだと思う。単に霊が暴れているという話では済まない。今まさに捜索されニュースにもなっている人間が、魂を奪われ体を乗っ取られているという事件なのだ。県警が動く事態になる。オカルトが介在する話になるから、そこは事情を理解できる駐在さんに間に入ってもらって、適当に話を作ってもらうことになるだろう。
とにかく、怜司だけはない、大人の介入が不可欠となる。
そこに俺の出る幕はない。それでも、俺はあの男のことが頭から離れないでいた。
自室に戻り、ベッドに体を投げ出して、ぼんやりと天井を眺める。真っ白な天井に、バスの中、男と2人で会話した、あの時の光景が映った。
―――自由になったら、どこに行きたいか
―――何も浮かばないのは、自由になることを想像できていないから
そりゃあそうだろう。この鬼窟神社に身を寄せることが決まったあの時からそうだ。俺の安寧は、自由と引き換えに手に入れたものだ。でも、何故自由が無いかと言えば、それは怜司の傍にいて生活をすることが条件だからだ。その条件は何故か。怜司に、霊を祓える力があるからだ。この村で、それほどの霊力を持つ者は怜司だけだから、怜司に頼るほかなかった。
でも、…でももし、霊を祓う力を持つものが、他にもいたら?
そいつが霊体だったら?
俺の中で、何かが組み合わさっていく気がした。カチリ、カチリと、パズルのピースがはまっていき、ひとつの答えが完成を見せる。
『それが、想像の限界なんだろうね』
そう。ずっと、想像もつかなかった。今の俺が身を置くこの現実が、俺の全てで、唯一の正解で、選択肢など他にないのだと思っていた。だから、あとは俺の心の中でどうにかするしかないと思い込んでいた。
でも、目の前に選択肢が現れたなら、話は別だ。
居ても立ってもいられなくなった。早く行動に移さないと、怜司が大人を引き連れて事態を収束させてしまう。あいつの魂は祓われてしまう。
脱いで放り投げてあったダウンをもう一度羽織り、部屋を出た。ドアを閉める音も、階段を下りる音も、なるべく立たないように、静かにゆっくりと動く。リビングをちらと覗くと、親父さんと怜司の姿は見えなかった。別の場所に移動したようだ。玄関周りには誰もいない。俺の体分のスペースだけ扉を開けて、静かに静かに閉めた。
時刻は8時を過ぎている。辺り一帯が暗闇に包まれていた。境内から外れなければ、ひとまずは安心なはずだ。いつも通り社務所の裏に回り、倉庫の少し奥を見回した。
「おい、いないのか」
小さめに声をかけた。姿は見えない。鬼山から降りてくる風と、木々のざわめきだけが響く。しかししばらくすると、カサカサと茂みを分け入る足音が聞こえた。
あの男の姿だった。昼間は何とも思わなかったのに、正体を知った今、その姿と相対すると、緊張が走る。無力な俺がたった一人で会ってはいけない存在。それでも、俺はこいつと話がしたい。
男は俺の姿を見て、あの笑顔を見せた。
「やあ、こんばんは」
「……」
「どうしたんだい?黙っちゃって。ああそうだ。バス代ね、ごめん。本当にお金がなくて」
「期待しちゃいない。それより、お前は俺に用があるんじゃねえのか?」
「僕が、君に?」
「だから、あんな話を持ち掛けて、俺をおびき寄せたんじゃないのか」
「…ふふ」
男は小さく笑った。そして初めて、男の方から俺に歩み寄ってきた。茂みを踏みしめ、暗い中でもその顔が分かるほどに近づいてくる。その一歩が境内に入り込む。俺は堪らず息を呑んだ。
「なんで…」
「入れるさ。ちょっとばかし不愉快なだけ」
さらに数歩、こちらに歩み寄る。後ずさりもできないほどに、俺の足は恐怖で固まってしまった。それでも押されてはいけない。相当の力を有するといわれたこの男と、対峙しなければならないのだ。
