防災無線が警戒と避難を呼びかけている。
しかし、蒼介には届かない。蒼介は今、幼い頃からずっと片思いしていた相手へ自身の汚いものをすべてぶちまけ、彼を突き放してきたのだ。
「……あー」
久しぶりに見た、眼鏡をかけていない暁人の顔。
その表情が、大好きな笑顔でなかったことが、悲しかった。
「水量、だいぶ増えてるな」
ずいぶん歩いたらしい。気が付くと、蒼介は八淵川の川沿いへと着ていた。
「暁人……」
ぽつりと呟いた名前が、泥色の濁流に飲み込まれていく。
あたりは危険を感じるほどの雨が降り続き、人の気配なんて一切しない。
泥と、雨と、水の匂いが、あたりに充満していた。
それなのに、蒼介はそれが危険とも、怖いとも思わなかった。――その匂いの中に、血のような、鉄錆の匂いを感じるまでは。
「……ッ」
鉄錆の匂いが鼻を突いた瞬間に、すべての感覚が戻ってくる。
自分はどうしてここにいるのだろう。こんな危険な、防災無線の不快な音が鳴る中を、どうして。
――引き寄せられている。
そんな言葉が浮かんだ。
そして、そう思った瞬間、鉄錆の匂いが濃くなり――蒼介は、何も分からなくなった。
