澄める空は琥珀に溶ける

六月の朝は、いつも白く滲んでいる。

カーテン越しに差し込む光が、部屋の空気をぼんやりと白く染め上げて、僕は薄く目を開けたまま、しばらくの間、天井の染みを数えていた。

視力が極端に悪い僕の目には、世界は常に水を含んだ水彩画のように映る。輪郭は溶け出し、色彩は混ざり合い、鋭利なものはすべてすりガラスの向こう側に追いやられたかのように曖昧になる。このぼやけた視界は、時として僕にとって都合が良かった。見たくない現実のディテールから、僕を守ってくれる薄い膜のような役割を果たしていたからだ。

七時十五分。

枕元で震えたスマートフォンの画面が告げる時刻を、目を細めて光の塊として認識し、僕はまた重い瞼を閉じた。

学校に行かなければならない時間だ、ということは頭のどこかで分かっている。脱ぎ捨てたままではなく、昨夜のうちにきちんと整えて椅子の背もたれにかけた制服が、部屋の隅で黒々とした影を作っているのも知っている。指定の鞄も、時間割通りに教科書を詰め込んで机の横に置かれている。宿題だって、深夜の静寂を持て余して終わらせてしまった。体温計を脇に挟んでも、平熱を示す電子音が鳴るだけだ。喉の痛みも、頭痛も、吐き気もない。健康体そのものだ。

それでも、足が動かない。

起き上がれない、というより、起き上がる理由が、この世界のどこを探しても見つからないのだ。

僕は布団を鼻の頭まで引き上げ、じっとしたまま自分の呼吸の音を聞いていた。

すうっと吸って、ゆっくり吐く。布擦れの音。心臓の微かな鼓動。部屋の中はひどく静かで、外からはたまに濡れたアスファルトをタイヤが擦る音が聞こえてくるだけだ。雨は降っていないようだが、大気はひどく湿り気を帯びていて、シーツの肌触りもどこか重たい。

僕の両親は現在、ロンドンに赴任している。この一LDKのマンションには、僕しかいない。朝の冷え切った空気を切り裂いて「早く起きなさい、遅刻するわよ」と甲高い声で急かしてくれる人もいなければ、キッチンから漂ってくるトーストの焼ける匂いや、コーヒーメーカーが立てるくぐもった音で目を覚まさせてくれる人もいない。

完全な孤絶。

静寂は、時として暴力になる。

僕はそれを、この一ヶ月で身をもって学んだ。誰も僕を責めないし、誰も僕に干渉しない。その圧倒的な自由は、僕のような人間にとっては、重力のない宇宙空間に放り出されたような恐ろしさがあった。しがみつく場所がどこにもないのだ。

結局、七時三十分を過ぎても、僕は布団の海から抜け出せずにいた。

学校に行けなくなってから、一体どれくらいの時間が経っただろう。最初はほんの些細な逃避のつもりだった。「今日だけ」休もう。熱があるわけじゃないけれど、なんとなく心が鉛のように重くて、靴紐を結ぶ気力すら湧かない。一日だけベッドの中で丸まっていれば、明日はまた嘘みたいに笑って登校できるはずだ。そう思っていた。

でも、その「今日だけ」が二日になり、二日が一週間になり、気づけばカレンダーは六月の半ば、鬱陶しい梅雨の季節に突入していた。

担任の川島先生からは、最初のうちは毎日決まった時間に電話がかかってきた。「体調はどうだ?」「無理しなくていいからな、でも、たまには顔を見せてくれると安心するんだが」という、マニュアル通りの、それでいてひどく気を遣った優しい声。その優しさが、僕の胸の奥を針でチクチクと刺した。今は週に一度、事務的な確認の電話が来るだけになっている。

親への連絡は、僕が必死になって止めた。「大丈夫です、ただの軽い自律神経の乱れだから、自分で対応します。向こうの仕事の邪魔をしたくないんです」と、もっともらしい嘘を並べて頼み込んだ。両親は時差のある遠い国から定期的にメッセージをくれるし、心配もしてくれているけれど、彼らのキャリアを中断させてまでロンドンから飛んで帰ってきてもらうほどの「大事件」ではない、と僕は自分に言い聞かせていた。

自分でも、何が正解なのかよく分からないのだ。何が「ほどのこと」で、何が「甘え」なのか。

ただ、確かなのは、教室に入れないということ。あの無機質なドアノブに手をかける想像をするだけで、指先が氷のように冷たくなる。廊下ですれ違う生徒たちの、無関心で、時に好奇に満ちた視線を浴びることすら、今の僕には耐えられない恐怖だった。

