「おい、まだ俺を待たせるつもりか!?」
「あ、はい、ただいま!」
蒼剣の苛立った声に、夜乃は慌ててカーテンを開ける。
すると、仁王立ちした蒼剣が上から下までじっくり観察してきた。
夜乃の心臓が早鐘を打つ。
じっと言葉を待っていると、蒼剣がじわじわと顔を背けた。
「さ、さすが俺だな」
(耳が赤い?)
口のあたりを大きな手で覆われてしまい、顔色までは見えないが、きれいに耳周りを刈り上げているので、大きな耳で隠しきれていない。
そんな不器用さが、かわいくて。
夜乃はたまらず目を細めた。
「そうですね。蒼剣様の目利きは素晴らしいです」
「そうだろう、そうだろう、俺の見立ててやった服は気に入ったか!?」
夜乃が褒めると、蒼剣が褒められた大型犬のようにはしゃぎだす。
あまりの愛らしさに、夜乃は少々浮かれてしまった。
「蒼剣様がひとこと『かわいい』と言ってくださるなら」
その言葉に、店員たちが「まあ」と嬉しそうな歓声をあげる。
肝心の蒼剣は「……うぐぐ」と狼狽えているが。
(失礼な発言だったかしら?)
だけど、夜乃にもせっかくなら褒めてもらいたいという気持ちもあって。
店員たちが「ほら坊ちゃん」「ここで誤魔化したら男が廃りますよ?」と蒼剣を囃し立てている。あまりに顔を真っ赤にする蒼剣に夜乃が撤回を口にするよりも先に、彼の口がモゴモゴと動き出した。
「う……」
「う?」
「う……う、美しいぞ! 俺の見立てどおりだ!」
ひときわ大きい返答に、夜乃の顔も花が咲いたようにほころぶ。
「はい、夜乃も大層気に入りました」
「うぐっ!」
すると、蒼剣が大げさに胸を押さえだした。
夜乃は一瞬慌てるものの、店員たちは「あらあら」と笑っているだけ。
心配ないのかしら、と様子を見ている間に、蒼剣はきりっと立ち上がっていた。
「食事にいく! 車を回せ!」
大股で歩き出した蒼剣に、店員たちは「かしこまりました」と頭を下げる。
そんな彼女たちに私も「ありがとうございました」とお辞儀をすると、彼女たちは「また一緒にいらしてくださいね」と小さく手を振ってくれた。
(優しいひとたちだった。あたたかいひとたちだった)
(また会いたいな。会えたら……いいな)
椿原の外で、久しぶりに会ったひとたち。
忌み子の自分が、そんな願いを持っていいのかわからないけれど。
「おおい、早くこい!」
急かされて、夜乃は慌てて鏡台に待たせていたほっしーくんを抱きかかえる。
今の夜乃は慣れない靴で小走りするだけで精いっぱいだった。
次に訪れた場所はレンガ調の大きな食堂……レストランだった。夜乃には見慣れないモダンな内装の中は、多くのお客さんたちで賑わっている。蒼剣は当たり前のように一言、二言話しては、奥のテーブルの椅子を引いてもらっていた。
ちなみに、ほっしーくんは車でお留守番となった。夜乃は連れてこようとしたのだが、汚れてしまうからと運転手さんに預けてきたのだ。
そして現在、夜乃は椅子を引いてくれている男性店員に全力で遠慮していた。
「じ、自分で座れますからっ!」
そんな様子に、蒼剣が腕を組みながら嘆息する。
「謙遜はときに何よりも傲慢だ。こいつらの仕事を奪うな。どうしても敬意を払いたいなら、せめて感謝の言葉を述べるくらいにしろ。本来はそれもいらないんだがな」
「あ、ありがとうございます?」
蒼剣が言うならと、おそるおそる腰をかければ、店員は「どういたしまして」と苦笑していた。
そんなやりとりをしていたせいか、どうやら夜乃は他の客の視線も集めてしまったことに気づく。
(気まずいな……)
男性はスーツを着ているものが多く、女性は洋服、和服それぞれだが、みんな華やかに見えた。明るい青緑と白があちこちで見られる。同じような洋服は星峰デパートでも数多く売られていた。
それに引き換え、夜乃は黒と赤のワンピースだ。
ただでさえ場違いな立場なのに、と夜乃の視線が自然と下がる。
「私、悪目立ちしているでしょうか……」
自分の服を見下ろしながら苦笑すれば、蒼剣の肩眉が跳ねた。
「俺が見立ててやったうえで、あんなに褒めてやったんだぞ。それなのに気に食らないというのか?」
「そ、そういうわけでは――」
(怒らせてしまった……!?)
