ルームメイトの溺愛はちょっとズレてる

 色んなことが順調にすすみ、ついに文化祭当日を迎えた。
 初日は学内のみのお祭りだ。
 朝の教室に、いつものクラスメイトと文化祭期間だけ同じクラスになったスポーツクラスのメンバーが揃っていた。
「いよいよ当日だ! 今日は投票ないから、みんなで楽しもう!」
「おおー!」
「じゃあ、早速やりますか!」
 休み時間に練習して、放課後はお客さん役と計測役になって何度も練習した種目も今日と明日の二回でおしまいだ。
 大智たちスポーツクラスは部活で忙しいのに、空き時間は内装作りに率先して参加してくれた。
 安全のため窓は全て段ボールで塞がれているけれど、教室の雰囲気は当日に向かうほど明るくなっていた。
 オレたち一般クラスの間では、大智が記憶チャレンジ以外の全てで一位になるだろうと予想だった。
 その予想通り、リフティング、けん玉は大智が一位だったが、腹筋三十秒チャレンジでは陸上部で長距離選手の森が一位になった。
 新チャンピオンの誕生に教室が沸いた。
「すごいね、森!」
「二分だと勝てる自信なかったけど三十秒ならいけるかもって思って、ちょっと練習してた」
「うお、マジか! ありがとう!」
 木下が嬉しそうに森の肩をたたいた。
「なあ、腹筋触ってもいい?」
 オレが尋ねると森は「いいよ!」と言って気前良くシャツをめくりあげた。
 森の細い胴体には想像以上にしっかりと腹筋がついていた。
「すげぇ……!」
「そう?」
「うん……オレ、間違ってたわ」
「え?」
「昔から体重が増えにくくてさ。だから筋肉がつきにくいと思ってたんだけど、ちゃんと鍛えればこんな立派に育つんだな」
 触ってみると、森の腹筋はしっかりとした弾力があった。
 オレの最盛期の腹筋が板チョコだとしたら、森のはタブレットタイプのチョコを六個並べた感じだ。立体感が全然違う。
「これからでも鍛えられるかなぁ」
「トレーニングルームの使い方教えようか?」
「え? トレーニングルームってオレらも使っていいの?」
「うん。引退した先輩たちも受験の息抜きに使ってるよ」
「そうなの!?」
「佐野、寮でしょ? 休みの日に一緒に行こうよ」
「うん!」
 筋トレ談義に盛り上がっていると、大智が無言で練習着のシャツ脱ぎ始めた。
「おお……」
 大智のちぎりパンのような腹筋にどよめきが起きる。
 男子たちはおもむろに自分の腹筋を見始めた。
「見てよ、この腹……」
 野田っちがしょげた声で言った。
 制服のシャツの上から撫でた腹部はふっくらとしていて、スラックスのウェストはちょっときつそうだった。
「それはそれで需要あるって!」
「そうかなあ……」
「テディベアが嫌いな女子なんていないよ!」
「え? 俺はぬいぐるみ枠なの?」
 腹筋の話で盛り上がっているうちに、ほぼ全員が上半身裸になっていた。
「なにしてるんだ?」
 中嶋先生は教室に入って来ると、珍獣でも見ているような顔になった。
 事情を説明すると、先生は「腹筋に憧れる気持ちはわかるけど」と苦笑した。
「くれぐれも文化祭中は脱がないように!」
「はあい」
 教室企画『文武両道チャレンジ』は在校生がたくさん遊びに来てくれた。
 藤井が来てリフティングチャレンジと腹筋チャレンジに挑戦したけれど、大智と武田の記録を越えられず悔しがっていた。
 出店企画も上々の滑り出しだった。
 最初だけ、チーズケーキがなかなか焼き上がらないというトラブルがあって販売時間が遅れたが、無事に完売した。
 プロテインはというと……
「本当にシェイカー振ってる!」
 南は出店でシェイカーを振る大智と武田を見て、スマホで写真を取りながらゲラゲラ笑っていた。
 このプロテインは限定販売になっていて、スポーツクラスが店番に入れる時間にだけ販売される。
 スポーツクラスが筋肉ムキムキの腕を剥き出しにしながらプロテインシェーカーを振るため「なんかご利益ありそう」と思ってもらえるのを期待してそうしたのだ。
 あと、予算的にプロテインをたくさん買えないというのが裏の理由だったりする。
 大智はシェイカーを振りながら南に向かって顔を顰めた。
「いつも練習終わりに見てるだろうが」
「人前でやってんのがウケるんだよ。ねえ、央位と武田がシェイカー振ってる写真をSNSに上げてもいい?」
「嫌だ」
 二人ともガチめに拒否していて、それがさらに周囲の笑いを誘っていた。

 文化祭二日目は、いよいよ一般のお客さんを迎える。
「今日は投票がある! 優勝目指してがんばろう!」
 朝の教室で木下が拳をあげると「そういえば、どうやって投票するんだ?」と質問が返ってきた。
