ルームメイトの溺愛はちょっとズレてる


 翌朝、オレたちの寝室にアラームが鳴り響いた。
 オレがスマホを手に取ると、ディスプレイに「昭和の日」と表示されていた。
 そうだ、今日からゴールデンウィークだった。
 アラームを消して、すぐさま再び目を閉じた。
 この時オレは、大事なことを見落としていた。
 手に取ったスマホはオレのではなかったのだ。
 それに気付いたのは、約一時間後。
 誰かが玄関を叩いていることに気付いて、まだ眠い目をこすりながらドアを開けると、リュックを背負い、シューズケースを手にぶら下げた藤井が立っていた。
「央位いる!? あと十五分でバスが出るんだけど!?」
 どこに向かうバスかは聞くまでもない。サッカー部の遠征だ。
 オレは大智のベッドに駆け寄り、まだ寝息を立てている大きな体を揺すった。
「大智、起きて!」
「んん……」
「頼むから起きてくれ!」
「どうしたの……? 食べ過ぎて、お腹痛い?」
「違う! 今日は遠征! もうバスの時間!」
 オレが早口で捲し立てると、大智は「ああ、そっか」と言って起き上がり、大きく伸びをした。
「朝飯を食いに来なかったから、まさかと思って来てみたら、やっぱり寝てたな!」
 藤井の大声が起きたばかりの頭に響いた。
 オレが一度目に目を覚ました時に聞いたのは、大智のスマホのアラームだった。
 大智はそれに全く気が付かず、ずっと寝ていて、そんな彼を中学からチームメイトの藤井が迎えに来たというわけだ。
「央ー位ー! はーやーくしろーー!」
 藤井は玄関のドアを開けて、足踏みしながら大智を待っている。
「うるせぇな、先行ってろよ」
 それなのに、大智はこの態度だ。
 大智は朝が弱い。
 同室になってから何度となく彼を起こしてきたが、ここまでギリギリの時間になったのは初めてだ。
 だというのに本人は、あくびをしながらジャージに着替えている。
「お前が遅刻したら二年全員の連帯責任になるだろうがぁ!」
「藤井、ごめん! すぐ支度するから!」
 オレは大智のリュックに荷物を詰めながら言った。
「なんで朝陽が謝るの? 謝ることなんてないよ」
 大智はそう言って、オレの隣にしゃがみ込んだ。
「だってアラームを止めたのオレだし……」
 オレと大智のスマホには黒いスマホカバーがついている。
 よく見ると別のメーカーのものだとわかるが、スマホの機種も同じなのでパッと見ただけでは区別しにくく、間違えそうになったことが何度かあった。
 今までは未遂で済んでいたのに、よりによって遠征の朝に本当に間違えてしまうなんて……!
「佐野に謝らせたくなかったらお前が謝れ!」
「お前が黙ればいいだけだろ」
「ああ!?」
 オレは大智の後ろで立ち膝になり、ヘアブラシで大智の髪をとかして黒いゴムでお団子結びにした。
 大智と暮らし始めるまで髪を結んだことなんてなかったけれど、今はもう慣れたものだ。
「よし、できた! すねあて持った? スパイクは? ユニフォームとソックスはある? はい、いってらっしゃい!」
 かつて自分が母親に言われたのと同じセリフで大智を送り出し、大智と藤井が走っていく後ろ姿を見送って、ほっと胸を撫で下ろした。
 毎年ゴールデンウィークはサッカーの試合があった。
 幼稚園の頃からつい二年前まで、ずっとそういう生活をしてきたのに、大智のアラームを消してしまった。
 サッカーと距離を置きたいと望んだのは自分なのに、なんだか無性に寂しくなった。
「朝陽!」
 急に大智の声が聞こえて、慌てて通路の下を見た。
 忘れ物でもしたのかと思ったが、笑顔の大智がこっちに向かって手を振っていた。
「いってくるね!」
「お、おう! 頑張って!」
「央位早くしろマジで! 監督の機嫌悪かったらお前のせいだからな!?」
 藤井……本当におつかれさま……。
 サッカー部ではどうやら藤井が大智担当みたいになっているらしく、前にも遅刻しそうになった大智を迎えに来たのは藤井だった。
 おそらくその理由は、大智をサッカー部に誘ったのは彼だからだ。
 大智は高校ではサッカーをやらないつもりだったそうで、オレと同じように一般受験で開久高校に合格した。
 だから一年の頃は、一般クラスの俺と同じクラスだったし、スポーツクラスの寮ではなく一般クラスの寮でオレのルームメイトになった。
 そんな大智を元チームメイトの藤井が「サッカー部に遊びに来いよ」と誘い、「お試しで入部してみたら?」と言って入部させた。
