進路について親と話すのは、夏休みの宿題の一つだった。
オレは帰省した時に話したけれど、大智はどうしたのだろう。海外にいる両親にメールや電話で相談したのだろうか。
大智の進路をどう考えているのか、気になるのに聞けないまま、二学期最初の一ヶ月が過ぎていた。
「おはよう、朝陽」
「大智、おはよ……」
後ろで目を覚ました大智を振り返ろうとした時、尻に固いものが当たった。
「ちょっと」
「なに、朝陽」
「……あたってる」
「何が?」
白々しいことを。
大智がソレをわざと当ててるのは間違いない。
朝だから勃つのは仕方ないとしても、ベッドで寝ているルームメイトに押し付けるのはアウトだろ。
「他の人にやったらセクハラだぞ」
「俺が朝陽以外のひとにすると思う?」
「それは……」
「朝陽、答えて」
そう言いながら、大智はさらに強くオレを抱き寄せた。
「……しない」
「正解。さすがだね、朝陽。俺のことちゃんとわかってる」
そう言って大智はオレの首の後ろにチュッとキスをした。
夜が少しだけ涼しくなってからというもの、大智は俺のベッドにもぐりこんでくるようになった。寝るときは別々のベッドで寝ていたはずなのに、目が覚めると今みたいな状態になっているのだ。
「早く卒業したいな」
「えっ」
驚いて振り返ると、大智が目を細めてオレを見ていた。
「卒業したら朝陽を抱けるから」
「そんな約束してないぞ!?」
「高校生の間はダメって言った」
夏休みの帰省前、オレは買っておいたコンドームをこっそり大智の机の上に置いて行った。
そのせいで大智は夏休み中、悶々としていたらしく、オレが帰ってくるなりそういう雰囲気に持って行こうとした。
もちろんオレは止めた。高校生のうちはしないと言って。
それを大智は「卒業したらする」とポジティブに解釈したようだったが、オレは大智が卒業後も当たり前にオレと一緒にいると思っていることが嬉しくもあり、ちょっと不安でもあった。
「朝陽……?」
ベッドの中で大智に抱き付く。
いつでも抱き合えるこの距離は、卒業したら当たり前じゃなくなる。
「……好き」
「俺も好きだよ……でも、ごめん」
「え」
「俺、遅刻しそう」
「えっ、うわ!? もうこんな時間!?」
スマホを見ると、サッカー部の朝練開始時間の二十分前になっていた。
「ごめん!」
「ううん、大丈夫」
「リュックと制服はオレが用意しておくから!」
「ありがとう、朝陽」
二十分の間に朝食を食べて身支度をしなきゃいけないというのに、部屋を出て行く後ろ姿はマイペースそのものだった。
スポーツクラスの食堂で藤井が大智を急かし、武田が「後輩に示しがつかない」と嘆く姿が目に浮かんだ。
朝から進路について考えてしまったのは、放課後に担任との進路相談があったからかもしれない。
「佐野はテストで頑張ってるし提出物の状況もいい。私立なら指定校推薦も狙えるけど、国公立大を目指すのはいいと思うぞ」
「ありがとうございます」
「学科も決まってるなんて偉い偉い。先生も大学は英文科だったから聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ」
「はい……あの、受験とは直接関係ないことなんですけど、聞いてもいいですか?」
「うん、どうした?」
中嶋先生は笑みを浮かべてオレを見た。
でも、通訳を目指したいこと、サッカーに携わりたいことを伝えると中嶋先生の顔はどんどん曇っていき、ついには「うーん」と言って腕組みをしてしまった。
「やっぱりサッカー通訳になるのは難しいんですか……?」
「いや、まあ、そうだな。でも本気で目指せばなれない職業じゃない。ただ」
「ただ?」
「その夢は……央位のためか?」
突然、大智の名前が出てきてドキリとした。
「自分以外を軸にして進学先を考えるのはあまりお勧めしないぞ」
「あ、いえ、オレは」
「実は先生も当時付き合っていた彼女と『同じ大学に行こうね♡』って約束してたんだよ。でも受かったのは先生だけでさ……彼女は別の大学で新しい恋人ができて先生はフラれた。その時に『あれ、なんでこの大学に来たんだっけ?』ってなったんだ」
先生の体験談はすごく具体的で、大学受験をしたことがないオレでも当時の先生の気持ちは十分想像できた。
「佐野には先生のようになって欲しくない……!」
「あの、サッカー通訳になりたいのは大智のためってわけじゃなくて!」
オレは思わず先生の前に両手を広げた。
「実はオレもサッカーやってたんです。プロを目指していたけど怪我で続けられなくなって……でもやっぱりサッカーが好きだから、サッカーに携われる仕事がしたいと思ったんです」
サッカーを好きだという気持ちを確かめられたのも、サッカーを続けられなくてもサッカーをしていたことが全て無駄になったわけじゃないと気付けたのも、大智と過ごしたお陰だと思う。
だからこそ、もしサッカー通訳になれた時に大智と別れていたとしても、後悔しない自信があった。
「そ、そうか! ごめん、先生が間違ってた! 自分の嫌な経験を思い出してしまって、つい」
「い、いえ! 大智を見て改めてサッカーが好きだって気が付いたのはありますから……」
「いやぁ、佐野と央位は仲が良いから、つい先走ってしまった、すまんすまん」
そう言って笑う先生は顔が心なしか赤い気がした。
え、それ、どういう反応……?
