星落としの花嫁 ~忌み子の私が血を吸うたび、高嶺の御曹司に執着される~


 ◇

 結局、夜乃は晩餐会に参加することができなかった。

 道中であやかしに襲われたのだ。夜乃も雨の中素足で外に出たせいで泥だらけになってしまったし、蒼剣自体も事後処理に追われて、欠席したようだ。

 あれから一か月、蒼剣は仕事で忙しくしているらしい。
 なんたって念願の妖力が発現したのだ。毎日あやかし退治の実践力として、活躍しており、見合いに時間を割く余裕がなくなってしまったのだという。

 しかし、夜乃と蒼剣の繋がりが切れたわけではない。

「夜乃……今日も届いたぞ……」

 今日も父・一延が渡してくるのは、便箋のついた桐箱だった。
 便箋を開く前にずっしりとした箱を開ければ、中にはサシの美しい牛肉が大量に入っている。夜乃のは感嘆の息を漏らした。

「今日もおいしそうですね……」
「あぁ、好きなだけ食べるといい……わし今晩は湯豆腐がいいな……」

 最初は、毎日大量に届く高級牛肉に一延も大喜びをしていた。

 だけど、それが一か月も毎日続くと飽きてきたそうだ。最近では胃を抑えてぐったりしていることが多い。 

 そんな遠い目をしている父を上目見てから、夜乃は便箋を開く。
 そこには今日も送り主らしい言葉が添えられていた。

『早寝早起きは三文の徳! 面倒なことほど朝に終わらせると、清々しい一日を過ごせるぞ!』

 ちなみに昨日は『働き者こそ失敗する』、一昨日は『今日より若いときはない』だった。

 そんな偉そうな達筆を見て、夜乃は小さく微笑む。
 送り主である星峰蒼剣は、今日も元気にやっているようだ。

「そんなに夜乃を気に入ってくださったのなら、討伐隊などとっとと辞めて、さっさと貰ってくれたらいいものを……」

 どうやら一延は定期的に星峰当主との縁談の話をまとめたいようだが、蒼剣が首を縦に振らない以上、話が進められないらしい。蒼剣は首を振る以前に、討伐隊の仕事で忙しく、連絡すらまともにとれないと星峰当主は愚痴を言っていたようだ。

 ともあれ、夜乃としてできることはひとつだけ。

「とりあえず、今日もお礼を書かないとですね」
「雪乃が書けたら持ってこい、とな」
「かしこまりました」

 日課とありつつある礼状作成は、母の雪乃の添削を受けていた。

 椿原家の女として粗相があってはならない、とのことだが、母から直々に指導を受けられるなんて、夜乃にとってこの上ない幸せなことだ。

 しかも文を書くために、雪乃が新しい部屋まで用意してくれた。
 文机以外に何もない、隅の小さく何もない部屋だが、日当たりがいい。この場所で蒼剣を想いながら静かに墨を磨るときが、最近の夜乃のお気に入りの時間だった。

(今日はどんなことを書こうかしら?)

 とはいっても、母に添削される手前、あまりおかしなことは書けない。
 季語……といっても毎日だから、天気や今日の庭の様子を示す一文からはじめて、お肉のお礼と、蒼剣の体調を案じる言葉を綴って締めるだけ。

 だけど、最後にもう一言「会いたい」と書きそうになって、夜乃は筆を止める。

(私が寂しいと思うなんて……)

 だって、蒼剣に会えなくても毎日がとても幸せなのだ。

 父の一延は相変わらず夜乃を追い出したいようだが、母の雪乃とは少しずつ会話ができるようになってきた。小梅を筆頭に使用人たちも、夜乃を敬うまではいかなくても、見る目が優しくなってきている。毎日の牛肉事情で、彼らの食事が豪華になったことも影響しているのだろう。

 そして、夜乃自身も毎日美味しい肉が食べられて、最近は血を飲まなくても体調がすこぶるよい。むしろ、桜乃からねずみなどをもらっても、最近美味しいと思えなくなってしまったほどだ。

 だって、もっと美味しいものを知ってしまったから。

 もっと甘美で、新鮮で、濃厚で。
 あげくに、とても愛らしい存在を知ってしまったから。

 血を飲まれているときの蕩けた顔の蒼剣を思い出し、夜乃はひとり顔を赤くする。

(なんだか邪な気がするわ)

 別に、蒼剣を求める理由は血だけではない。
 自信家な言動も、どやっとした笑い顔も、最初はびっくりしたけど、今となっては癖になってしまっていた。怒っても、泣いてくれてもいい。彼の一挙一動が、彼の生き方そのものが、夜乃の色褪せた世界を鮮やかに塗り替えてしまったのだ。

 一度知ってしまったからには、もう戻れない。戻りたくない。

 彼の顔が見たい。できたら笑ってくれたらいい。

(これが恋というものなのかしら?)

 筆をおいて、高鳴る胸を抑えた夜乃は顔をあげる。
 窓の外に広がる青い空に向かって、夜乃はつぶやく。

「蒼剣様、会いたいです……」

 その言葉が、決して今は届かないとしても。
 夜になれば、きっと空にはきれいな星が浮かぶことを、今の夜乃はもう知っていたから。



 だけど、夜乃にはまだ知らないこともある。
 庭の真ん中に、箱からこぼれでたねずみの死体が捨てられていることを。

 ちょうどそのとき、妹が目薬を大量に差した目で、父におねだりしていることを。

「おとうさま……桜乃が星峰様の婚約者になっちゃだめ?」