「おヨメさまだあ!」
「おヨメさま! おヨメさまがいらっしゃった!」
咄嗟のことに身構える余裕もなく、わらわらと集まった子どもたちに取り囲まれてしまった。
予想外のことにうろたえる遠羽は、同時に困惑もしていた。
というのも、周囲に群がる子どもたちはみな、短くふわふわの尻尾と獣の耳が生えている。
「え、えっと……たぬ、き……?」
「これお前たち、尻尾が出てますよ。おヨメさまに失礼でしょう?」
「やばっ!」
「いっけね!」
ゆったりとした口調にたしなめられて、子どもたちは「んむっ」と唇を引き結んで体に力を入れた。とたんに、獣の耳と尻尾がポンッと消える。
(あやかし……?)
「驚かせてしまいましたね。申し訳ありません、遠羽様」
名を呼ばれて顔を上げれば、やわらかい雰囲気の女性が笑みを浮かべていた。
少々つり目がちなまなざしを弓なりにして、女性はわずかに腰を折る。
「ようこそおいでくださいました。ワタシは木蓮と申します」
「あ……遠羽です。よろしくお願いします」
「ああ、いけません遠羽様。頭をお上げください。この屋敷におりますは、すべて燐様の式神でございます。遠羽様は奥方様になられるのですから、そのようなことは」
式神、と聞いて、遠羽はおもわず燐を見た。
「俺も大概、人嫌いなんでな」
吐息だけで小さく笑った燐の視線につられて、ぐるりと周囲を見回す。
すると、人の形をとっていたモノたちが変化を解いて見せてくれた。
にっこりと笑った木蓮のひたいからは、小さな角が二本ほど先端を覗かせていた。
「木蓮さん、は……鬼? ですか?」
「ええ。この子たちはご覧のとおり狸でございます。お迎えにあがりました馬車の御者は狐。庭の池には河童もおりますので、あとでご案内しましょう」
順番に説明をしてくれる木蓮に声に合わせて、式神たちが自分のことだと遠くから手を振ってくれる。そのたびに一人ひとりに小さく頭を下げながら、遠羽は式神たちの霊力に圧倒されていた。
(これだけの数を使役できるなんて……旦那様って……)
もしかして本当にすごい人に嫁いでしまったのではと、遠羽は内心冷や汗をかいた。
(やっぱり、わたしなんかじゃ……)
「わあ! おヨメさまの瞳、とってもきれい!」
「ほんとだあ!」
「おヨメさま! こっち向いて!」
わずかに視線を落とした遠羽の足元で、子どもたちが声を上げた。
大きなまんまるの目に見つめられて、遠羽は一瞬たじろぐ。
こんなにも近くでたくさんの視線にさらされることに慣れていない。
ましてや今は、あやかし瞳を隠してくれる面もないのだ。
そのことに気がついて、遠羽は一気に血の気が引く思いがした。
「だ、旦那様……! 面っ、面を……返してください……!」
遠羽は咄嗟に着物の袖で顔を隠すと、燐の袖口を引っ張った。
「お願いです……! 面を……」
「まずは、面をしないことに慣れねぇとな」
すがる思いで必死に訴える遠羽の頭に、ふんわりとぬくもりが降ってくる。
それが燐の手だと理解する前に、引き寄せられた頭がぽすりと彼の肩口に納まった。
「っ……!?」
「おら、お前ら! 遠羽を怖がらせるんじゃねぇ。散れ散れ!」
頭上から聞こえた燐の声に、集まった式神たちがぞろぞろと持ち場に戻っていく気配がする。
だが遠羽はそんなことよりも、前ぶれもなく接近した燐との距離感に息を止めていた。
(近い……! 近いです……!)
