二泊三日の沖縄修学旅行はあっという間に終わってしまった。
一日の振替休日を挟んでいつも通りの学校が始まってしまうと、沖縄の名残を感じさせてくれるのは自分用に買ったちんすこうと日焼けの跡だけだった。
といっても、オレは焼けても肌が赤くなるだけなので、もうそんなに目立たない。
一方の大智は観光以外に朝練もあったから、しっかり焼けている。彫りが深すぎて両親のどちらかがブラジル人という噂が立っただけあって、日焼けがよく似合う。
「日焼けしたとこ、痛くなったりしないの?」
寮の部屋で朝の身支度をしながら尋ねると、大智は筋肉質な腕をさすりながら答えた。
「今回は大丈夫かな。そんなに暑くなかったし。夏の合宿だと痛くなることもあるよ」
「大智でも痛くなるのかあ……」
「朝陽は? 大丈夫?」
「うん。もうほぼ平気。サッカーやってたときよりは全然マシ」
恋人同士になってから、オレと大智は自然にサッカーの話をするようになった。
今のようにサッカーしていた時の話をすることもあれば、海外選手だと誰が好きとか、日本代表選手なら誰が好きとか、雑談の中にもサッカーに関する話題が増えた。
多分、これからもっと増えるだろう。
なんせ今年はサッカーの世界大会があるのだから。
「朝陽、そろそろ行こうか」
「うん」
玄関で靴を履いていると、大智がじっとこっちを見てきた。
朝練がなくて一緒に学校に行けるのが珍しいからかと思ったが、そうじゃなかった。
「いってきますのキスは?」
「しません。寮ではキスしないって言っただろ」
俺がそう言うと、大智はわかりやすくしょげた。
『キスはしない』は『恋人ごっこ』のルールだったけど、恋人になった今もオレの考えは変わらない。
もしキスをアリにしてしまったら、もっと先に進みたくなるに決まってる。
シャワーブースでした大智とのキスはすごく気持ち良かった。
その後も隠れて何度もキスをしたけど、回数を重ねるほどに気持ち良さも増していった。
もし寮でキスするようになったら、歯止めが利かなくなる自信があった。
「いってきますのハグにしよ」
「うん……」
大智が仕方ないなという表情でオレを抱き寄せる。
我慢させていることに申し訳なさを感じなくはないけれど、ケジメは必要だ。
キスじゃないことで大智に気持ちを伝えていければいいなと思った。
「ちょ、どこ触って」
「ハグだよ」
「そこ触らなくてもハグできるだろ!」
前言撤回。
朝から尻を揉むような恋人には愛情表現を小出しにすべし。
久しぶりの通常授業の四時間目は体育だった。
種目はサッカー。
四年に一度のサッカーの世界大会が始まるのに合わせてくれたらしい。
うちの学校の先生たちの、生徒がより興味を持つように授業をしてくれるところ、かなりいいと思う。
「最初はドリブルとリフティングでみんなのレベルを確認するぞ~」
サッカーは競技人口が結構多い。
幼稚園生でも出来るスポーツだし、必要な道具も多くない。
ボールの扱い方を見ていると「やっていただろうな」とわかるヤツは十人以上いいた。
俺たち一般クラスは二クラス合同で体育の授業をするから全部で約六十人。そのうち十二人が経験者だとしても二十パーセントがサッカー経験があることになる。
「うわ、佐野、なにそれ!」
サッカー未経験の木下がオレのリフティングを見て言った。
「アラウンド・ザ・ワールドっていう技」
小学校の頃に何度も練習してできるようになった技だけど、試合で使ったことはない。
次に踵でボールを高く上げて胸トラップで受けると、木下は初めてサッカーを見た子どものように喜んだ。
「え、なんで!? なんでそんなうまいの!?」
「中学までプロ選手目指してたんだよね」
「へえ! あ、だから央位と仲良くなったのか!」
そう言われて「うん」と答えた。
現役の時はお互い「知っているだけ」だったけど、オレがサッカー経験者だってことを隠していても大智と仲良くなれたのは、きっと同じスポーツをしていた経験があったからだと思う。
サッカーボールに触ったのは久しぶりなのにサッカーをする感覚は体が覚えていた。
サッカーをやめてもサッカーをやっていたことがなかったことになるわけじゃない。
そのことを感じて、ちょっとジンとしてしまった。
「ずっとやってなくても、そんな風にボールを動かせるのかあ……てことは、毎日やってる央位はもっと上手いの?」
「うん、悔しいけどそれはそう」
「ふうん」
授業の一番最後に試合形式をやった。
小原はキーパーだった。動きを見た感じ、現役時代もキーパーだったのだろうとわかった。
授業を終えて教室に戻ると、スマホに大智からメッセージが来ていた。
『俺もサッカーしたい』
どうやら教室の窓からオレたちの授業を見ていたらしい。
「佐野? なんで笑ってんの?」
「いや、大智から『俺もサッカーしたい』ってメッセージが来ててさ」
「毎日やってるのに!?」
「だよな。ちゃんと授業受けろって送っとく」
「はは! でも、そっかー、そんなにサッカーって楽しいんだなぁ」
