「よお」
幽霊退治を受けるきっかけを作り、幼い暁人にトラウマに近い記憶を植え付けた轟大雅が、正面玄関の端に隠れるようにして立っていた。
昼間とは違って野球のユニフォームではなく、今二人が着ているネイビーの学校指定ジャージだ。
大雅は暁人の隣の蒼介を見ると、
「つくし組同窓会じゃん。ウケんだけど」
と、これっぽっちも笑わずに言う。
「しかしこうして見ると、みんなあんま変わんねぇな。深森は少し痩せたくらいで、小野は眼鏡デビューしたくらいか。てか、小野ってそんな目悪かったか?」
「要件は何だよ」
蒼介が不機嫌さを隠すことなく返し、それに大雅が「あー……」と気まずそうに言葉を濁した。
大雅の顔色は昼間と比べると心なしか悪い気がする。何かを話したそうにもごもごと動かす口は見覚えのあるもので、暁人はもう、嫌な予感しかしなかった。
「……あのさ」
そしてようやく、大雅が重い口を開いた。
「小野ってさぁ、幽霊見えるって言ってたじゃん」
「違うだろ」
ドキッとするくらい、冷たい声だった。
はじかれたように隣を見れば、蒼介がぞっとするくらい冷たい目で大雅を睨みつけていた。
「暁人はそんなこと、一言も言ってない」
蒼介と隣り合う肌が、ちりちりと痛いくらいの怒りを感じる。
これまでもずっと、蒼介は大雅のように暁人をからかう人間の間に割って入って、守ってきてくれていたのだ。だから、今日の夕方に大雅と会う約束をしたと蒼介に言うと、蒼介は「俺も行く」と何も言っていないのに申し出てくれた。
蒼介は、普段穏やかで落ち着いた目に怒りを滲ませると、冷たい声音で言い放った。
「幽霊が見えるって言ってたのはお前だ。暁人じゃない」
「あ、あおくん……」
「暁人は何も言ってない。暁人はただ怖がっていただけなのに、お前がからかって、はやしてたてたんだろうが」
暁人は昔から、自分から進んで幽霊が見えると言うことはなかった。
その大きな理由は、他人から奇異の目で見られるからだ。
変わり者、気持ちが悪い、目立ちたがり屋、不思議くん。そんな言葉を、小学校時代ずっと投げつけられていた。
自らアピールすることはなく、ただ怖いと怯えているだけなのに。
「あいつ幽霊が見えるんだぜ」という誰かの一言から、小学校時代の暁人は『目立ちたがり屋の不思議くん』というレッテルを貼られていた。それが嫌で嫌で、仕方がなかった。だから暁人は極力人前で怯えないようにしているのだ。
分別のつかない幼い頃は「幽霊がいる」ではなく「誰かがいる」と言ってしまってはいたが、自分が人と違うものが見えていると理解し始めてからは言わなくなった。
家族や蒼介には伝えてたが、自分がおかしいという自覚があったので、周囲との衝突や面倒を避けるために言っていなかったのだ。しかし、子供の直感というのは時に恐ろしいものだ。暁人の普段の様子や言動から察した、大雅のような子供達は、「あいつは幽霊が見える」と大声で言って回っていた。
幽霊が見えるという話は、小学校の同級生が半分しか進学しなかった中学校ではほとんど鳴りを潜めていた。
そしてこのまま、高校では消滅すればいいなと思っていた矢先の、伊東心春だったのだ。
「……悪かった」
蒼介の強い言葉に、俯いてジャージのポケットに手を突っ込み、土汚れが目立つスニーカーのつま先を見つめる大雅が言った。
「小野のこと、からかって、馬鹿にして、言いふらして、悪かったよ……」
「悪かったと思ってるやつの態度じゃねぇよなぁ」
今日ばかりはいつも心強く感じている蒼介が恐ろしい。
