幽霊はエロいことが苦手らしい


 小野暁人は、物心がつく前から幽霊が見える子供だった。
 それこそ、思い出せる一番古い記憶の中にも幽霊はいた気がする。
 成長するにつれて幽霊をはっきりと見ることができた。人が大勢いる中に幽霊が混じったら、どれが生きている人でどれが幽霊か分からないくらいだ。たまに声も聞くことができた。
 そして、幽霊が当たり前に見える人生を送ってきた暁人は、不幸なことに幽霊やオカルトのたぐいのものを、とても怖がる人間に育ってしまった。
 暁人がどれくらいの怖がりかというと、一般的な怖がりを「人の二倍は怖がり」と表現するならば、暁人は「人の五倍」は怖がりでビビりだ。
 小さな頃は自分の影に驚かないように日陰の中を好んで歩いたし、自分の家の中でも暗い場所には絶対に行かないようにしていた。夜も当然一人で寝ることなんかできるわけもなく、両親か姉と兄の誰かと必ず一緒に寝る生活が、つい最近まで続いていた。
 幽霊が見える幼少期を過ごしたことが怖がりな性格に繋がってしまったのか、因果関係は分からない。
 とにかく、暁人は幽霊をはっきりと見ることができるが、幽霊が怖くて仕方がない、なんとも不幸な少年なのだ。
 両親は暁人の「幽霊がいる」という言葉をまったく信じていなかった。幼少期は泣きわめく暁人に「空想のお友達と喧嘩したのかな?」なんて的外れな反応をしたし、成長してからは「暁人は怖がりだねぇ」で片付けられた。
 姉と兄は暁人の話を聞いてくれはしたが、「幽霊が見えるのか。そうか」と信じてはいないようだった。だが、中学校に上がってから一緒に寝るのを両親から拒否された暁人を受け入れて布団に入れてくれたり、怖がる暁人に『除霊グッズ』をくれたりしたので、信じているか信じていないかは置いておいて、理解はしてくれた。
 両親には信じてもらえず、姉と兄は半信半疑。
 それでも見えてしまうものは見えてしまうし、聞こえてしまうものは聞こえてしまう。
 怖がりな暁人は、小さく丸くなって泣くしかなかない。
 しかし、そんな暁人には絶対の味方と呼べる存在がいた。
 幼馴染の、深森蒼介だ。


「しんじるよ」


 幼い彼は、しゃくり上げる暁人に、そう言ってくれたのだ。
 二人の出会いは保育園時代にまでさかのぼる。暁人と蒼介は、同じ保育園のつくし組だった。
 暁人は保育園のお遊戯室が苦手だった。保育園自体とても古いのだが、もともと地域の集会場のような使われ方をしていたお遊戯室はさらに古い。照明はしっかりとしたものが設置されていたが、隅や天井が暗く、全体的に重い雰囲気があった。
 「そろそろ改築しなければ」と大人達が話すそこには、いつも隅に数人の子供が膝を抱えて座っていたのだ。

「やだぁ。おゆうぎしつ行きたくないぃ」

 歳は十歳くらい。服を着ていない土のような色をした肌に、ぎょろぎょろと動く濁った眼。なにかを早口で言う口はまるで芋虫が葉を食べているような動き。そんな子供が、お遊戯室の隅に数人みっちりとかたまって座っているのだ。
 だから幼い暁人は、いつもお遊戯室に行くことを泣きながら拒んでいた。
 それでも、暁人一人を別室で遊ばせておくことはできないので、担任の先生は毎回「あきちゃん、困ったさんだねぇ」と暁人を抱えて連れて行っていた。

「あきちゃん、なんで泣いてるの?」

 そう声をかけたのは、幼い蒼介だった。
 お遊戯室の入り口で泣きじゃくっていた暁人は、これまで何人もの友達や先生に教えたようにお遊戯室の隅を指さした。そこにはいつもと同じように口を芋虫のように動かす子供達がいて、甲高い声を上げて遊ぶ園児たちを食い入るように見つめている。

「あっちにへんな子がいっぱいいて、ずっと見てくるの」

 何度も何度も、繰り返し伝えた言葉。

「みんなは見えない。ぼくだけが見える。こわいのに、だれにも見えなくて、こわい」

 そして伝えるたびに、友達からは「あきちゃん、変なのぉ」「嘘ばっか言って」と言われ、先生からは「お友達をそういうふうに言うのはやめようね」「困ったさんなんだから、もう」と言われてきた。
 しかし、蒼介だけは違った。
 大粒の涙をポロポロとこぼし、鼻水を垂らして泣く暁人の丸い手をとり、

「しんじるよ」

 と言ってくれた。

「ほんとぉ?」

 思ってもいなかった蒼介の言葉に、暁人の目から涙が引っ込む。

「あおくんは、しんじてくれるの?」
「うん。おれも見えないけど、あきちゃんが言うなら、しんじる。しんじるから――」

 ぎゅうっと、手を握られる。

「だから、いっしょにいよう」

 それは、心の底から安心する言葉だった。
 嘘偽りのない、蒼介のまっすぐな目を見て、暁人はぐちゃぐちゃの顔のまま、満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう。あおくん」
「どういたしまして! じゃあ、向こうがこわいんなら、こっちでいっしょにつみきであそぼう」
「うんっ」

 暁人に絶対の味方ができたのは、この時だった。