蒼剣の機嫌次第で、椿原家の命運が決まってしまうのに。
だけど、夜乃が青白くなるよりも前に、蒼剣は淡々と説明を始めた。
「今のトレンドは新橋色だ」
夜乃がきょとんとしていると、「あの明るい青とも緑ともいえる色のことだ」と補足が入る。言われてみれば、最近妹の桜乃が好んで着ている着物と同じ色味である。
夜乃が「はあ」と相槌を打つと、蒼剣の長い指がビシッと夜乃を指した。
「だが、貴様には赤のほうが似合う。別に元の着物も似合ってたんだがな。単純に食事は洋装のほうがしやすかろうと思ったから着替えさせただけだ。ほら、周りは気にせず食え」
「あ……」
いつの間にか、葉野菜や汁物が出されていたらしい。堂々と食べだした蒼剣を真似て、夜乃も食事を始めてみる。葉野菜はシャキシャキしながらもソースが香ばしくて食べやすく、汁物も野菜の甘い香りがして、あっという間に完食してしまった。
(おいしかった……)
唇の周りについたソースを舌で舐めていると、近くのカップルと視線が合う。
彼女たちはクスクスと笑っていた。
「見て、あの方。ナプキンも知らないのかしら?」
「フォークの握り方も変だし、貧乏人が初めて来たんだろう。笑ってやるなよ」
デートの最中なのだろうか。若いカップルの話のネタにされているらしい。
夜乃がワンピースを掴んで俯こうとしたとき、蒼剣が口を開く。
「貴様をマナー知らずを知って連れてきたのは俺だ。だからこの場での陰口は全部俺に向けられているものだと思え。そう――この星峰蒼剣にな!」
声を潜めることなく、むしろ堂々と言って放つ蒼剣に、周囲がざわつく。
件のカップルはまだ皿の上の料理が残っているにも関わらず、会計に店員を呼び出していた。どうやら夜乃の相席者がレストランオーナーの嫡子だとは知らなかったようだ。
居たたまれなくなっている夜乃をよそに、蒼剣はまじめな顔で皿を指した。
「ただ貴様は目の前に出されたものを完食することだけ考えろ。次がメインディッシュだぞ!」
「は、はいっ!」
夜乃は"めいんでぃっしゅ"なるものがなんだかわからないが、そのタイミングで運ばれてきたのは、白い皿に載せられた肉の切れ身だった。
ソースの玉ねぎの香りの中に、なんだか甘くて濃厚な香りがする。
付け合わせに人参のソテーやじゃがいもをつぶしたものも添えられているが、夜乃の目に映るのは肉のみ。
思わずこぼれそうになるよだれをなんとか堪えて、蒼剣に尋ねた。
「これが"めいんでっしゅ"というお料理なのですか?」
「……ステーキという。牛肉は初めてか?」
「これが……すてーき……牛のお肉……」
(そういや、桜乃がよく外で牛鍋を食べたって話してたっけ)
だけど、話できいたものは、鍋に薄い肉が入っているもののはず。だけど、こんな厚みのあるものは切り身魚としても早々にお目にかかれない代物だ。
外はしっかりと焼かれているが、中はほんのりと赤色が残っていた。
まるで生肉のごとく、赤い肉汁がゆっくりと皿の中で広がっている。
生唾を呑み込んだ夜乃は、蒼剣を見る。彼はすでに食べ始めていた。
(なら、私も……)
意を決して、夜乃は分厚い肉にフォークを刺して、口へと運ぶ。
口に広がるソースの芳醇な香り。なにより噛み締めると甘い肉汁が口の中に広がる。弾力のある触感が楽しく、ほのかに広がる血の香りが、夜乃の表情をたまらず蕩けさせる。
(まるで牛の血肉をまるごと噛み締めているようだわ)
噛み締めるたびに、甘く濃厚な肉汁が舌に絡みつき、体中に熱が広がっていく。
頬を赤く染め、目を細めて。
しっかりと口の中のものを呑み込んでから、夜乃がうっとりと吐息を漏らす。
「おいしい……」
その笑みは、まるで捕食者のようで。
そのとき、蒼剣がぽろっとフォークを落とす。
顔を真っ赤に染め、口をパクパクさせた蒼剣がなぜだか首元を抑えていた。
「あ、はい、ただいま!」
蒼剣の苛立った声に、夜乃は慌ててカーテンを開ける。
すると、仁王立ちした蒼剣が上から下までじっくり観察してきた。
夜乃の心臓が早鐘を打つ。
じっと言葉を待っていると、蒼剣がじわじわと顔を背けた。
「さ、さすが俺だな」
(耳が赤い?)