「今来校者用のパンフレット一部につき二枚の投票券が挟んである。つまり、ひとり二票持っていて、好きな教室企画や出店に投票できるんだ」
 今日の投票で一位になればスペシャル食券がゲットできる。
 喉から手が出るほど欲しかったはずなのに、オレは今日でこの混合クラスが終わってしまうことが寂しくなっていた。
 ラストの文武両道チャレンジは、中嶋先生も加わり、めちゃくちゃ盛り上がった。
 大智が腹筋の一位に返り咲き、けん玉では野田っちが初めて一位になった。
 全ての計測が終わると、大智がオレのそばにやってきた。
「今日はあんま手伝えなくてごめん」
 サッカー部は学校のグラウンドで試合があるのだ。順位には関係ない、エキシビジョンマッチのようなものらしい。
「まだ時間ある?」
「九時から出店だから大丈夫だよ」
「じゃあ、大智は最後にこれをやってください」
「えっ」
 大智の前に出したのは、記憶力チャレンジに使う写真付きの名簿。
 このチャレンジに関しては計測するまでもなく全問正解になるので朝の計測はしていない。
 ランキング表の一位には『全員』と書いてあるのだが……
「このひとの名前は?」
「さ、里田」
「里中だってば!」
「このひとは?」
「の、野口」
「野田だよ、央位くん」
 やっぱり覚えていなかった。
「また存在しないクラスメイトがいる!」
「もう忘れないんじゃなかったのかよ」
「ときめきを返せ!」
 野次が飛び交うと大智が笑って「ごめん」と言った。
「ふ、ふうん、そんな顔して笑うんだ……」
 それはそれでときめく一般クラスの男子たちだった。
 文化祭がスタートしてすぐに、オレたちの教室に外部のお客さんが来てくれた。
 想定していた通り記憶力チャレンジには女子の参加者が多かった。
「みんなイケメンの名前は当てられるんだよなあ」
 記憶力チャレンジ担当の野田っちは苦笑していた。
「あのぉ」
「は、はい」
 突然、女子高生三人組に話しかけられ、野田っちの顔に緊張が走った。
 がんばれ、野田っち!
「さっきの問題の写真ってもらうことできませんか?」
「え? 問題の写真って、これですか?」
「はい! あたし、このひと超タイプでぇ」
 女子高生が指差したのは大智の写真だった。
「ダメだよね……?」
 野田っちの顔に「ヘルプ!」の文字が浮かんでいたので、オレも会話に加わった。
「それはちょっと……本人に確認してみないと」
 口ではそう言いながらもオレは「あげたくない」と思っていた。
「じゃあ確認してください! 全然待つんで!」
「わかりました……」
 出店にいる大智に電話をかけようとしたところで、後ろから声がした。
「あれ、俺の弟じゃん」
 びっくりして振り返ると大智と同じ髪型の大学生ぐらいのイケメンが立っていた。
「えっ、大智のお兄さん!?」
「弟がお世話になってまーす」
 大智のお兄さんはそう言って笑った。
 大智とはあまり似ていないので、教室にいたメンバーは驚いていた。
 オレもこんなに近くで実物を見たのは初めてだったが、なぜか最近見たような気がした。
「ごめんね、俺の弟は写真嫌いだから絶対ダメって言うと思う」
 女子高生は断られたものの、大智とはタイプが違うイケメンに目が♡になっていた。
「あの、じゃあ、お兄さんとツーショ撮ることって……」
「え? 全然いいよ!」
 大智のお兄さんは女子高生と写真を撮り、ちゃっかり自分のバイト先のショップカードを渡して宣伝までしていた。
「はい、君にも」
「あ、ありがとうございます! ……ああ! このお店!」
「え? うちに来てくれたことあるの?」
「はい、夏休みにTシャツを買って……お兄さんに接客してもらいました」
 なんと夏休みに大智とお揃いのTシャツを買った服屋は大智のお兄さんのバイト先だった。
「本当? ありがとうね」
 お兄さんはオレのことを覚えていないようだったが、一日で何人ものお客さんの相手をしているのだから当然だ。
 むしろ、あんなに何度もプレイ動画を見ていたオレがわからなかったぐらい、高校生の央位空良と印象が違うことにビックリした。
「今更こんなこと今言っても説得力ないと思うんですけどオレ、空良選手のプレイが生で見たくて試合を観に行きました」
「え、そうなの!?」
「はい!」
「嬉しいねえ」
 そう言ったのは大智のお兄さんの連れのひとだった。
「めちゃくちゃ嬉しいっす! あ、わかんなかったのは全然気にしないで。高校の時は丸刈りだったし、もっとウェイトもあったから」
「はい……でも今もカッコいいです」
