テストが終わって答案が返却されると、夏休みが始まった。
地方出身の寮生は大半が帰省する。
寮に残ろうと思えば残れるが、オレはやることがあるので夏休みは地元へ帰ることにした。
大智と付き合ってから初めての帰省だ。
「朝陽……」
「もー、くっつくなってば! ただでさえ暑いんだから」
練習の休憩時間に寮へ戻ってきた大智は、オレを後ろから抱きしめたり、首筋に唇を押し付けて来たりと、荷造りの邪魔してばかりいる。
炎天下を走っていた身体はストーブかというぐらい熱く、くっつかれるとこちらまで汗が滴り落ちて来た。
「離れたくない……」
武田が大智をメンヘラ女子と呼んでいたけど、今の大智はまさにそれだ。
「そんなこと言って、大智だって合宿と遠征でほとんど寮にはいないんだろ?」
「そうだけど……帰った時に朝陽が部屋にいるのといないのじゃ全然違う」
そんな風に思ってくれてたんだ……。
ハードな練習をこなす大智の心の支えになれてたのならすごく嬉しい。
「ねえ、毎日電話しよう。メッセージも送るから絶対返信してね」
うーん、そこまで来るとちょっと面倒だな……。
こうなったら話題を変えるしかない。
「今週の土曜日まではいるんだから、その間に楽しいことしようぜ?」
「俺ずっと練習試合……」
そ、そうだった……。
「じゃあ応援に行こうかな!」
「えっ本当? 日差し強いけど大丈夫? 来てくれたら嬉しいけど無理しないでね」
口ではそう言いながら、大智は明らかにテンションが上がっていた。
「日焼け止め塗ってくから大丈夫だって。でも、できれば近場の会場がいいなぁ」
「うちのグラウンドであるよ」
「へえ! どことやるの?」
大智が教えてくれた対戦相手はプロのユースチームだった。
「強そうだな」
「強いだろうね」
「勝てる?」
オレが後ろにいる大智を振り返ると、大智は真顔で「朝陽が来てくれるなら勝てる」と言った。
「言ったな?」
「うん。ねぇ、朝陽」
そう言って大智が急に俺の方に身を乗り出した。オレはバランスを崩して、手を後ろについた。フローリングの床は大智とは対照的にクーラーで冷やされてひんやりしていた。
「な、なに?」
「俺が点を決めたらキスよりすごいことしていい?」
「……い、いいけど」
「やった! 約束だよ!」
試合当日まで「なんでそんな約束をしてしまったんだろう」と何度も後悔した。
多分、夏のせいだ。異常な暑さで頭が上手く回らなかったんだ。
でも、そのくせ「夏休みだから寮にひとが少ないだろう」なんて妙に冷静な判断をしてもいた。
一方の大智は、いつも以上に気合が入っている様子だった。
練習が終わって部屋に帰ってくると、念入りにストレッチをしたりプロテインを飲んだりと前より真剣に体のケアをしていた。
オレはその姿を見るたびに「キスよりすごいこと」を想像させられた。
ていうか「キスよりすごいこと」ってなんだ?
