星落としの花嫁 ~忌み子の私が血を吸うたび、高嶺の御曹司に執着される~


 桜乃はそのまま夜乃の風呂場から離れる。
 足取り軽く、通りすがりの使用人らに「おねえさまが隠れておきたいらしいの」と言いつけながら。

 ――忌み子が晩餐会なんて分不相応でしょ?
 ――もしもバレたらって怖くなってしまったんだって。
 ――桜乃、おねえさまの意志を尊重したいの。
 ――だから、晩餐会が終わるまで、みんなで隠してあげましょう!

 ――だいすきなおねえさまのために!

 そんな妹の正義感を盾に、使用人らを味方につけるなんて簡単なこと。
 だって、父親は偉そうなだけの無能だし、母親はちょっと最近頑張りだしただけの寝たきり女。

(今まで、だれが屋敷のひとたちと仲良くしていたと思っているの?)

 ひとしきり根回しを終えたあとは、お部屋に戻って人形のお洋服えらび。
 哀れでかわいそうな人形には、どんな洋服が似合うだろう?

 外では雨音がザアザアと瓦屋根を叩いている。どんどん寒くて、どんどん惨めで……男からも見捨てられたおねえさまには、どんな格好が似あうのだろう?

「これはいつ着せようかなぁ♡」

 箪笥の奥から取り出したのは、桜乃がこっそり買っていた秘蔵の服だった。

 まっしろな着物だ。唯一の特徴をあえて取り上げるなら、通常の右前でなく、あえて左前になるように縫われていることくらいの――いわゆる死に装束である。

 艶やかな黒髪に、すぐ傷の治る清らかな白い肌。そしていつもうつむいているからわかりづらいものの、目鼻立ちがくっきりした顔立ち……そんな夜乃には、きっとこんな服が一番似合うだろう。

(あぁ~ん、もう、かわいい~~♡)

 一生陽の当らない場所で、ずっとうつむいて、この服を着た夜乃の姿を想像して、桜乃がうっとりしていたときだった。

 なにやら玄関のあたりが騒がしい。どうやら来客がきたようだ。

「あらあら、早く教えてあげなくっちゃ♡」
(下手におかあさまが重い腰をあげたら面倒だもの)

 桜乃は小走りで玄関に向かう。
 玄関では、黒い外套に身を包んだ青年が父の一延と話していた。

 どうやら使用人に夜乃を探しに行かせているようだ。

(もう桜乃が手を回しているから、無駄なのに♡)

 星峰蒼剣――夜乃と見合いをしている新興貴族の成金男である。今日も黒い傘を片手に、中折れ帽子をかぶり、襟元からは赤い蝶ネクタイが見えていた。外套の下にちらりと見えるスーツは銀色なのだろうか。これからパーティーといえどなかなか奇抜な姿に「うわぁ」と思いつつも、桜乃はあえて息を切らしながら泣きそうな顔で話に入る。

「ごめんなさい……星峰様……」
「ちんちくりんか。なぜ貴様が謝罪する?」

 その呼ばれ方に、桜乃はムッとする。
 だけど、すぐに泣きの表情にもどして、桜乃は殊勝な妹を演じるだけ。

「おねえさま……やはり晩餐会には行けないって。自分には荷が重いから、桜乃に代わりに謝ってほしいって頼まれて……」
「そんな、夜乃が!?」

 姉の裏切りの発言に、いち早く反応したのは父の一延だった。
 だけど、今怒って欲しいのは父ではなく、蒼剣のほうである。

 桜乃がわざと鼻をすすりながらちらりと見上げれば、蒼剣はつりあげた口角をヒクヒクさせていた。

「俺が誘ってやったのだ。それをあいつが断るだとぉ?」

 蒼剣のうしろに、一瞬黒い靄が見えたのは気のせいだろう。
 その直後、彼は持っていた傘を投げ捨てた。 

「直接文句の一言でも言ってやらなきゃ気が済まん!」

 そして、蒼剣は父の一延を突き飛ばして、土足で玄関をあがってくる。
 一延が尻餅ついているが、それどころではない。

「椿原夜乃はどこだっ!?」

 木の目の廊下に足跡を残しながらズンズンと突き進む無礼者に対して、桜乃は指を突き付けた。 

「みんな、星峰様を止めてっ!」

 桜乃の一声に、使用人たちがわらわらと集まってくる。
 蒼剣はただの御曹司ではなく、討伐隊の一員だ。本気を出せば、使用人なんかあっというまに制圧できてしまうだろう。だけど、そのときこそ蒼剣のおわりだ。

 そんな男が、仮にも旧家の家のものを大々的に攻撃したという話が広まれば、市民を守るのが職務の討伐隊なんて除隊間違いナシ! こちらもそんな物騒な男に大事な姉を嫁がせるわけにはいかないと、正当な理由で見合いを破棄できる。

(あいつが手を出したが最後、警察を呼んでやるわ!)

 いつでも電話に走れるように、桜乃が目をギラギラさせていたときだった。
 押し寄せる使用人たちに「む」と狼狽えてた蒼剣が外套を大きく翻す。

(刀を抜くのね!)

 桜乃が悲鳴をあげようと、喜々と息を吸ったのと同時だった。

 ――バッ!
 蒼剣が懐から取り出したなにかを盛大にばら撒く。

 ハラハラと舞い落ちるものに、その場の全員が目を見開いた。

 長方形型の紙だった。しかし、ただの紙ではない。
 紙幣だ。れっきとしたお札、お金だった。

「きゃあああああああああ!」

 老若男女問わず、黄色い悲鳴が椿原家に響く。

「金だ! 金だぞ!」
「え、待って! こんな大量のお金見たことないわ!」
「もらっていいの? いいんだよな!?」

 驚く者。戸惑う者。無我夢中で何も気にしない者。
 料理当番も。洗濯当番も。御者も。門番も。

 どこからともなくあらゆる使用人らが集まってきては、延々とばら撒かれる札を拾い始める。彼らの目には『円』や『金』しか映っていない。

 唖然とする、桜乃を除いて。

(えっ?)
「ほーれほーれ、拾ったモン勝ちだぞー!」

 札束をばら撒きながら、星峰蒼剣が闊歩する。
 一瞬振り返った彼は、桜乃に向かって挑発的な笑みを浮かべた。

「ちんちくりんも覚えておけ――この世に金がきらいな大人はいない!」
(えっ?)

 いつのまにか、父である一延さえも「金だ……金だ……」と蒼剣のばら撒いたお札を大量に抱えている。この場の大人全員が蒼剣のばらまくお金に夢中なのだ。

(えっ?)

 戸惑う桜乃をよそに、蒼剣はとても気持ちよさそうに高笑いをあげていた。

「はーははははっ、誰も傷つけない、これぞ平和的な解決法っ!」
(どこがよおおおおおおおおおお!?)

 我が物顔で突き進む星峰蒼剣の足取りに迷いはない。

 桜乃は知らない。この男はすでに一度、椿原家をすぱーんすぱーんと訪問し、だいたいの間取りを把握していたということを。

 まだ椿原桜乃は十二歳。
 目の前で繰り広げられる大人たちの見苦しい光景に、ドン引くことしかできなかった。