星落としの花嫁 ~忌み子の私が血を吸うたび、高嶺の御曹司に執着される~


 それから、十二年。

 当然、優秀な息子には商売の後を継いでもらいたいと、星峰蒼剣の父親はあれやこれやと試練を与えた。海外に留学しろ、日ノ出帝国で流行るものを輸入しろ、皇帝に献上できる品を用意しろ等々。無茶だと思うような課題ばかりを用意した。

 それだけ、星峰の当主は一人息子である蒼剣を愛していた。

 亡き妻も分も愛していたからこそ、息子には成功してもらいたい。彼に商才があると誰よりも信じていたからこそ、家を継いでもらえるように、あえて様々な試練を与えた。

 だって、父親は理解していたから。

 ――星峰蒼剣には妖力がない。

 それはあやかし討伐隊として成功するための必須の能力だ。
 その力がなければあやかしは斬れない。ない者は永遠の平隊員として雑用をこなすか、市民の肉盾になるだけ。

 ただでさえ近年、討伐隊でも妖力の低下が危ぶまれている中、妖力は遺伝による影響が強いとされている。残念ながら、星峰の父親筋も、母方の親戚筋も、妖力とは無縁の家系だった。だから、唯一妖力だけが、それだけが、蒼剣が持ち合わせていない能力であるといえた。それ以外は、本当に体力も、頭脳も、美貌だって兼ね備えた子だというのに、妖力だけがなくて。

 それなのに、蒼剣は父の課題をすべてクリアしてしまったあげく、留学の片手間にしがない商家を帝に認めさせて、華族にまでしてしまった。

 もうここまできたら、父親は最後の課題を出すしかない。
 ただ息子には幸せになってもらいたい――その一心しかなかった。

『成人するまでに討伐隊で成果を残せ! できなければ即座に家を継いでもらう』
『いいだろう、この星峰蒼剣に任せておけ!』


 ※


 こうして、蒼剣は今に至る。
 たとえ、どんなに努力しようと、妖力だけ発現しなかったとしても。
 父親からすでに見込みがないことを前提に、見合いを組まれていたとしても。

 星峰蒼剣は寝る間も惜しんで鍛錬に明け暮れていた。

 うつむく前に、空を見上げて。
 当然、蒼剣の上には今夜も星空が広がっていた。

「この空を、椿原夜乃も見上げているだろうか」

 そんな気障な言葉も、蒼剣はまるで恥ずかしくない。
 だって、運命は巡る――あのとき死んだと思っていた少女が生きて再会できたのだ。

 彼女が自分の見合い相手と現れたことも。
 彼女が忌み子になっていたことも。

 すべては星の巡りあわせだとしたら、上等だ。
 蒼剣が掲げた拳を握ってみせる。まるで一番星を掴むように。

「待たせたな、椿原夜乃! おまえが俺の一番星だ!」

 そして、蒼剣が気分よく高笑いをあげたときだった。

「それを本人のいない夜に叫ぶやつがいるか」

 こつん、と。後ろから、蒼剣の頭を叩いたのは刀の柄だった。
 振り返れば、呆れ顔で鞘に収まった刀を担いだ隊長兼幼馴染の月影怜司。

 蒼剣はさして痛まない頭を擦りながら、怜司に尋ねる。

「なんだ、俺の訓練に付き合ってくれるのか?」
「今何時だと思ってるんだ? こんな夜更けにうるさいのがいると苦情が来たから、わざわざオレが注意しにきてやったんじゃないか……」

 やれやれと肩を落とした怜司の言葉に、蒼剣は悪気もなしに寄宿舎に向かって叫ぶ。

「おまえらも、寝られないなら相手になってやるぞ!」

 途端、寮の窓が一斉に開いた。罵声とともに降ってくるのは、古新聞や壊れたスリッパなど、ゴミばかりだ。

「うっせーよ!」
「おれらを寝かせろ!」
「とっとと坊ちゃんは実家に帰れ!」

 そのとき、ようやく蒼剣は隊員たちの睡眠妨害をしていたことに気づく。夜間の自主訓練は日常茶飯事だったが、今日は気合が入りすぎて、いつもより終了時間がもつれこんでいたみたいだ。

 だとしても、まだまだ蒼剣の目は冴えていたが。

「……仕方ない。部屋で椿原夜乃を落とす計画を練るか。だけど正式に関係を進めるなら、母親に挨拶する必要も――」
「寝ないなら、まず今日の報告書を書いてもらいたいんだが?」

