星落としの花嫁 ~忌み子の私が血を吸うたび、高嶺の御曹司に執着される~


 ◇

「やはり、今の妖力を維持できるのは、あと三年が限界かと」

 それが、専属医術師からの残酷な診断だった。
 見せられた検査結果票には、きちんと『月影怜司』という自分の名前が記されていた。



 月影家は、代々陰陽術を生業とする旧家のひとつだった。

 代々高い妖力を持つ、元は海外の家系だった。日ノ出帝国はあやかしに対する被害が特に多い国だ。そのため数百年前に月影家の先祖が移住し、長い間人々の平穏のために務めてきた。

 だけど、ここ十数年。月影家は窮地に立たされていた。
 日ノ出帝国に根付くにつれ、当然、帝国の血が月影家に浸透していった。その結果、妖力の弱い子どもしか生まれなくなってしまったのだ。

 さらに、およそ十年前に転機が訪れた。あやかし避けの道具が安価で海外から輸入されるようになったのだ。

 貴重さゆえの費用面から、まだ手にするものはごく一部の高貴な者たちに限られている。だが、そうした道具が完全に普及されてしまえば、徐々に妖力が弱くなっている月影家の名誉など、過去の産物になってしまうだろう。

 そこで、月影家は大きな賭けに出た――後天的に妖力をあげる実験を、我が子孫たちに施しだしたのだ。
 


 そのはじめての成功作である『月影怜司』は、みずからを実験体とした医術師から診察を受けていた。あやかし討伐隊の隊員は、定期的に健康診断を受ける義務がある。長年陰陽術で国を支えてきた実績がある以上、月影家が入り込むに容易い環境だった。なにより被検体の管理にうってつけの機会なのだから。

 隊長という立場は、高い妖力があってこそだ。

 ――今の立場を維持できるのは、あと三年。

 それは怜司だけの問題ではなく、月影家全体の問題だ。
 あやかし討伐隊は全国各地にあり、かなりの要所で月影家が重鎮を務めている。だがやはり怜司が隊長を率いる帝都部隊は帝に近い位置にあるだけ、権威の度合いが違うのだ。

 その歴史と名誉の重みが、月影怜司の肩にかかっていた。
 それなのに、怜司が足取り重く、診察室を出たときだ。

「かぁーかっかっか! 星峰蒼剣の時代がきたぁああああああ!」

 隣の診察室から、もう高笑いとも呼べない高慢な叫び声が聞こえてきた。

 なんだか今は話したくなくて、怜司は慌てて部屋に戻ろうとする。だけど、次の瞬間にどたーんっと扉を開け放った蒼剣の輝く目から逃れることはできなかった。

「見ろ、月影! 俺に妖力の発現が認められたぞ!」

 無理やり押し付けられた検査結果において、蒼剣の妖力の数値は思いのほか高かった。

 数値だけで隊長を任せられるには少し及ばないが、小物ならひとりで任せてもいいほどである。実際、蒼剣は補佐役ばかりとはいえ現場にも率先して出ており、頭の回転も速く、剣術だけなら怜司に勝るとも劣らない。良くも悪くも惹き付ける人望も相まって、小隊長ならすぐにでも任せられる結果である。

(……そして功績を重ねていったあかつきには、自分の代わりに隊長の座も)

 そこまで考えたうえで、怜司は鼻で笑いながら蒼剣の検査用紙を指で弾く。

「オレのほうが高いが?」
(今はまだ、ね)

 そんな怜司の胸中を知らず、蒼剣は怜司の見せた検査結果に「なっ」とあからさまに絶句している。

(かわいいやつめ)

 蒼剣がわかりやすいのは、昔からだった。

 嬉しければ喜び、悲しければ落ち込む。
 だけど即座に上を向き、まっすぐに突き進む蒼剣は、怜司にとっていつも眩しい存在だった。

「だが、ゼロか一かは大きな違いだ! 妖力の足りない分は他で補えばいいし、もしかしたら今後増える可能性だってある!」
「それは一理あるな」

 後天的には絶対に発現しないとされていた妖力が発現したのだ。今後伸びていく可能性はもちろん誰にも否定できない。だからこそ、これからあらゆる医術師や研究者が星峰蒼剣という人材に注目していくだろう。

