星落としの花嫁 ~忌み子の私が血を吸うたび、高嶺の御曹司に執着される~


 椿原の門を出れば、重厚な馬車が用意されていた。
 促されるがまま乗れば、隣には当たり前のように討伐隊隊長・月影怜司が座ってくる。

 当然、妖力の鎖を繋いだまま。
 さらに外を窺えば、馬車の周囲には馬に乗った討伐隊員が取り囲んでいた。

(逃げられそうにないわね)

 もとよりそんな気はないにしろ、自分なんかがこんなに警戒されることがなんだか面白く思えてしまって、夜乃は思わず笑いながら尋ねてしまった。

「ふふっ、どうして私が忌み子だと?」
「なにがおかしいんだ?」
「なんだか、お姫様にでもなったみたいで」

 ケラケラ笑う夜乃に、怜司のほうがなぜか視線を落としてしまって。

 だけど、彼はすぐさま懐から一枚の便箋を取り出す。
 遠目だとしても、誰が書いたものか、夜乃には一目でわかった。

 だって、その丸い文字は、ずっとそばに居てくれた妹のものだったのだから。

「きみの妹さんが手紙をくれたんだ。長年、姉の忌み子・椿原夜乃を一家総出で匿っていた。だけど、もう限界だ。どうか助けてほしい……と」

 その内容を、夜乃は鼻で笑い飛ばす。

(あんなに優しくしてくれたのは、私が怖かったからなのね)

 夜乃を刺激しないために、あんなに慕っているふりをしていたなんて。
 そう理解してからはもう、夜乃はおかしくておかしくて仕方がなかった。

(ずっと騙されていた私は滑稽だっただろうなぁ)

 夜乃は壊れたように笑いながら、桜乃の手紙を受け取る。
 たしかに丸みおびた文字だ。だけど、昔は……もっとよみづらい、拙い文字だったのに。
 いつのまに、こんなしっかりとした字が書けるようになったのだろう。

 桜乃の書いた手紙に、夜乃の涙がポタポタと落ちていく。

 それでも笑いが止まらない夜乃の背中を、怜司がそっと撫でてくれた。

「悲しいだろうけど……オレもこれが椿原家にとって最善の選択だと思う。近年、椿原家は力を失っていたし、そう遠くないうちにきみの正体もバレたことだろう。そうなれば、否応がなくオレらが討伐しなければならなかったけれど……今なら、こっそり対処することができる」

 そんな怜司の言葉に、夜乃は苦笑を返した。

「公になるまえに、処刑できるということですか?」
「それなら屋敷の中で対処してしまっているよ。今いる者たちも、みんな月影家の者だ」

 怜司が懐から白いハンカチをとりだし、夜乃の涙を拭いてくれる。
 そのハンカチの感触はとても柔らかかった。

「オレの月影家が、代々陰陽術に長けているって知ってる?」
「うわさ程度には……」

 少し落ち着いた夜乃が呼吸を整えながら答えれば、怜司はゆっくりと説明する。

「陰陽術とはあやかしを退治する術……すなわち、あやかしや忌み子に対する研究も進んでいる。今から行くオレの別邸にはきみを匿う用意ができているんだ。ささやかな研究に協力してもらうことにはなるけどね」
(つまり私は実験動物というわけね)

 すとんと腑に落ちた気がした。
 ただの善意と言われるより、ずっと受け入れやすい気がする。

(どのみち人間扱いはされないようね)

 微笑を浮かべながらも視線を落とす夜乃の横顔に、怜司はハンカチをしまう。
 そして鎖は解かぬまま、腕を組んだ彼はそっと目を瞑った。

「着くまで時間がかかるから、きみも目を閉じているといい」

 それから、怜司は本当に到着するまで、目を開くことはなかった。

 だけど、夜乃はずっと流れゆく景色を眺めていた。

 少しずつ、知らない景色に変わっていく。
 もう二度と戻れないかもしれない思い出の風景を、少しでも目に焼き付けるために。



 馬車から降りた場所には、立派な洋館が建っていた。

「さぁ、ここがきみの新しい家だよ」

 そして案内された部屋は、れっきとした座敷牢だった。

 牢の中には、豪奢なベッドや彫刻の美しい棚や机が並べられている。洋風の淑女が住んでいそうな部屋だが、入り口のある壁一面は鉄格子。窓なんかわざわざ後から板で打ち付けられており、月明りすら入らない。天井の無機質な電灯だけが、昼も夜も関係なく部屋を照らしているだけだった。

(まるで人形の部屋ね)