口のあたりを大きな手で覆われてしまい、顔色までは見えないが、きれいに耳周りを刈り上げているので、大きな耳で隠しきれていない。
そんな不器用さが、かわいくて。
夜乃はたまらず目を細めた。
「そうですね。蒼剣様の目利きは素晴らしいです」
「そうだろう、そうだろう、俺の見立ててやった服は気に入ったか!?」
夜乃が褒めると、蒼剣が褒められた大型犬のようにはしゃぎだす。
あまりの愛らしさに、夜乃は少々浮かれてしまった。
「蒼剣様がひとこと『かわいい』と言ってくださるなら」
その言葉に、店員たちが「まあ」と嬉しそうな歓声をあげる。
肝心の蒼剣は「……うぐぐ」と狼狽えているが。
(失礼な発言だったかしら?)
だけど、夜乃にもせっかくなら褒めてもらいたいという気持ちもあって。
店員たちが「ほら坊ちゃん」「ここで誤魔化したら男が廃りますよ?」と蒼剣を囃し立てている。あまりに顔を真っ赤にする蒼剣に夜乃が撤回を口にするよりも先に、彼の口がモゴモゴと動き出した。
「う……」
「う?」
「う……う、美しいぞ! 俺の見立てどおりだ!」
ひときわ大きい返答に、夜乃の顔も花が咲いたようにほころぶ。
「はい、夜乃も大層気に入りました」
「うぐっ!」
すると、蒼剣が大げさに胸を押さえだした。
夜乃は一瞬慌てるものの、店員たちは「あらあら」と笑っているだけ。
心配ないのかしら、と様子を見ている間に、蒼剣はきりっと立ち上がっていた。
「食事にいく! 車を回せ!」
大股で歩き出した蒼剣に、店員たちは「かしこまりました」と頭を下げる。
そんな彼女たちに私も「ありがとうございました」とお辞儀をすると、彼女たちは「また一緒にいらしてくださいね」と小さく手を振ってくれた。
(優しいひとたちだった。あたたかいひとたちだった)
(また会いたいな。会えたら……いいな)
椿原の外で、久しぶりに会ったひとたち。
忌み子の自分が、そんな願いを持っていいのかわからないけれど。
「おおい、早くこい!」
急かされて、夜乃は慌てて鏡台に待たせていたほっしーくんを抱きかかえる。
今の夜乃は慣れない靴で小走りするだけで精いっぱいだった。
次に訪れた場所はレンガ調の大きな食堂……レストランだった。夜乃には見慣れないモダンな内装の中は、多くのお客さんたちで賑わっている。蒼剣は当たり前のように一言、二言話しては、奥のテーブルの椅子を引いてもらっていた。
ちなみに、ほっしーくんは車でお留守番となった。夜乃は連れてこようとしたのだが、汚れてしまうからと運転手さんに預けてきたのだ。
そして現在、夜乃は椅子を引いてくれている男性店員に全力で遠慮していた。
「じ、自分で座れますからっ!」
そんな様子に、蒼剣が腕を組みながら嘆息する。
「謙遜はときに何よりも傲慢だ。こいつらの仕事を奪うな。どうしても敬意を払いたいなら、せめて感謝の言葉を述べるくらいにしろ。本来はそれもいらないんだがな」
「あ、ありがとうございます?」
蒼剣が言うならと、おそるおそる腰をかければ、店員は「どういたしまして」と苦笑していた。
そんなやりとりをしていたせいか、どうやら夜乃は他の客の視線も集めてしまったことに気づく。
(気まずいな……)
男性はスーツを着ているものが多く、女性は洋服、和服それぞれだが、みんな華やかに見えた。明るい青緑と白があちこちで見られる。同じような洋服は星峰デパートでも数多く売られていた。
それに引き換え、夜乃は黒と赤のワンピースだ。
ただでさえ場違いな立場なのに、と夜乃の視線が自然と下がる。
「私、悪目立ちしているでしょうか……」
自分の服を見下ろしながら苦笑すれば、蒼剣の肩眉が跳ねた。
「俺が見立ててやったうえで、あんなに褒めてやったんだぞ。それなのに気に食らないというのか?」
「そ、そういうわけでは――」
(怒らせてしまった……!?)