一気に血の気が戻った顔が熱い。
心臓の鼓動が恐怖や緊張とは違った高鳴りで脈打っていて、どうしていいかわからない。
硬直する遠羽の胸のうちを知ってか知らずか。燐は少しばかり身を離すと、袖で顔を隠したままの遠羽の手を取った。
「そんなに広いわけじゃねぇが、迷子になられても困るからな。まあそん時は、あいつらを呼べば誰か来るだろ」
歩き出した燐が「全員来そうだけどな」と苦笑する。
椛山の家にくらべれば十分広いですと思いながらも、遠羽は案内されるがままに屋敷の中をめぐった。
屋敷にはたくさんの式神がいるはずなのに、どの部屋にも生活感はあまりない。
人間の営みを必要としない彼らからすればそれは当たり前のことで、普段使われている部屋は居間と厨、あとは燐の部屋くらいだった。
ずんずんと廊下を進む燐に必死について行き、遠羽はなんとか主要な部屋の位置関係を頭に入れる。
(慣れるまで、迷子になりそう……)
早く慣れないと、と思いながら、遠羽は足を止めた燐に倣った。
庭に面した廊下には心地よい日差しとそよ風が流れていて、外からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。
「ここがお前の部屋だ。荷物は……もう届いてるな」
言葉と同時に静かに開けられた襖の先には、開放的な空間が広がっていた。
「念のため小鬼たちにお前の荷物がどれか聞いてから持ってこさせたが、なにか足りないものがあれば言え。すぐに取りに行く」
遠羽に気づいた小鬼たちが、得意げな顔をして胸を張っていた。
すぐそばで一緒に遊んでいたらしい猫又も、尻尾を揺らして遠羽を見つめている。
(わたしの、部屋……)
新調されたらしい大きな箪笥や鏡台が目を引き、張り替えられた畳のにおいが鼻腔をくすぐる。
みすぼらしい納屋での暮らしが嘘のように、そこには当たり前の生活が用意されていた。
だが遠羽の表情は浮かない。
うれしいはずなのに、感謝しかないのに、素直によろこべない自分がいる。
(わたしなんかに、こんなに良くしてもらう理由なんてないのに……)
「遠羽? どうした。気に入らなかったか?」
黙りこくってしまった遠羽を不審に思ってか、燐がそっと彼女の様子をうかがう。
うつむき加減で視線を落としていた遠羽は、勢いよく顔を上げて燐を見遣った。
「おヨメさま! おヨメさまがいらっしゃった!」
咄嗟のことに身構える余裕もなく、わらわらと集まった子どもたちに取り囲まれてしまった。
予想外のことにうろたえる遠羽は、同時に困惑もしていた。
というのも、周囲に群がる子どもたちはみな、短くふわふわの尻尾と獣の耳が生えている。
「え、えっと……たぬ、き……?」
「これお前たち、尻尾が出てますよ。おヨメさまに失礼でしょう?」
「やばっ!」
「いっけね!」
ゆったりとした口調にたしなめられて、子どもたちは「んむっ」と唇を引き結んで体に力を入れた。とたんに、獣の耳と尻尾がポンッと消える。
(あやかし……?)
「驚かせてしまいましたね。申し訳ありません、遠羽様」
名を呼ばれて顔を上げれば、やわらかい雰囲気の女性が笑みを浮かべていた。
少々つり目がちなまなざしを弓なりにして、女性はわずかに腰を折る。
「ようこそおいでくださいました。ワタシは木蓮と申します」
「あ……遠羽です。よろしくお願いします」
「ああ、いけません遠羽様。頭をお上げください。この屋敷におりますは、すべて燐様の式神でございます。遠羽様は奥方様になられるのですから、そのようなことは」
式神、と聞いて、遠羽はおもわず燐を見た。
「俺も大概、人嫌いなんでな」
吐息だけで小さく笑った燐の視線につられて、ぐるりと周囲を見回す。
すると、人の形をとっていたモノたちが変化を解いて見せてくれた。
にっこりと笑った木蓮のひたいからは、小さな角が二本ほど先端を覗かせていた。
「木蓮さん、は……鬼? ですか?」
「ええ。この子たちはご覧のとおり狸でございます。お迎えにあがりました馬車の御者は狐。庭の池には河童もおりますので、あとでご案内しましょう」