布団の中で、僕は無意識に自分の左の耳たぶに触れた。

人差し指と親指の腹で、少し冷たくなった柔らかい肉をそっとつまむ。ぷにぷにとした、自分の一部の感触。それが、わずかばかり僕の荒れた波のような心拍を落ち着かせてくれる。

気づいた時には、この癖は僕の一部になっていた。小さい頃から、怖いことや緊張することがあると、決まって左の耳たぶを触っていた。幼稚園のお遊戯会で幕が上がるのを待っている時も、小学校の国語の授業で音読の順番が回ってくる直前も、僕はいつもこうして自分自身を慰めていたような気がする。

今は、朝が来て意識が覚醒するたびに、この動作を繰り返している。自分がここに存在していることを確かめるための、情けない儀式だ。

大きく一つ息を吐き出し、僕は枕元のスタンドの上を手探りで探った。指先が冷たい金属とプラスチックの感触に触れ、それを掴み上げる。黒縁の、度の強い分厚い丸眼鏡。これをかけないと、自分の手相すらまともに見えない。

両手で丁寧に蔓を開き、耳にかける。

その瞬間、ぼんやりと水没していた世界が、暴力的なまでの鮮明さを持って眼球に飛び込んでくる。壁紙の微細な凹凸、本棚に並んだ背表紙の文字、脱ぎ捨てられた靴下の毛玉。すべてが鋭い輪郭を持って僕を睨みつけてくる。このコントラストの変化には、毎日経験していても少しだけ心臓が縮み上がるような驚きがある。

目が覚めるたびに思う。世界って、こんなにも情報過多で、細かくて、うるさかっただろうか、と。

僕はのろのろと上体を起こし、ベッドの縁に腰掛けた。足の裏がフローリングの冷たさを拾う。立ち上がり、窓際へと歩いていって、遮光カーテンを少しだけ隙間を開けるように引いた。

梅雨の合間の青空が、窓の向こうに切り取られていた。

七月まであと少し。梅雨明けを前にした不安定な大気は、澄んだ深い青を見せているかと思えば、西から鈍色の雲が流れてきて、そのグラデーションを刻一刻と変化させていく。僕はその、誰の意図も介在しない自然な空の色の移ろいを、しばらくの間、瞬きも忘れて眺めていた。

視線を下ろすと、窓際の棚の上に、一つのカメラが鎮座している。

祖父から譲り受けた、古いフィルムカメラ。ライカのM3。

一九五〇年代にドイツで作られた、クラシカルな銀色のボディ。軍艦部と呼ばれる上部の金属パーツは鈍い光を放ち、使い込まれた黒い革のグリップは、長年の時間の重みと、祖父の手の脂を吸い込んで、しっとりと手に馴染むような質感を持っている。最新のデジタルカメラのような流線型のフォルムや便利な液晶モニターなど存在しない、ただ「光を切り取る」という純粋な目的のためだけに作られた、精密な機械の塊。

祖父は、写真家だった。プロとして名前を売るような商業写真ではなく、純粋な趣味としての写真。旅先の名もなき景色や、路地裏で欠伸をする猫、テーブルの上に置かれた飲みかけのコーヒーグラス。日常の何でもない、誰も気に留めないような瞬間を、あの古いカメラで生涯撮り続けていた人だ。

『奏多は、何が撮りたい?』

幼い僕にそう問いかけた祖父の低い、少し掠れた声を、今でもはっきりと覚えている。

田舎の古い日本家屋。縁側に並んで座り、スイカの種を庭に吐き出しながら、二人で夕暮れの空を眺めていた時のことだ。

『空、かな』と、僕は答えた。『空って、毎日ちょっとずつ違うでしょ。晴れたり、曇ったり、赤くなったり。だからずっと見てても飽きないんだよね』

祖父はそれを聞いて、目尻のシワを深くして、本当に嬉しそうに目を細めた。大きく節くれだった手で、僕の頭を撫でてくれた。

『それで十分だよ。世界には、立ち止まって見つめないと見えない美しさがたくさんある。お前には、撮りたいものがちゃんとあるんだから。自分の目で見て、心が動いた瞬間だけを信じなさい』

そのライカは、祖父が三年前に他界した直後、遺品整理の中で僕に手渡されたものだった。「奏多にあげよう」と、生前に祖父が指定していたらしい。カメラの底には、『奏多のファインダー越しに見る世界を、大切にしなさい』という短いメモがテープで貼られていた。

