魔王、勇者の息子になる

「目を覚ましてください……魔王様」

 誰かに呼ばれている気がして、俺は目を覚ました。
 視界に映るのは木製の天井と壁、そして天窓。見覚えのない場所だが、どこかの建物の中らしい。鳥のさえずりが聞こえ、天窓からは青空が広がっている。魔王城ではないようだが、不思議と心地のいい場所だ。

 どうやら仰向けに寝ていたようで、背中にはベッドの柔らかい感触がある。ここがどこか確かめようと上半身を起こし、足を床につけて立ち上がった瞬間、違和感を覚えた。
 なんだろう。なにかがおかしい……

「縮んでないか? 俺」

 いつもより視界が低い。手足も、妙に小さく見える。
 部屋の片隅にちょうどよく立て鏡があったので、俺はひょこひょこと歩み寄り、縦長の鏡の前に立った。

「なんだこれは!?」

 思わず絶叫してしまった。声質まで違う。俺の声はもっと太いはずなのに、飛び出してきたのは幼い高い声だった。
 鏡に映っているのは、人間の子供(ガキ)
 ということは……こいつは、

「俺なのか?……嘘だろ?」

 茶色の髪は七三に分けられ、頬はスライムみたいにぷにぷにと柔らかそうだ。
目はくりくりとした丸い瞳で、小動物のような愛らしさがある。
眉間にしわを寄せてキリッと睨みつけてみるが、鏡の中の顔はすぐにキュートな表情へと戻ってしまう。

「魔王として全世界の生物から怖がられていた俺が……なんと無様な姿だ」

 これは悪夢か? いや、認めたくないがこれは現実だ。
 なぜこうなった? どうして?
 俺が人間になった原因を考えていると、激しい音と共に勢いよく扉が開く。

「大丈夫か!? 何があった?」

 俺の大声に心配したのか、声を荒げながら誰かが部屋に駆け込んできた。
 部屋の入り口に立っていたのは年若い男性。
 俺と同じ茶髪、鍛え抜かれた肉体美。着ている黒シャツがパツパツになっている。
 そして左目にはバツ印の傷がついている。

「……貴様は……勇者!?」

 この傷を見て、すぐに勇者アランだと分かった。
 俺が知っている勇者はもう少し若かったが、左目の奇妙な傷があるのは勇者(あいつ)しかいない。

「なぜ? 貴様がここに?」

 俺は焦りで冷や汗を流していた。
 なんせ俺は勇者に真っ二つに斬られて死んだんだからな。

「おい、ユウ!」

 苦き記憶を思い出してしまったせいで、勇者に先手を取られてしまった。
 俺に近づいて両肩を掴まれてしまった。
 ……やばいっ。やられる。
 俺はぎゅっと強く目を閉じていると、勇者は俺に話しかけた。

「おい、大丈夫か? 怪我はないか? ユウ!」

 天敵の魔王に対して、やつは優しい言葉をかけた。腰を落とし、目線を合わせているので忌々しい勇者の顔がよく見える。
 心配そうに俺のほうを見ていた。
 なぜだ? なぜ俺を攻撃しない。

 ……まぁいい、これは復讐のチャンスだ。

 俺は勇者の手を振りほどき、距離を取る。
 ちょうどいい所に武器(ほうき)があったので、手に取って前方の勇者に構える。

「くくくくくっ……よくも俺の身体を斬ってくれたな勇者よ。今度は貴様がやられる番だ」

 地面を蹴って、力一杯ほうきを振りかぶる。
 お返しに勇者の身体を真っ二つにしようと攻める俺だったが、それより先にあいつの攻撃のほうが早かった。

「うおおおおおっ! さすが俺の息子だ。いい太刀筋じゃねぇか!!」

 勇者は俺の身体に抱きついて動かないように拘束。
 そして耳元で奇声を上げている。
 しかも号泣してるし!? なんでこいつ泣いているんだ?
 気持ち悪っ!

「おい、離せっ! この! おいっ! 俺から離れろっ!」

 抵抗しようとじたばたと暴れるが、勇者は俺から離れない。それどころか顔を密着させて頬擦りをしてくる。

「剣術を学びたいなら、父ちゃんがみっちり教えてやるぞ」
「やめろ! それに貴様は父ではない!」
「何言ってるんだ? お前は俺の子じゃないか! 愛しい息子よ」
「………は?」

 ふと、俺の視線は立ち鏡のほうに向いていた。
 茶髪のガキと勇者は似てるような気がする。 
 ……嘘だろ? 何かの冗談だろ。