星落としの花嫁 ~忌み子の私が血を吸うたび、高嶺の御曹司に執着される~


 ◇

 そして、デートの日はあっという間にやってきた。

「俺を待たせるな。俺の一秒にいくらの価値があると思っている」
(三分も待たせてないと思うけど)

 開口一番、星峰蒼剣は、やっぱり星峰蒼剣だった。

 彼は今日も洋装だった。ただベストにカラーシャツという前回よりはラクな服装のせいか、さらに脚の長さが引き立っているように見える。

 だけど、そんな蒼剣よりも夜乃たちの目を引いているのは、その後ろの黒塗りの自動車だった。きちんと屋根がついており、後方の座席区画は部屋のように窓までついている。椿原家は今も馬車を使っていたので、噂には聞いたことあれど、夜乃が自動車を見たのが初めてだった。一延の驚いた様子から、やはり新しいものなのだろう。

 だけど、そんな椿原家一同を気にせず、星峰蒼剣は尋ねてきた。

「母親はどうした?」

 そう――蒼剣を出迎えたのは、夜乃と桜乃と父の一延だけ。
 母は今日も部屋に引きこもっている。

(というか、お母様が私に関心を持つわけないもの)

 夜乃が忌み子になってから、母とろくに顔を合わせたことはない。
 母は桜乃にも同様にするように強く言っているらしいが……ただ桜乃が言うことを聞いていないだけ。部屋から出ず、まれに出かけるときも夜乃が納屋にいることを確認してから玄関に向かう。夜乃たちの母はそんなひとだ。

 それは、夜乃に見合い話が来ても変わらなかった。
 夜乃の淡い期待に叶わず……。

(この着物を貸してくれただけ、奇跡みたいなものだわ)

 見合いのときと同じ着物で、夜乃は今日も俯く。
 蒼剣がなにか言う前に、代わりに答えたのは桜乃だ。

「おにいさんなんか興味ないって!」

 その暴言に、さすがの一延も慌てて桜乃の口を塞ぐ。

「す、すみません、本日妻は体調を崩しており……」
「ふぐぅ!」

 しかし、蒼剣は母屋を眺めて「ほう」と顎を撫でるだけだった。

「まあいい。では、夜乃殿は借りるぞ」

 そして、蒼剣が車の後方座席の扉をあける。
 座席は赤いようだ。見るからに重厚な雰囲気に、夜乃は思わず一礼してしまう。

 そして、中に入ろうとしたとき、桜乃が再び叫ぶ。

「おねえさまを泣かせたら許さないんだから!」
(さっきから蒼剣様に失礼すぎるわ!)

 この見合いには、椿原家の今後がかかっている。
 資金援助どころか……二人は知らないことだが、蒼剣が夜乃に血を吸われたことを口外しようものなら、今すぐ一家処刑にあってもおかしくないのだ。

(もし、蒼剣様を怒らせてしまったら……)

 夜乃はおそるおそる蒼剣の顔を窺おうとする。
 しかし、当の蒼剣は「はーははは!」と大声で笑っていた。

「ちんちくりんが立派に嫉妬か。俺を好敵手(ライバル)扱いするとは見る目がある。 将来有望だな!」

 蒼剣はたいそう愉快だとばかりに、桜乃の髪をわしゃわしゃと撫でた。

「案ずるな、土産を買ってきてやる」

 そう笑いかけて、蒼剣も夜乃の隣に乗ってくる。
 自動車が発進するまで、ずっと桜乃の怒る声が聞こえていた。



 自動車が発進してからも、蒼剣はご機嫌に足を組んでいた。

「なかなか愉快な妹だな。仲はいいのか?」
「あの……妹がすみません」

 桜乃の無礼に、姉として夜乃は頭を下げることしかできない。
 縮こまる夜乃を、蒼剣は鼻で笑い飛ばした。

「怒ってないから気にするな。それとも、この星峰蒼剣がガキに喚かれて気を悪くするほど狭量な男だと?」
「す、すみません!」

 再び深く頭を下げる夜乃に、蒼剣は「ふむ」と小さく息をついて。
 蒼剣はガラッとカーテンを閉めた。

(えっ?)
「そっちも閉めろ」
「あ、はい……」

 言われるがまま、夜乃は黒いカーテンを閉める。
 車内が真っ暗になった瞬間、蒼剣が天井の電気ランプをつけた。まったく匂いがしないことに夜乃が感心するも……すぐに夜乃はそれどころではなくなった。

 ギリギリ端まで身を引いた蒼剣がギロッと夜乃を睨んでいたからだ。

(な、なに!?)

