大智と恋人同士になってから一か月後、四年に一度の世界大会が始まった。
サッカー部は全員で集まって観戦するのかと思ったが、監督から「各自部屋で見るように」と言われたらしい。前に国際親善試合を見た時に盛り上がりすぎて、他の部活の寮生から苦情が来てしまったのだそうだ。
そんなわけで、大智はオレと一緒に寮の部屋で一緒に試合を見ることになった。
キックオフは朝の五時。
オレはその少し前に掛けたアラームで目を覚まし、ベッドの壁側にパソコンを置いた。布団にくるまりながら試合開始を待っていると、大智がオレの背中側にもぐりこんできた。
「よく起きれたな?」
「うん……」
まだ眠そうな大智にワイヤレスイヤホンの片方を渡すと、大智は欠伸しながらそれを左耳に押し込んだ。
アナウンサーの興奮した声が右耳のワイヤレスイヤホンから聞こえた。
『さあ、ついにこの日がやってまいりました!解説は私、太田と、元日本代表の森田さんでお送りします』
今日の日本の対戦相手は強豪国。日本よりランキング上位の相手だ。
前半戦はお互いにシュートはあったものの、ゴールには至らなかった。
ハーフタイムになる頃には、大智もすっかり目が覚めたようだった。
「大智はどっちが勝つと思う?」
「うーん、微妙」
そこは「日本が勝つ」って言うところだろと思ったけれど、それを言わないところが大智らしい。
「勝ってほしいな」
「うん」
「前にも話したけどオレ、子どもの頃から永田選手が好きでさ」
永田選手が初めて日本代表として招集された時、スタジアムに国際親善試合を見に行ったこともあった。
「今回で日本代表を引退するんだよなあ……」
「らしいね」
「……大智はどうしてサッカーを辞めようとしてたの?」
「俺?」
ベッドの中で振り返ると、大智が困ったような顔でオレを見ていた。
「言いたくないなら全然無理しなくていいから!」
「そんなことないよ。くだらなすぎて、なんて言ったらいいかわかんないだけ」
「え?」
「俺の兄貴のこと知ってる? 央位空良っていうんだけど」
「知ってる……めちゃくちゃイケメンでめちゃくちゃサッカーが上手いって話題になってたよな」
褒めたつもりだったが、大智の眉間には皺が寄っていた。
「まあね。その空良がさ、高校サッカー選手権が終わったからサッカーやめるって言い出して」
「うん」
「は? って思った。だってずっとプロになるって言ってたし、七夕の短冊にも初詣の絵馬にも『プロサッカー選手になる』って書いてたんだよ?」
「お、おう」
オレも書いてたけど……。
ていうか、サッカー男子なら一度は書くだろ。
「それなのに『高校サッカーで満足した。親には一年以上前に話してあった』とか言い出すから頭にきて」
「……え? もしかして、お兄さんがやめたから自分もサッカーやめようと思ったの!?」
あまりにも意外で、早朝だというのに大きな声が出てしまった。
「わからない……そうなのかも。ずっと兄貴に勝つって思ってサッカーしてたから」
そういえば小原が『兄のほうが上手い』と言っていた。
ずっと兄と比べられてきたのに、兄の方が先にサッカーをやめてしまった。
勝ち逃げされたような気分になったのかもしれない。
「そうだったんだ……」
オレはひとりっ子だから、サッカーの上手い兄がいるなんて憧れのシチュエーションだ。
でも当事者からしてみたら、もっと複雑な思いがあるんだろうな。
「やめなくてよかったと思うよ」
「そう?」
「うん」
サッカーをやめようと思った理由は違うけど、サッカーをやめていたらきっと大智もオレと同じように寂しいと感じていただろう。
「俺がサッカー部に入るか悩んでるって話した時、朝陽なんて言ったか覚えてる?」
「え……? なんか言ったっけ?」
全然覚えてない。
藤井に誘われて悩んでると大智が話していたのは覚えてる。その時オレはサッカー経験者であることを隠していたから「そうなんだ」ぐらいの返事をした気がするけど……。
「どっちでもいいんじゃないって言ったんだよ」
「えっ、本当に?」
