星落としの花嫁 ~忌み子の私が血を吸うたび、高嶺の御曹司に執着される~

 わなわなと震えっぱなしの蒼剣の代わりに夜乃がフォークを拾おうとすると、突然蒼剣が叫びだす。

「貴様が拾うなー! 店員にやらせろー!」
「す、すみません!」

 とっさに上げかけた腰を下ろせば、蒼剣の言うとおり店員が新しいフォークを蒼剣のそばに置いていた。

(レストランのマナーって難しいわ)

 これでも多くお目こぼししてもらっているのだ。
 せめて蒼剣様にご不快な思いをさせたくない。

 そう気を引き締めて、夜乃は再びステーキの残りを食べ始める。

 だけど、緊張は一瞬。ステーキを口に入れた途端、全身に広がる幸せな香りに夜乃の緊張はほどけ、ただただ妖艶な姿で肉を貪るだけ。

 途中、何度も蒼剣がナイフやフォークを落としていたが、夜乃が何か口にする前に自分で「ウェイター、拾え! というか、むしろ終わるまで拾わないでいい! 代わりにありったけのカトラリーを置いていけっ!」などという無茶を叫んでいて。

(私が緊張しないために賑やかにしてくれているのかしら?)

 夜乃はそんなことを考えながら、蒼剣の分までステーキを楽しんだのだった。



「……美味かったか?」
「あんなにおいしいものは初めてでした。まるで新鮮な生血を啜っているようで……」
「語らんでいい。満足してくれたならよかった」

 レストランを出ると、陽が暮れようとしていた。デパートで時間を使いすぎたせいか、本来なら家にいて夕食の支度を手伝っている時間だ。

(このあとこそ、処刑場に連れていかれるのかしら?)

 でも、夜乃の心残りは減っていた。

 だって、あんなにおいしい最後の晩餐をいただけたのだ。
 我ながら現金なものだが、おいしい食べ物は心を温かくしてくれる。

 でも、できるなら。本当に最後に味わいたいものは。
 そう思って、隣を歩く蒼剣の様子を窺う。

(許されるなら、最期に蒼剣様の血をもう一度飲みたい……)

 牛肉のステーキはものすごくおいしかった。
 だけど、蒼剣の血はもっともっと甘くて、おいしくて。

 夜乃はあの味を思い出して、喉を鳴らす。
 だけど、すぐに諦める。

(そんな図々しいこと、言えるわけがないけれど)

 そんなことを考えながら蒼剣のとなりを歩いていると、途端に頬を掴まれた。無理やり向かされた先は、とうぜん蒼剣の顔だ。

「血色がよくなったな」
「お肉が……美味しかったからでしょうか?」
「家では肉を食べないのか?」
「父や妹たちは食べるときもあるようですが……」

 主に豚肉が多いようだが、夜乃も食卓の準備を手伝う以上、甘辛く煮たり、炒めたりしたことが何回もある。だけど、夜乃が食べるのは残飯のみなので、お肉など欠片を食べたことがあるかどうか……。

 だけど、そんな家庭事情を聞いても、相手を困らせるだけだろう。
 夜乃が言いよどんでいると、手を離した蒼剣は「なるほどな」と話を変えた。

「腹ごなしついでに、あのちんちくりんに土産を買うぞ。あいつは何が好きなんだ?」
(ちんちくりんって……桜乃のことよね?)

 迎えに来てくれたときに、蒼剣が桜乃ことをそう呼んでいた。
 びっくりして嫌がっていたときの妹の顔を思い出して、夜乃は少し笑う。

(置き土産も用意してくださるとは、やはり気づかいの塊のようなひとね)

 今から処刑場に向かうなら、もう二度と妹の顔を見ることは叶わないけれど。

「……妹はおしゃれが好きだから、お化粧品などでしょうか」
「ガキのくせにませやがって。なら、練り香水あたりだな」
「まあ、すてき」

 桜乃はまだ十二歳だ。本当はぬいぐるみや人形のほうが好きだけど、それらはどうしても形に残ってしまうから。だったら香水はいつかはなくなる。そのころに、忌みた姉のことなど忘れてくれていればいい。忘れて、しあわせになってくれていればいい。

 そうして連れていかれたおしゃれな雑貨屋で、夜乃は一生懸命に香水を選んだ。
 香りはどれがいいだろう? せっかくなら容器もかわいいものがいい。

 自分でこうしたものを選ぶのは初めてで、少し怖かった。だけどここの店員も優しくて、夜乃のなにげない疑問にも丁寧に答えてくれて。

 これならと満足がいえるものを選べたはずなのに、夜乃には気になることがひとつだけあった。蒼剣は買い物中も、買い物が終わってからもじっと夜乃の横顔を睨んできたからだ。

「あの……私の顔になにか?」
「いや……そろそろ頃合いかと思って」
「えっ?」

 疑問符をあげた夜乃に構うことなく、蒼剣は夜乃の手をひく。

 照れる間もなく、連れていかれたのは人気のない路地裏だった。
 そこで、なぜか蒼剣は自らベストを脱ぎ捨てた。

「さぁ、吸うなら吸え!」