自分の失恋を生徒に前のめりに話してしまったことが恥ずかしいのか、それともオレたちが付き合ってると気づいているからなのか……。
「ええ~? 普通ですよ、ハハハハ……!」
笑い返したオレの顔も赤くなっていたと思う。
「佐野の進路について考えはわかった! 具体的な志望校は次の面談で話そう。まずは今まで通り勉強を頑張ってもらって……あと文化祭だな!」
「はい! 優勝目指して頑張ります!」
「うん、頑張ろう」
教室を出ると、自然とため息が出た。
志望校の話にならなくて、ホッとしたからだ。
国公立大というのは決めていたが、どこを受けるかは大智の進路に合わせて志望校を決めようと思っている。
でも先生の話を聞いたら、とてもじゃないが言い出せなかった。
別に恋愛を禁止されているわけじゃない。
でも、男同士で付き合ってるひとたちの話は聞いたことがなかった。
オレたち以外にいないのか、それとも隠しているのか。
それさえもわからない。
ただ、オレたちに限った話で言えば、恋人ごっこを始めた時に大智が「周りに秘密にしよう」と言っていたことを考えると、付き合っていることは隠したほうがいいんだと思う。
周りにあれこれ言われるのが嫌だという大智の気持ちは理解できる。
サッカー部のいつもの三人はもう知っているからいいとして、他の人にはバレないようにしないと……。
オレは帰省した時に話したけれど、大智はどうしたのだろう。海外にいる両親にメールや電話で相談したのだろうか。
大智の進路をどう考えているのか、気になるのに聞けないまま、二学期最初の一ヶ月が過ぎていた。
「おはよう、朝陽」
「大智、おはよ……」
後ろで目を覚ました大智を振り返ろうとした時、尻に固いものが当たった。
「ちょっと」
「なに、朝陽」
「……あたってる」
「何が?」
白々しいことを。
大智がソレをわざと当ててるのは間違いない。
朝だから勃つのは仕方ないとしても、ベッドで寝ているルームメイトに押し付けるのはアウトだろ。
「他の人にやったらセクハラだぞ」
「俺が朝陽以外のひとにすると思う?」
「それは……」
「朝陽、答えて」
そう言いながら、大智はさらに強くオレを抱き寄せた。
「……しない」
「正解。さすがだね、朝陽。俺のことちゃんとわかってる」
そう言って大智はオレの首の後ろにチュッとキスをした。
夜が少しだけ涼しくなってからというもの、大智は俺のベッドにもぐりこんでくるようになった。寝るときは別々のベッドで寝ていたはずなのに、目が覚めると今みたいな状態になっているのだ。
「早く卒業したいな」
「えっ」
驚いて振り返ると、大智が目を細めてオレを見ていた。
「卒業したら朝陽を抱けるから」
「そんな約束してないぞ!?」
「高校生の間はダメって言った」
夏休みの帰省前、オレは買っておいたコンドームをこっそり大智の机の上に置いて行った。
そのせいで大智は夏休み中、悶々としていたらしく、オレが帰ってくるなりそういう雰囲気に持って行こうとした。
もちろんオレは止めた。高校生のうちはしないと言って。
それを大智は「卒業したらする」とポジティブに解釈したようだったが、オレは大智が卒業後も当たり前にオレと一緒にいると思っていることが嬉しくもあり、ちょっと不安でもあった。
「朝陽……?」
ベッドの中で大智に抱き付く。
いつでも抱き合えるこの距離は、卒業したら当たり前じゃなくなる。
「……好き」
「俺も好きだよ……でも、ごめん」
「え」
「俺、遅刻しそう」
「えっ、うわ!? もうこんな時間!?」
スマホを見ると、サッカー部の朝練開始時間の二十分前になっていた。
「ごめん!」
「ううん、大丈夫」
「リュックと制服はオレが用意しておくから!」
「ありがとう、朝陽」
二十分の間に朝食を食べて身支度をしなきゃいけないというのに、部屋を出て行く後ろ姿はマイペースそのものだった。
スポーツクラスの食堂で藤井が大智を急かし、武田が「後輩に示しがつかない」と嘆く姿が目に浮かんだ。
