ルームメイトの溺愛はちょっとズレてる

 大智が木下と連絡先を交換してくれていたおかげで、木下に事情を説明して、何かあれば大智のスマホに連絡して欲しいと伝えることができた。
 それから数時間後。待ち合わせ場所に向かっている途中で小原の後ろ姿を見つけた。
 高校の最寄り駅近くに住んでいる小原は自転車で来ていたが、白いパンツにシャツを羽織っていて、いつもよりオシャレに見えた。
「よお」
「おお、佐野! ……どうした? 元気なさそうだけど?」
「……実はさ」
「あ! いたいた! なあ、一体何がどうして央位にスマホを持って行かれたんだよ!?」
 小川は詳細が知りたくてたまらないようで、そう話しながらオレたちの方へ駆け寄ってきた。
「えっ!? 佐野のスマホを央位が持って行ったの!?」
「そうなんだよ……」
 美女高生との待ち合わせ場所に向かいながら、オレは小原と木下に今朝のことを話した。
「朝、佐野から連絡来たときはマジで焦った」
「なんで木下が焦るんだ?」
「央位が今日のことを知って、佐野に行かせたくないから佐野のフリして時間と場所を探ってきた可能性を考えたんだよ」
 小説が好きで本屋でアルバイトをしている木下が探偵のようなことを言うと、オレの隣を歩く小原が「まさか」と言って笑った。
「さすがの央位でもないだろ。そんなヒマないって」
「もし何かの理由でサッカーの練習がなかったら?」
「……やるかもしれない」
 オレは木下と小原の会話に苦笑した。
 一体、二人は大智を何だと思っているんだろう?
「大智はそんなことしないって」
「そうかぁ?」
「佐野のこととなると、央位は何するかわからない感じあるけど」
「そんなことないって」
 ちょっと頑固でマイペースなところがあるから勘違いされやすいけど、大智はすごくいいやつだ。
 スマホを取り違えたのは、きっと本気で間違えたんだ。
 
 待ち合わせ場所はドーナッツ専門のカフェの前だった。
 美山の女の子三人のほうが先に着いていて、店の前で俺たちが来るのを待っていた。
 ここでは千五百円で飲み物とドーナッツがお代わり自由になる。
 この食べ放題が始まった時に学校で流行って、ドーナッツのを食べることをさす「ナツる」という言葉が生まれたほどだった。
 店内に入ってすぐのカウンターで食べ放題を六人分注文すると、店の一番奥の席に腰を下ろした。
 カフェは一面がガラス張りになっていて、入り口近くは日差しが強くてまぶしすぎるほどだった。
 五月というのに気温は三十度に迫っていて、男子は全員半袖だったが女子は薄手の長袖を着ていた。
「これだけ暑いと日焼けが気になるよね」
 オレが話しかけると、女の子たちが驚いた顔をした。
「男の子も日焼けが気になるの……?」
「うん。オレ、めちゃくちゃ肌が赤くなるんだ。だから日焼け止めのヘビーユーザー」
 本当のことなのに、女の子たちはまるで冗談を言われたみたいにくすくすと笑った。
「いや、本当だよ!?」
 日焼け止めを使いはじめたのはプレーに集中するためだった。
 夏場のサッカーは暑さとの戦いで、日焼け止めが欠かせなかったし、スキンケアもするようになったのは日焼け止めで肌が荒れるのを防ぐためだった。
 あの頃のオレは、いつも生活の中心にサッカーがあった。
「笑ったりしてごめんね」
「男子校の子と話す機会なんてないから、なにを話したらいいかわからなくて緊張しちゃって」
「佐野くんが話しやすそうでホッとしたの」
 いい意味で笑われていたのだとわかって、こっちもホッとした。
 彼女たちが緊張していたのと同じようにオレたちも緊張していた。
 小原はずっとストローでアイスカフェオレをかき混ぜているし、木下はしつこいぐらい「今日は来てくれてありがとう」を繰り返している。
 それでも会話は木下と、木下のバイト仲間である伊藤さんを中心に展開していった。
 ドーナッツを口に運びながら二人の話を聞いていたが、段々と他の女の子たちも話し始めた。
「男子校のごはんって、やっぱり大盛りなの?」
「全部そうってわけじゃないけど、大盛りにすることもできるよ」
「コワイ先生はいる?」
「いないかなぁ。テストの採点が厳しい先生はいるけど」
 女の子たちはオレたち、というより、男子校に興味があるようだった。
「男の子同士で付き合ってる子はいる……?」
「えっ」
 オレが驚いてしまったのは質問の内容ではなく、小原と木下が同時にオレを見たからだった。
「オレ!? ちがうよ!」
 否定したものの、女の子たちは期待する目でオレを見ていた。