蒼剣の機嫌次第で、椿原家の命運が決まってしまうのに。
だけど、夜乃が青白くなるよりも前に、蒼剣は淡々と説明を始めた。
「今のトレンドは新橋色だ」
夜乃がきょとんとしていると、「あの明るい青とも緑ともいえる色のことだ」と補足が入る。言われてみれば、最近妹の桜乃が好んで着ている着物と同じ色味である。
夜乃が「はあ」と相槌を打つと、蒼剣の長い指がビシッと夜乃を指した。
「だが、貴様には赤のほうが似合う。別に元の着物も似合ってたんだがな。単純に食事は洋装のほうがしやすかろうと思ったから着替えさせただけだ。ほら、周りは気にせず食え」
「あ……」
いつの間にか、葉野菜や汁物が出されていたらしい。堂々と食べだした蒼剣を真似て、夜乃も食事を始めてみる。葉野菜はシャキシャキしながらもソースが香ばしくて食べやすく、汁物も野菜の甘い香りがして、あっという間に完食してしまった。
(おいしかった……)
唇の周りについたソースを舌で舐めていると、近くのカップルと視線が合う。
彼女たちはクスクスと笑っていた。
「見て、あの方。ナプキンも知らないのかしら?」
「フォークの握り方も変だし、貧乏人が初めて来たんだろう。笑ってやるなよ」
デートの最中なのだろうか。若いカップルの話のネタにされているらしい。
夜乃がワンピースを掴んで俯こうとしたとき、蒼剣が口を開く。
「貴様をマナー知らずを知って連れてきたのは俺だ。だからこの場での陰口は全部俺に向けられているものだと思え。そう――この星峰蒼剣にな!」
声を潜めることなく、むしろ堂々と言って放つ蒼剣に、周囲がざわつく。
件のカップルはまだ皿の上の料理が残っているにも関わらず、会計に店員を呼び出していた。どうやら夜乃の相席者がレストランオーナーの嫡子だとは知らなかったようだ。
居たたまれなくなっている夜乃をよそに、蒼剣はまじめな顔で皿を指した。
「ただ貴様は目の前に出されたものを完食することだけ考えろ。次がメインディッシュだぞ!」
「は、はいっ!」
夜乃は"めいんでぃっしゅ"なるものがなんだかわからないが、そのタイミングで運ばれてきたのは、白い皿に載せられた肉の切れ身だった。
ソースの玉ねぎの香りの中に、なんだか甘くて濃厚な香りがする。
付け合わせに人参のソテーやじゃがいもをつぶしたものも添えられているが、夜乃の目に映るのは肉のみ。
思わずこぼれそうになるよだれをなんとか堪えて、蒼剣に尋ねた。
「これが"めいんでっしゅ"というお料理なのですか?」
「……ステーキという。牛肉は初めてか?」
「これが……すてーき……牛のお肉……」
(そういや、桜乃がよく外で牛鍋を食べたって話してたっけ)
だけど、話できいたものは、鍋に薄い肉が入っているもののはず。だけど、こんな厚みのあるものは切り身魚としても早々にお目にかかれない代物だ。
外はしっかりと焼かれているが、中はほんのりと赤色が残っていた。
まるで生肉のごとく、赤い肉汁がゆっくりと皿の中で広がっている。
生唾を呑み込んだ夜乃は、蒼剣を見る。彼はすでに食べ始めていた。
(なら、私も……)
意を決して、夜乃は分厚い肉にフォークを刺して、口へと運ぶ。
口に広がるソースの芳醇な香り。なにより噛み締めると甘い肉汁が口の中に広がる。弾力のある触感が楽しく、ほのかに広がる血の香りが、夜乃の表情をたまらず蕩けさせる。
(まるで牛の血肉をまるごと噛み締めているようだわ)
噛み締めるたびに、甘く濃厚な肉汁が舌に絡みつき、体中に熱が広がっていく。
頬を赤く染め、目を細めて。
しっかりと口の中のものを呑み込んでから、夜乃がうっとりと吐息を漏らす。
「おいしい……」
その笑みは、まるで捕食者のようで。
そのとき、蒼剣がぽろっとフォークを落とす。
顔を真っ赤に染め、口をパクパクさせた蒼剣がなぜだか首元を抑えていた。
