魔王、勇者の息子になる

 「ユウ、今日はお前の稽古をつけてやる」

 食事を終えた後、俺は勇者と一緒に外へ出て、木剣を握っていた。

 なぜ魔王が勇者に剣術を教わらないとならないのだ? 
 と思ったが、これは勇者のことを知る絶好のチャンス。
 勇者の弱点、勇者の戦いの癖を見つけて、勇者討伐に活かそうではないか。
 ということで、俺は剣術講座に付き合うことにした。

 「まずお前に剣を教える前に……一つお前に教えたいことがある」
 「なんだそれは?」
 「まぁ……その、あれだ。死ぬっていうのは、怖いってことだ」
 「……!」

 その瞬間、勇者アランから殺意が滲み出た。
 やつは無言で踏み込んで、突っ込む。斬りかかろうと持っていた木剣を振り上げた。
 脳裏に蘇る。勇者に斬られた、あの苦い記憶が。
 しかし俺はこのままやられる俺ではない。
 見た目は子供だが、魔王だ。二度も勇者に負けてたまるか。

 「……!」

 振り下ろされた木剣を、俺は受け止めた。
 勇者にとって想定外だったのだろう、驚きが顔に出ていた。
 次はこちらの番だ。

 「――火弾(ファイア)

 唱えた瞬間、身体が熱くなる。特に両手が熱い。
 だが成功だ。この身体になって初めて魔法を使ったが無事成功だ。
 隙だらけの勇者に向かって左手を向ける。手のひらから大きな火の玉が生まれ、前方へと飛んでいった。さすがの勇者も身の危険を感じたのだろう、素早く後退する。火の玉は真っ直ぐ飛んでいき、近くに生えていた木を燃やした。

 「無詠唱で火弾(ファイア)を!?成長したなお前。父ちゃんは嬉しいぞ」

 メラメラと燃える木を眺めながら、勇者は感心する。

 「子供だからと言って油断していると死ぬことになるぞ。勇者よ」

 教えてやろうじゃないか。今お前が相手にしているのは魔王だということを。
 俺は木剣の先を勇者に向けた。

 「寸止めしてユウに戦いの恐怖を教えてやろうと思ったが……気が変わった。ユウ、打ち合いをしよう。父ちゃんを倒すつもりでかかってきなさい」
 「もちろんだ!」

 俺はまっすぐ突っ込んだ。
 勇者の首を取るために。魔王の恐ろしさを思い知らせるために。
 覚悟しろ、勇者!

 ドガっ!

 「痛い!」

 バコっ!

 「痛いっ!……ちょっと」

 バコっ、ドガっ!

 「くそっ……この俺が……二度も」

 勇者と魔王の戦いはあっという間に幕を閉じた。
 魔王(おれ)の負けで………


 〇○○

 「んっ………」

 目を覚ますと、部屋の中にいた。
 ふわふわとした感触から、ベッドの上に寝ていると分かる。
 たしか勇者と戦って……負けたんだった。
 身体を起こすと、全身にズキズキとした痛みが走る。
 とりあえずこれを治さなければ。

 「――治癒(ヒール)

 ん?

 「――治癒(ヒール)……ヒール」

 マジか。魔力切れか。
 火魔法を撃っただけだぞ? 魔力が少なすぎるぞ。勇者の息子よ。
 仕方ない。魔力が戻るまで安静にしておくか。そう思って再び横になろうとした時、

 「――治癒(ヒール)

 誰かが治癒魔法を唱えた。声のしたほうを見ると、勇者の娘、ルティアがいた。
 身体の傷がみるみる癒えていく。さっきまで起き上がるだけで激痛が走っていたのに、今はもう何ともない。

 まさか……人間に助けられることになるとは。
 余計なお世話だと言いたいところだが、こいつのおかげで助かったのは事実だ。
 ここは褒めてやろう。
 光栄に思え、勇者の娘よ。この魔王が直々に貴様を褒めてやる。

 「いい働き――」
 「はぁ~だるかった」

 なんだこいつ?
 大きなため息をつくルティア。一気にこいつのことが嫌いになった。
 よし、勇者の次はこいつをぶっ倒そう。

 「ご苦労さんルティア」
 「今度からお母さんに頼んでよ。私、無駄な魔力使いたくないんだから」
 「はははははっ! 次も頼む」
 「お父さん……私の話、聞いてる?」

 ルティアの横には勇者もいた。
 ……ん? なんで顔が腫れている? まさか俺がやったのか? いや、あいつには傷一つつけられなかったはずだ。

 俺が凝視していると、目が合う。すると勇者は笑いながら顔の腫れを触り、説明する。

 「これはな。母ちゃんにやられたんだ」
 「エナに……なぜだ?」
 「当たり前でしょう?」

 勇者の代わりに、ルティアが答える。
 はぁ、とため息をついて、呆れ顔で続けた。

 「庭をめちゃくちゃにした挙句、ユウをボコボコにするんだから……そりゃお母さんに怒られるよ」
 「てへっ☆」
 「可愛くないから。全然反省してないってお母さんに言ってあげようか?」
 「ごめんなさい。それだけは勘弁してください」

 勇者がエナを恐れている。
 ……まさか、戦闘能力はエナのほうが上なのか?

