星落としの花嫁 ~忌み子の私が血を吸うたび、高嶺の御曹司に執着される~

 ◇

 星峰蒼剣は寄宿舎の事務員に詰め寄っていた。

「そんなわけなかろう! 今日こそ俺宛ての手紙があるはずだ!」
「いや、そんなことを言われても……」

 事務所のカウンターをダンッと叩くも、事務員はうろたえるだけ。
 蒼剣の目には、彼がウソを吐いているように見えない。

(なら、椿原夜乃がお礼状を書いてないということ……)
「……すまなかった」

 悪いことをしたら謝る。人として当然のことをして、蒼剣はあごに手を当てながら部屋へと向かう。日勤の仕事を終えて、今は夕方。今日の郵便はすべて配達済みの時間である。

 蒼剣は部屋について早々、首を傾げた。

「一週間も返事が来てないぞ?」

 毎日夜乃に贈っていた牛肉は、蒼剣にとっての文通のようなものだった。

 なかなか会えない男女は、文を使って交流を深める。
 それは国内・海外問わず、昔から続く伝統的な文化だ。

 歴史とていい文化は続けるべきだと考える蒼剣。だけど文だけでは物足りない、肉を食わせたい! 肉! と思った蒼剣は、牛肉を贈った。すると、すぐにお礼状と称した手紙が帰ってくるではないか。

 ――嬉しかった!

 字のひとつひとつが丁寧で、きちんと文章を考えていることが窺えた。
 どんな牛肉の食べ方をしたか以外に変わり映えのしない手紙だったが、それでも毎日届く手紙が嬉しかった。毎日自分のことを考えてくれている。その事実が嬉しかった。

 蒼剣は机に置いてあった大きな四角い缶を開ける。
 すべて夜乃から届いた手紙だった。ここ数日、増えていない。それがなによりも寂しい。

「思うように増えないなんて、はじめての経験だな」

 貯金も、株も、資金も、学力も、経験も、増やそうと思って増えなかったものはない。

 蒼剣は目をこする。けっして、増えない手紙に現実逃避しているわけではない。

(日に日に、見えづらくなってきている……)

 蒼剣は視力がいい。それが落ちたわけではない。
 ただ、妖力が発現してから視えていたあやかしの弱点が視えなくなってきたのだ。

 そのせいで、今日のあやかし退治はてこずってしまった。一撃で倒しきれず、腕にかすり傷を負ってしまったほどだ。
 健康診断を受けたわけではないが、妖力が下がっているとみえる。

(俺のモチベーションのせいか、あるいは……)

 蒼剣は普段の言動はさておき、これでも分析力に長けた有能な男だ。

 急に妖力が上がった理由に心当たりがあった。
 当然、今までの努力の影響も大きいと思っているが……最近あった特別な事件といえば、一つしかない――椿原夜乃との出会いだ。そして、椿原夜乃(忌み子)に血を吸われたことだ。

 かれこれ一か月、夜乃に会えていない。すなわち血を吸われていないのだ。
 もしも、彼女に血を吸われることが、妖力の増加に繋がるのなら……。

「愛の力だな」

 蒼剣は顎を撫でながら、どやっと口角をあげる。

 それがどれだけ日ノ出帝国、どころか世界中に影響を及ぼす事案なのか、わからない蒼剣ではない。だけど、愛する者に血を与えることで、自分も強くなれる――これほどロマンチックなことはないだろう、蒼剣はそう結論づける。

 誰に迷惑をかけるわけでもなく、自分たちで完結しているのだ。
 どこに問題があるといえよう。

「公私ともに俺に影響を及ぼす女とは……さすが俺が見合うと感じた女だ」

 そんな女が、牛肉を贈ってもお礼状を返さなくなった。
 蒼剣は再び現実と向き合い始める。

「だとしても、肉をもらっておいて礼もしない不義理な女ではないと思うんだが……」

 たとえ蒼剣に愛想を尽かしたとしても、礼は返す女のはず。そのうえで、本当に蒼剣が嫌なら『蒼剣様のご負担になるかと思いますので』と要らない旨をやんわりと記してきそうなものだった。実際、今までの返事を隅から隅まで読み返しても、該当する一文は見当たらない。むしろ『美味しかったです』だけで、蒼剣の負担を案ずる一文すらないことに、彼女らしい図々しささえ覚える。

 そう……そういう女なのだ、椿原夜乃は。

 境遇的に、内気なのは仕方ないだろう。しかし疑問が湧けば素直に質問してくるし、意外と鋭い言葉を返してくるときもある。多少遠慮がちなところはあるが、血を飲むと決めたら遠慮はない。というか、男を食わんとする勢いだ。

 そんな女が、返事を返さなくなった。
 蒼剣自身に、自分が愛想を尽かされるという考えがない。

 だから、彼はこう結論付けた。

「直接俺に会えなくて拗ねたか。かわいいやつめ」

 ならば、蒼剣がやるべきことはただ一つ。
 蒼剣は机に広げた手紙をしまい、すぐさま書類仕事にとりかかる。

 本当は明日の日中に片づければいい仕事だが、これさえ終われば、夜勤の見回りまで時間が空くのだ。蒼剣は徹夜の覚悟で仕事に取り掛かり始めた。

 すべては、拗ねてしまった女のご機嫌をとってやるために。



 そして、翌日。

「久々に俺の顔が見れて、歓喜のあまり求婚してくるかもしれないな」

 なんて幸せ妄想全開で椿原家に突撃したのだが、椿原の父・一延がごまをすってきた。

「その……夜乃は別の方と婚約が決まりまして……代わりに桜乃はいかがでしょうか?」
「はへ?」