君に捧げる魔法のレシピ〜さえない動画配信者の僕が、クラスの王子様的男子に恋をした結果〜

 クスクスと笑いながら僕が聞くと、彼はまた大きく瞳を見開いて。それからびっくりするくらい無邪気に笑い、僕に思いっきり抱きついた。

「まじで!? めちゃくちゃうれしい! ありがと、佐藤!」

「ちょっと、大路君!? 近い、近すぎるから!」

 パーソナルスペースの感覚が、完全にバグっているとしか思えない。
 地味平凡陰キャな僕には、あり得ない距離感だ。
 想像以上に大喜びをされ、再び少し戸惑った。

「ごめん……。よく言われる」

 あわてて僕から体を離し、しゅんとうなだれるその表情は、黄金色の髪と相まって、完全にゴールデンレトリバーにしか見えない。
 そんな彼の表情もやっぱりこれまで目にしたことがなかったから、つい苦笑した。
 
 ちょっと早まったような気がしないでもないが、これだけ期待してくれているのだ。
 スイーツの魔法使い りとるの底力、とくと見せてやろうじゃないか!

 これまでは手作りのお菓子なんて身内と太陽にしか食べてもらったことがなかったから、自然と気合が入ってしまったのも当然のことといえよう。

「怒ったわけじゃないよ。今度から気を付けてくれたら、それでいいから」

 ホッとしたように、僕を見下ろしたまま笑う大路くん。
 やっぱりこんなのは、叱られたばかりの大型犬としか思えない。

「なにか、リクエストとかある? 特になければ、お任せになるけど」

 すると彼は、かつて見たことがないくらい真剣な表情で考え込んでしまった。
 リクエストするスイーツに、こんなにも頭を悩ませるとか。……ちょっと、かわいいかも。

 そして、数秒後。彼は満面の笑み浮かべ、答えた。

「シュークリーム! シュークリームで、お願いします!」

***

 材料調達のために立ち寄ることにした、スーパー中西。
 ここは幼なじみの太陽の実家でもあるから、いつも贔屓にさせてもらっている。

 ちょうど帰宅途中だった太陽と遭遇したから、一緒に並んで彼の自宅兼店舗へと向かった。

 その際に今日彼にクッキーを手渡したあとの大路君とのやりとりを話したら、たいそう驚かれてしまった。
 
「まじか……。なんか、意外だな」

「うん、僕もびっくりしてる。大路君って、あんなに話しやすいやつだったんだね」

 クスクスと笑って答えたら、太陽に苦笑された。

「んー……、そっちはそうでもないかも。むしろ、理人。お前のほうの話だよ」

 その言葉の意味がいまいちよく分からず、思わず首を傾げた。

「人見知りのお前が、自分からそんな提案をするなんて。……天変地異の、前触れか?」

 ふざけた調子でいわれ、むっとして自然と唇がとがった。

「天変地異の、前触れって……。たしかに僕は人見知りだし、地味陰キャのコミュ障だよ? だけどそれはさすがに、ちょっと失礼なんじゃない!?」

「そこまでは、言ってねぇよ! けどまぁ、ちょっと安心したかも。お前クラスに、まだあんま馴染めてないみたいだったからさ」

 突然そんなふうに優しい言葉をかけられたものだから、途端に怒りの矛先を失ってしまった。

「まぁ、いいんじゃないか? これがきっかけで、大路と友だちになれたらいいな」

「そういうつもりじゃ、なかったんだけど。……でも彼と、仲良くなれたらいいなぁ」

 それは僕の、素直な気持ちだった。

「でもさ、理人。いくらあいつと仲良くなっても、スイーツの魔法使い りとるの試食人は、この俺だから。そこんとこ、忘れんなよ!」

 本当に、欲望に忠実なやつだ。だけどそれだけ僕の作るスイーツを愛してくれているというのは、本当にありがたいし嬉しい。

「もちろんだよ! たぶん彼とこんなやりとりをするのは、今回限りのことだと思うしね」

 そう。この時の僕は、本気でそう信じていたのだ。
 ……なのに手作りのシュークリームのせいで、うっかり彼の胃袋を掴んでしまうこととなる。

***

 その翌日。教室内でクラスメイトたちに囲まれていた大路君の姿を登校してすぐに見つけたけれど、中々声を掛けられない情けない僕。

 だけどすぐに彼はそれに気付き、満面の笑みを浮かべて軽く手を振ってくれた。

「おはよ、佐藤」

 席を立ち、僕のほうに向かい歩いてくる大路君。
 窓から差し込む朝の光を浴びて軽く手を挙げる彼の姿は、まるで青春ドラマのワンシーンみたいだ。

 正直めちゃくちゃドキドキしたし緊張もしていたから、それを誤魔化そうとして口を開いた結果。
 情けないことに僕はコミュ障丸出しの、早口になってしまった。

「おはよう、大路君。これ、母さんから預かってきたから。保冷剤も、入れてあるから。お昼休みにでも食べてね、それじゃあ!」

 あまりにも恥ずかしくて情けなくて、保冷剤とシュークリームの入ったお弁当用の袋だけ手渡すと、さっさと撤収することにした。
 だけど彼は僕の手首を掴み、それを許してはくれなかった。