星落としの花嫁 ~忌み子の私が血を吸うたび、高嶺の御曹司に執着される~


 ◇

「くそ、ようやくチャンスがきたというのに……」

 もっと早く、椿原夜乃が喉の渇きを訴えると思っていた。
 一週間粘って、ようやく、ようやく血を吸わせる機会がきたというのに、こうも立て続けに邪魔が入るとは。

(妹にとられてないだろうな)

 そうこうしているうちに、夜乃が桜乃の血を飲んでいるかもしれない。
 それで二人の共存関係が増してみろ、いつ自分の血を飲ませることができるのか。

 そもそも、どうして今日、椿原桜乃がきたのだろうか。

 彼女には『落ち着いたら連絡する。そうしたら毎日遊びにきていいから』と約束していた。ようは夜乃を怜司に依存、または血を当たり前に与えられるようになってからという話だったのだ。それを、彼女も同意していたはずだった。『桜乃じゃおねえさまに期待させちゃうかもしれないから、ちゃーんとおねえさまの心が壊れてからのほうがいいもんね』という、怜司にも理解できない思考をしていたが。

 騒ぎの門に向かう最中も、怜司の舌打ちが止まらない。

(屋敷を専用している以上、早々に家にも報告しなければいけないのに)

 現在はまだ、怜司の独断だった。普段使われていない別荘を使用しているが、そうそうに長期滞在の理由を追求されるだろう。そのときにある程度『椿原夜乃の利便性』の確証を得てから、実家に報告しようと思っていたのだ。

 忌み子の秘めた力は、まだ憶測の域を出ていないのだから。

(それですぐに行動に移したオレも浅はかだったけどな)

 気が急いていた自覚はある。
 自分の妖力が減ってきたタイミングで、蒼剣が急激に妖力をあげた。

 このままだと確実に抜かされると思った。
 自分を踏み台に、あいつは遥か高みに行ってしまうのだと――。

 そんなことを考えていると、玄関につく。
 怜司は一息ついてから、扉を少しだけ開く。

 あいつにだけは情けない顔を見せたくない、その一心で。

「それで、オレの邪魔するのは――」
「たのもーーーーーーーーーーっ」

 怜司はずっと聞こえないふりをしていたが、これで何度目の「たのもー」だろうか。
 玄関を開けると、そこには見覚えのある青年が仁王立ちしていた。

「やっぱり、おまえしかいないよな……蒼剣」

 もちろん怜司の幼馴染兼部下の、星峰蒼剣である。
 討伐隊の黒い外套をなびかせて、腕を組んだ堂々すぎる佇まい。

 最初は無視を続けていた使用人らも、あまりの煩さから怜司に報告したわけである。

(夜乃さんにも、こいつの声が聞こえただろうな)

 怜司は一度、扉を閉める。
 怜司から見て、椿原夜乃と星峰蒼剣は両想いだった。

 それは数少ない邂逅でも容易に見て取れたが……先ほど、あの気が弱そうな椿原夜乃に突き飛ばされるとは思わなかった。

 桜乃がきてうやむやになったが……明らかな怜司への拒絶だった。

(仮にも忌み子が、目の前の獲物を拒絶しただと?)

 忌み子の血への渇望は、人間には想像しがたいほどの欲求だという。
 しかも、彼女は自分が『幼少期のヒーロー』なのだと勘違いをしているはず。
 そのときの『ヒーロー』に恨みを抱いていないとしても、そのときの事件がきっかけに忌み子になったのだ。その責任の一端を担わせるために吸血したとなれば、彼女の吸血への罪悪感も薄れると睨んでいた。

(それとも蒼剣が助けにくることがわかっていたのか?)
(いや、だったらオレが連行したとき、あんな絶望したような顔はしなかったはず)

 たしかにあのとき、彼女の心が折れたのが見て取れた。
 狂ったように笑った姿は、たしかにすべてを諦めたように見えたのに……。

 だけど、怜司が思考の中に沈んでいる暇はない。

「こらああああ、俺から逃げるなど許さんぞお! 月影怜司っ!」

 一度扉を開けたのがバレたのか、やはりあの男は待ってくれないらしい。
 ひときわ大きな怒声に、怜司はやれやれと肩を落とす。

「……ったく、仮にも上司の家に来ているんだから、手土産くらい持ってこいよ」
「あるぞ」

 扉をきちんと開けた怜司に、蒼剣が仏頂面で投げたのは木刀だった。
 片手で受け取ってみれば、手に吸い付くような持ち心地だった。討伐隊の訓練で支給されているものより上質な木材で作られているようだ。重さも真剣とそん色なく、まぎれもない一級品の土産に、思わず怜司は苦笑した。