 ブツブツと見合いに耽る蒼剣に苦言を呈すも、彼はあっさりと告げてきた。

「それならほとんどできている。朝に確認してから提出するだけだ」
「あいかわらず、こういう仕事は早いよな……」

 二人で話している光景は、ただのわがままな弟と世話焼き兄さんである。だからこそ、他の隊員たちも蒼剣の奇行はすべて隊長の怜司に丸投げしていた。怜司もなんやかんや働き者の幼馴染を無下にできないのである。

 肝心の蒼剣は自分が世話されていることにまるで気が付いていないのだが。

(ただ、彼女の体質(・・)はどうにかせんとな)

 散らかした訓練道具を片付けながら、蒼剣はただ思案する。
 忌み子のついて改めて調べる必要があるが、海外でもあやかしや忌み子と同様な悪魔という存在がある。しかし、海外でも忌み子が普通の人間に戻ったなどという話は一度も聞いたことがない。

 だけど、蒼剣は悲観していなかった。だって彼女は普通に自分と会話をし、食事を共にとり、一日デートもできたのだから。

(ステーキは美味そうに食っていたな。それも体質からくるものかもしれん)

 牛肉には良質なたんぱく質と、血液を作るのに必要な鉄分や亜鉛が豊富に含まれている。忌み子という血液を好む体質ゆえ、もしや牛肉が血液の代わりになるのではないかと今日食べさせてみたが……案の定、本人はとても嬉しそうに食べつくしていた。牛肉を食べてから体調がいいと言っていたから、その理論はあながち正しかったのだろう。

(だったら、いくらでも共存できるじゃないか)

 毎日、たくさんの肉を食べさせてやればいい。
 鉄分が多く含む果物や飲み物、なんなら薬まで、蒼剣ならいくらでも用意できる。

(そもそも血が飲みたいなら、俺がいくらでも吸わせてやれば――)

 そう考えた蒼剣は、拾いかけた鞄をどすんと落とす。
 血を吸うときの夜乃の妖艶な顔が頭に浮かんでしまったからだ。

 蒼剣はとっさにあのとき噛まれた首元を抑える。

 あのお見合いから一週間以上経つが、今も忘れられずにいた。

 押し倒されたときの、彼女の表情を。
 血を吸われたときの、痺れるような甘い感覚を。

 蒼剣はとっさに己の邪な考えを振り払う。

(俺はおかしな性癖など持っておらんぞ! あいつがいかんのだ。この星峰蒼剣を惑わす魅力を持っているから……むしろ、だからこそ俺の相手に相応しいと言えよう。俺を翻弄できるなど、あいつが忌み子だからこそだ!)

「すべてひっくるめての椿原夜乃! あいつこそ俺に見合う女だああああ!」

 あーははははっ、と、蒼剣の聡明は頭脳は証明を完了させた。

 これで何も問題なし、と再び姿勢を正した蒼剣が、自室へ帰ろうとしたときだ。

「この腕輪、返したほうがいいか? 彼女、なにか誤解してただろ?」

 急に赤面しだしたり、カチコチに動きが止まったり、頭をブンブン振ったり、高笑いをあげたりと奇行を繰り返す蒼剣の様子をじっと眺めていた怜司。

 蒼剣があまりに何事もなく立ち去ろうとするから、自身の銀の腕輪を掲げる。一方的な決闘の見返りにと預かっていたものだが、彼女が思い出の中の登場人物を勘違いしている以上、誤解は早めに解いたほうがいいだろうと考えたからだ。

 そんな兄代わりとしての善意で尋ねたにも関わらず、蒼剣がキリッと言い放った。

「断る! それは俺がおまえに勝利したときに返してもらうという約束のはずだ!」
「あいかわらず頑固なやつだなぁ……」

 ともあれ、蒼剣は一度言い出したら話を聞かない男である。
 だけど、怜司はズンズンと部屋に戻ろうとする蒼剣を優しい目で見送る。

 怜司も当然、蒼剣の事情は把握していた。この一年で成果を出さなければ、討伐隊を除隊させられることも。

 一緒に働けなくなることに寂しさを抱きつつも、蒼剣が本当に輝ける場所に戻るのは、幼馴染として、兄としては嬉しいものだ。それに加えて、惚れた女性もついてくるなら実に喜ばしい。

 近い将来に道を分かつ弟分の背中を、星明りが照らしている。
 自分は寄宿舎の影になった場所から、ずっと動けないとしても。

「おまえが除隊後も幸せになれそうでよかったよ」

 月影怜司は弟分の明るい未来に心から安堵していた――まだ、このときは。