「つまり僕が、君に罠を仕掛けたと。ふふ。じゃあ、どこまでが罠だったかも分かったわけだ」
「…そりゃあ、あのバスの中での会話があって」
「会話だけじゃあ、君を突き動かすことはできなかったはずだよ」
「え……、まさか」
「なにせ僕は強いからね。そこら辺にいる霊だって、自由自在さ」
自作自演だった。先ほど鳥居の前に現れた霊。鳥居をくぐれるほどの力を持ったあの霊は、こいつによって呼び寄せられたというのか。自分で呼び寄せた霊を自分で追い祓い、その様を俺に見せることで、俺に、怜司以外の存在を見せつけた。
「俺が来なかったらって、考えなかったのか」
「来ないわけない。怜司君が動くときは君も動く。そういう関係だろ?実に不便だね」
やはり、怜司と俺の関係性に気がついていた。お互いに傍を離れない、離れられない関係。危険な霊を一体置いておけば、怜司はもちろん来るし、そして俺もついてくる。
「で?そんな罠を仕掛けなきゃいけない僕には、一体何の用があるって?」
「俺の体、じゃないのか」
「君の?」
男がより近くに寄ってくる。たった一歩の音ですら心臓が跳ね上がる。だが言葉を詰まらせている場合ではない。怜司達が来てしまう前に、なんとか話を進めなければならない。
「…お前は気づいていると思うが、俺は生命力が強いという体質を持っていて、未練がましい霊にモテちまう。その霊を追っ祓うために怜司がいるわけだが、その怜司は体が弱い。俺が霊に絡まれる度にあいつが体を張って、ツラい目に合わせちまう。だから、俺は力が欲しい。俺に力があって、自力で対処できるなら、あいつにも迷惑かけないし、それに…」
「それに?」
「…もう少し、自由に動ける」
「怜司君はどうするのさ。彼だって君の傍から離れられないだろう?」
「あいつを連れて、自由に動くさ。あいつが力を使う場面さえ減らせれば、体への負担もなくなるだろ。今みたいに自転車とか使えば、無理なく…」
「馬鹿だね」
「…は?」
笑いもせず、真顔で投げつけられた言葉に、呆気にとられた。馬鹿にされた苛立ちよりも、思ってもみなかった展開に戸惑いが隠せない。
「なんだよ、罠を仕掛けたのは、俺をおびき寄せて、俺の体に取り憑くためじゃあ…」
「僕は今よりもっと強い体が手に入るし、君は力を手に入れられる?君さ、自分を買いかぶりしてるよ。自分の存在価値を高く見積もりすぎている」
「なんだと…」
「でもその自意識が役に立った。惜しかったね。確かに僕は君をおびき寄せたかった。でも君は所詮、撒き餌さ」
「餌、だと」
あまりの屈辱的な言葉に、俺は男を睨みつけた。
俺は今まで霊に狙われてきた。強い生命力に吸い寄せられ、魅入られた霊に、何度も襲い掛かってこられた。現世への未練が強ければ強いほど、奴らは生のエネルギーに敏感で、取り憑くことで自分が生きていると思い込めるようになるらしい。
それが強い力を持った霊であれば、こいつのように魂を食ってしまい、肉体ごと奪ってしまうという強硬手段にでる。
こいつもそうだと思った。そしてこいつとは話ができる。もし交渉ができるなら、俺の魂を食わせるのではなく、俺の中に共存することができればと思ったのだ。そうすれば、俺の願いも、こいつの欲望も叶えられる。まさにwin-winの提案だと思った。なのに。
「未練がましく現世にしがみつく霊なんざ、俺で十分だろ」
「急に卑下するなよ。プライドが傷ついたって言っているようなものだ。確かに僕も、未練がましい霊の一人さ。でも、誰もが皆、お前を欲しがるわけじゃない」
男の目線が外れた。俺の後方にズレている。まさかと思い、後ろを振り返った。
そこには怜司が立っていた。