「そこまで道場破りごっこがしたかったのか?」
「あながち間違いではない」

 怜司の嫌みを、蒼剣は真顔で応える。
 彼の手にも星峰蒼剣の手にもまた同じの木刀が握られていた。

「あのちんちくりんの行方を金で探ったら、うちのデパートで買い物中だと判明してな。適当にサービスして盛り立てたら、あっさり『じゃあ今からおねえさまの所へ行こうかな♡』となったそうだ。共犯相手はもっと選ぶべきだったな」
「やっぱりまだ幼いよな。もっと言い含めておけばよかった」

 長い付き合いを考えると父親よりは、妹のほうがマシかと思ったが……こうもあっさり誘導されたとなれば、前者のほうが……などと考えるも、怜司は無駄だと悟る。似た者親子でどっちもどっちだろう。

 ようは、自分の計画性が足りなかったのだ。
 そう反省したとて、目の前の幼馴染の視線は険しい。

「この奥に、椿原夜乃がいるんだろう?」
「そうだと言ったら、どうする?」

 怜司がへらりと肩を竦めれば、蒼剣は迷うことなく木刀を構えた。

「俺の女を返してもらう!」
(やっぱりおまえが眩しいよ、蒼剣)

 今日の夜空はやたら星がきれいに見えた。

 月も明るく光っているようにみえるが、その光り方の違いを、幼い頃の怜司は調べたことがあった。
 すべてではないが、星の大半は自ら燃えることによって輝いているのだという。対して、月は太陽の光を反射して、まるで光っているように見えるだけだというのだ。

 ――月と星。

 似ているようで、まるで自分とは異なる友人に、怜司は昔から劣等感を覚えていた。

「ただの見合い相手じゃなかったのか? 家同士の繋がりなら、妹でもいいと思うが」
「バカをいうな。俺はただの結婚相手じゃない、『俺に見合う女』を探していたんだ。一番俺に見合うと感じた女が椿原夜乃だった。だから、彼女を返してもらうぞ!」
「おまえは……本当にいつも偉そうだなぁ……」

 単純で、シンプルで。
 いつも前だけ見ているような蒼剣は、月影にとって眩しすぎる存在だった。

 だからこそ、目を背けるわけにはいかない。
 怜司の背には、月影家の命運がかかっているといっても過言ではないのだ。

 たとえ、歴代の威光で輝いているだけの月だとしても。

「ならば隊長として、指導してやる」

 怜司も木刀を構えれば、蒼剣が不満に口を尖らせていた。

「バカ言え。これは決闘だ」
「オレに勝てたことのないやつが吠えるなよ」

 先に攻撃を仕掛けてきたのは、蒼剣のほうだった。

 蒼剣の上段から振り下ろした攻撃を、怜司はあっさりと打ち弾く。
 表情を変えるほどではないが、その力強さに、怜司の手は若干の痺れを感じていた。

「なぁ、蒼剣。オレがずっとおまえを妬んでいたと言ったらどうする?」
「……決闘中に雑談とは……ひどく余裕だな」

 だから、怜司は握力が回復するまでを蒼剣にはできない方法で繋ぐ。
 妖力で生み出した金の鎖を、蒼剣の木刀に絡めさせた。

 そのまま鎖に引っ張られそうになる蒼剣だが「ふんっ」と自らも妖力を発動させ、鎖を破壊しようとしているようだ。

(だが、遅い!)

 怜司はさらなる金の鎖を生み出し、蒼剣の身体に巻き付けるべく突進させる。

「おまえがあやかし防犯道具など海外から輸入してくれたから、うちの影響力が激減して……あげくに、オレに見せびらかせるように妖力まで発現させるなんて……どれだけオレに嫌がらせしてくれたら気が済むんだよ」

 だが、即座に木刀を離して飛びのいた蒼剣は、きょとんと、心底わからないとばかりに眉間にしわを寄せていた。

「そんなつもりサラサラないが?」
(あぁ、そうだろうよ!)