よく暁人と蒼介の二人も小競り合いや戯れのような喧嘩をすることがあったが、蒼介がここまで怒りをあらわにしているのを初めて見た気がする。
しかも、自分のことではなく、暁人のことで、だ。
自分のためにここまで怒ってくれている。それがやっぱり、絶対の味方というものなのだ。……しかし、
「あ、あおくん……顔がめちゃくちゃ怖いです……」
隣でその怒りのプレッシャーをバチバチに感じる暁人からは、蒼介が誠意と謝罪の取り立て屋にしか見えなかった。
そして取り立て屋に詰められた債務者が、腕を体の横にぴったりとつけ、腰から曲げて頭を下げた。
「小野! 今まで、本当にごめん!」
さすがは野球部。腹からよく出た通る声だ。
お手本のような謝罪を受けて、暁人は慌てて頭を上げさせようとする。
「と、轟……! そんな頭下げられたって困るよ! 僕、別に怒ってないし!」
そう、怒っているのは蒼介だ。
「でも、でも俺、本当に困ってて……」
「え……?」
「暁人。そいつの言うことに耳貸すなよ」
後ろからまだ怒りが滲む蒼介の声が暁人の肩を掴んだ。
蒼介の言いたいことは分かる。ずっと暁人を馬鹿にして、周りが暁人を馬鹿にする空気を作った人間が、都合のいいときだけ暁人を頼るのが許せないのだ。
……しかし、暁人の目の前には、困っている古くからの友達の顔しか見えなかった。
「俺の言うこと、信じらんねぇかもしれない。けど、本当なんだよ。本当に俺、見えてて、それで今、めちゃくちゃ困ってて……!」
「見えていて」。それは一体、なにが。
「俺、俺っ、たぶん幽霊に目ぇつけられてるんだと思うんだ……っ」
必死に言葉を繋ぐ大雅の目に、暁人にも覚えのあるものが浮かんでいた。
黒縁眼鏡の向こう側が、まっすぐに大雅を見つめる。
「……信じるよ」
はあ、と、後ろで蒼介が大きなため息をついたのが分かった。
幽霊退治を受けるきっかけを作り、幼い暁人にトラウマに近い記憶を植え付けた轟大雅が、正面玄関の端に隠れるようにして立っていた。
昼間とは違って野球のユニフォームではなく、今二人が着ているネイビーの学校指定ジャージだ。
大雅は暁人の隣の蒼介を見ると、
「つくし組同窓会じゃん。ウケんだけど」
と、これっぽっちも笑わずに言う。
「しかしこうして見ると、みんなあんま変わんねぇな。深森は少し痩せたくらいで、小野は眼鏡デビューしたくらいか。てか、小野ってそんな目悪かったか?」
「要件は何だよ」
蒼介が不機嫌さを隠すことなく返し、それに大雅が「あー……」と気まずそうに言葉を濁した。
大雅の顔色は昼間と比べると心なしか悪い気がする。何かを話したそうにもごもごと動かす口は見覚えのあるもので、暁人はもう、嫌な予感しかしなかった。
「……あのさ」
そしてようやく、大雅が重い口を開いた。
「小野ってさぁ、幽霊見えるって言ってたじゃん」
「違うだろ」
ドキッとするくらい、冷たい声だった。
はじかれたように隣を見れば、蒼介がぞっとするくらい冷たい目で大雅を睨みつけていた。
「暁人はそんなこと、一言も言ってない」
蒼介と隣り合う肌が、ちりちりと痛いくらいの怒りを感じる。
これまでもずっと、蒼介は大雅のように暁人をからかう人間の間に割って入って、守ってきてくれていたのだ。だから、今日の夕方に大雅と会う約束をしたと蒼介に言うと、蒼介は「俺も行く」と何も言っていないのに申し出てくれた。
蒼介は、普段穏やかで落ち着いた目に怒りを滲ませると、冷たい声音で言い放った。
「幽霊が見えるって言ってたのはお前だ。暁人じゃない」
「あ、あおくん……」
「暁人は何も言ってない。暁人はただ怖がっていただけなのに、お前がからかって、はやしてたてたんだろうが」