順番に説明をしてくれる木蓮に声に合わせて、式神たちが自分のことだと遠くから手を振ってくれる。そのたびに一人ひとりに小さく頭を下げながら、遠羽は式神たちの霊力に圧倒されていた。
(これだけの数を使役できるなんて……旦那様って……)
もしかして本当にすごい人に嫁いでしまったのではと、遠羽は内心冷や汗をかいた。
(やっぱり、わたしなんかじゃ……)
「わあ! おヨメさまの瞳、とってもきれい!」
「ほんとだあ!」
「おヨメさま! こっち向いて!」
わずかに視線を落とした遠羽の足元で、子どもたちが声を上げた。
大きなまんまるの目に見つめられて、遠羽は一瞬たじろぐ。
こんなにも近くでたくさんの視線にさらされることに慣れていない。
ましてや今は、あやかし瞳を隠してくれる面もないのだ。
そのことに気がついて、遠羽は一気に血の気が引く思いがした。
「だ、旦那様……! 面っ、面を……返してください……!」
遠羽は咄嗟に着物の袖で顔を隠すと、燐の袖口を引っ張った。
「お願いです……! 面を……」
「まずは、面をしないことに慣れねぇとな」
すがる思いで必死に訴える遠羽の頭に、ふんわりとぬくもりが降ってくる。
それが燐の手だと理解する前に、引き寄せられた頭がぽすりと彼の肩口に納まった。
「っ……!?」
「おら、お前ら! 遠羽を怖がらせるんじゃねぇ。散れ散れ!」
頭上から聞こえた燐の声に、集まった式神たちがぞろぞろと持ち場に戻っていく気配がする。
だが遠羽はそんなことよりも、前ぶれもなく接近した燐との距離感に息を止めていた。
(近い……! 近いです……!)
一気に血の気が戻った顔が熱い。
心臓の鼓動が恐怖や緊張とは違った高鳴りで脈打っていて、どうしていいかわからない。
硬直する遠羽の胸のうちを知ってか知らずか。燐は少しばかり身を離すと、袖で顔を隠したままの遠羽の手を取った。
「そんなに広いわけじゃねぇが、迷子になられても困るからな。まあそん時は、あいつらを呼べば誰か来るだろ」
歩き出した燐が「全員来そうだけどな」と苦笑する。
椛山の家にくらべれば十分広いですと思いながらも、遠羽は案内されるがままに屋敷の中をめぐった。
屋敷にはたくさんの式神がいるはずなのに、どの部屋にも生活感はあまりない。
人間の営みを必要としない彼らからすればそれは当たり前のことで、普段使われている部屋は居間と厨、あとは燐の部屋くらいだった。
ずんずんと廊下を進む燐に必死について行き、遠羽はなんとか主要な部屋の位置関係を頭に入れる。
(慣れるまで、迷子になりそう……)
早く慣れないと、と思いながら、遠羽は足を止めた燐に倣った。
庭に面した廊下には心地よい日差しとそよ風が流れていて、外からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。
「ここがお前の部屋だ。荷物は……もう届いてるな」
言葉と同時に静かに開けられた襖の先には、開放的な空間が広がっていた。
「念のため小鬼たちにお前の荷物がどれか聞いてから持ってこさせたが、なにか足りないものがあれば言え。すぐに取りに行く」
遠羽に気づいた小鬼たちが、得意げな顔をして胸を張っていた。
すぐそばで一緒に遊んでいたらしい猫又も、尻尾を揺らして遠羽を見つめている。
(わたしの、部屋……)
新調されたらしい大きな箪笥や鏡台が目を引き、張り替えられた畳のにおいが鼻腔をくすぐる。
みすぼらしい納屋での暮らしが嘘のように、そこには当たり前の生活が用意されていた。
だが遠羽の表情は浮かない。
うれしいはずなのに、感謝しかないのに、素直によろこべない自分がいる。
(わたしなんかに、こんなに良くしてもらう理由なんてないのに……)
「遠羽? どうした。気に入らなかったか?」
黙りこくってしまった遠羽を不審に思ってか、燐がそっと彼女の様子をうかがう。
うつむき加減で視線を落としていた遠羽は、勢いよく顔を上げて燐を見遣った。
