天気予報では、雨は夜から降るとのことだったが、実際は暁人と蒼介の下校時間に降り始めた。
「寒い……つらい……悲しい」
「服着たまま全身濡れると、なんかめちゃくちゃ惨めに感じるよな」
「わかるぅ」
二人は雨宿りをしていたいつものコンビニで雨がやまないと判断すると、トイレを借りて学校のジャージに着替えた。今日はたまたま体育があったので、制服が濡れないで済んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……あ~~~しんど~~~」
「お疲れ」
そして蒼介が持っていた雨避けのビニールの覆いに二人分のカバンを詰め、蒼介は自転車で、暁人はその後ろをひいひい言いながら走ってきた。
似たような雰囲気の家が並ぶ住宅街。鉢植えの花々がセンス良く置かれた古い一軒家の玄関を、暁人が開いた。
「ただいま~」
外観や形は古い家だが中はリフォームがされ、手入れが行き届いているのか、クリーム色の壁紙も相まって明るい雰囲気のある家だ。
リビングの奥から、一人の男性が「おかえり」と出迎えてくれた。
男性にしては長い髪をヘアバンドで後ろに流し、マスタード色のエプロンをつけているこの男性は、暁人の父、新平だ。
新平は自分の息子が濡れネズミになっていると予想していたらしく、手には大きなバスタオルを持っていたが、まさかもう一人いるとは思っていなかったようで人のよさそうなたれ目を大きく見開いた。
「あおくんもいるじゃん!」
息子と同じ自分の呼び方に、蒼介が苦笑する。
「久しぶりだね~! 入学式では会えなかったから、中学の卒業式以来だ」
「そうですね。お久しぶりです」
「お父さん。ちょっとあおくんのこと、雨宿りさせてあげたくて」
「もちろんいいよぉ――あ!」
新平が何かをひらめいたようで、目を輝かせながら言う。
「あおくんさ、ご飯食べていきなよ! ほのちゃん、急な出張でいないからさぁ。せっかく昨日から漬けといたから揚げが泣いてるんだよ」
「いいんですか」
「もちろん! 遅くなるとご両親が心配するから、連絡だけしておいてね。帰りは自転車を車に積んで送っていくから安心して!」
「ありがとうございます」
「いいのいいの。あおくんにはいつも暁人がお世話になってるからね。ほぼ毎日ビビり暁人のこと送ってくれてるでしょう? 本当にありがとうねぇ」
「全然。通り道なんで」
暁人の家は、学校と蒼介の家の中間にある。といっても、蒼介が暁人を送るとなると、少し迂回しなければならないので、新平はそれについて感謝しているのだ。
「それでも、送ってくれていることには変わりないでしょう。あおくんは昔から優しいね」
新平から、暁人と同じようにまっすぐに言葉を伝えられ、蒼介はふい、と視線をそらした。
「ふふ。――っさ! ほら、二人とも寒いでしょ。お湯張ってあるから、お風呂入っちゃいな。暁人、あおくんになんか部屋着貸してあげて」
「了解!」
そうして、びしょびしょの濡れネズミ二匹は、新平が敷いたバスタオルの上に乗り、ずるずると引きずられて浴室へと放り込まれた。
「変わんないな、親父さん」
「昔っからお父さんは――っていうか、うちの両親はあおくん推しだからね。ほら、小学校や中学校時代、クラスは違ったのにいつも送って行ってくれたでしょ?僕があおくんにお世話になってるから、いろいろやってあげたいんだよ」
「自分で言うな」
「えへへ」
変わらない新平の明るさと、暁人と同じ世話焼き具合に蒼介は少しだけむず痒さを覚えつつ、二人で何年かぶりに一緒に風呂に入った。
