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その日の深夜。本来なら人々が寝静まったはずの平屋が並ぶ細い路地。
とある討伐隊に向かって、牙をむき出しにした野犬が襲い掛かってくる。野犬はその目を真っ赤に光らせて、口からはダラダラと血を滴らせていた。
そんな野犬のあやかしに向かって、彼は迷わず刀を振り下ろす。
「俺の名前は星峰蒼剣だあああああああ!」
蒼剣の刃がすんなりと野犬を一刀両断する。あやかしが声にならない雄たけびをあげ、傷口から瘴気をしゅわしゅわと漏れ出し、ぱたんと倒れる。
蒼剣が刀の血を払った後ろから、今日も呑気な野次が飛んできた。
「知ってるー」
「やかましいわ」
「今日の夜食はなに食おっかなー」
新しくできた星峰小隊の隊員たちである。彼らの後ろには避難していた住民たちがおろおろとこちらを覗き込んでいるので……彼らも仕事をしてないわけではないのだが。
「貴様らもう少しまともな声援をも送れんのか」
呆れ顔の蒼剣は隊員らの頭を柄でコツコツと叩いてから、蒼剣は刀を鞘に納める。
星峰小隊は、月影怜司率いる帝都月影隊に、新しくできたお試し分隊だ。正式に認められたものではないため、蒼剣自体に役職もなく、今もあやかしを発見直後、ひとりが怜司に救援報告に向かっている。
今日も怜司が合流前に、蒼剣が退治してしまったのだが。
蒼剣はそれに驕るわけではなく、ただ根っからの経営者気質で隊員らに命令する。
「ほら、遠くに逃げた住民らにも退治完了を知らせて来い。みなが家に帰るまでが俺らの仕事だ。俺もあやかしの処置が終わったら、強盗が湧いてないか周囲の見回りをしてくる」
「偉そうならもっと働かないでほしいよなー」
「おれらがサボるにサボれねーじゃんよー」
「夜食は肉が食いたいなー肉ー」
そんな気易い態度の隊員らに、蒼剣はたまらず唾を飛ばす。
「口じゃなくて手足を動かせ! 帰りに串カツ買ってやるから!」
『やっほーい!』
同僚たちは諸手を挙げて、仕事へと散っていく。
気のいい仲間たちだ、と蒼剣は思った。実質出世したような蒼剣に嫉妬するでもなく、調子に乗ってたかってくるくらいのほうが実に居心地がいい。
だからこそ、一息吐いた蒼剣は空を見上げてしまう。
(このまま無事に成果を出し続ければ、無理に見合いをする必要もない)
妻帯者という信頼は、商人という立場でこそ必要なものだ。
むしろいつ死ぬかもしれない討伐隊で、女は足枷になる場合もある。だからこそ結婚を勧めてくる者もいるが……蒼剣の考えは前者のほうが強かった。市民を守る立場であるからこそ、他に優先するものなどないほうがいい。
だからこそ、父が持ってくる縁談を適当な理由で切った三十連敗でもあった。
今でも、蒼剣の考えは変わらない。
だけど、空を見上げるたびに思ってしまう。
(あいつも今、この星空を見上げているのだろうか)
(星を見て、俺を思い出してくれているだろうか)
毎日、彼女の体調維持のために肉を贈っている。
彼女にとって有益になるよう手紙も添えている。
それでも、蒼剣は無意識につぶやいていた。
「会いたい……」
そして、即座に蒼剣は己の頬をひっぱたいた。
(女々しい……われながら女々しすぎるぞ、星峰蒼剣!)
こんなことが彼女に知られてみたら、きっと彼女は妖艶に笑ってこう言うのだろう。
『私に会いたかったの? かわいい坊やね』
そして、唇を舐めて、嬉しそうに肩口に顔を近づけてきて――
「うがあああああああ!」
顔が緩みそうになった蒼剣は、即座に妄想を掻き消す。
そのとき、表通りからくつくつとした笑い声が聞こえてきた。
「仕事だけではなく、顔も忙しそうだな、蒼剣」
「遅かったな、月影」
きりっと顔を戻した蒼剣が振りむけば、そこには馴染みの月影怜司が片手をあげていて。
「別にいいじゃないか。案の定、オレの手なんかいらなかったようだし」
怜司がそう肩をすくめて、奥の倒れる犬の遺体に背を向ける。
流れる瘴気も失くした哀れな遺体に、蒼剣は手近に置いていた鞄から藁の敷物をとりだす。これは職務上、遺体の処置も手掛けることが多いため、隊員のだれかが常に持ち歩いているものだ。特殊な銀の繊維が織り込まれており、血の匂いを抑制……すなわち、あやかしを呼び寄せないための簡易的な処置でもある。当然、星峰家が日ノ出帝国に持ち込んだ輸入品だ。
てきぱきと事後処理を進めながら、蒼剣は口も動かし続ける。
「だとしても職務怠慢は許さんぞ。それとも貴様も串カツ食いたいのか?」
「部下に奢ってもらうほど落ちぶれちゃいないさ。おまえのおかげでオレの仕事が減ったことは感謝だけどね」
現に、深夜のみまわり範囲の半分を蒼剣の星峰小隊が受け持つことになったため、怜司の負担が減っているのは事実だ。そのため予定時刻より早く終わったにしろ……それならそれで、隊長ならば仕事は山のように残っているはず。
「感謝なら隊長の座で示すか?」
「そういや、おまえの父親との勝負は隊長の座でいいのか?」
蒼剣が父親と約束した内容は『討伐隊で成果を出す』という少しあやふやなものだ。父親としては蒼剣に妖力がない以上、絶対に負けない勝負という判断だったのだろうが……蒼剣に妖力が発現した以上、彼があやかし討伐隊に身を埋める可能性もでてきたわけだ。
だからこそ、蒼剣は真剣に考えたのち、告げた。
「特にこれという決まりはつけてないが――鬼だな」
「は?」
怜司が目を丸くしているが、無理もない。
前提があやふやだった以上、今なら『あやかしを一体でも倒せたから』と言い張ってもいい事案である。実際、こうして何体もあやかしを退治できている以上、十分に『活躍している』と言えるだろう。帝都で隊長の座に就くには怜司を超えなくてはならないが、現に、小隊長の座ならもうそこまで来ている。帝都組の中でも五本の指に入ると同義なので、『成果』としては上等とも言えよう。
蒼剣もそれを理解しているからこそ、敢えて言うのだ。
「俺が鬼を退治できる男になったときが、父上との勝負に勝ったときだ!」
「おまえは伝説になるつもりか?」
「悪いか?」
鬼退治――それは歴代のあやかし討伐隊の誰もが成しえたことのない夢である。
別に、蒼剣は討伐隊から逃げたいわけではない。
そもそも『メロンの少女』が生きていた以上、もうそこまで討伐隊に固執する必要すらない。
だけど、星峰蒼剣は考える。
好いた女の目に映る自分は、最高の男でありたいと。
そんな夢を語りながら、蒼剣があやかしだった犬にそっと敷物をかけていると、後ろから怜司が「そういやおまえに報告することがあった」と言い出してくる。
蒼剣が振り返ると、幼馴染はいつもの柔和な笑みを浮かべていた。
「オレも結婚しようと思うんだ」
怜司の背を照らす街灯が燃料切れなのか、チカチカと明滅を繰り返している。
