あやかし瞳の花嫁

 翌日は朝から大忙しで、屋敷じゅうが慌ただしかった。
 厨ではたくさんの料理が作られ、式神たちは右へ左へと駆けずり回って祝言の準備に余念がない。

 遠羽はといえば、木蓮を筆頭に何人もの式神に取り囲まれて、もはや着せ替え人形状態だった。
 部屋じゅうに広げられた色とりどりの打掛やら帯やら装飾品の数々を、木蓮たちがああでもないこうでもないと遠羽に合わせていく。

 ようやく決まったかと思えば、今度は髪飾りをどうするかで揉め始める始末である。
 だが肩口で短く整えてもらった髪は結い上げるには長さが足りない。だから髪飾りはいらないと言えば、いっせいに「ダメです!!」と凄まれてしまったので、遠羽はもうなにも言えずにされるがままになっているしかなかった。

 そうこうしているうちに木蓮たちの手によって化粧を施され、髪を結われて色打掛を着付けられる。
 慣れない格好に四苦八苦しながらも、遠羽は連れられるがままに広間へと足を運んだ。

「お待たせしました……」
「おう、見違えたな」

 そこにはすでに大礼服をまとった燐が待っていて、おもわず遠羽は息をするのも忘れて見惚れてしまった。
 いつもと違う装いで雰囲気が違うのは燐も同じこと。
 その姿が新鮮で、あまりにも彼に似合いすぎていて、端麗な顔立ちと毅然としたたたずまいをさらに際立たせている。

「……遠羽」
「っ……!」

 短く声をかけられて、遠羽はハッと我に返った。
 微笑みを浮かべた燐が隣の座布団をぽんぽんと軽く叩いて、遠羽に座るように促していた。

「遠羽様、さあ、参りましょう」

 木蓮に付き添われて、遠羽はゆっくりと座布団に腰を下ろした。
 広間にはすでに屋敷じゅうの式神が集まっていて、期待に満ちたまなざしで遠羽を見つめている。

 参列者に互いの親族はおらず式神だけ。
 だから畏まった手順に囚われなくてもいいと、形式だけの三献の儀がおこなわれた。

「っし、それじゃあ、あとは好きなだけ楽しめ」

 燐の言葉を合図に、厳かな雰囲気に包まれていた広間はあっという間に宴の席に変貌を遂げる。
 長い座卓にはたくさんの料理が所狭しと並べられ、遠羽と燐の前にも豪華な膳が運ばれてきた。

「式神ってのは食べなくてもまあ支障はねぇけどな、こういう時は楽しんだもん勝ちだ」

 そう言って燐は、手酌で注いだ盃をくいっと煽った。

(楽しんだ者勝ち……)

 遠羽は広間を見渡し、誰もが豪快に笑って表情を崩していることに気がついた。

(みんな、すごく楽しそう……)

 今まで心から楽しいと思ったことがあっただろうか。
 いつもなにをするにも継母や異母妹(いもうと)の目を気にして、楽しいと思うことさえ悪いことのような気がしていた。

 だがここに彼女たちはいない。悪意を向けられることも咎められることもない。
 昨日、燐に言われたことを思い出して、遠羽はそっと盃を手に取った。

(わたし……変わりたい……ここにいても、恥ずかしくないくらいに……)

 なんの因果か燐と出会い、たった三日で怒涛のように屋敷に迎えられ、今こうして花嫁として彼の隣にいる。
 だけれど自分が彼にふさわしいとは思えなくて、ここにいることが場違いな気がして。

(わたしにも、燐さんのお役に立てるかな……)

 盃の水面に映る自分の姿を見つめて、きゅっと唇を引き結んだ。

 変わるなら今しかない。

 遠羽は小さな決意を胸に盃を近づけた。

「お前は水にしとけ」

 盃に唇がつく前に、燐の手が伸びて行動を遮る。そのまま手の中に盃を取り上げられてしまって、遠羽はおもわず苦笑した。
 出鼻をくじかれた形にはなったが決意が揺らぐことはなく、遠羽は素直に水の入ったコップを受け取る。

「おヨメさま、おヨメさま!」
「ごあいさつ! ごあいさつに来たの!」

 きゃっきゃと跳ねる小さな式神を引き連れて、木蓮がすっと前に膝をつく。
 すると、それまで騒がしかった広間が水を打ったように静まり返った。

「遠羽様、燐様、改めまして、お二人の新たな門出を心よりお慶び申し上げます。ワタシども一同、今後もどうぞ末永くお仕えさせてくださいませ」

 木蓮が(こうべ)を垂れると同時に、うしろに列座する式神たちもいっせいにひれ伏した。
 その圧に一瞬身を引いた遠羽だったが、たった今しがた変わる決意をしたばかり。
 遠羽は居住まいを正すと、三つ指をついて腰を折った。

「わたしのほうこそ……数ならぬ身ではありますが、よろしくお願いいたします」

 それからどちらからともなく顔を上げて微笑み合うと、広間は再び喧騒を取り戻していた。
 飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎを、小鬼たちも一緒になって楽しんでいるらしい。

「遠羽、どうした? 水で酔っちまったか?」

 ほんのりと頬を上気させる遠羽の顔を横から覗き込んだ燐が言う。
 遠羽は気恥ずかしさにわずかに顎を引いた。

「いえ……あの……」
「ん?」
「……や、その……」
「遠慮すんな。思ったことを口に出せばいい」

 今まで誰も、遠羽の声を聞こうとはしてくれなかった。
 だが燐は、どんなに小さな変化でも拾ってくれて、遠羽が話すのを待ってくれる。
 耳を傾けてくれる燐の声が優しく響いて、遠羽の心に寄り添おうとしてくれる。

(燐さんは、わたしの話、ちゃんと聞いてくれる……)

 自分の声が誰かに届くのが、こんなにもうれしいことだなんて思わなかった。
 黙ったままの遠羽を急かすでもなく、燐はただ頭に乗せた手をふんわりと弾ませた。

「……こんなに……」
「ん?」
「にぎやかなのは、初めてで……」
「楽しいか?」
「はい……! とても」

 とたんに顔をほころばせた遠羽の横顔に、燐も満足そうに目尻を下げた。

「ならいい」

 ただひと言そうこぼして、燐は再び盃を煽って息をついた。