僕にとって、あのカメラはただの機械ではなく、祖父そのものであり、僕の感性を肯定してくれる唯一の形見であり、何にも代えがたい絶対的な宝物だった。

今でも、その思いは変わらない。

ただ、最近は棚に置かれたそれを見るたびに、胸の奥が冷たく重くなり、手が伸びなくなっていた。

あの日以来。

僕の聖域が、無惨に踏みにじられたあの日以来。
僕は棚のカメラから逃げるように視線を外し、また窓の外の空を見た。

教室の窓から見る空と、自分の部屋の窓から見る空は、物理的には同じ空のはずなのに、なぜかまったく別のものに見える。教室の四角い窓枠に切り取られた空は、僕には「義務」や「同調圧力」の象徴のように感じられた。見なければならないもの、あるいは、授業中の退屈を紛らわすための逃避先として存在している感じ。

でも、この静かな一人きりの部屋から見る空は、ただそこにある。僕に何も要求してこない。「早く来い」とも「なぜ笑わないんだ」とも言わない。ただ、雲を流し、色を変え、僕の存在を黙って許容してくれる。

無意識のうちに、僕は再び左の耳たぶを触っていた。

心の奥底で澱のように溜まった記憶が、ふつふつと泡を立てて浮かび上がってこようとするのを必死で押さえ込む。

それでも、僕はゆっくりと手を伸ばし、棚からライカを取り上げた。

ずっしりとした金属とガラスの重さが、手のひらに沈み込む。冷たい感触。かすかに香る、古い機械油と真鍮の匂い。

「……」

僕は何も言わず、そのままベランダへのガラス戸を開けた。

じめっとした初夏の空気が、肌にまとわりついてくる。室外機の低い唸り声が足元から響く。僕はベランダの手すりに寄りかかり、カメラを顔の高さまで持ち上げて、小さなファインダーを覗き込んだ。

曇り空を背景に、向かいのマンションのタイル壁が鈍く光っている。幾重にも交差する黒い電線が、斜めに画面を分断するように横切っている。ベランダの隅で枯れかかっている名も知らない雑草。それだけの、どこにでもある、誰も美しいとは思わないであろう無機質な風景。

でも、僕はピントリングをゆっくりと回し、電線の一本に焦点を合わせた。二重像が重なり、対象がくっきりと浮かび上がる。

息を止め、シャッターボタンを押し込む。

カシャッ、という、布幕が走る小気味良い音。そして微かな機械の余韻。

親指で巻き上げレバーをジリッと回す。フィルムが送られる確かな手応え。

それだけで、胸につかえていた得体の知れない息苦しさが、ほんの少しだけ薄れる気がした。

学校に行けなくなってから、僕は毎日こうしていた。ベランダから、色のない、退屈な景色だけを撮る。フィルムの無駄遣いだと笑われるかもしれない。人は写さない。華やかな花も、青空も写さない。ただ、曇天と、空に溶け込んでいく建物の無機質な輪郭と、電線と、雲の形と。僕の今の心象風景をそのまま写し取ったような、そういうものだけを。

写真部にいた頃は、違った。

高校に入学してすぐ、僕は迷わず写真部の扉を叩いた。同じような感性を持つ仲間がいるかもしれないという、淡い期待を抱いて。最初は楽しかった。人を撮ることも好きだったし、文化祭や体育祭の賑やかな場面で、誰かの無防備な笑顔を切り取ることもやりがいがあった。先輩たちは優しく、現像液の匂いが充満する暗室での作業も、構図のセオリーを学ぶことも、すべてが新鮮で刺激的だった。

デジタルカメラが主流の部内で、フルマニュアルの古いフィルムカメラを使っているのは僕だけだったけれど、一年生の頃は「渋いね」「フィルムの味っていいよね」と、珍しがられながらも好意的に受け入れられていたと思う。少なくとも、僕はそう信じていた。

決定的な亀裂が走ったのは、二年生に進級してすぐのことだ。

夏の県大会に向けた、コンクールへの出品作を選ぶ部内会議が開かれた。三年生が引退し、新しく部長になった同級生の男子は、とにかく「結果」にこだわるタイプだった。「SNSでバズるような、インパクトのある写真を」「審査員の目を引く、彩度の高いドラマチックな構図を」と、連日部員たちを煽っていた。

僕は、自分が撮った数枚の写真をプリントして持っていった。

それは、梅雨の入り口の、どんよりとした雨雲の下に開く公園の紫陽花と、水たまりに反射する灰色の空を写したものだった。意図的に彩度を落とし、白とグレーと、ほんのわずかな青紫色だけで構成された、ひどく静かで、どこか寂寥感の漂う写真。祖父が教えてくれた「見過ごされがちな日常の美しさ」を、僕なりに表現したつもりだった。

