それから、一ヶ月以上の月日が経った。
今日は高校の文化祭の日だ。
「アヤト君。今日、ユウとパパと一緒に行くね。焼きそば楽しみにしてる」
朝食をアヤトの前に置いてくれ、優しく微笑んだ女性――父の再婚相手で、サヤカと言う。
「ユウくんも来てくれるんですか?」
「うん。絶対に行きたいって張り切ってたんだけど……まだ寝てるかな。パパも起きてこないし、二人ともそろそろ起こさなきゃ」
アヤトは父の家にお世話になっていた。
この一ヶ月以上の間、本当に色々とあったが、ほとんどのことは父が各所に相談や話をしてくれて今に至っている。
一緒に住むに当たってどうしてもサヤカの本音を聞きたかったアヤトは、サヤカともたくさん話をした。
本当はまだ心の中はモヤモヤしてることを、改めて教えてくれた。
「サヤカさん。本当に……ありがとうございます。……色々と、ごめんなさい」
「アヤト君。たくさん……お話したでしょ? やっぱり私、アヤト君のことを見捨てれないんだもの。いつでも……本当の息子になってくれたらって、今は本当にそう思ってるの」
サヤカは笑みを浮かべ、アヤトの髪を梳く。どこまでも優しい手付きだ。
「うち、遠いだろうけど……キョウヤ君も今度遊びにおいでって伝えておいてくれる?」
「あっ……はい! ありがとうございます」
「…………キョウヤ君と言えば……キョウヤ君って、お付き合いしたら素敵な彼氏になってくれそうだよね」
唐突に小声で呟かれたその言葉に体が対応しきれず、咽込んだ。サヤカは慌てた様子で水を持ってきてくれ、アヤトに手渡した。少しずつ水を飲み込み、落ち着かせる。
「ご、ごめんね……!」
「……っ、いえっ……」
「……パパは絶対気付いてないと思うけど……アヤト君とキョウヤ君がお互いを見る顔が……その、ただの友達じゃなさそうに見えちゃって……。聞くなら、二人きりの今かなって思って……」
女の勘とは上手く言ったものだと思った。あまりにも勘が鋭すぎる。もしかしたら、サヤカの言葉には軽蔑の意味合いが込められているのかもしれない。
「……サヤカさん。少し、話を聞いてくれますか?」
「……うん。もちろんだよ」
でも、もう決めたことだ。誰に何を言われようと、自分は――。
「……俺、女の子にはなれないんです。男として生きたいから。でも……好きになったのは、キョウヤ……男の子なんです。……軽蔑させてしまったら……すみません」
テーブルの下で、サヤカに気付かれないように両膝を強く握った。サヤカの顔を見ることが出来ない。
「……俺も、矛盾してるかもとは思ったんです。でも、やっぱり……男の子とか女の子とか関係無くて、俺はキョウヤが好きなんです」
目を強く閉じた。唇を噛み締め、サヤカが何かを言ってくれるのをひたすらに待った。その沈黙の時間はとにかく長く感じた。ほんの数秒だったと言うのに。
「確かに世の中は厳しいから……肯定的に受け取ってくれる人は少ないかもしれない。でも、私は…………すっごく素敵だと思う!」
サヤカは床に膝を付き、アヤトの両手をそっと握った。
目を開くと、満面の笑みを浮かべてくれたサヤカの顔が目に入った。その笑顔はとても眩しく感じた。
「私だって……パパと結婚したこと、世の中から見たら否定的な意見を持つ人の方が多いと思う。立派な恋愛では無い、って悩んだよ。でも……好きだから、しょうがないじゃんって思っちゃって。アヤト君からしたら……なんだこいつ、って思うかもしれないけど」
どこまでも優しい口調だった。その言葉はアヤトの心の中にすんなりと溶け込んでくる。
「……俺も、好きだからしょうがないじゃん。って、思ったんです……」
「……似た者同士なのかもね、私達。……ねぇ、アヤト君。私はすごく嫌な女だって、自分でも分かってるけど……」