「俺さ、正直ちょっと自惚れてたんだよね。サッカー上手い自覚あるし、サッカー辞めるって言ったとき色んな人に引き止められたから」
「あっ、いや、オレも大智はサッカー続けたほうがいいと思ったよ!? でも、やめたやつが『続けたほうがいい』って言うのも違う気がして……」
「絶対振り向かせるって思ったんだ」
「え?」
「サッカー部に入って、朝陽に『大智のサッカーが見たい』って言わせようって。それが今の俺の目標」
「……そんなこと言われたら、気軽に見に行きたいって言えないじゃん」
「はは、大丈夫だよ。さすがにもう『やめる』なんて言わないから」
大智がそう言ったところで、後半開始のホイッスルが鳴った。
相手キックから始まった後半戦は、両方のチームにシュートチャンスがないまま時間だけが過ぎて行った。
「これはドローかもな……」
今日の試合は予選リーグだから零対零の場合は引き分けで試合が終了する。
それでも勝ち点『一』を獲得できるから負けるよりは本線に一歩前進だ。
でもやっぱりゴールが見たい。選手たちも一点が欲しくてピッチを走っている。
「ねえ、朝陽」
後にいる大智がオレを呼んだ。
「ん?」
「日本が勝ったらキスしよ」
「おお、いいぞ」
オレはパソコンの画面を見たまま返事をした。
試合はどちらも点が入らないまま後半のアディショナルタイムを迎えた。
日本はコーナーキックのチャンスを得た。
コーナーフラッグの向こうに立った選手が手を挙げてボールを蹴った。
ボールはキーパーの斜め前に飛び、そこに飛び込んだのはオレが尊敬する永田選手だった。
永田選手のヘッドが決まり、日本に一点が入った。
これで一対零だ。
試合終了まであと二分。
しかし相手も諦めない。センターサークルからリスタートすると、すぐにカウンターが始まった。
主審がホイッスルを吹くまでがめちゃくちゃ長く感じた。
『ここで試合終了ーー! 日本勝ちました!』
「やった! 大智! 勝、んっ……」
日本サポーターの大歓声を聞きながら、オレたちは初めて寮でキスをした。
サッカー部は全員で集まって観戦するのかと思ったが、監督から「各自部屋で見るように」と言われたらしい。前に国際親善試合を見た時に盛り上がりすぎて、他の部活の寮生から苦情が来てしまったのだそうだ。
そんなわけで、大智はオレと一緒に寮の部屋で一緒に試合を見ることになった。
キックオフは朝の五時。
オレはその少し前に掛けたアラームで目を覚まし、ベッドの壁側にパソコンを置いた。布団にくるまりながら試合開始を待っていると、大智がオレの背中側にもぐりこんできた。
「よく起きれたな?」
「うん……」
まだ眠そうな大智にワイヤレスイヤホンの片方を渡すと、大智は欠伸しながらそれを左耳に押し込んだ。
アナウンサーの興奮した声が右耳のワイヤレスイヤホンから聞こえた。
『さあ、ついにこの日がやってまいりました!解説は私、太田と、元日本代表の森田さんでお送りします』
今日の日本の対戦相手は強豪国。日本よりランキング上位の相手だ。
前半戦はお互いにシュートはあったものの、ゴールには至らなかった。
ハーフタイムになる頃には、大智もすっかり目が覚めたようだった。
「大智はどっちが勝つと思う?」
「うーん、微妙」
そこは「日本が勝つ」って言うところだろと思ったけれど、それを言わないところが大智らしい。
「勝ってほしいな」
「うん」
「前にも話したけどオレ、子どもの頃から永田選手が好きでさ」
永田選手が初めて日本代表として招集された時、スタジアムに国際親善試合を見に行ったこともあった。
「今回で日本代表を引退するんだよなあ……」
「らしいね」
「……大智はどうしてサッカーを辞めようとしてたの?」
「俺?」
ベッドの中で振り返ると、大智が困ったような顔でオレを見ていた。
「言いたくないなら全然無理しなくていいから!」
「そんなことないよ。くだらなすぎて、なんて言ったらいいかわかんないだけ」
「え?」
「俺の兄貴のこと知ってる? 央位空良っていうんだけど」