 目を思いっきり見開き、身構えるように腕をあげている。だけど、腰は引けていた。
 彼の背が高いわりに車内が狭いせいか、とても不格好である。

(あ、私を怖がっているんだ……)

 夜乃は笑うわけでもなく、視線を落とす。

(当然よね。前回、あんなことをしてしまったんだもの)

 お見合いのときに夜乃は蒼剣の血を吸ってしまっている。
 そんな忌み子の自分をデートに誘ってくれる男などいるはずがない。

 夜乃の膝の上の手が小さく震える。

(きっとこのまま、処刑場に連行されるんだ……)

 忌み子という正体を、家族が知らない可能性を危惧したのか。
 デートと偽ったことも、きっと蒼剣なりの優しさなのだろう。

 遅かれ早かれ、こうなる運命だったのだ。
 家族に別れを告げられなかったけれど、母の着物で死ねるなら本望である。

 うすら笑いの夜乃が目に涙から涙が落ちようしたときだった。
 蒼剣は威勢よくベストを脱ぎ捨てる。

「さぁ、いつでも来い!」
(来いとは?)

 きょとんとする夜乃に対して、蒼剣は覚悟を決めたように、無駄にいい顔をしていた。

「これなら外からは何も見えないはずだ。ちなみに運転手は口が固い男だ。俺らがどんなことをしても、決して口外することはない。そう、どんなことをしてもだ!」
「は、はあ……」

 どことなく耳が赤い蒼剣が何をしたいのかさっぱりわからない。
 夜乃が唖然としていると、未だへっぴり腰の蒼剣がおずおずと訊いてきた。

「……飲まんのか?」
「なにを、ですか?」

 夜乃の質問に、蒼剣は簡潔に答えた。

「だから、俺の血」
「えっ?」
(飲んでいいの?)

 だって、蒼剣の血はすごくおいしかったから。
 今までで一番甘かったから。

 飲めるなら、何度だって飲みたい。毎日だって飲みたい。

 そりゃあ、いくらでも……と喉を鳴らすけど、今の夜乃には理性がある。

 前のときは久しく血を飲んでおらず限界だったが、デート話が来る前に、桜乃が見合い失敗を励ますため、いつもよりたくさんの野うさぎの死骸を集めてきてくれた。だから血を飲んでいない期間は三日ほど……このくらい飲まないことなどザラである。

「……多少は喉渇いてますけど、こないだほどではないので」
「そういうもんなのか?」
「まあ、えぇ……」
「なるほどな」

 夜乃が肯定すると、蒼剣は座席にどすんと座り直した。

「ならば、次の作戦は……」

 ブツブツと独り言を繰り返しているが……今までの流れで、夜乃はなんとなく察したことがある。

 この車のカーテンは、私が忌み子とわからないようにするためのカーテンだったということ。
 そして、蒼剣は今すぐ夜乃を処刑する気がないということ。

 だって、すぐ殺す相手に、こんなことを尋ねないと思うから。

「そういや服はそれしか持っていないのか?」
「あ、訪問着は、まあ……」

 夜乃が他に持っている服と言えば、木綿の安着物ともんぺくらいだ。とてもデートに着ていける代物ではない。病弱ということにされているとはいえ、旧家の令嬢に相応しくないことだとう。

 だけど蒼剣は顔色一つ変えずに、運転手に続く窓をガラッと開けた。

「行先変更だ。うちの店に迎え」
「かしこまりました」

 いきなり入り込んできた日差しのまぶしさに、夜乃は目を細める。

 だけど、これから行く場所に、夜乃はますます目が眩むこと間違いなしだった。
 なんたって星峰の店といったら……日ノ出帝国一の百貨店、星峰デパートなのだから。