澄める空は琥珀に溶ける

どれくらいの時間、そうして地面にうずくまっていたのか、僕にはまったく分からなかった。

五分だったかもしれないし、三十分だったかもしれない。激しすぎる雨の音は、僕から時間感覚を完全に奪い去り、公園からは鳥の鳴き声も、遠くを走る車の音も、すべてが消え失せていた。
世界には今、この冷たい雨と、惨めに震える僕しか存在していないような、絶対的な孤独感。

Tシャツは完全に水を吸って重くなり、体温を容赦なく奪っていく。分厚い眼鏡のレンズには水滴がびっしりと付き、目を開けていても、すべてが灰色のモザイクのようにしか見えなかった。

その時だった。

ザーッという均一な雨音のノイズを切り裂くように、バシャッ、バシャッという、鋭く重い音が近づいてきた。

誰かが、水たまりを力強く蹴り上げながら走ってくる音だ。

「先輩っ!」

雨音を凌駕するほどに大きく、張り詰めた声が、僕の鼓膜を震わせた。
その声の響きに、僕はビクッと肩を震わせ、丸めていた体を少しだけ起こして、声のした方へと顔を上げた。
にじんだ視界の先、公園の入り口の方向から、こちらに向かって猛烈なスピードで駆けてくる人影があった。視力が絶望的に悪い上、眼鏡が濡れているせいで、その輪郭はぼやけた水彩画のようにしか見えない。
でもその群を抜いた背の高さと、一切の迷いなく一直線にこちらに向かってくる走り方、そして何より、たった今僕を呼んだその声の周波数が、誰のものか僕には一瞬で分かった。

廉だった。

「探しましたよ!」

水飛沫を高く上げながら、廉が僕の目の前で急ブレーキをかけるように立ち止まり、そのまま濡れた地面に泥が跳ねるのも構わず、両膝をついた。

「ハァッ……ハァッ……」

彼が、激しく息を切らしているのが分かった。あの、常に冷静沈着で、何事にも動じない完璧な彼が、肩を大きく上下させて呼吸を乱している。
雨の中を、一体どこから、どれだけの距離を全速力で走ってきたのだろう。

廉もまた、傘などさしておらず、頭からずぶ濡れだった。整っていた黒髪は雨水を吸って額に張り付き、黒いシャツは彼の広い肩や胸板にぴたりと密着して、その体温を奪っているはずだ。

彼は僕の惨憺たる状態を一目見て、琥珀色の瞳を痛ましいものを見るように細めた。

「先輩、大丈夫ですか」
「……廉く……ん」

僕の口から出た声は、自分でも驚くほどひどく震え、かすれていた。

「呼吸、ちゃんとできてますか。過呼吸になってませんか」

廉はそう言いながら、両手を伸ばし、僕の震える両肩をしっかりと掴んだ。その手は、冷たい雨に打たれていたはずなのに、僕の肌を通して伝わってくる彼の体温は、火傷しそうなほど熱かった。

目の前に、廉がいる。
彼のその圧倒的な存在感が、僕の視界を覆い尽くしていた灰色の絶望と、耳をつんざくような雨の音を、力強く押しのけていくような気がした。

「……できてる。……大丈夫、呼吸、できてるよ」

僕がなんとか言葉を絞り出すと、廉は「よかった」と、心の底から安堵したように短く吐き捨てた。

次の瞬間。
廉の腕に強い力が込められ、僕の体は前へと引き寄せられた。

「え……っ」

僕の顔が、廉の濡れた胸元に強く押し付けられる。

彼が、両腕で僕の背中を包み込み、そのまま強く、ひどく強く抱きしめたのだ。
視界が完全に彼の黒いシャツで塞がれる。鼻先に、雨の匂いと混じって、彼自身の持つ微かな柔軟剤の匂いと、走ってきたことによる熱の匂いがぶつかってくる。

彼の体は、外側は雨に濡れて冷たかったけれど、その内側には、ドクドクと力強く脈打つ心臓の音と、燃えるような確かな体温があった。

強く、強く抱きしめられている。

でも、それは決して暴力的で乱暴な力ではなかった。まるで、世界で一番壊れやすくて大切なものを、この世のすべての悪意と冷たさから守り抜こうとするような、切実で、執着に満ちた腕の力だった。
彼に抱きしめられた瞬間、僕の中で張り詰めていた恐怖の糸がプツリと切れ、凍りついていた感情が一気に溶け出して涙となって溢れそうになった。