サヤカは目線を逸らしたかと思うと、またすぐにアヤトの顔を真っ直ぐに見つめた。
「……アヤト君ともっと仲良くなりたいの。だから……たくさん、学校の話とか、キョウヤ君とのお話も聞かせてほしいな」
「…………はい。ありがとう、ございます」
「それにしても、美男カップルだね。すごくお似合いだと思う。……本当に!」
こんなに優しくされて良いのだろうか。こんなに受け入れてもらえて、本当に良いのだろうか。
このままこの人の息子になる道もあるのかもしれない。その方が、幸せなのかもしれない。
だけどアヤトは――今日も母親からのメッセージを待ち続けている。
◇◇◇
「おはよう。アヤト」
「キョウヤ! 毎朝ごめんね」
「俺が早く会いたいから良いの」
父は毎朝車で学校まで送ると張り切っていたのだが、父も仕事があるためアヤトは電車で通学していた。一時間程度のため、そんなに苦というほどでもない。
「今日、お父さんとサヤカさんとユウ君が来てくれるみたい。キョウヤにも会いたいってサヤカさんが言ってて、お父さんもキョウヤに会うの楽しみにしてた」
「かの有名な『息子さんを僕にください』イベントが発生しちゃうかも……緊張するね」
「……突っ込みにくい!」
二人で通学路を歩くが、ここ最近めっきりとアヤトは危険な目に遭うことは無くなっていた。
「ねえ、キョウヤ。俺にはもう……幽霊って、寄り付いてきてないの?」
「特には何も憑いてないように見えるかな。でも……」
キョウヤはアヤトの顔の前で、自分の手のひらを強く握った。そしてすぐにアヤトに向かって手のひらを開く。
もう幽霊の姿を見ることが無くなったアヤトには、キョウヤがただ目の前で手を握って開いただけにしか見えなかった。しかし、何かがそこにいたのだろうと察するのは簡単だった。
「生き霊とか関係無く、アヤトって元々好かれやすい体質みたい。前ほど変なことは起きないだろうけど、困ったね」
あの日の胃の中を掻き回されるかのような感覚と、震え上がる寒気はずっと忘れられない。
今キョウヤの目には何が映っていたのだろう。彼は、また今日もあの光景を目の当たりにして生きていくんだ。それはどんなに過酷なことか。
「……ありがとう、キョウヤ」
「そんな顔しなくて良いよ。大丈夫。……俺がずっと、守っていくんだからさ」
「俺は大丈夫なんだけど……あの光景、一回見ただけでも辛かったのに……」
「あ。俺の心配してくれてるんだ。ありがと。俺は全然平気だけど……そんな優しいところも好きだよ」
キョウヤは辺りを少し見渡すと、そのままアヤトの頬に唇を軽く付けた。五秒ほど間が開いた後、アヤトの顔がみるみる赤くなっていく。
「……本気で心配してるの!」
「俺も本気で言ったんだけどな。……でも、本当に大丈夫だよ。これからは尚更ね。合法的にアヤトに触れるから、癒してもらえるし」
「合法的って」
苦笑を浮かべた瞬間、二人の間を風が通った。
季節が変わったと言えども、吹く風はまだまだ温い。ちょうどいい気温の時期なんて一瞬のうちに過ぎ去り、あっという間に寒くなるんだろう。
「そういえば……お母さんは、特に変わりは無い?」
「無いよ。まだ、話したくないみたい」
「……そ。まぁ、アヤトのことは俺が寂しくさせないから安心してよ」
そうやって、時間はあっという間に過ぎて行く。これから先の人生がどうなるかなんて、まだ分からない。
「ありがとう。……ねえ、キョウヤ」
「ん?」
「……大好きだよ」
それでも、どの未来を選んでもキョウヤが一緒に居てくれるなら、どこに辿り着いてもきっと大丈夫。
そう信じている。
「俺も、大好きだよ」
――アヤトのポケットの中から、メッセージの受信音が鳴った。