 大智は「遊びでサッカーするぐらいならいいか」という気持ちだったようだが、気が付けばレギュラーメンバー入りして、二年からはスポーツクラスへ転入した。
 央位大智という才能の塊を再びピッチに上がらせた藤井の功績はかなりデカいと思う。
 でも、その代償もまたデカく、変なところで頑固でマイペースな大智の世話係になってしまったのだった。

 遠征の翌日、その藤井がオレのクラスまで来て「一緒に昼メシ食わねえ?」と誘ってきた。
 今日はゴールデンウィークの間の平日。今日と明日が休みなら大連休になるのにそうじゃないせいか、学校は朝からどこか気だるい空気が漂っていた。
「いいけど、藤井は寮に戻らなくていいのか?」
 スポーツクラスは栄養管理のため基本的に三食寮でご飯を食べることになっているので、そう尋ねると藤井はキョロキョロとあたりを見回しながら「いいんだ」と言った。
「ゴールデンウィーク中はどこの部も泊まりの遠征があるから、スポーツクラスの寮は食堂が休みなんだ」
「へえ。じゃあ、学食なんだ?」
「ああ」
 それでも変だなと思った。
 寮の食堂が休みでも、いつも一緒にいるサッカー部の南や武田、央位と一緒に食べそうなものだ。
 なにかあったのか?
 他の三人と顔を合わせづらい理由でもあるのかと思ったが、普通にいつも一緒にいるからたまには別々で食べたいだけなのかもしれない。
 あまり詮索するのもよくない気がしたので、それ以上は何も聞かずに藤井と一緒に学食へ向かった。
 普段は寮で昼を食べるポーツクラスが来ているせいか、学食はいつもより混んでいた。
 少し並んでから食券を買い、カウンターで銀色の皿に盛られたカレーをトレイに乗せた。
 ちょうど空いていた四人席に、オレと藤井が向かい合って腰を下ろすと、後から来た木下と小原がやってきた。
 二人が同じテーブルにつこうとすると、なぜか藤井がちょっと困ったような顔になった。
「あれ? 俺ら邪魔?」
 藤井の表情に気が付いた木下が尋ねると、藤井は「いや……」と言葉を濁した。
「込み入った話なら席外すけど……」
 小原が気を遣ってそう言うと、藤井は「佐野がいいなら……」と言った。
 どうやらオレに話したいことがあるらしい。
「佐野というか央位のことなんだけど……」
 大智がまた藤井に迷惑を掛けたのかと尋ねると、藤井が首を横に振った。
「央位が迷惑掛けてるのは、俺じゃなくて佐野じゃないか?」
「え?」
 全く心当たりがなくて首を傾げると、藤井は言いづらそうに口を開いた。
「この前、俺見ちゃったんだ」
「何を?」
「佐野と央位の部屋……」
「オレたちの部屋がどうかした?」
「ほ、ほら……部屋が変わってただろ?」
「え? うん、模様替えしたけど」
「模様替えって……絶対おかしいだろ!?」
 急に声が大きくなった藤井に、木下と小原が顔を見合わせた。
「なになに、寮の部屋がどうしたん?」
「央位と佐野の部屋に何があったんだ?」
 実家暮らしの小原と木下にわかるように、俺は寮の部屋をどんな風に変えたか説明した。
「寮の部屋が壁で二つに仕切られてるって話は前にしたよな?」
「ああ。なに、もしかして央位が壁を壊したの?」
「そんなわけないだろ」
「央位ならできそうだけど……」
 小原のつぶやきに木下と藤井が頷いた。
「壁は今も普通にあるよ。ただ、オレの部屋に央位のベッドを移動させて、大智の部屋にオレの勉強机を移動させただけよ」
「……へ?」
「それって、つまり……」
 木下と小原がまた顔を持見合わせた。
 え、オレの説明そんなにわかりにくかった?
 これ以上どう説明したらいいかわからず困っていると、藤井がオレの方に身を乗り出してきた。
「央位に強引に変えられたのか!?」
「え?」
「なるほどね、藤井はそれが心配で佐野に話を聞きに来たわけね?」
 木下はそう言って、隣にいる藤井を見た。
「……ああ」
「え? 何が心配なんだ?」
 オレは隣に座っている小原を見たが、小原はなぜか気まずそうに目をそらした。
 すると木下が「部屋の模様替えを言い出したのはどっちなんだ?」と声のボリュームを下げて聞いてきた。
「オレだけど?」
「マジで!?」
「なんで!?」
「どうしてだよ!?」
 三者三様に驚いていたけれど、多分オレのほうが驚いたと思う。
 だって、そんなに驚くことか?
