星落としの花嫁 ~忌み子の私が血を吸うたび、高嶺の御曹司に執着される~

 路地裏のゴミ捨て場で、一匹のカラスが「カァ」と鳴く。
 だけど、星峰蒼剣を飾る後光は、こんな場に差し込むオレンジの夕暮れで十分だった。

「俺の辞書に敗北という文字はない! あのまま負けっぱなしでは星峰の名がすたるのだ! あの屈辱を撤回せぬうちは、貴様が俺に見合う女かどうかも判断つかん!」
「待って、雪辱ってなんですか!?」

 心当たりのない謂われに夜乃が叫び返すと、視線を逸らした蒼剣の顔が赤くなる。

「貴様が……俺の血を吸ったことだ……」
「あっ……」
(心当たりがありすぎた……)

 思わず、夜乃は頭を抱えてしゃがみこんだ。

 それはお見合いのとき、中庭を散策しているときに夜乃が犯してしまった失態。しばらく血を飲ませてもらってなくて、喉が渇きすぎて、たまらず忌み子の本能のまま蒼剣を襲ってしまった、あのときのこと――。

 だけど、だからこそ夜乃は疑問に思ってしまう。
 あのとき忌み子に襲われた張本人に、たまらず涙目で尋ねてしまう。

「蒼剣様は……私が怖くないんですか?」
「バカ言うな! 女の前で腑抜け面を晒すような真似は二度とせんぞ!」
「いや、そうではなくて」

 どうやら蒼剣の中では、夜乃が忌み子だったことよりも、あのときの自分の振る舞いが納得できないらしい。そのことを夜乃も理解したが……理解したからこそ、さらに疑問が浮かんだ。

「私が忌み子だってことは……わかってますよね?」
「なんの事情もない真っ当な人間がいきなり血を吸ってきたほうが理解しがたいな」
「そうですよね。ちゃんと私が真っ当な人間でないとわかってますよね?」

 ――私が人間を襲う化け物だと、わかっていますよね?

 そういう意味を込めて夜乃が確認すれば、蒼剣がムッと不機嫌をあらわにした。

「俺は討伐隊だぞ。忌み子ごときを恐れてたら仕事ができるか」
「あっ……」

 蒼剣が腰に差した刀を抜く。だけどその銀にきらめく切っ先を夜乃に向けるわけではなく、ただただ見せびらかすように構えてみせた。

「貴様が俺を害そうとした来た際は、いくらでも俺が返り討ちにしてやる。だから安心して俺を殺しにくるがいい! この星峰蒼剣に勝つ自信があるというならなっ!」

 あーははははっ、と蒼剣が高笑いをあげる。 
 夜乃がぱちくりさせながら蒼剣の刀を使ったポージングを眺めていると、彼は「さて」とあっさり刀を鞘に納めた。

「で、今日は血を吸わないのか?」
「むしろこの話の流れで吸っていいんですか?」

 夜乃が反射的に尋ねれば、蒼剣が唾を飛ばしてくる。

「この星峰蒼剣が女の前で腑抜けな顔を晒して逃げるなど、あってはならないことだ! その汚名を張らずべく、今日は貴様をデートに誘ったのだぞ!」
(あ、そういうこと?)

 どうやら夜乃を処刑するとかではなく、ただ夜乃の前でカッコつけたいとのことで誘われたデートだったようだ。その望みがどうなれば達成されるのか、夜乃にはよくわからないけれど。

 だけど、蒼剣は釦を外し、シャツから肌をはだけさせた。

「さぁ、吸え! 遠慮なく、たーんとだ!」

 怒涛の星峰蒼剣持論に、夜乃はぽかんとするしかできない。
 それなのに……夜乃の涙からは温かいひとしずくの涙がこぼれた。

(うれしい……)

 だって彼が、夜乃が忌み子であるということを受け入れてくれた、ということだから。

 そのうえで怖がることも、逃げることもなく、肌を晒してくれて。
 万が一のことがあっても、躊躇く事無く自分を斬ってくれるという。

 誰かに迷惑をかけるという憂いを負わなくていいと言ってくれている。

(このひとに、そこまでの意図があるわけではないのかもしれないけれど)
(このひとは、私にとってありがたいことだと気づいてないだろうけれど)

 だからこそ、夜乃は迷うことなく蒼剣に近づくことができて。
 シャツの上から、鍛えられた弾力のある胸に触れることができて。

 夜乃は本能からくる興奮のあまり、呼吸を抑えることができない。

(あぁ、やっぱり……このひとはなんておいしそうなの?)
「……そんなに私に飲んでもらいたいの?」
「は?」

 声がうわずり、身体がびくっとはねた蒼剣を、夜乃はたまらず押し倒す。

 壁にずりこむように座り込んだ蒼剣は呆然と夜乃を見上げるだけ。

 ぽかんと口を開いた蒼剣の胸元に自身の胸を押し付ければ、ふたりの早い鼓動がどんどん混じっていく。日焼けした首筋をひとなめすれば、もう夜乃は我慢できない。

 夜乃は赤く染まった蒼剣のあごを指先で持ち上げた。

「かわいらしい坊やね」