会議室の長机の上に、部員たちの写真が並べられる。色鮮やかな夕焼け、躍動感のあるスポーツの瞬間、満開の桜。その中で、僕の写真はひどく異質で、まるでそこだけ色が抜け落ちたように見えた。

最初に鼻で笑ったのは、副部長の女子だった。

「え、澄空くん……これ……地味すぎない? 何が言いたい写真なのか全然わかんないんだけど」

その一言が合図だったかのように、周囲から次々と声が上がった。

「あー、なんかモノクロっぽくて暗いね。ていうか、ピントも甘くない?」
「コンクールでこれは厳しいっしょ。目を引かないもん」
「そもそもさ、澄空ってなんで今更フィルムなんか使ってんの? 現像代もかかるし、連写もできないし、効率悪すぎじゃん」
「それ。お爺ちゃんの形見だっけ? そんな骨董品みたいなカメラで自己満足に浸られてもさ、部としては結果出したいわけよ。足引っ張らないでくれる?」
「最新のデジタル買えよ。画素数が違いすぎるって」

次々と投げかけられる言葉は、刃物のような鋭さを持っていなかったかもしれない。彼らにとっては、悪意すらない、ただの「感想」であり「正論」だったのだろう。

だからこそ、逃げ場がなかった。
僕は、その場に縫い付けられたように動けなくなった。
言い返したかった。反論したかった。

このカメラが僕にとってどれだけ大切なものか。デジタルには出せない、フィルムの粒子が持つ温度のこと。この景色を撮った時の、僕の心の静けさのこと。祖父が教えてくれた、目に見えないものの価値のこと。

一生懸命説明したかった。けれど、喉の奥に石がつっかえたように、声が全く出なかった。

心臓が早鐘のように打ち、手のひらにじっとりと冷たい汗が滲んだ。呼吸の仕方が分からなくなり、視界の端が白くチカチカと明滅した。彼らの口元が動くたびに、僕の「聖域」が土足で踏みにじられ、泥だらけにされていくような絶望感があった。

「まあ、個人の趣味で古いカメラ使うのは勝手だけどさ。コンクールは部を代表して出すんだから、出品作はもっと誰が見ても「映える」ものにしてよ。澄空、次はデジカメで撮り直してきな」

それが、新部長の決定事項だった。
僕の写真は、誰にも拾い上げられることなく、会議室の端に除けられた。

その日から、部室のドアを開けるのが怖くなった。カメラを首から下げるのが怖くなった。自分の「好き」という純粋な感情を、誰かの評価の場に晒すことが、恐ろしくてたまらなくなった。

「また笑われるかもしれない」
「僕の感性は、普通じゃないのかもしれない」
「祖父の宝物を、僕のせいでこれ以上バカにされたくない」

恐怖と自己嫌悪が、インクをこぼしたように心全体に広がっていった。

部活を休むようになり、放課後の教室で一人浮いているような感覚に耐えられなくなり、次第に朝起きることもできなくなった。教室という空間が、僕の存在を全否定する巨大なシステムのように思えて足がすくんだ。

そうして僕は、この一LDKの、すりガラスの向こう側のような隔離された世界に逃げ込んだのだ。

ベランダの冷たい風に吹かれながら、僕はふと我に返った。

握りしめていたライカをそっと胸の前に抱き寄せる。

「ごめんね、おじいちゃん」

声に出して呟いても、風の音に掻き消されて誰にも届かない。消えてしまえばいいと思うこともある。写真なんて好きにならなければ、こんなに苦しむことはなかった。あの言葉も、このカメラも、全部捨ててしまえたらどんなに楽だろう。

でも、捨てられない。絶対に。これだけは、僕の魂の最後の欠片なのだ。

僕は重い足取りで部屋に戻り、窓の鍵を閉め、カメラを再び棚の定位置にそっと戻した。
学校に行けない一日は、果てしなく長い。
本を読んでも文字が滑るし、祖父が遺したアンリ・カルティエ=ブレッソンの写真集を眺めても、ため息しか出ない。テレビをつける気にもなれない。

お腹が鳴った。時計を見るともう九時を回っている。

重い体を引きずってキッチンへ向かい、冷蔵庫の扉を開ける。冷気が足元に落ちる。中には、賞味期限の切れた牛乳パック、三個セットの納豆の最後のひとつ、そして切り口が黒く変色しかけている半分残ったキャベツだけがあった。生活力がないのは自覚している。親が振り込んでくれる生活費はあるが、スーパーに買い物に行くのも億劫だった。