「まあね」
「ちょっと興味湧いてきたかも。世界大会始まるし、ルールとか覚えてみようかな」
「いいんじゃん。オレ教えるよ?」
「教えてくれー!」
「それなら、サッカー部の練習見てみたらいいんじゃない?」
そう言ったのは小原だった。
「実際の試合を見ながらのほうがルール覚えられるだろうし」
小原からそんなことを言い出すとは意外だった。
別にサッカーをやっていたことを隠しているわけじゃないのかな。
でも、俺が木下に経験者だと明かした時、小原も近くにいたけど「オレも」とは言わなかった。
放課後、オレと小原と木下はサッカー部が練習しているグラウンドへと向かった。
グラウンドに下りるためのコンクリートの階段に腰を下ろして練習を眺めていたのだが……。
「全然サッカーしなくない?」
「うーん、だなぁ」
「高校サッカーはこんなに基礎練が長いんだな……知らなかった、ごめん」
サッカーの練習と言うと試合形式の練習がメインだと思われがちだ。
オレも小学校まではそうだった。
中学になってクラブチームに入ると試合形式の練習はとても短くて、基礎練だけで終わる日も珍しくなかった。
大智たちは入念に準備運動して、今はランニングをしている。ランニングと言っても修学旅行の朝練のようにそれぞれのペースで走るわけじゃない。武田の「先取!」に対して他の部員が「速攻!」と言い、この掛け声を繰り返しながら全員でペースを一定に保って走る。これが結構キツい。
グラウンドの中にマーカーコーンが用意されているので、ランニングのあとはドリブルを練習するのだろう。
「高校サッカーは、ってことは小原もサッカーやってたの?」
「小学校までだけどね。実は央位と同じチームだった」
「マジ!?」
オレは「知ってた」とは言わなかった。
もしかしたらオレが寮の部屋で大智にサッカーをしていたことを明かした時と同じぐらい、小原にとっては大事な一歩なのかもしれないと思ったからだ。
「央位ってやっぱ小学生の時からうまかったの?」
「ダントツでうまかったよ。でもコーチの話だと央位兄はさらに上手かったらしい」
「へえ」
オレも大智のお兄さんのことなら知っている。
というか、大智より兄の央位空良が先だった。
高校一年生にして超強豪校のレギュラーメンバーに選ばれ、サッカー雑誌でも取り上げられていた。
大智は最初、その央位空良の弟として注目された。
試合形式の練習が始まらなさそうだったので、オレたちはワークブックを鞄から出して、その場で宿題を終わらせることにした。
沖縄よりは低いけれど、外で座っていてちょうどいい気温だ。五月晴れの空から降り注ぐ陽光は夏ほど強くなくて、過ごしやすい。
お互いに苦手な教科を得意なやつに教えてもらいながら宿題をしていると、グラウンドからホイッスルの音が聞こえた。
ようやく試合形式の練習が始まるようだ。
それを見ながらオレと小原で木下にサッカーのルールを説明した。
「キーパー以外はボールを手で触ったらハンドになるんじゃないの? なんで今、武田はボールを手で持ってるん?」
「今、大智がゴールを決めただろ? そうしたら点を決められたチームからボールを蹴り始めるんだけど、センターサークルから始めなきゃいけないから、そこまでボールを運んでんの」
「ほおん」
木下はわかってるようなわかってないような相槌を打った。
「線から出たボールは手で投げるんだな?」
「そ。スローイン。ちなみに強豪校は全員五十メートル飛ばせるらしい」
「マジ? すご。そういえばうちのサッカー部って強いの?」
「一部だから強いよ……な?」
小原が俺を見るので、オレは頷き返して、宿題をするために開いていたノートの隅に五本線が入ったピラミッドを描いた。
「高校サッカーは地域ごとに全チームが六つのレベルに分かれてるんだけど、一番上はエンペラーリーグっていう」
それがミラミッドの頂点を含む三角形だ。
「強そうな名前だなあ」
「めちゃくちゃ強い。プロチームのユースチームの多くはここに属してる。で、その下は強い順に一部、二部、三部、四部、五部に分かれてて」
三角形のすぐ下の台形の部分をシャーペンの先端で指した。
「開久高校はここ」
「エンペラーの一個下ってこと? すげえじゃん! んで、佐野は?」
「え?」
「中学の頃、何部でやってたん?」
木下は無邪気にそう尋ねた。
「中学と高校じゃリーグの分け方が違うんだけど……オレのチームは四部だった」
「あ、うん、そっか」
「で、でも! 県選抜に選ばれたことがあって!」
「へえ。なんかすごいそうだな!」
「……す、すごい、かもしれない」
言い淀むオレを見て小原が「ちゃんとすごいから自信持てよ」と笑った。
そんな話をしていると急にボールが飛んできた。
「うわっ、いてっ」
木下は驚いてのけぞり階段に肘をぶつけ、その隣で小原がボールをキャッチした。
「朝陽ー!」
グラウンドから大智が大きく手を振った。
「はい、ご指名」
