魔王、勇者の息子になる

 勇者が部屋から出て行った後――状況を整理していた。

 魔王である俺は人間に生まれ変わった。
 そして勇者と再会。奴は俺を見て「息子」って呼んでいた。
 つまり俺は勇者の息子に生まれ変わってしまったことになる。

 信じたくない。マジで認めたくない。
 だが、俺は本当に勇者の息子に生まれ変わってしまったようだ。
 よりによって、なんで勇者の息子なんだ。
 神の嫌がらせか? 

「魔王、勇者の息子になる……か」

 笑えないな。
 しかし、いつまでも悲しむわけにはいかない。
 悲しんでも勇者の息子になってしまった事実は変わらない。こんな時はポジティブに考えるんだ。

「姿は人間になってしまったが、俺は蘇ったんだ! 新たな魔王軍を作り、今度こそ勇者を倒してやるぞ!」

 なんだか希望が湧いてきた。
 たとえ姿が変わっても、打倒勇者!という目標だけは変わらない。
 そのためにまず俺がすべきことは、

「勇者の息子について知ることだな」

 たしか名前は……ユウ、だったか。
 立ち鏡に映る自分の顔を見ながら、名前を思い出す。勇者も「ユウ」と呼んでいた。

「ユウ! ご飯よ!」

 部屋の外から聞こえる声も「ユウ」と呼んでいる。やはりユウで間違いない。
 改めて鏡の中の身体を眺める。
 背丈は小さく、勇者のように鍛え抜かれた肉体とは程遠い、ひょろひょろとした体つきだ。
 勇者の血が流れているなら何か特別な力でもあるかと思ったが、どうやらそんなものはなさそうだ。
 どこにでもいる、普通のガキである。

「ユウ? 聞こえているの!」
「にしても、本当に弱そうだ……」

 とりあえず勇者の息子(こいつ)の実力を確かめるために、軽く身体を動かしてみる。
 まずは手を開いたり閉じたり、次にぴょんぴょんと跳ねて準備運動。準備が整ったところで戦闘開始だ。

「てやぁ! はっ! せいやぁ!」

 部屋には誰もいないので、見えない敵を相手に暴れる。
 殴る、飛び蹴りする、ほうきを振り回す。およそ5分ほど動き続けたところで、身体が限界を迎えた。

「ていやぁ……はぁ……はぁ……」

 息苦しさを覚え、俺はベッドに倒れ込む。
 まったく、人間の身体というのは不便なものだ。少し動いただけでヘトヘトになるとは。魔族なら10時間ぶっ続けで動けるというのに。
 このままでは勇者には勝てん。まず体力をどうにかしなければ。

「ユウ!!!!」
「うおあああああっ!」

 突如、扉が爆発した。
 凄まじい音と想定外の衝撃に、身体がビクッと跳ね上がる。

「なんだ、敵襲か!」

 俺はすぐさま武器(ほうき)を手に取り、入り口を睨みつけた。
 そこに立っていたのは勇者ではなく、エプロンをつけた人間の女だった。
 艶のある金髪を後ろに束ね、肌は雪のように白い。しかし今、その顔は真っ赤に染まっていた。
 女がこちらを睨みつけた瞬間、俺は恐怖を感じた。

「ご・は・ん! 呼ばれたら早く来なさいよね!」
「……すみません」

 つい謝ってしまった。魔王たる俺が、人間に頭を下げるとは。何という屈辱。
 
 だが、謝って正解だったと思う。
 なぜかは分からないが、『この女は絶対に怒らせてはいけない』と魔王の勘が告げていた。
 こいつ、何者だ?
 勝てるイメージがまったく湧かない。
 ……待てよ。この女、どこかで見たような。

「まさか……エナなのか!?」

 俺の一言で、金髪の女が近づいてくる。また先手を取られた。
 女は俺のこめかみに両拳を当て、グリグリと押し込んでくる。
 なにこの攻撃!?すごく痛いっ!

「母親に向かって呼び捨てとはいい度胸ね! あんたをそんな生意気な子に育てた覚えはないわ!」
「痛い痛い痛いっ!」

 こめかみをグリグリする攻撃に、俺は手も足も出せなかった。
 ……なんだ、あれは。神級魔法でも使ったのか?
 
 大魔法使い——エナ。
 勇者アランの仲間の一人だ。
 勇者が魔王城を襲撃したとき、エナの姿もあった。
 多種多様な魔法を巧みに操り、多くの魔物はおろか四天王の一角までも葬った、非常に厄介な女である。
 ……なるほど。一つ情報を得た。

「こいつが母親ということか」
「誰がこいつですって! お仕置きが足りないようね、ユウ!」
「痛い痛い痛い!」

 やめてくれぇ! そのグリグリ攻撃!

 ○○〇

 エナがうるさいので、俺は一階に降りて食事を取ることにした。
 最初は毒が入っているのではと警戒したが、余計な心配だったようだ。
 悔しいが、エナの手料理は非常に美味かった。あの女の料理の腕前は認めざるをえない。美味すぎておかわりまでしてしまった。
 空腹を満たしたついでに、いくつか新たな情報を手に入れた。

 まず、勇者の子供についてだ。
 俺の他に、勇者とエナの間に生まれた子供がもう一人いる。
 ルティアという女だ。
 年齢は俺より上で、腰まで伸びた金髪に白い肌、外見は母親のエナによく似ている。
 この家は、勇者アラン、大魔法使いエナ、娘のルティア、そして俺の四人で暮らしている。

 二つ目の情報。
 この家は2階建てで、窓から見える景色はのどかな田舎だ。一面に小麦畑が広がり、ところどころに家が建っている。
 魔王城とはまるで異なる場所で、ここにずっといると平和ボケしてしまいそうだな。
 
 情報はこれくらいだ。
 あと、もう一つ。
 人間は食事を終えると、両手を合わせながら必ず「ごちそうさま」と唱えるらしい。
 なぜかは分からない。