オススメされたBL漫画を自分のスマホで購入してベッドの中で読み、「準備ってやつをしておくべきなのか?」「アレは買ってあるのか……?」など悶々と考えた。
おかげで変に緊張してしまったオレは、木下と小原に「大智の試合を一緒に応援して欲しい」と頼んだ。
二人からはOKの返事があって、少しほっとした。
そうして迎えた練習試合当日。
オレは一瞬で試合に引き込まれた。
さすがプロのたまごだ。とんでもなく上手い。
サッカー観戦に慣れていない木下でもすごいとわかったようで、相手のチームが先にゴールを決めると「おおっ」と控えめに声を上げた。
「どっちを応援してるんだよ」
小原にツッコまれ、木下は「ごめんごめん」と言ってオレに両手を合わせた。
そうこうしているうちに、また相手チームが点を入れた。いとも簡単に抜かれ、武田が悔しそうに髪をかき上げた。
かなり押し込まれていたが、央位大智は黙ってやられる男じゃない。後半戦の中盤で相手ゴールにシュートを叩き込み、その後も「ビビるな、前に出ろ」「ライン上げろ!」とチームを鼓舞し続けた。
そんな大智を見ているうちにオレの手は汗でビショビショになっていた。オレが現役の時は親も同じように手汗をかきながら応援してくれてたのかな、なんてちょっと思った。
試合結果は一対五。開久高校の大敗だった。
それでも大智はゴールを決めた。
キスよりすごいことが何なのか今もわからないけれど、魂がこもったプレイを見たあとで「無理です」とは言えない。
食堂がしまっていたので小原と木下で夕飯を食べに行き、寮に戻ってから風呂で念入りに体を洗った。
ベッドの上で正座をして待っていると、大智は部屋に入ってくるなりオレを強く抱きしめた。
「大智、お、おかえり」
「……」
「……する?」
我ながら情けないほどに小さな声だった。
大智はがばりと顔を上げると、オレを睨みつけてきた。
「あんなだせぇ結果で大好きなやつ抱けるわけないだろ! 次はアイツらに絶対勝つ!」
「お、おう」
本当にするつもりだったんだ……。
喜んでいいのか、残念がるべきなのかわからなくて、とりあえず大智の頭を撫でた。
「カッコよかったぞ」
「……あんなの全然ダメだ」
「そうか? オレは大智のプレーを見て、すごくサッカーがしたくなったぞ!」
「……そう?」
「うん。大智とサッカーしたかった」
大智の試合を見て、改めてサッカーが好きだと思った。
ここまで夢中になれるものに、また出会えるとは思えない。
もしサッカーと出会えなかったら、オレは今のオレじゃなかっただろう。
「……俺も。朝陽のプレイ見た時に、一緒のチームでやりたいって思った」
「本当?」
「うん。朝陽なら全力で向かって来てくれそうだから」
「大智とやるなら誰だって全力でやるだろ」
「そんなことないよ。とにかく俺にパスすればいいと思ってるやつとか、俺を止められないから削りにくるやつとかいたし」
なんとなく、わかる気がした。
チームの中で飛び抜けて上手い奴は、どうしたって目立つ。
目立つ選手はチームメイトに頼られ、対戦相手からは標的にされる。
央位大智ほどの選手なら、プロチームのジュニアユースチームにいても目立っていたはずだ。同年代だけでなく大人にさえ過剰に期待されたことも、過剰に貶されたこともあったんじゃないかと思う。
「サッカー続けてくれて、ありがとな」
「朝陽……」
珍しくセンチメンタルな顔をしている大智をベッドに押し倒して、半開きの唇に唇を重ねた。
「寮なのにキスしていいの?」
「いいよ、夏休みだから……ちょっ、ストップ! キスしていいとは言ったけど服を脱がしてキスしていいとは言ってないぞ! あ、こらっ」
翌朝。
まるで大型犬のようにオレをベロベロ舐めた大智にイタズラを仕掛けてから寮を出て、オレは実家に向かった。