「知ってる……めちゃくちゃイケメンでめちゃくちゃサッカーが上手いって話題になってたよな」
褒めたつもりだったが、大智の眉間には皺が寄っていた。
「まあね。その空良がさ、高校サッカー選手権が終わったからサッカーやめるって言い出して」
「うん」
「は? って思った。だってずっとプロになるって言ってたし、七夕の短冊にも初詣の絵馬にも『プロサッカー選手になる』って書いてたんだよ?」
「お、おう」
オレも書いてたけど……。
ていうか、サッカー男子なら一度は書くだろ。
「それなのに『高校サッカーで満足した。親には一年以上前に話してあった』とか言い出すから頭にきて」
「……え? もしかして、お兄さんがやめたから自分もサッカーやめようと思ったの!?」
あまりにも意外で、早朝だというのに大きな声が出てしまった。
「わからない……そうなのかも。ずっと兄貴に勝つって思ってサッカーしてたから」
そういえば小原が『兄のほうが上手い』と言っていた。
ずっと兄と比べられてきたのに、兄の方が先にサッカーをやめてしまった。
勝ち逃げされたような気分になったのかもしれない。
「そうだったんだ……」
オレはひとりっ子だから、サッカーの上手い兄がいるなんて憧れのシチュエーションだ。
でも当事者からしてみたら、もっと複雑な思いがあるんだろうな。
「やめなくてよかったと思うよ」
「そう?」
「うん」
サッカーをやめようと思った理由は違うけど、サッカーをやめていたらきっと大智もオレと同じように寂しいと感じていただろう。
「俺がサッカー部に入るか悩んでるって話した時、朝陽なんて言ったか覚えてる?」
「え……? なんか言ったっけ?」
全然覚えてない。
藤井に誘われて悩んでると大智が話していたのは覚えてる。その時オレはサッカー経験者であることを隠していたから「そうなんだ」ぐらいの返事をした気がするけど……。
「どっちでもいいんじゃないって言ったんだよ」
「えっ、本当に?」
「俺さ、正直ちょっと自惚れてたんだよね。サッカー上手い自覚あるし、サッカー辞めるって言ったとき色んな人に引き止められたから」
「あっ、いや、オレも大智はサッカー続けたほうがいいと思ったよ!? でも、やめたやつが『続けたほうがいい』って言うのも違う気がして……」
「絶対振り向かせるって思ったんだ」
「え?」
「サッカー部に入って、朝陽に『大智のサッカーが見たい』って言わせようって。それが今の俺の目標」
「……そんなこと言われたら、気軽に見に行きたいって言えないじゃん」
「はは、大丈夫だよ。さすがにもう『やめる』なんて言わないから」
大智がそう言ったところで、後半開始のホイッスルが鳴った。
相手キックから始まった後半戦は、両方のチームにシュートチャンスがないまま時間だけが過ぎて行った。
「これはドローかもな……」
今日の試合は予選リーグだから零対零の場合は引き分けで試合が終了する。
それでも勝ち点『一』を獲得できるから負けるよりは本線に一歩前進だ。
でもやっぱりゴールが見たい。選手たちも一点が欲しくてピッチを走っている。
「ねえ、朝陽」
後にいる大智がオレを呼んだ。
「ん?」
「日本が勝ったらキスしよ」
「おお、いいぞ」
オレはパソコンの画面を見たまま返事をした。
試合はどちらも点が入らないまま後半のアディショナルタイムを迎えた。
日本はコーナーキックのチャンスを得た。
コーナーフラッグの向こうに立った選手が手を挙げてボールを蹴った。
ボールはキーパーの斜め前に飛び、そこに飛び込んだのはオレが尊敬する永田選手だった。
永田選手のヘッドが決まり、日本に一点が入った。
これで一対零だ。
試合終了まであと二分。
しかし相手も諦めない。センターサークルからリスタートすると、すぐにカウンターが始まった。
主審がホイッスルを吹くまでがめちゃくちゃ長く感じた。
『ここで試合終了ーー! 日本勝ちました!』
「やった! 大智! 勝、んっ……」
日本サポーターの大歓声を聞きながら、オレたちは初めて寮でキスをした。