「部屋が使いにくいから家具を移動させただけだぞ? そんなの、他の部屋だってやってるだろ」
「そうだとしても! 同じ部屋では寝ないだろ!?」
「そうか?」
「だって、あの狭さだぞ!?ベッドを二台置いたら……隙間ないだろ」
 藤井の言う通り、オレと大智のベッドは結構近い。
 もし三十センチ物差しを置いたら、二つのベッドの間に架かる橋みたいになるだろう。
 でも歩ける幅だし、やっぱり何が問題なのかわからなかった。
「ダブルベッドってこと!?」
 木下に言われて、俺はハッとした。
 藤井がオレたちの部屋を見たのは、大智を迎えに来た時だ。
 藤井がいた玄関からは、二つのベッドがくっついているように見えたのかもしれない。
「ち、ちがう、ダブルベッドじゃないから! 離れてるから!」
「シッ! 佐野、声がデカい!」
「藤井、もう手遅れっぽいぞ……」
 そう言う木下の視線は藤井の背後に注がれていた。
 いつの間にかテーブルの上に大きな影ができていて、その陰の主はやっぱり大智だった。
 制服のズボンのポケットに手を突っ込み、面白くなさそうな顔でオレと藤井を見下ろしている。
「なんで藤井が朝陽と一緒にいんの?」
「お、央位……」
「俺だって朝陽と昼飯食いたかったんだけど?」
 どうやら藤井は大智たちに何も言わず、オレと学食に来ていたようだ。
「大智、ごめん! オレのせいで藤井に勘違いさせちゃったぽくて……」
「え? 何が?」
「模様替えのことなんだけど」
「なになに、何の話ー?」
 そう言って大智の背中にぴよこんと飛び乗ったのは南だった。その後ろには武田もいて、いつの間にかサッカー部のエースが集合していた。
「二人は佐野たちの部屋がどうなってるか知ってる?」
 南と武田が首を横に振ると、木下はオレが話したよりわかりやすくオレたちの部屋の模様替えについて説明した。
「えっ、無理無理無理! 俺なら央位と一緒に寝るなんて絶対に嫌だよ」
「俺だって寝たくねぇよ」
 大智は吐き捨てるように言うと、背中に乗っている南を振り落とした。
「やっぱり嫌だった……?」
 オレとしては、大智も部屋が使いづらいと言っていたから、お互いにとっていい提案をしたつもりだった。
 でも、もしかしたら大智はなぜかオレに甘いから「嫌だ」と言えなかったのかもしれない。
「嫌じゃない、全然嫌じゃないし、部屋が使いやすくなって感謝してるよ」
「本当に……?」
「うん。さっき嫌だって言ったのは朝陽以外はって意味だから」
「そ、そうなのか?」
 なんかそれはそれで意味深な発言になってる気がするけど……。
 案の定、武田はヤレヤレという顔をしているし、木下と南はニヤニヤ笑っていて、小原はというとアワワと怯えた顔をしている。
 その小原の視線の先では藤井が大智に肩を掴まれて、顔を引き攣らせていた。
「藤井たちだって、みんなで寝てるだろ」
 スポーツクラスの寮は、オレたちの部屋より広いが中央の壁はない。
 前に大智と一緒に三人の部屋に遊びにいった時は、二段ベッドの枠がハンガーラックの代わりになっていてユニフォームやジャージが下げられていた。
「俺たちとお前らは違うだろ!?」
 藤井が言うと大智がすっと目を細めた。
「藤井、教室帰るぞ。朝陽、またあとでね」
「う、うん」
 そう言う大智に、彼より大きいはずの藤井はまるで引き摺られるようにして学食を出て行った。あとの二人もそれに続く。
 その後ろ姿を見ていたオレに木下は言った。
「そろそろ、わかっただろ?」
「もしかして……オレ、心配されてた?」
「そうだと思う」
 小原も同意した。
 藤井が「どちらが模様替えを提案したか」を気にしていたのは、おそらく央位がオレと同じ部屋で寝たいからと無理矢理に家具を動かしたんじゃないかと心配してくれたのだろう。
 それはつまり……。
「大智が、オレを……?」
「俺にはそう見える」
「俺も」
「……マジか」
 思わず手で顔を覆った。
 自分がどんな顔をしているかわからなかったからだ。
 大智がオレを恋愛的な意味で好きかもしれないなんて考えたこともなかった。
 でも、そのこと以上に驚いたのは、自分が嬉しいと感じていることのほうだった。