 まさかランプの魚臭さが恋しくなる日が来ようとは。
 桜乃が持っていた人形の部屋のおもちゃを思い出しながら、思わず夜乃は鼻で笑った。

「……素敵な場所、ですね」
「馬車の中でも思ったけど……こんな場所で嫌みを言えるなんて、さすが蒼剣が認めた女性だ」

 ――蒼剣。

 耳にしてしまったその名前に、夜乃の胸が大きく高鳴る。
 この牢に入ってしまえば、二度と、彼に会うことは叶わないのだろう。

 だけど、腕を妖力の鎖で縛られている自分に、逃げることは叶わない。
 逃げたところで……受け入れてもらえるとは限らない。

(結局、私は忌み子なのだから)

 誰からも嫌われる存在。
 誰からも疎まれる存在。

 蒼剣様だって、きっと家のことがあるから、仕方なく受け入れてくれていただけなのだろう。それなら、父の言うとおり妹と結婚しても叶えられることだ。

(喧嘩するほど仲がいいとも言うし……きっといい夫婦になるわ)

 そんな光景を想像するだけで、夜乃の胸は苦しくなる。
 だから、夜乃は自ら進んで、牢に入った。

 この中にいれば、そんな光景を見ずに済むから。
 この中にいれば、誰にも涙を見られずに済むから。

 夜乃がうつむく。だから、うっすらと浮かんだ涙は誰にも見えないはずだった。
 それなのに、月影怜司が足元に跪く。

「さっきは実験に協力してほしいと言ったけど……そんなのはただの建前なんだ」
「えっ?」

 夜乃より低い場所から、彼は夜乃を見上げる。
 銀の腕輪に触れる彼の顔はとても優しく、とても苦しそうな笑みだった。

「夜乃さん、きみのことをオレに守らせて欲しいんだ。きみが忌み子になってしまったのは、オレのせいだから」

 この銀の腕輪は、彼が夜乃が忌み子になる直前に、助けてくれた『ヒーロー』が着けていたもの。すなわち、彼が幼い日の迷子だった夜乃を助けてくれて、『ヒーロー』だと名乗った少年なのだ。そのときのお礼を、前に出会ったときにしている。

 そんな彼の瞳の色も薄く、神秘的な緑色をしていた。
 肌も透き通るように白く、まつげも長い。

 月影家の遠い祖先は海外の人だと聞いたことあるので、その影響だろう。

 だけど、改めてあのメロンの日を思い出すと……夜乃はひとつの疑念が浮かぶ。

(あのときのヒーローは、こんな儚げな人だったかしら?)
(なんだか私が重いメロンを持っていたら、代わりに持ってくれそうな……)

 メロンのヒーローは、決して夜乃の代わりにメロンを持ってくれなかった。
 だけど『頑張ったらメロンがもっと甘くなるぞ!』と力強く応援してくれて、少しだけゆっくり歩いてくれた……その背中が、夜乃が追いかける目印。夜乃が見上げる一番星。

 忌み子になる前の、夜乃の忘れられないヒーローの思い出だ。
 
 だけど目の前で屈んだ美青年は切なげに唇を噛み、そっと思い出の銀の腕輪を撫でているのだ。

「あのとき、オレが弱かったせいで、きみは忌み子に……」
「月影様のせいではございません!」

 泣きそうな怜司に、夜乃はとっさに否定する。
 たとえ記憶の中の少年と様変わりしていたとしても、これだけは認められない。

 ヒーローは、何も悪くない。
 ただ夜乃が守りたいと思ったから、動いただけ。

 自分が忌み子になったことと、彼は何も関係がないのだ。

「ただ……不運だったのです。強いていうならば、無鉄砲にひとりで家を飛び出した幼い私が悪いのです……」

 胸の前で祈るように手を握り、夜乃はぎゅっと目を閉じる。
 固く、震える手が、そっとやさしく包まれた。

 その少しひんやりとした手は、まぎれもなく怜司のものだった。

「はは、夜乃さんは優しいな……だけど、それじゃあオレが罪悪感に耐えられないんだ」

 励ましてくれてるはず……なのに、どうして怜司のほうが泣きそうな顔をしているのだろう。ますます罪悪感で押しつぶされそうな顔をしているのだろう。

 怜司の声もまた、少し震えているようだった。

「オレね、ずっと後悔していたんだ。あの場所に、倒れたきみを置いて逃げたことを……あのとききみを守れなかったことを悔いて、オレは討伐隊に入ったんだ」

 一瞬、彼は目を伏せる。
 長いまつげの下で、彼が少しだけ微笑んでいるように見えた。

「でも、こうしてきみが生きてくれているなら、オレはきみが忌み子だろうと構わない。オレの人生はきみを守るために、幸せにするためにあるんだ」

 だけど、次に顔をあげた瞬間、怜司は泣いても笑ってもいなかった。

 真剣な顔で、まっすぐに戸惑う夜乃を見上げて。
 夜空も見えない座敷牢で、月影怜司は、椿原夜乃に求婚する。

「オレの花嫁になってほしい」