二日間の文化祭が終わった。
集計の結果。うちのクラスは二位だった。
一位は『影絵シアター』をやったクラスだった。教室内の壁をスクリーンにして数か所に設置したライトで影を作っていたのだが、手で作る影絵だけじゃなく、紙で作った人形の影絵、まるで漫画のワンシーンのような影絵まで登場した。
初日にオレも見たが「あれには負けるわ」と思う出来栄えだった。
演劇部の部員が演じた主人公の声も迫力があって、個人的には何年後かに彼の名前がアニメのエンドロールで流れたらいいなと思っている。
残念ながら学食のスペシャルランチのチケットは逃したわけだが、教室でスポーツクラスと一般クラスが自然に混ざって笑っている景色を見ると、全然悔しくなかった。
間違いなく、今までで一番の文化祭だった。
そう感じていたのはオレだけではなかったようで、文化祭ハイになったクラスメイトたちは、なぜか腕相撲アンド手押し相撲大会が始め、結局教室を出なければいけないギリギリの時間まで遊んでいた。
寮の食堂で夕飯を食べる頃には瞼が重くなっていたが、なんとか風呂を済ませ、自分たちの部屋に戻った時には、大智は今にも眠ってしまいそうな顔になっていた。
一緒のベッドで横になり、どちらからともなくお互いを抱きしめた。
「楽しかったな」
「うん」
「……プロを目指すんだな」
「うん。だって、朝陽、サッカー好きでしょ」
「好きだけど……」
そんな理由でいいの!? と思わなくはなかったけど、大智らしいとも思った。
「どこのチームに入るわからないから言えなかった」
「別にいいよ。大智ならどこでもやっていけるだろうし」
「朝陽、怒ってる……?」
「怒ってないって。ただ……ちょっと寂しいだけ」
プロ選手は最初のうち所属チームの寮に入ることが多い。
今のように一緒にはいられなくなる。
でも一度はサッカーを辞めようとした大智がプロを目指してくれるのはすごく嬉しい。
どんな顔したらいいかわならなくて、大智の胸におでこを押し付けた。
「オレ、大智のチームの本拠地に一番近い大学を受ける」
「朝陽はそれでいいの?」
「英語系の学部はどこにでもあるから……それとも卒業したら別れるつもりなのか?」
「別れない、絶対」
そう言って大智は強く抱きしめてくれた。
「あ、でも大智が海外のチームに入ったら遠距離になるなぁ」
「じゃあ、やめる」
やめるって。普通は望んでも入れないっていうのに。
未来の決定権が他の誰でもなく自分にある大智を、オレは改めて好きだなと思った。
「そんなことで決めていいのかよ」
「そっちこそ」
オレたちは顔を見合わせて笑った。
その夜、オレは巨大なスタジアムにいた。
照明の強烈な光に照らされた観客席は超満員で、下には青々とした天然芝のピッチが広がっている。
観客席の上に設置された大型ビジョンには試合開始を今か今かと待っているサポーターたちの姿が映し出され、その中には知っている顔もあった。
オレの右隣には木下、その向こうには小原がいた。二人は日本代表のレプリカユニフォームを着て、スマホで写真を撮っている。
左を見ると、大智のお兄さんがいて、オレと目が合うと「ヤバいくらい緊張する」と苦笑した。
空良さんがどうして緊張しているのかわからなかったけれど、両チームの選手が入場してくるとその理由がわかった。
日本代表の青いユニフォームを着た選手たちの中に大智がいたからだ。
大智には悪いが、オレはここで「あ、夢だな」と気が付いた。
大智は十万人ぐらい収容できそうな観客席を見回すと、オレたちがいるほうに向かって大きく手を振った。
「この人数でも佐野を見つけられるとか、さすが央位」
木下に揶揄われて、オレは「まさか」と笑って大智に手を降り返した。
汗をかいた掌に風が吹き付ける感覚はやけにリアルだった。