「え~アガる~! あ、一緒に写真撮る? サインしようか?」
「いいんですか!?」
「サッカーやめたお前の写真もサインも価値ねえよ」
 いつの間にか、大智も教室にいた。
「朝陽、空良のこと見すぎ」
「あ、ごめん、失礼だよな……」
「そうじゃなくて」
「失礼なのは大智のほうだろ。価値ないとか実の兄に言うか? それに、俺サッカーやってるよ?」
「は? 聞いてない」
「マジで俺の話聞かないよな、お前……」
 大智のお兄さんは呆れ返っているようだった。
「社会人チームに入ってやってるよ。田岡コーチと一緒にプレイしてる」
「ふうん」
 大智のお兄さんの連れの人が「久しぶりだな、大智」と言った。
「お久しぶりです」
 どうやら、この人が田岡コーチで、大智がお世話になった人のようだ。
「なんで文化祭に来てるんだよ」
「父さんと母さんに『大智の様子を見てきて』って頼まれたんだよ。田岡コーチとはさっきそこで偶然会って」
「俺はスカウティングに来ました~」
「それは、わかります。さすがに。今はジュニアユースじゃなくてトップチームのコーチなんすよね?」
「そう。よく知ってるな」
 ということは、プロチームのコーチなのか。
 そんなひとがスカウティングのために試合を見に来るなんて、すごいことだ。
「大智は? プロ目指さないのか?」
「なりますけど」
 大智はあっさり答えた。
 オレは内心で「そうなの!?」と驚いたけれど、周りのクラスメイトたちも「普通『なりたい』だよな……」「『なります』って答えるの強い」とざわついていた。
「朝陽、黙っててごめんね? 決まったら言うつもりだったんだけど」
「うん……」
「怒った?」
「別に怒りはしないけど……」
「本当?」
 オレたちのやりとりを見て、お兄さんと田岡コーチが目を見開いたのがわかった。
「あ、あの! せっかくなんでリフティングチャレンジしませんか!」
「おい、朝陽」
「その話は寮に帰ってから!」
 大智を黙らせて、二人にルールを説明した。
「じゃあ、五分計りますね!」
「はーい!」
 空良さんは回数で大智の記録を抜き、田岡コーチは回数は少なかったものの複雑な技をやって見せてくれた。
 自然と拍手が巻き起こり、オレも拍手していると、急に大智に腕を掴まれた。
「朝陽、絶対に試合を見に来て。俺のほうがかっこいいってわからせるから」
「え!? う、うん……」
 それを見ていた空良さんと田岡コーチは「あの大智が……」「マジな顔じゃん……」と驚いていた。
「そ、そういえば! 大智はどうして教室にお兄さんがいるってわかったんだ?」
「別に空良はどうでもいい」
「え?」
「朝陽スマホ見てないでしょ?」
「あっ」
 慌ててスマホを見ると木下からメッセが来ていて、出店で使ってる紙コップが水にぬれて一部ダメになってしまったこと、教室企画の誰かに買い出しに行って欲しいことが書いてあった。
 既読が付かないので、大智が知らせに来てくれたのだった。
「わかった、俺が行ってくるよ」
「俺が行くよ。俺なら買い物しても十分で帰ってこられる」
 そう言ってくれたのは、昨日の腹筋チャンピオンの森だった。
「森、ありがとう! めちゃくちゃ助かる!」
「走りなら央位より俺の方が早いからね」
 そう言って大智を見てにやっと笑った。
 きっと今日の腹筋で大智に負けたのが悔しかったんだろう。
「さすが、長距離選手! 出店で待ってるな!」
「うん!」
 廊下に出て森を見送ると、後ろから大きな影がついて来た。大智だ。
「ねえ、さっきから浮気しすぎじゃない?」
「う、浮気なんてしてないっ」
「空良に見惚れてただろ」
「それは……うん」
「あんなやつのどこがいいんだよ!」
「ほ、ほら、大智は出店に戻って! オレも後で行くから!」
「朝陽、絶対に試合に来て。絶対だぞ!」
 大智は廊下を数歩進んでは振り返り「絶対だぞ」と念押ししてきた。その声がデカいせいで、廊下を歩く人がチラチラこっちを見てきて恥ずかしかった。
 少ししてから出店の当番の時間になったので外に出ると『文武両道亭』の前に女子が集まっていた。
 さぞかし木下が喜んでいるだろうと思ったが、そばに行ってみると、彼女たちの目はシェイカーを振る武田と央位に注がれていた。
「プロテイン買うからID教えてぇ」
「私もー!」
「嫌だ」
「即答されちゃったー」
「ウケるー」
「ごめんねぇ」
 素っ気ない大智に武田がフォローを入れた。
 それを横目に出店の裏に回ってエプロンと三角巾を付けていると、シフトが終わった木下と小原がオレの近くにやって来て「いいの、あれ」と聞いてきた。
「なにが?」
「えっと、ほら」