実家では、久しぶりに両親と食事をした。
その時にオレは、通訳としてサッカーに関わりたいと思ってることを話した。
高校で寮生活をさせてもらったぶん、大学は学費が安い国公立を目指していると話すと親はびっくりしていた。
「また寮かひとり暮らしになっちゃうかもしれないんだけど……」
「それはいい。うちから通える国公立大は一つしかないからな。そんなことより」
「サッカーにしか興味がなかった朝陽が立派になって……」
その言葉は大学に合格してから言って欲しかったけど、両親はきっとサッカーが出来なくなったオレをオレが想像していた以上に心配していたんだろうなとわかったから黙って聞いておいた。
自分の部屋に戻ると、充電中のスマホに大智からのメッセージが届いていた。
『ねえ、俺の机にコンドームの箱が置いてあるんだけど』
『えっ』
『用意してくれてたってこと……?』
『うわ、マジか』
『ヤバいぐらい興奮してるんだけど』
『ねぇ、なんか言ってよ』
『朝陽』
地方出身の寮生は大半が帰省する。
寮に残ろうと思えば残れるが、オレはやることがあるので夏休みは地元へ帰ることにした。
大智と付き合ってから初めての帰省だ。
「朝陽……」
「もー、くっつくなってば! ただでさえ暑いんだから」
練習の休憩時間に寮へ戻ってきた大智は、オレを後ろから抱きしめたり、首筋に唇を押し付けて来たりと、荷造りの邪魔してばかりいる。
炎天下を走っていた身体はストーブかというぐらい熱く、くっつかれるとこちらまで汗が滴り落ちて来た。
「離れたくない……」
武田が大智をメンヘラ女子と呼んでいたけど、今の大智はまさにそれだ。
「そんなこと言って、大智だって合宿と遠征でほとんど寮にはいないんだろ?」
「そうだけど……帰った時に朝陽が部屋にいるのといないのじゃ全然違う」
そんな風に思ってくれてたんだ……。
ハードな練習をこなす大智の心の支えになれてたのならすごく嬉しい。
「ねえ、毎日電話しよう。メッセージも送るから絶対返信してね」
うーん、そこまで来るとちょっと面倒だな……。
こうなったら話題を変えるしかない。
「今週の土曜日まではいるんだから、その間に楽しいことしようぜ?」
「俺ずっと練習試合……」
そ、そうだった……。
「じゃあ応援に行こうかな!」
「えっ本当? 日差し強いけど大丈夫? 来てくれたら嬉しいけど無理しないでね」
口ではそう言いながら、大智は明らかにテンションが上がっていた。
「日焼け止め塗ってくから大丈夫だって。でも、できれば近場の会場がいいなぁ」
「うちのグラウンドであるよ」
「へえ! どことやるの?」
大智が教えてくれた対戦相手はプロのユースチームだった。
「強そうだな」
「強いだろうね」
「勝てる?」
オレが後ろにいる大智を振り返ると、大智は真顔で「朝陽が来てくれるなら勝てる」と言った。
「言ったな?」
「うん。ねぇ、朝陽」
そう言って大智が急に俺の方に身を乗り出した。オレはバランスを崩して、手を後ろについた。フローリングの床は大智とは対照的にクーラーで冷やされてひんやりしていた。
「な、なに?」
「俺が点を決めたらキスよりすごいことしていい?」
「……い、いいけど」
「やった! 約束だよ!」
試合当日まで「なんでそんな約束をしてしまったんだろう」と何度も後悔した。
多分、夏のせいだ。異常な暑さで頭が上手く回らなかったんだ。
でも、そのくせ「夏休みだから寮にひとが少ないだろう」なんて妙に冷静な判断をしてもいた。
一方の大智は、いつも以上に気合が入っている様子だった。
練習が終わって部屋に帰ってくると、念入りにストレッチをしたりプロテインを飲んだりと前より真剣に体のケアをしていた。
オレはその姿を見るたびに「キスよりすごいこと」を想像させられた。
ていうか「キスよりすごいこと」ってなんだ?