「いや、あれは絶対に見えてる」
空良さんがそう言うと、前の列にいた武田、藤井、南がこっちを振り返ってウンウンと頷いた。
「えっ」
オレが驚いていると、審判のホイッスルが聞こえてきた。
試合開始早々、大智は仲間からのパスを受けてゴールに向かって駆け上がった。
大智の行く手を阻むのは、スペインの名だたる選手たちだ。
「行けーー! 大智ーー!」
振り絞るように声を上げた。
ここは、オレにとって夢の舞台だった。
子どもの頃からずっと憧れていた場所で、サッカーをしているのはオレではない。
でも悔しいとか、羨ましいとかいう気持ちは全くない。自分の夢を大智に託したというのも違う。
ただひたすらにサッカーが好きで、同じぐらい大好きな大智が最高のプレイができることを祈っている。
誰かを応援することで、ここまで心が湧き立つということを現役だった頃のオレは知らなかったかもしれない。
大智はバロンドーラーを華麗にかわしてゴールを決めた。
さすが夢。
それでもオレはあらんかぎりの声で「大智ーー!」と叫んだ。
すると大智は観客席とピッチを隔てる柵を登って、オレのところまで駆け上がってきた。
いくら夢でも自由すぎる。
大智はオレの顔を両手で包むと「ねえ、今の見てた?」と聞いた。
「見てたよ。当たり前だろ?」
「朝陽に見せたかったんだ!」
「わ、わかったから、ピッチに」
戻れ、と言う前に、オレの口は大智のキスでふがれていった。
「えっ!?」
ベッドの上で飛び起きると、もう朝だった。
夢だとわかっていたのに、心臓はめちゃくちゃバクバクして、手には本当に汗をかいていた。
それらが少し落ち着くと、今度は出来すぎな夢に笑いがこみあげてきた。
大智に話したいと思って隣を見ると、ベッドに大智の姿がなかった。
変だな。今日は文化祭の後片付けで朝練はないはずなのに。
メッセージが来ているかもと思い、床の上のスマホを手に取った。
「やばっ」
ディスプレイに表示されていた時間は八時十五分。
あと十五分でホームルームが始まってしまう。
オレは朝食を諦め、超特急で身支度をして、大智と交換したネクタイを持って校舎に走った。
「ごめん! 寝坊した!」
そう言いながら教室に飛び込むと、高校二年の文化祭を一緒に過ごしたみんなが揃っていた。
大智は机の上に立っていて、窓から段ボールをはがしているところだった。
「大智、起こしてよ!」
「あはは、ごめん」
大智は机から降りると、全く悪いと思っていない顔でオレの手からネクタイを取った。
「ゆっくり眠れた?」
そう尋ねなからオレにネクタイを巻く大智から汗拭きシートのシトラスの香りがした。
朝練がないのに、早起きして自主練をしてきたのだろう。
オレがサッカー通訳を目指し始めてから、大智は前よりも熱心に練習をするようになったらしい。
そのことが嬉しくて、起こしてくれなかったことを怒るに怒れなかった。
プロになる道を一度は外れた大智が、海外で活躍できる選手を目指すのは簡単じゃないだろう。
オレがサッカー通訳になるのも険しい道だと思う。
ちょっと英語が得意なだけでは、監督が考える戦術を選手に伝え、選手の情熱をサッカーファンに届けることはできない。
でも、サッカーを忘れることに比べたら簡単だ。
そのことを教えてくれた大智にネクタイを巻いてもらっていると、武田が「新婚かよ」と言ってオレたちを揶揄ってきた。
「そういえば、武田が夢にでてきたよ」
「は?」
「いや、俺に怒るなよ!?」
大智に睨まれて慌てる武田を見て笑っていると、中嶋先生が教室に入ってきた。
「全員揃ってるかー?」
「はーい」
期間限定のクラスメイトが元気に返事をする。
大智が段ボールをはがした窓から朝日が差し込み、教室の床に光の道ができていた。