 伊藤さんによると、三人が三人ともBL漫画が好きなのだそうだ。
「付き合ってるとかはないけど、佐野は一部の男子から姫扱いされててさ」
 一部というか「ひとり」の男子からだけど。そんな風に言ったら彼女たちを余計に期待させてしまう気がしたので曖昧に笑っておいた。
「姫扱いって具体的にどんな感じなの?」
「そうだなぁ」
 木下が少し考えてからこう言った。
「去年の文化祭の時なんだけど、佐野が重い荷物を運ぼうとしてたら、その男子が突然現れて佐野の代わりに運び始めたことがあった」
「えっ、漫画みたい!」
「だよなー」
「あ、あはは……」
「今年だと、四月にめちゃくちゃ寒い日あったでしょ? その時、央……その男子は佐野のために自販機であったかいお茶を買ってきたよ」
 小原がそう言うと女の子たちは隣に座っている友達の腕を掴んで興奮し始めた。
「スパダリだーっ」
「ス、スパダリ?」
「スーパーダーリンの略だよ! 受けのためになんでもしてくれる攻めのこと」
「攻めとは限らないよ! スパダリな受けだっているよ!」
「攻め……? 受けって、何のこと?」
 オレが尋ねると、女の子たちは一斉に顔を赤くした。
「もうー伊藤ちゃん、佐野くんがびっくりしてるよ」
「先に言い出したのは、そっちでしょ!」
「ごめんね、佐野くん!」
「えっと……?」
 オレは一体何を謝られているのかわからず、ポカンとした。
「俺はBL読んだことあるからわかるよ」
 木下はそう言って、オレの耳元で攻めと受けがどういう関係なのかを簡潔に説明してくれた。
「えっ!?」
 それを聞いたオレの反応が女の子たちには面白かったようで、手で顔を覆うほど笑っていた。
「佐野の反応でなんとなくわかった」
 小原がぼそっと呟いた。
 BLが何かはわかっていたけど、そんなエッチな表現があることは知らなかった。
「佐野も読んでみたら?」
「え、ええ、でも何を読んだらいいかわからないし……」
「オススメ教えようか?」
「……うん」
 木下と女の子三人からそれぞれにオススメのBL漫画を教えてもらって、女子高との交流会は終了した。
 結局、誰も女の子と連絡先を交換できなかった。
 オレはスマホがないから、そもそも交換できないんだけど。
 女の子たちと別れたあと、オレたちはファストフード店で反省会を開いた。
「木下がBLに理解あるみたいな空気を出すからだぞ」
 小原が責めるように言うと、木下が言い返した。
「そりゃ出すよ! イケメンでもなければトーク上手でもないんだから、せめて理解があるところは出したいじゃん!?」
「それはそうだけど、頼みの綱の佐野がBLになっちゃったらさぁ」
「え、オレ?」
「佐野って女子が好きそうな顔してるもんな」
「イケメンってこと?」
 頬に手をあてアイドルみたいなポーズをして見せると、二人から「そういうの今はいらないから」と言われてしまった。
「あー! せめて写真撮りたかったー!」
 木下が嘆くと、小原が「高校生の間に女の子と写真撮れるチャンスなんてあるのかな」と頼りない声で呟いた。
「こうなったら匂わせだ!」
「匂わせ?」
「そうだ! 佐野、手だして!」
 木下に言われた通りテーブルの上に手を置くと、木下はオレの手を自分の手の上に乗せて軽くにぎった。
 そこを小原にスマホで写真を撮らせた。
「よし、この写真を『楽しかった!』ってコメントつけてSNSにあげる!」
「はあ?」
「確かに佐野は色白で細いから女の子の手に見えなくもないけど、それ虚しくないか?」
「いい! 虚しさもまた今日の思い出だ!」
 いいことを言ってるような、そうでもないような。
 木下がものすごーく彼女が欲しいことだけは伝わってきた。
 一方のオレは、自分が前ほど『カノジョが欲しい』と思わなくなっていることに気付いていた。
「今の写真木下に送ったぞ。あ、佐野にも送っとくな」
「あはは、いらねー」
 オレが笑うと、木下が急にマジな顔になって「それはマズいだろ!」と言った。
「なんで?」
「木下が撮れって言ったんだろ?」
「佐野のスマホは央位が持ってるんだぞ!」
「あ」
 そうだった……。
「佐野が誰かと手を繋いでる写真なんて送られてきたら……」
「マズイな、それは……」
「い、いや別に大丈夫だって」
 笑ってみたけれど、うまく笑えていたか自信がなかった。
 木下と小原に「本当にそう思うのか?」という顔で見つめられて、思わず視線をそらすと、ファストフード店二階の窓の外で街路樹の枝が大きく揺れていた。