暁人は昔から、自分から進んで幽霊が見えると言うことはなかった。
その大きな理由は、他人から奇異の目で見られるからだ。
変わり者、気持ちが悪い、目立ちたがり屋、不思議くん。そんな言葉を、小学校時代ずっと投げつけられていた。
自らアピールすることはなく、ただ怖いと怯えているだけなのに。
「あいつ幽霊が見えるんだぜ」という誰かの一言から、小学校時代の暁人は『目立ちたがり屋の不思議くん』というレッテルを貼られていた。それが嫌で嫌で、仕方がなかった。だから暁人は極力人前で怯えないようにしているのだ。
分別のつかない幼い頃は「幽霊がいる」ではなく「誰かがいる」と言ってしまってはいたが、自分が人と違うものが見えていると理解し始めてからは言わなくなった。
家族や蒼介には伝えてたが、自分がおかしいという自覚があったので、周囲との衝突や面倒を避けるために言っていなかったのだ。しかし、子供の直感というのは時に恐ろしいものだ。暁人の普段の様子や言動から察した、大雅のような子供達は、「あいつは幽霊が見える」と大声で言って回っていた。
幽霊が見えるという話は、小学校の同級生が半分しか進学しなかった中学校ではほとんど鳴りを潜めていた。
そしてこのまま、高校では消滅すればいいなと思っていた矢先の、伊東心春だったのだ。
「……悪かった」
蒼介の強い言葉に、俯いてジャージのポケットに手を突っ込み、土汚れが目立つスニーカーのつま先を見つめる大雅が言った。
「小野のこと、からかって、馬鹿にして、言いふらして、悪かったよ……」
「悪かったと思ってるやつの態度じゃねぇよなぁ」
今日ばかりはいつも心強く感じている蒼介が恐ろしい。
よく暁人と蒼介の二人も小競り合いや戯れのような喧嘩をすることがあったが、蒼介がここまで怒りをあらわにしているのを初めて見た気がする。
しかも、自分のことではなく、暁人のことで、だ。
自分のためにここまで怒ってくれている。それがやっぱり、絶対の味方というものなのだ。……しかし、
「あ、あおくん……顔がめちゃくちゃ怖いです……」
隣でその怒りのプレッシャーをバチバチに感じる暁人からは、蒼介が誠意と謝罪の取り立て屋にしか見えなかった。
そして取り立て屋に詰められた債務者が、腕を体の横にぴったりとつけ、腰から曲げて頭を下げた。
「小野! 今まで、本当にごめん!」
さすがは野球部。腹からよく出た通る声だ。
お手本のような謝罪を受けて、暁人は慌てて頭を上げさせようとする。
「と、轟……! そんな頭下げられたって困るよ! 僕、別に怒ってないし!」
そう、怒っているのは蒼介だ。
「でも、でも俺、本当に困ってて……」
「え……?」
「暁人。そいつの言うことに耳貸すなよ」
後ろからまだ怒りが滲む蒼介の声が暁人の肩を掴んだ。
蒼介の言いたいことは分かる。ずっと暁人を馬鹿にして、周りが暁人を馬鹿にする空気を作った人間が、都合のいいときだけ暁人を頼るのが許せないのだ。
……しかし、暁人の目の前には、困っている古くからの友達の顔しか見えなかった。
「俺の言うこと、信じらんねぇかもしれない。けど、本当なんだよ。本当に俺、見えてて、それで今、めちゃくちゃ困ってて……!」
「見えていて」。それは一体、なにが。
「俺、俺っ、たぶん幽霊に目ぇつけられてるんだと思うんだ……っ」
必死に言葉を繋ぐ大雅の目に、暁人にも覚えのあるものが浮かんでいた。
黒縁眼鏡の向こう側が、まっすぐに大雅を見つめる。
「……信じるよ」
はあ、と、後ろで蒼介が大きなため息をついたのが分かった。