集計の結果。うちのクラスは二位だった。
一位は『影絵シアター』をやったクラスだった。教室内の壁をスクリーンにして数か所に設置したライトで影を作っていたのだが、手で作る影絵だけじゃなく、紙で作った人形の影絵、まるで漫画のワンシーンのような影絵まで登場した。
初日にオレも見たが「あれには負けるわ」と思う出来栄えだった。
演劇部の部員が演じた主人公の声も迫力があって、個人的には何年後かに彼の名前がアニメのエンドロールで流れたらいいなと思っている。
残念ながら学食のスペシャルランチのチケットは逃したわけだが、教室でスポーツクラスと一般クラスが自然に混ざって笑っている景色を見ると、全然悔しくなかった。
間違いなく、今までで一番の文化祭だった。
そう感じていたのはオレだけではなかったようで、文化祭ハイになったクラスメイトたちは、なぜか腕相撲アンド手押し相撲大会が始め、結局教室を出なければいけないギリギリの時間まで遊んでいた。
寮の食堂で夕飯を食べる頃には瞼が重くなっていたが、なんとか風呂を済ませ、自分たちの部屋に戻った時には、大智は今にも眠ってしまいそうな顔になっていた。
一緒のベッドで横になり、どちらからともなくお互いを抱きしめた。
「楽しかったな」
「うん」
「……プロを目指すんだな」
「うん。だって、朝陽、サッカー好きでしょ」
「好きだけど……」
そんな理由でいいの!? と思わなくはなかったけど、大智らしいとも思った。
「どこのチームに入るわからないから言えなかった」
「別にいいよ。大智ならどこでもやっていけるだろうし」
「朝陽、怒ってる……?」
「怒ってないって。ただ……ちょっと寂しいだけ」
プロ選手は最初のうち所属チームの寮に入ることが多い。
今のように一緒にはいられなくなる。
でも一度はサッカーを辞めようとした大智がプロを目指してくれるのはすごく嬉しい。
どんな顔したらいいかわならなくて、大智の胸におでこを押し付けた。
「オレ、大智のチームの本拠地に一番近い大学を受ける」
「朝陽はそれでいいの?」
「英語系の学部はどこにでもあるから……それとも卒業したら別れるつもりなのか?」
「別れない、絶対」
そう言って大智は強く抱きしめてくれた。
「あ、でも大智が海外のチームに入ったら遠距離になるなぁ」
「じゃあ、やめる」
やめるって。普通は望んでも入れないっていうのに。
未来の決定権が他の誰でもなく自分にある大智を、オレは改めて好きだなと思った。
「そんなことで決めていいのかよ」
「そっちこそ」
オレたちは顔を見合わせて笑った。
その夜、オレは巨大なスタジアムにいた。
照明の強烈な光に照らされた観客席は超満員で、下には青々とした天然芝のピッチが広がっている。
観客席の上に設置された大型ビジョンには試合開始を今か今かと待っているサポーターたちの姿が映し出され、その中には知っている顔もあった。
オレの右隣には木下、その向こうには小原がいた。二人は日本代表のレプリカユニフォームを着て、スマホで写真を撮っている。
左を見ると、大智のお兄さんがいて、オレと目が合うと「ヤバいくらい緊張する」と苦笑した。
空良さんがどうして緊張しているのかわからなかったけれど、両チームの選手が入場してくるとその理由がわかった。
日本代表の青いユニフォームを着た選手たちの中に大智がいたからだ。
大智には悪いが、オレはここで「あ、夢だな」と気が付いた。
大智は十万人ぐらい収容できそうな観客席を見回すと、オレたちがいるほうに向かって大きく手を振った。
「この人数でも佐野を見つけられるとか、さすが央位」
木下に揶揄われて、オレは「まさか」と笑って大智に手を降り返した。
汗をかいた掌に風が吹き付ける感覚はやけにリアルだった。