 ――当然、月影家も。

「だが、本当にいきなりだろう? 何か心当たりがあるのか?」
「ん? 時代が俺に追いついただけではないのか?」
「んなわけないだろうが……」

 怜司が呆れを隠さず否定すると、蒼剣があごに手を当てて思案しはじめる。

 最初は真顔だったが、すぐに顔が青くなったかと思いきや、みるみるうちに真っ赤に染まりだした。あげくに、いつでもどこでも胸を張っている蒼剣がどもりだす次第だ。

「な、なな、なんにもないぞ! 俺の努力がようやく実を結んだだけだ!」
(この反応は女だな)

 言動に問題はあれど、見た目と実績からそれなりにモテてきた男だ。だけど、少しの対話で『俺に見合う女ではない』と頑なに女との付き合いを避けてきた男でもある。討伐隊は全隊員男だらけの寮生活のため、そりゃあ女体にまつわる話で盛り上がる機会も多くあるが……そういった話のとき、蒼剣は今と同じようにいつも顔を赤くしていた。

 だとすれば、関係ありそうな女はただひとり。

 ――椿原夜乃。
 星峰蒼剣が三十回の見合いのうち、唯一関心を寄せた女である。

 怜司は小さく肩をすくめる。

「いい女とも巡り合えて、仕事でも成果を出して……幼馴染としては喜ばしい限りだ」
「ふん、成果はまだわからんだろう。妖力が上がったとて、まだあやかしを一体倒しただけの新参者だ。まあ、この星峰蒼剣なら今後の活躍も他愛もないと思うがな!」
「変なところで謙虚というか、やっぱり蒼剣だなと言うべきか」

 怜司は心からケラケラと笑う。
 幼馴染として、喜ばしいのはまぎれもない本心だ。

 幼くして母親を亡くし、少年時代の悔しい経験をバネに、父親からの無理難題を数々クリアしてきたのだ。努力の末に幸せになってもらいたいと願えないほど、怜司は人として落ちぶれていないつもりだった。

 だけど、あやかし討伐隊隊長『月影怜司』としては――。

「まあ、返してもらいたくなったら、いつでも挑んで来い」

 舌打ちを内心に留めながら、怜司は左腕に嵌めた銀の腕輪を掲げて、踵を返す。

 暗い顔など、部下には見せない。
 それは怜司の数少ない隊長としての矜持だった。

 だから怜司の黒いつぶやきは、誰にも聞こえない。

「……椿原夜乃、か」



 その後、怜司は持ちうるかぎりのすべてを使って、『椿原夜乃』について調べた。

 わかったことと言えば、椿原家の長女であること。しかし病弱のために外に出ることはほとんどないということ。そのために彼女の人柄について知る者はほとんどいないということ。現在、星峰家との見合いが進んでいるということ。

 そんなわかりきったこと以外に、古い噂話がひとつ見つかった。

 ――椿原夜乃は忌み子である、と。

「忌み子、ね……」

 あくまで、噂話だ。およそ十年前、致命傷を負ったはずの彼女があやかしの手によって生き返った光景を見た者がいるという。それから彼女が屋敷から出ることがなくなったため、そのような噂が立った時期があるらしい。

(もしも、彼女が本当に忌み子ならば……)

 その前提で考えれば、色々と辻褄が合うのだ。
 妖力とは遺伝で伝わる、先天的に備わった才能のようなもの。理由もなく、後天的に妖力があがるはずがない。それこそ、怜司のように人体実験をしなければ。

 その実験も、人間とあやかしの血を混ぜたものだと聞かされている。

 そして、月影家から隠密に取り寄せた資料によれば。
 忌み子には血を吸うときに痛みを緩和させるために、特殊な快楽物質を注入しているという。

 その物質が快楽だけでなく、妖力も与えているのだとしたら。

「この女を手に入れたら、あるいは……」

 月影怜司はひとつの推測にたどり着いた。

(オレの妖力も後天的にあげられるかもしれない)



 そうとわかれば、行動は早いに越したことはない。
 椿原夜乃の正体を知るためには、家族に接触するのが一番だ。

 彼女の趣味は人形集めで、帝都内の雑貨屋に何度か足を運べば、目的の人物と接触するのは簡単だった。そして、調査の結果わかったことは、彼女がたびたび姉を溺愛する言葉を口にしているとのこと。

 怜司は底知れない笑みを浮かべてから、物色中の少女に声をかける。

「ねぇ、おねえさんを悪い男から取り戻したくない?」

 少女はきょとんと視線をあげる。
 椿原桜乃は、まだ十二歳らしいあどけない顔をしていた。