 「ユウ、悪かったな。痛かっただろう?」

 勇者に謝られるとは、これ以上の屈辱はない。
 俺は勢いよくベッドから降りた。

 「別に大したことない、ただのかすり傷だ。それよりもう一度戦うぞ!」
 「やめときなよユウ。どうせ勝てないんだから……もう治癒魔法かけてあげないよ?」
 「ふざけるな! 俺が勇者に負けるわけがないだろ。次こそ勝つ! あの時は目にゴミが入ったせいで負けたんだ! さぁ、今すぐ外に行くぞ!」
 「あーあ、ムキになっちゃって。ガキね」
 「ガキは貴様もだろ」
 「私はアンタより2つ上なんですけど」

 俺はルティアを睨む。ルティアも睨み返してくる。

 「二人とも喧嘩はやめろ」

 勇者が割って入った。

 「ユウ、やる気になっているところ悪いが、父ちゃんと戦うのはしばらくお預けだ」
 「なに!? 勝ち逃げは認めんぞ!」
 「まぁそう怒るなよ。母ちゃんの機嫌が直るまで我慢してくれ……また庭を荒らしたら母ちゃんに殺されるからな」
 「むむむっ………」
 
 やはり、エナのほうが勇者より強いらしい。
 うむ……仕方がない。ここは我慢してやるか。
 勇者に先に死なれては、打倒勇者の目標が果たせなくなる。
 エナの機嫌が直るまでの間に、作戦を練るとしよう。

 「そういえばお前ら、明日から学園が始まるだろ? 宿題はちゃんと終わったか?」

 ん?学園?お前ら?

 「うわ~そうだ、明日から授業だった。ねぇ、サボってもいい?」
 「ダメだ。ちゃんと行け」
 「えー」
 「ちょっと待て! 俺も行くのか!?」
 「当たり前だろ。お前もシャルスト学園の生徒なんだから」
 「ふざけるな。そんなくだらない場所には行かないぞ!」

 シャルスト学園かなんだか知らないが俺は魔王だぞ?
 そんなところで学ぶことなど一つもない。
 それに学園なんかに通えば、勇者を倒す機会が減るじゃないか。

 「ユウ、お前までわがまま言うなよ……いいか? お前らはまだまだ子供なんだ。学園に行って、遊んで、しっかり学ぶ——それがお前らの仕事だ。学園は楽しいぞ? 友達に会えるし、新しい魔法だって学べる。正直お前らが羨ましいよ。父ちゃんが子供の頃は勇者の試練とやらがあって、学園なんか行かせてもらえなかったからな。俺も友達と青春を送りたかったよ」
 「何が友達だ。くだらん」
 「そんなに青春を送りたいなら、お父さんが私の代わりに行ってよ」
 「お前らな……」

 俺とルティアの鳴り止まないブーイングに、勇者は言葉を詰まらせる。

 「そんなに嫌がるなよ……ほらお前ら姉弟(きょうだい)で一緒にシャルスト学園に登校できるんだぞ。嬉しいだろ? なぁ、ルティア?」
 「えー、ユウと? めんどくさい」
 「同感だ。なんでこいつと一緒に行かないといけないんだ?」
 「お前らって仲悪いのか……?」
 「とにかく俺は行かないぞ。興味もないし、行く意味もない!」

 俺が強く言い切った瞬間、部屋の入り口から「あら~?」と声がした。
 エナだ。にっこりと笑っているが、そこから滲み出る圧が凄まじい。
 さっきまで文句を言っていたルティアが「お、お母さん」と顔を引きつらせていた。

 「私の聞き間違いかしら? さっき誰かが学園に行かないって言ったような気がしたんだけど?」

 エナはにこやかなまま俺のほうへ近づいてくる。
 腰に手を当て、背の低い俺に目線を合わせると「ユウはそんなこと言わないもんね?」と同意を求めてきた。
 どうやらこいつは俺を学園に行かせたいらしい。なら尚更行く気はない。

 「聞き間違いではない、俺は学園に行かんぞ」

 俺は魔王だぞ。人間の言うことなんぞ聞いてたまるか。

 「ユウはいつの間にか悪い子になったんだね。それじゃ、おしおきが必要だね~」

 エナが握りこぶしを見せつける。力ずくで行かせるつもりらしい。
 さすが大魔法使いエナ。従わない者は暴力で黙らせる、その心意気は認めてやろう。だが、喧嘩を売る相手を間違えたな。

 「いいだろ! やる気なら相手になってやるぞ!」

 こいつにも借りがある。殺された魔物たちの仇、取らせてもらうぞ。

 「もし俺と戦って貴様が勝ったら学園に行ってやろう。だが俺が勝ったら勇者と戦うことを許してもらうぞ」

 エナの表情が一変した。にこやかな笑みが消え、目つきが鋭く険しくなる。
 そして右拳を振り上げ、俺の頭にげんこつを叩き込んだ。

 「うおおおおおおおおおお!」

 重い一撃だった。痛すぎて目から涙が出てくる。

 「つべこべ言わずに黙って行く! そんな怠けたことを言っていたらダメな大人になるよ!」

 悶絶している俺を見て、ルティアは「バカね」とクスクスと笑っていた。
 くそっ……絶対勇者を殺した後、絶対お前を狙うからな。

 「バカはアンタもよ! ルティア!」
 「いたぁぁぁぁぁ!」

  エナはルティアにもお仕置きをした。鉄拳を落とされ、ルティアは涙を浮かべる。

 「お母さん……なんで私まで殴るの?」
 「ちゃんと聞こえているんだからね!殴られなかったらアンタも学園に行く」
 「うぅ……分かったよ」
 「くそっ……暴力女が」

 説教中に俺が呟く。
 横にいたルティアは「ぷっ」と噴き出していた。

 ゴツンっ!

 「「あいたぁ!」」

 再び、俺たちの頭上にげんこつが落ちてくる。