「いや、あれは絶対に見えてる」
空良さんがそう言うと、前の列にいた武田、藤井、南がこっちを振り返ってウンウンと頷いた。
「えっ」
オレが驚いていると、審判のホイッスルが聞こえてきた。
試合開始早々、大智は仲間からのパスを受けてゴールに向かって駆け上がった。
大智の行く手を阻むのは、スペインの名だたる選手たちだ。
「行けーー! 大智ーー!」
振り絞るように声を上げた。
ここは、オレにとって夢の舞台だった。
子どもの頃からずっと憧れていた場所で、サッカーをしているのはオレではない。
でも悔しいとか、羨ましいとかいう気持ちは全くない。自分の夢を大智に託したというのも違う。
ただひたすらにサッカーが好きで、同じぐらい大好きな大智が最高のプレイができることを祈っている。
誰かを応援することで、ここまで心が湧き立つということを現役だった頃のオレは知らなかったかもしれない。
大智はバロンドーラーを華麗にかわしてゴールを決めた。
さすが夢。
それでもオレはあらんかぎりの声で「大智ーー!」と叫んだ。
すると大智は観客席とピッチを隔てる柵を登って、オレのところまで駆け上がってきた。
いくら夢でも自由すぎる。
大智はオレの顔を両手で包むと「ねえ、今の見てた?」と聞いた。
「見てたよ。当たり前だろ?」
「朝陽に見せたかったんだ!」
「わ、わかったから、ピッチに」
戻れ、と言う前に、オレの口は大智のキスでふがれていった。
「えっ!?」
ベッドの上で飛び起きると、もう朝だった。
夢だとわかっていたのに、心臓はめちゃくちゃバクバクして、手には本当に汗をかいていた。
それらが少し落ち着くと、今度は出来すぎな夢に笑いがこみあげてきた。
大智に話したいと思って隣を見ると、ベッドに大智の姿がなかった。
変だな。今日は文化祭の後片付けで朝練はないはずなのに。
メッセージが来ているかもと思い、床の上のスマホを手に取った。
「やばっ」
ディスプレイに表示されていた時間は八時十五分。
あと十五分でホームルームが始まってしまう。
オレは朝食を諦め、超特急で身支度をして、大智と交換したネクタイを持って校舎に走った。
「ごめん! 寝坊した!」
そう言いながら教室に飛び込むと、高校二年の文化祭を一緒に過ごしたみんなが揃っていた。
大智は机の上に立っていて、窓から段ボールをはがしているところだった。
「大智、起こしてよ!」
「あはは、ごめん」
大智は机から降りると、全く悪いと思っていない顔でオレの手からネクタイを取った。
「ゆっくり眠れた?」
そう尋ねなからオレにネクタイを巻く大智から汗拭きシートのシトラスの香りがした。
朝練がないのに、早起きして自主練をしてきたのだろう。
オレがサッカー通訳を目指し始めてから、大智は前よりも熱心に練習をするようになったらしい。
そのことが嬉しくて、起こしてくれなかったことを怒るに怒れなかった。
プロになる道を一度は外れた大智が、海外で活躍できる選手を目指すのは簡単じゃないだろう。
オレがサッカー通訳になるのも険しい道だと思う。
ちょっと英語が得意なだけでは、監督が考える戦術を選手に伝え、選手の情熱をサッカーファンに届けることはできない。
でも、サッカーを忘れることに比べたら簡単だ。
そのことを教えてくれた大智にネクタイを巻いてもらっていると、武田が「新婚かよ」と言ってオレたちを揶揄ってきた。
「そういえば、武田が夢にでてきたよ」
「は?」
「いや、俺に怒るなよ!?」
大智に睨まれて慌てる武田を見て笑っていると、中嶋先生が教室に入ってきた。
「全員揃ってるかー?」
「はーい」
期間限定のクラスメイトが元気に返事をする。
大智が段ボールをはがした窓から朝日が差し込み、教室の床に光の道ができていた。