僕は、気づけば自分でも無意識のうちに、両腕を回して廉の濡れた背中の服を、すがりつくように強く握りしめていた。

「……廉くん。どうして……ここにいるの?」

僕は、彼の胸に顔を埋めたまま、くぐもった声で尋ねた。
彼の家も、アンバー・デイズも、この公園からは少し離れているはずだ。こんな朝の、しかもこの大雨の中、彼が偶然ここを通りかかる確率なんて、天文学的な数字のはずだ。

「……連絡が来たので」

僕の耳元で、廉の低い声が響いた。

「連絡……?」
「先輩から、『助けて』と」

その言葉を聞いて、僕は彼の胸の中で小さく首を傾げた。
廉に、連絡なんてしていない。そもそも、僕たちはまだ連絡先すら交換していないのだ。電話番号も知らないのに、僕が彼にSOSを送れるはずがない。

僕が連絡をしたのは、ただ一人。ネットの向こう側にいる——。

その思考に行き着くか行き着かないかの、ほんの一瞬のことだった。
僕を強く抱きしめていた廉のズボンのポケットから、何か四角いものが滑り落ち、水たまりのできた地面にチャプンと音を立てて落ちた。

廉のスマホだった。
落とした衝撃で、点けっぱなしになっていた画面のバックライトが煌々と光を放ち、薄暗い雨の中でその液晶画面をくっきりと浮かび上がらせた。

僕の視線が、自然とそこへ向かう。

そして、濡れた眼鏡の奥で、その画面に表示されているものを見て、心臓が完全に停止したかのような錯覚に陥った。

SNSの、ダイレクトメッセージの画面。
画面の上部には、見覚えのある、僕自身の、「すず」のアイコン。

そして、そのトークルームに表示されているのは、僕が数十分前に震える指で打ち込んだ、『助けて』というたった三文字のメッセージ。

画面の端には、それを送信した相手である、シンプルな茶色いアイコンが小さく表示されている。

HAKUのアカウントのアイコン。

僕は、ゆっくりと、何かに取り憑かれたように、廉の胸から顔を離し、体を引いた。

そして、地面に落ちて光を放ち続けるそのスマートフォンを、穴の開くほどじっと見つめた。
廉が少しだけ遅れて、自分のスマートフォンが落ちたことに気づき、それを拾い上げた。

画面が光っている。僕がそれを見たという事実を、彼も瞬時に悟ったはずだ。

僕の目には、雨と涙と、濡れた眼鏡のせいで、彼の表情はひどく滲んではっきりと見えなかった。でも、廉がスマートフォンの画面を一瞥した後、慌てて隠すことも言い訳をすることもなく、親指でそっと電源ボタンを押して画面の表示を消したことだけは、はっきりと分かった。

「……れんくん」

僕の声は、雨音に負けそうなくらい細く、震えていた。

脳の処理速度が完全に追いついていない。でも、点と点が、恐ろしいほどのスピードで線になって結びついていくのを、僕はもう止めることができなかった。

「それ……」

廉は何も言わなかった。ただ手に持ったスマートフォンを下ろし、静かに僕を見つめ返しただけだった。
重く、決定的な沈黙が、激しい雨音の中にストンと落ちた。

その沈黙は、「違う、これは誤解だ」と否定するための沈黙ではなかった。言い訳を探すための空白でもなかった。
それは彼がすべての事実を認め、僕の次の言葉を静かに待つための、ひどく誠実で、そして残酷な沈黙だった。

僕は、震える首を上げて、廉の顔を見た。
雨に濡れた黒髪。涼やかで、どこまでも深く僕を見透かすような琥珀色の瞳。

彼は逃げも隠れもせず、ただ真っ直ぐに僕を見ていた。
雨は二人の間に壁を作るように、依然として激しく降り続いている。

『僕は、あなたが思っているよりも、ずっと近いところにいます』
『あなたの周りに、いつもいます』

あの夜、HAKUが僕に送ってきた言葉が、頭の中で鮮明に蘇る。

物理的な距離のことではないと思っていた。でも、彼は嘘を一つもついていなかったのだ。彼は本当に、僕のすぐそばに、現実の世界に存在していた。

「……廉くんが」

僕の唇が、ガタガタと震える。

「廉くんが……HAKUさん、なの……?」

絞り出すように放たれた僕の問いかけに。
廉は、僕の目から一切視線を逸らすことなく、ゆっくりと、しかし確かな意思を持って、深く一度だけ頷いた。

その瞬間。

僕の立っている地面が、世界そのものが、ぐらりと大きく揺らいだような気がした。
現実とネットの境界線が崩壊し、僕を優しく甘やかしてくれていた二つの異なる「好き」が、凄まじい引力で一つに衝突し、融合していく。
激しい雨音だけが、僕たちの間に、いつまでも鳴り響いていた。