 怜司は即座に木刀の妖力も蒼剣に向けさせた。
 蒼剣は足元に向かった鎖を縄跳びの要領で避けながら「ふむ」と考える。

「どんなに防犯グッズが増えようとも、あやかしを退治できるわけではない。むしろ討伐隊の仕事の効率があがったし……あぁ、なるほど」

 合点がいった蒼剣は、鎖の連撃を地面を転がることでかわして、木刀を拾おうと腕を伸ばしていた。

「月影家の影響力が下がることを懸念しているのか」

 その隙に、怜司は上段から木刀を振り下ろす。
 だけど今度は、ギリギリで木刀を拾った蒼剣が受け止めた。

 打ち合わせた音が、ギンッと夜の林に響き渡る。

「んなもの、頑張るしかないだろうが」

 容赦のない一言に、怜司は蒼剣から距離をとる。
 だけど、蒼剣はすぐに飛び込んできた。

「その商品に需要がなくなったら、新たな商品を見出すしかない。あるいは、その商品の価値を高める方法もあるな。どちらにしろ頭を使って、努力するしかない」

 繰り返される連撃を、怜司はすべていなすことができる。

「その努力のために、椿原夜乃さんが必要だと言ったら?」
「やるわけなかろう。ビジネス的な相談だったら、友達価格で乗ってやる!」

 怜司と蒼剣は、剣術の腕だけならば互角だ。

 剣戟の音をいくつも響かせてから、蒼剣は攻撃のリズムを急激に変えた。
 鋭い突きの一閃――それは、蒼剣の一番の得意技だった。

「貴様は、俺の生涯の友だからなぁ!」
(あぁ、本当にバカだなぁ……)

 自分に迫る切っ先をかわしながら、怜司は小さく笑う。
 最愛の女を攫った男を、未だ友人と呼ぶなんて。

 だからこそ、怜司は蒼剣の攻撃を全力で受け止めることにする。
 妖力を全力で放出し、四方八方、生み出した金の鎖を蒼剣を縛り上げるべく向かわせる。

 だけど、こちらを睨みつけてくる蒼剣の目は青く燃えていた。

 少ない妖力を目に集めているのだろう。その極限まで高めた視力で、全方位から向かってくる妖力の鎖をすれすれで躱しながら、距離を詰めてくる。

「くっ」

 とっさに、怜司が攻撃の鎖を減らして、自身の周りに妖力の壁を作ったときだった。

「そこだああああああっ!」

 蒼剣の一点を突いた刃が、怜司の防御壁を砕けさせる。
 キラキラとした妖力が舞い散る中で、そのまま切っ先が怜司のみぞおちに突き刺さった。

 息が止まったような痛みに、怜司は無意識に膝をつく。
 一瞬、意識が飛んだ。だけど、まだ戦おうと思えば戦える。

 ……だけど、怜司は苦笑したまま座り込む。

「友達から……金とるなよ」

 だって、これはあくまで決闘だから。
 命ではなく、心が折れたら負けの勝負。

(そういや腕輪を懸けた勝負のときも、蒼剣は『負け』を認めなかったっけ)

 どんなに怪我を負わせても、蒼剣は何度だって立ち上がってきた。
 あまりに負けを認めないから……怜司が無理やり気絶させたのだ。

(あのときから、オレはすでにおまえに負けていたのかもな)

 だから、怜司は銀の腕輪を外す。

「ん」
「おう」

 二人の言葉は、それだけ。
 ずっと借りていたものを友達に返しただけだから。

 代わりに、怜司は情報という褒美をやることにする。

「おまえの妖力はおそらく夜乃さんのおかげだよ」
「ほう、やはり愛の力というやつか!?」

 嬉しそうに目を見開く蒼剣に、怜司は笑うしかなかった。

「はは……あははははははっ!」

 声をあげて笑うと、打たれた箇所がズキズキと痛む。だけど、怜司は笑いを堪えるなんてできなかった。
 愛の力に負けた……それなら、嘘つきの自分が選ばれないに決まっているじゃないか。

「もう……それでいいや」

 怜司はその場にあおむけに倒れる。
 久しぶりにいい汗を掻いた気がする。腹に手を当てれば、受けた打撲がひどく痛い。

 だから、未だどやどやと「愛の力」の有効性を無駄に語っている蒼剣に、怜司は八つ当たりで言ってのけた。

「うるせーよ。早く行ってやれ……これが最後の隊長命令だ」
「バカ言うな。リベンジはいつでも受けてやるぞ、月影隊長」

 蒼剣は悠然と笑って、屋敷の中へと駆けていく。
 その背中を、怜司は細めた目で眺めていた。

「だったら……隊長にはちゃんと敬語使えよ、蒼剣……」

 怜司は夜空を見上げる。
 いつの日が妖力を失い、隊長の座を蒼剣に譲る日も遠くないだろう。

 だけど、そうしたら他の力で、輝く方法を探せばいい。
 太陽の力だって、星の力だって、利用してやればいい。

 怜司は空を見上げながら、自然と口角をあげていた。

「月がきれいだ」