朝から進路について考えてしまったのは、放課後に担任との進路相談があったからかもしれない。
「佐野はテストで頑張ってるし提出物の状況もいい。私立なら指定校推薦も狙えるけど、国公立大を目指すのはいいと思うぞ」
「ありがとうございます」
「学科も決まってるなんて偉い偉い。先生も大学は英文科だったから聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ」
「はい……あの、受験とは直接関係ないことなんですけど、聞いてもいいですか?」
「うん、どうした?」
中嶋先生は笑みを浮かべてオレを見た。
でも、通訳を目指したいこと、サッカーに携わりたいことを伝えると中嶋先生の顔はどんどん曇っていき、ついには「うーん」と言って腕組みをしてしまった。
「やっぱりサッカー通訳になるのは難しいんですか……?」
「いや、まあ、そうだな。でも本気で目指せばなれない職業じゃない。ただ」
「ただ?」
「その夢は……央位のためか?」
突然、大智の名前が出てきてドキリとした。
「自分以外を軸にして進学先を考えるのはあまりお勧めしないぞ」
「あ、いえ、オレは」
「実は先生も当時付き合っていた彼女と『同じ大学に行こうね♡』って約束してたんだよ。でも受かったのは先生だけでさ……彼女は別の大学で新しい恋人ができて先生はフラれた。その時に『あれ、なんでこの大学に来たんだっけ?』ってなったんだ」
先生の体験談はすごく具体的で、大学受験をしたことがないオレでも当時の先生の気持ちは十分想像できた。
「佐野には先生のようになって欲しくない……!」
「あの、サッカー通訳になりたいのは大智のためってわけじゃなくて!」
オレは思わず先生の前に両手を広げた。
「実はオレもサッカーやってたんです。プロを目指していたけど怪我で続けられなくなって……でもやっぱりサッカーが好きだから、サッカーに携われる仕事がしたいと思ったんです」
サッカーを好きだという気持ちを確かめられたのも、サッカーを続けられなくてもサッカーをしていたことが全て無駄になったわけじゃないと気付けたのも、大智と過ごしたお陰だと思う。
だからこそ、もしサッカー通訳になれた時に大智と別れていたとしても、後悔しない自信があった。
「そ、そうか! ごめん、先生が間違ってた! 自分の嫌な経験を思い出してしまって、つい」
「い、いえ! 大智を見て改めてサッカーが好きだって気が付いたのはありますから……」
「いやぁ、佐野と央位は仲が良いから、つい先走ってしまった、すまんすまん」
そう言って笑う先生は顔が心なしか赤い気がした。
え、それ、どういう反応……?
自分の失恋を生徒に前のめりに話してしまったことが恥ずかしいのか、それともオレたちが付き合ってると気づいているからなのか……。
「ええ~? 普通ですよ、ハハハハ……!」
笑い返したオレの顔も赤くなっていたと思う。
「佐野の進路について考えはわかった! 具体的な志望校は次の面談で話そう。まずは今まで通り勉強を頑張ってもらって……あと文化祭だな!」
「はい! 優勝目指して頑張ります!」
「うん、頑張ろう」
教室を出ると、自然とため息が出た。
志望校の話にならなくて、ホッとしたからだ。
国公立大というのは決めていたが、どこを受けるかは大智の進路に合わせて志望校を決めようと思っている。
でも先生の話を聞いたら、とてもじゃないが言い出せなかった。
別に恋愛を禁止されているわけじゃない。
でも、男同士で付き合ってるひとたちの話は聞いたことがなかった。
オレたち以外にいないのか、それとも隠しているのか。
それさえもわからない。
ただ、オレたちに限った話で言えば、恋人ごっこを始めた時に大智が「周りに秘密にしよう」と言っていたことを考えると、付き合っていることは隠したほうがいいんだと思う。
周りにあれこれ言われるのが嫌だという大智の気持ちは理解できる。
サッカー部のいつもの三人はもう知っているからいいとして、他の人にはバレないようにしないと……。