今日は高校の文化祭の日だ。
「アヤト君。今日、ユウとパパと一緒に行くね。焼きそば楽しみにしてる」
朝食をアヤトの前に置いてくれ、優しく微笑んだ女性――父の再婚相手で、サヤカと言う。
「ユウくんも来てくれるんですか?」
「うん。絶対に行きたいって張り切ってたんだけど……まだ寝てるかな。パパも起きてこないし、二人ともそろそろ起こさなきゃ」
アヤトは父の家にお世話になっていた。
この一ヶ月以上の間、本当に色々とあったが、ほとんどのことは父が各所に相談や話をしてくれて今に至っている。
一緒に住むに当たってどうしてもサヤカの本音を聞きたかったアヤトは、サヤカともたくさん話をした。
本当はまだ心の中はモヤモヤしてることを、改めて教えてくれた。
「サヤカさん。本当に……ありがとうございます。……色々と、ごめんなさい」
「アヤト君。たくさん……お話したでしょ? やっぱり私、アヤト君のことを見捨てれないんだもの。いつでも……本当の息子になってくれたらって、今は本当にそう思ってるの」
サヤカは笑みを浮かべ、アヤトの髪を梳く。どこまでも優しい手付きだ。
「うち、遠いだろうけど……キョウヤ君も今度遊びにおいでって伝えておいてくれる?」
「あっ……はい! ありがとうございます」
「…………キョウヤ君と言えば……キョウヤ君って、お付き合いしたら素敵な彼氏になってくれそうだよね」
唐突に小声で呟かれたその言葉に体が対応しきれず、咽込んだ。サヤカは慌てた様子で水を持ってきてくれ、アヤトに手渡した。少しずつ水を飲み込み、落ち着かせる。
「ご、ごめんね……!」
「……っ、いえっ……」
「……パパは絶対気付いてないと思うけど……アヤト君とキョウヤ君がお互いを見る顔が……その、ただの友達じゃなさそうに見えちゃって……。聞くなら、二人きりの今かなって思って……」
女の勘とは上手く言ったものだと思った。あまりにも勘が鋭すぎる。もしかしたら、サヤカの言葉には軽蔑の意味合いが込められているのかもしれない。
「……サヤカさん。少し、話を聞いてくれますか?」
「……うん。もちろんだよ」
でも、もう決めたことだ。誰に何を言われようと、自分は――。
「……俺、女の子にはなれないんです。男として生きたいから。でも……好きになったのは、キョウヤ……男の子なんです。……軽蔑させてしまったら……すみません」
テーブルの下で、サヤカに気付かれないように両膝を強く握った。サヤカの顔を見ることが出来ない。
「……俺も、矛盾してるかもとは思ったんです。でも、やっぱり……男の子とか女の子とか関係無くて、俺はキョウヤが好きなんです」
目を強く閉じた。唇を噛み締め、サヤカが何かを言ってくれるのをひたすらに待った。その沈黙の時間はとにかく長く感じた。ほんの数秒だったと言うのに。
「確かに世の中は厳しいから……肯定的に受け取ってくれる人は少ないかもしれない。でも、私は…………すっごく素敵だと思う!」
サヤカは床に膝を付き、アヤトの両手をそっと握った。
目を開くと、満面の笑みを浮かべてくれたサヤカの顔が目に入った。その笑顔はとても眩しく感じた。
「私だって……パパと結婚したこと、世の中から見たら否定的な意見を持つ人の方が多いと思う。立派な恋愛では無い、って悩んだよ。でも……好きだから、しょうがないじゃんって思っちゃって。アヤト君からしたら……なんだこいつ、って思うかもしれないけど」
どこまでも優しい口調だった。その言葉はアヤトの心の中にすんなりと溶け込んでくる。
「……俺も、好きだからしょうがないじゃん。って、思ったんです……」
「……似た者同士なのかもね、私達。……ねぇ、アヤト君。私はすごく嫌な女だって、自分でも分かってるけど……」