僕は冷凍庫からカチカチのご飯のタッパを取り出し、電子レンジに放り込んだ。

チン、という間の抜けた音が鳴り、それを茶碗に移して納豆をかける。テーブルにも座らず、キッチンのシンクに寄りかかったまま、冷たい麦茶と一緒にそれを胃に流し込んだ。

味がしない。砂を噛んでいるようだった。
一人で食べる食事は、咀嚼音だけが頭の中に響いて、ひどく虚しい。

箸を置き、僕はジャージのポケットからスマートフォンを取り出した。画面をタップすると、見慣れたアイコンが並んでいる。
SNSには、メインアカウントとサブアカウントがある。

本名で登録しているメインアカウントは、クラスの連絡網や、中学時代からの友人とのやりとり用だ。アイコンの右上には、赤い通知バッジがいくつも重なっている。最近は全く開いていない。

通知センターに並ぶメッセージのプレビュー文字。

『澄空、元気?ノート写メろっか?』
『生きてるー?無理すんなよ』
『来週の小テストの範囲、送っとくわ』

善意。
純度百パーセントの善意だ。彼らには何の悪気もない。僕を心配してくれている。だからこそ、そのメッセージ一つ一つが、僕の罪悪感を抉ってくる。「こんなに心配させているのに、学校に行けない僕はなんてダメな人間なんだ」という自己嫌悪のループ。返事を打とうとして文字を入力しては消し、結局既読すらつけられないまま放置している。彼らへの申し訳なさで、画面を見ることすら辛かった。

僕は逃げるようにアカウントを切り替えた。

サブアカウント。誰にも教えていない、僕だけの秘密の避難所。

「すず」という、苗字から取っただけの素っ気ない名前。アイコンは、昔撮ったただの水たまりの写真。プロフィール欄には何も書いていない。

ここには、僕が撮った写真だけを静かに投稿している。ベランダから撮った彩度の低い空とか、夕暮れ時の散歩で見かけた路地の長く伸びた影とか、雨の日の窓ガラスを伝う水滴とか。コンクールでは絶対に選ばれない、地味で、暗くて、古臭い写真ばかり。

ハッシュタグも付けない。フォロワーは三桁にも届かない。たまに海外のスパムアカウントや、無差別にフォローしてくる風景写真ボットがいいねを押していくくらいの、本当に小さな、海の底のようなアカウント。

誰も僕のことを知らない。僕の年齢も、性別も、学校に行けずに引きこもっている情けない高校生だということも。

ただ、写真だけがそこにある。
僕はタイムラインをスクロールし、自分が過去に投稿した写真をぼんやりと眺めた。

どれもこれも、寂しそうだ。自分で撮っておきながら、そう思う。被写体との距離感が遠い。世界に触れることを恐れているような、防護服越しに世界を見ているような、そんな写真。

それでも、ここが僕にとって唯一の「外の世界」との繋がりだった。
心の中で、ずっと叫んでいる自分がいる。
誰かに見つけてほしい。僕の世界を、僕の視点を、笑わずに、否定せずに、ただ「いいじゃん」って受け入れてほしい。

「……無理だよね、そんなの」

スマートフォンをテーブルに放り投げ、僕は大きく息を吐いた。

このどうしようもない閉塞感と、誰にも必要とされていないという孤独。昼間になればなるほど、外の世界が活発に動き出せば動き出すほど、自分の存在が透明になって消えてしまいそうになる。

こんな息苦しい部屋に、ずっとはいられない。でも、学校には絶対に行けない。

僕はクローゼットを開け、シワの寄った適当な私服のシャツと、緩いチノパンを引きずり出した。制服を見ないようにして着替え、財布とスマートフォンだけをポケットに突っ込む。

少しだけ迷ってから、棚に戻したカメラを手に取って鞄に入れた。
特に何かを撮ろうと思ったわけではない。ただ外の空気を吸いたかった。誰も僕を知らない、誰も僕に期待しない場所で、ただ息をしたかった。

行き先は決まっていた。最近見つけた、あの場所。
街の喧騒から少し外れた路地裏にある、小さなドーナツ屋。

ドアを開けると、甘い砂糖と小麦粉の焼ける匂いがして、そして――。

涼やかな琥珀色の瞳をした、少し不愛想だけど僕にだけ優しい、あの1年生の店員がいる場所へ。
僕は玄関の鍵を閉め、梅雨特有の重たい空気の中へと足を踏み出した。