「央位と佐野って、その」
 どうやら二人はオレたちが付き合っていると気付いていたようだった。
「大丈夫。でも心配してくれて、ありがとな!」
 オレがそう言うと二人はホッとしたようだった。
 それからすぐに紙コップを買い行った森が戻ってきた。
 本人は「本当はもっと早く帰って来れたんだけど、人混みがすごくて全然スピード出せなかった」としょげていたけど、本気で頑張ってくれたのが伝わってきて、オレはめちゃくちゃ嬉しかった。
 出店は昨日より忙しく、全員で必死に動いてやっと回せている感じだったが、サッカー部の試合の時間が近くなると、クラスメイトたちが「央位が拗ねちゃうから行けよ」「カッコいい央位を見て来いよ」と揶揄いながら送り出してくれた。
 出店を次のシフトのメンバーに任せてからグラウンドに行くと、コンクリートの階段には想像していたよりも多くのひとが腰を下ろしていた。
 中にはバインダーを持って何かをチェックしている人もいた。田岡コーチのようにスカウティングに来ているのだろう。
 開久高校サッカー部が注目されているのがわかって、部員でもないのに誇らしい気持ちになった。
 どこか座れる場所はないかと見回していると、空良さんがオレに気付いて手招きしてくれた。
「こっちおいでよ!」
「ありがとうございます! 失礼します!」
 田岡コーチ、空良さん、オレの順で並んで座ると、すぐに試合開始のホイッスルが鳴った。
「今日の大智、気合い入ってるなぁ」
「そうみたいっすね! 朝陽くんが見に来てくれてるからかな?」
「い、いやぁ、そんなことは……えっと、キャプテンの武田が大智はすごく調子がいいって言ってました! 自主練も頑張ってるみたいです!」
 スカウティングに来ている田岡コーチの前なので、つい大智の宣伝みたいなことを言ってしまった。
「もしかして朝陽くんも経験者?」
「はい、中学までですけど」
「どこのチームだったん?」
 中学の時に所属していたチームの名前を言うと田岡コーチが「知ってる。いい育成してるチームだよね」と言ってくれた。
「その名前どこかで聞いたことがあるような……あ! 大智が珍しく褒めてたところだ! えっ、もしかして、その時の彼が朝陽くん!?」
「そうみたいです。寮で同じ部屋になるまで話したことはなかったんですけど」
「うわ、マジか。だから大智が……なるほどね」
 そんな話をしながらも三人とも目はピッチの選手たちを追っていた。
 開始十五分ぐらい経ったところで、大智の放ったミドルシュートがゴールネットを揺らした。敵に囲まれた状況だったのに大智はとても冷静にフェイントを掛けて相手をずらし、前に立ちはたがるディフェンスの股を抜いてのゴールだった。
 観客席に拍手が巻き起こる。
 大智は仲間たちとハグをすると、オレたちの前にやってきて両手を広げながらジャンプした。
「あれって、永田選手のゴールパフォーマンスだよな?」
「はい。大智、好きだったっけ?」
「……」
「もしかして朝陽くんが永田選手のファン?」
「あ、えっと、はい……」
「ええー! だから大智はあのパフォをしたってコト!?」
「あの大智が人を好きになるなんてなぁ……」
 オレは「そういうんじゃないです、本当に」と弁解したけど説得力はなかったと思う。
 だって顔がめちゃくちゃ熱かったから。
 試合は三対〇で大智たちが勝った。
 監督と話しがある田岡コーチと別れたあと、オレは空良さんを校門まで見送ることにした。
「大智がサッカーをやめようとしてたのは知ってる?」
「はい。一年の時に聞きました」
「そっか。一年の時から仲良くしてくれてるんだな。ありがとう」
「いえ……」
 付き合ったのは今年です、と言った方がいいのかどうかわからなくて、オレはもごもごした。
「一度は辞めたのに急にサッカー部に入ったって言うから、俺も両親も呆れてたんだ」
 空良さんによると、大智はプロのユースチームへの昇格が決まっていて、もしかしたら高校在学中にプロの試合に出場することだって出来たかもしれなかったそうだ。
 それを蹴って一般受験で開久高校入学し、サッカー部に入ったのだから「なにがしたいんだ?」となったことだろう。
 夏休み直前の練習試合でもわかるように、プロチームとは力の差がある。
 開久高校サッカー部は一部リーグに属しているものの、全国大会の東京代表になれたことは一度もなかった。
「でも今日の試合見て安心した!」
「大智、すごい良かったですよね!」
「それもあるけど。かっこいいところを見せたい相手がいるなら大丈夫そうだ」
 そう言った空良さんの笑顔は大智の笑い方とよく似ていた。