サヤカは目線を逸らしたかと思うと、またすぐにアヤトの顔を真っ直ぐに見つめた。
「……アヤト君ともっと仲良くなりたいの。だから……たくさん、学校の話とか、キョウヤ君とのお話も聞かせてほしいな」
「…………はい。ありがとう、ございます」
「それにしても、美男カップルだね。すごくお似合いだと思う。……本当に!」
こんなに優しくされて良いのだろうか。こんなに受け入れてもらえて、本当に良いのだろうか。
このままこの人の息子になる道もあるのかもしれない。その方が、幸せなのかもしれない。
だけどアヤトは――今日も母親からのメッセージを待ち続けている。
◇◇◇
「おはよう。アヤト」
「キョウヤ! 毎朝ごめんね」
「俺が早く会いたいから良いの」
父は毎朝車で学校まで送ると張り切っていたのだが、父も仕事があるためアヤトは電車で通学していた。一時間程度のため、そんなに苦というほどでもない。
「今日、お父さんとサヤカさんとユウ君が来てくれるみたい。キョウヤにも会いたいってサヤカさんが言ってて、お父さんもキョウヤに会うの楽しみにしてた」
「かの有名な『息子さんを僕にください』イベントが発生しちゃうかも……緊張するね」
「……突っ込みにくい!」
二人で通学路を歩くが、ここ最近めっきりとアヤトは危険な目に遭うことは無くなっていた。
「ねえ、キョウヤ。俺にはもう……幽霊って、寄り付いてきてないの?」
「特には何も憑いてないように見えるかな。でも……」
キョウヤはアヤトの顔の前で、自分の手のひらを強く握った。そしてすぐにアヤトに向かって手のひらを開く。
もう幽霊の姿を見ることが無くなったアヤトには、キョウヤがただ目の前で手を握って開いただけにしか見えなかった。しかし、何かがそこにいたのだろうと察するのは簡単だった。
「生き霊とか関係無く、アヤトって元々好かれやすい体質みたい。前ほど変なことは起きないだろうけど、困ったね」
あの日の胃の中を掻き回されるかのような感覚と、震え上がる寒気はずっと忘れられない。
今キョウヤの目には何が映っていたのだろう。彼は、また今日もあの光景を目の当たりにして生きていくんだ。それはどんなに過酷なことか。
「……ありがとう、キョウヤ」
「そんな顔しなくて良いよ。大丈夫。……俺がずっと、守っていくんだからさ」
「俺は大丈夫なんだけど……あの光景、一回見ただけでも辛かったのに……」
「あ。俺の心配してくれてるんだ。ありがと。俺は全然平気だけど……そんな優しいところも好きだよ」
キョウヤは辺りを少し見渡すと、そのままアヤトの頬に唇を軽く付けた。五秒ほど間が開いた後、アヤトの顔がみるみる赤くなっていく。
「……本気で心配してるの!」
「俺も本気で言ったんだけどな。……でも、本当に大丈夫だよ。これからは尚更ね。合法的にアヤトに触れるから、癒してもらえるし」
「合法的って」
苦笑を浮かべた瞬間、二人の間を風が通った。
季節が変わったと言えども、吹く風はまだまだ温い。ちょうどいい気温の時期なんて一瞬のうちに過ぎ去り、あっという間に寒くなるんだろう。
「そういえば……お母さんは、特に変わりは無い?」
「無いよ。まだ、話したくないみたい」
「……そ。まぁ、アヤトのことは俺が寂しくさせないから安心してよ」
そうやって、時間はあっという間に過ぎて行く。これから先の人生がどうなるかなんて、まだ分からない。
「ありがとう。……ねえ、キョウヤ」
「ん?」
「……大好きだよ」
それでも、どの未来を選んでもキョウヤが一緒に居てくれるなら、どこに辿り着いてもきっと大丈夫。
そう信じている。
「俺も、大好きだよ」
――アヤトのポケットの中から、メッセージの受信音が鳴った。