オススメされたBL漫画を自分のスマホで購入してベッドの中で読み、「準備ってやつをしておくべきなのか?」「アレは買ってあるのか……?」など悶々と考えた。
おかげで変に緊張してしまったオレは、木下と小原に「大智の試合を一緒に応援して欲しい」と頼んだ。
二人からはOKの返事があって、少しほっとした。
そうして迎えた練習試合当日。
オレは一瞬で試合に引き込まれた。
さすがプロのたまごだ。とんでもなく上手い。
サッカー観戦に慣れていない木下でもすごいとわかったようで、相手のチームが先にゴールを決めると「おおっ」と控えめに声を上げた。
「どっちを応援してるんだよ」
小原にツッコまれ、木下は「ごめんごめん」と言ってオレに両手を合わせた。
そうこうしているうちに、また相手チームが点を入れた。いとも簡単に抜かれ、武田が悔しそうに髪をかき上げた。
かなり押し込まれていたが、央位大智は黙ってやられる男じゃない。後半戦の中盤で相手ゴールにシュートを叩き込み、その後も「ビビるな、前に出ろ」「ライン上げろ!」とチームを鼓舞し続けた。
そんな大智を見ているうちにオレの手は汗でビショビショになっていた。オレが現役の時は親も同じように手汗をかきながら応援してくれてたのかな、なんてちょっと思った。
試合結果は一対五。開久高校の大敗だった。
それでも大智はゴールを決めた。
キスよりすごいことが何なのか今もわからないけれど、魂がこもったプレイを見たあとで「無理です」とは言えない。
食堂がしまっていたので小原と木下で夕飯を食べに行き、寮に戻ってから風呂で念入りに体を洗った。
ベッドの上で正座をして待っていると、大智は部屋に入ってくるなりオレを強く抱きしめた。
「大智、お、おかえり」
「……」
「……する?」
我ながら情けないほどに小さな声だった。
大智はがばりと顔を上げると、オレを睨みつけてきた。
「あんなだせぇ結果で大好きなやつ抱けるわけないだろ! 次はアイツらに絶対勝つ!」
「お、おう」
本当にするつもりだったんだ……。
喜んでいいのか、残念がるべきなのかわからなくて、とりあえず大智の頭を撫でた。
「カッコよかったぞ」
「……あんなの全然ダメだ」
「そうか? オレは大智のプレーを見て、すごくサッカーがしたくなったぞ!」
「……そう?」
「うん。大智とサッカーしたかった」
大智の試合を見て、改めてサッカーが好きだと思った。
ここまで夢中になれるものに、また出会えるとは思えない。
もしサッカーと出会えなかったら、オレは今のオレじゃなかっただろう。
「……俺も。朝陽のプレイ見た時に、一緒のチームでやりたいって思った」
「本当?」
「うん。朝陽なら全力で向かって来てくれそうだから」
「大智とやるなら誰だって全力でやるだろ」
「そんなことないよ。とにかく俺にパスすればいいと思ってるやつとか、俺を止められないから削りにくるやつとかいたし」
なんとなく、わかる気がした。
チームの中で飛び抜けて上手い奴は、どうしたって目立つ。
目立つ選手はチームメイトに頼られ、対戦相手からは標的にされる。
央位大智ほどの選手なら、プロチームのジュニアユースチームにいても目立っていたはずだ。同年代だけでなく大人にさえ過剰に期待されたことも、過剰に貶されたこともあったんじゃないかと思う。
「サッカー続けてくれて、ありがとな」
「朝陽……」
珍しくセンチメンタルな顔をしている大智をベッドに押し倒して、半開きの唇に唇を重ねた。
「寮なのにキスしていいの?」
「いいよ、夏休みだから……ちょっ、ストップ! キスしていいとは言ったけど服を脱がしてキスしていいとは言ってないぞ! あ、こらっ」
翌朝。
まるで大型犬のようにオレをベロベロ舐めた大智にイタズラを仕掛けてから寮を出て、オレは実家に向かった。
実家では、久しぶりに両親と食事をした。
その時にオレは、通訳としてサッカーに関わりたいと思ってることを話した。
高校で寮生活をさせてもらったぶん、大学は学費が安い国公立を目指していると話すと親はびっくりしていた。
「また寮かひとり暮らしになっちゃうかもしれないんだけど……」
「それはいい。うちから通える国公立大は一つしかないからな。そんなことより」
「サッカーにしか興味がなかった朝陽が立派になって……」
その言葉は大学に合格してから言って欲しかったけど、両親はきっとサッカーが出来なくなったオレをオレが想像していた以上に心配していたんだろうなとわかったから黙って聞いておいた。
自分の部屋に戻ると、充電中のスマホに大智からのメッセージが届いていた。
『ねえ、俺の机にコンドームの箱が置いてあるんだけど』
『えっ』
『用意してくれてたってこと……?』
『うわ、マジか』
『ヤバいぐらい興奮してるんだけど』
『ねぇ、なんか言ってよ』
『朝陽』