もう昼間は暑いくらいの時期だが、雨に濡れて冷えた体に熱い風呂はありがたい。二人は交互に入りながら体を洗った。
「昔はこうしてよく二人でお風呂に入ったよねぇ」
湯舟につかりながら暁人が言う。小さい頃、まだ暁人の母である穂香に役職がなかった頃、よく蒼介は暁人の家に来たがって二人で風呂に入っていた。
その時と比べると、今の蒼介はずいぶんと変わった。
変化が一番明らかなのは体だ。昔は丸く柔らかい線だった体が、今は直線的な骨ばったものになっている。ふわふわとしていた腕も足も筋張っていて、ぽっこりと出ていたお腹もうっすらではあるが割れていた。
そういえば、と思い出す。蒼介は昔、よく笑う子供だった。小野家に遊びに来て、上の姉と兄と暁人と遊ぶ時は声を上げて笑っていた。それが小学校高学年くらいを境に少なくなり、今では年相応な姿はたまにしか見られなくなっていた。
そんなことを思いながら見ていると、頭を洗う蒼介とばっちり目が合った。
「何見てんだよ」
髪を流す途中だった蒼介が、目を片方瞑りながら言う。
「あ。いや、えぇっと……」
暁人はすぐに目をそらし、もにゃもにゃと口ごもった。
蒼介の黒い髪が額や頬、首筋やうなじに張り付いていて、なんだか色っぽく見えたからだ。
「いやぁ……あおくん、いつの間にこんな大きくなっちゃったんだろうって思って」
「はぁ?」
「いやほら、筋肉とか、骨とか……」
「ああ。暁人は変わらず柔らかい体のままだもんな」
「な、なんだと~~!」
と口では言いつつも、自分と蒼介の体を見比べるとその違いに恥ずかしくなる。
蒼介は高身長でありながらも適度な筋トレをしているのか、しっかりと体に筋肉がついていた。対して自分は、ただ細いだけで筋肉のきの字もない体だ。これではモヤシやカイワレと言われてもしょうがないだろう。
「う……」
濡れた前髪をかき上げる仕草一つで、蒼介の体の筋肉が動いているのが分かる。控えめに盛り上がり、なだらかにへこんだ体の渓谷に、水滴が尾を引いて垂れていく。それがなんだか見てはいけないものを見てしまったような気がして、暁人は慌てて視線をそらした。
体も頬も、昔はぷにぷにとしていて柔らかく、よくつついていたのに。
「顔もカッコいいのに体もカッコいいのは、ずるいよねぇ」
「何を言ってるんだ」
「そりゃモテるよねぇ。今日の体育だってさ――」
今日の体育は天候が怪しかったため、予定していた男女分かれてのソフトボールを、体育館で行う男女混合のバドミントンに変更になった。そこでは、スマッシュを決めた蒼介の腹チラを見た女子から小さな悲鳴が上がっていた。暁人も運動神経は悪くないほうだが、うっかり目が釘付けになった。
蒼介がモテるのは昔からのことだから何とも思わなかったが、こうして比べてみると同じ男として全く違う。
「女子は俺をダシにして騒ぎたいだけだよ」
「ひねくれてるなぁ」
暁人はあきれたように笑った。
同い年からも、年下からも年上からもモテるこの幼馴染はあまり異性に興味が無いようで、この手の話はいつもすぐに切り上げてしまうのだ。
「よし。俺先に出るわ」
「え、もう湯舟入んないの?」
「暑いからやめとく」
「いや寒いよ今日」
「いや暑い」
暁人が止めるのも構わずに蒼介は出て行ってしまった。扉一枚向こうの脱衣所では、暁人が部屋着として用意した護符Tシャツに蒼介が文句を言っているのが聞こえる。
「……」
暁人は自分の割れていないするりとした腹をつつき、力こぶを作ろうとして諦めた。
自分の体と蒼介の体。昔と今の違い。
ぎゅ、と鳩尾が苦しくなった。それは同性に対する嫉妬混じりの羨望の感情なのか、過去の蒼介に対する恋しさなのか、よく分からなかった。