小原からボールを渡された俺は階段を下りてグラウンドに立つと、大智に向かって大きく蹴った。
膝にぐにゅっという変な感触があったけど痛みはなかった。
大智はオレが蹴ったボールを足で受け止め、またオレに向かって大きく手を振った。
「ありがとう、朝陽!」
「央位、集中しろ!」
武田が声を飛ばすも大智はまったく気にする様子はない。
本当にマイペースだなあ。
「なんでミッドフィルダーがボールを取りに来るかなあ」
「ミッドフィルダー?」
木下が首を傾げた。
「えっと、ポジションの名前」
「ゴールキーパーみたいな?」
「そうそう。今、相手のゴールの一番近くに南がいるだろ?」
「うん」
「あれがフォワード。チームの中で一番ゴールを狙えるポジションだ。ピッチの中央あたりにいる大智はミッドフィルダー」
「ふむふむ」
「で、キーパーをやってる藤井の近くに武田がいるだろ? あれがディフェンダー。守備の要だ」
「敵にゴールを決められないように守るってことだな」
「うん」
その他にもファールとかオフサイドとか色々なルールがあるけれど、世界大会を見るだけならこの程度の知識があれば大丈夫だ。もっと細かいことは試合中継の解説を聞けばわかるはずだ。
「世界大会も佐野たちと一緒に見られたらいいのになあ」
「今回は時差があるから朝早いよ。試合開始は五時だと思う」
「それはムリだ」
即座にノーと言うあたり本当に見るのか怪しいが、未経験者の木下がサッカーに興味を持ってくれただけでも十分嬉しかった。
一日の振替休日を挟んでいつも通りの学校が始まってしまうと、沖縄の名残を感じさせてくれるのは自分用に買ったちんすこうと日焼けの跡だけだった。
といっても、オレは焼けても肌が赤くなるだけなので、もうそんなに目立たない。
一方の大智は観光以外に朝練もあったから、しっかり焼けている。彫りが深すぎて両親のどちらかがブラジル人という噂が立っただけあって、日焼けがよく似合う。
「日焼けしたとこ、痛くなったりしないの?」
寮の部屋で朝の身支度をしながら尋ねると、大智は筋肉質な腕をさすりながら答えた。
「今回は大丈夫かな。そんなに暑くなかったし。夏の合宿だと痛くなることもあるよ」
「大智でも痛くなるのかあ……」
「朝陽は? 大丈夫?」
「うん。もうほぼ平気。サッカーやってたときよりは全然マシ」
恋人同士になってから、オレと大智は自然にサッカーの話をするようになった。
今のようにサッカーしていた時の話をすることもあれば、海外選手だと誰が好きとか、日本代表選手なら誰が好きとか、雑談の中にもサッカーに関する話題が増えた。
多分、これからもっと増えるだろう。
なんせ今年はサッカーの世界大会があるのだから。
「朝陽、そろそろ行こうか」
「うん」
玄関で靴を履いていると、大智がじっとこっちを見てきた。
朝練がなくて一緒に学校に行けるのが珍しいからかと思ったが、そうじゃなかった。
「いってきますのキスは?」
「しません。寮ではキスしないって言っただろ」
俺がそう言うと、大智はわかりやすくしょげた。
『キスはしない』は『恋人ごっこ』のルールだったけど、恋人になった今もオレの考えは変わらない。
もしキスをアリにしてしまったら、もっと先に進みたくなるに決まってる。
シャワーブースでした大智とのキスはすごく気持ち良かった。
その後も隠れて何度もキスをしたけど、回数を重ねるほどに気持ち良さも増していった。
もし寮でキスするようになったら、歯止めが利かなくなる自信があった。
「いってきますのハグにしよ」
「うん……」
大智が仕方ないなという表情でオレを抱き寄せる。
我慢させていることに申し訳なさを感じなくはないけれど、ケジメは必要だ。
キスじゃないことで大智に気持ちを伝えていければいいなと思った。
「ちょ、どこ触って」
「ハグだよ」
「そこ触らなくてもハグできるだろ!」
前言撤回。
朝から尻を揉むような恋人には愛情表現を小出しにすべし。
久しぶりの通常授業の四時間目は体育だった。
種目はサッカー。
四年に一度のサッカーの世界大会が始まるのに合わせてくれたらしい。
うちの学校の先生たちの、生徒がより興味を持つように授業をしてくれるところ、かなりいいと思う。
「最初はドリブルとリフティングでみんなのレベルを確認するぞ~」
サッカーは競技人口が結構多い。
幼稚園生でも出来るスポーツだし、必要な道具も多くない。
ボールの扱い方を見ていると「やっていただろうな」とわかるヤツは十人以上いいた。
俺たち一般クラスは二クラス合同で体育の授業をするから全部で約六十人。そのうち十二人が経験者だとしても二十パーセントがサッカー経験があることになる。
「うわ、佐野、なにそれ!」
サッカー未経験の木下がオレのリフティングを見て言った。
「アラウンド・ザ・ワールドっていう技」
小学校の頃に何度も練習してできるようになった技だけど、試合で使ったことはない。
次に踵でボールを高く上げて胸トラップで受けると、木下は初めてサッカーを見た子どものように喜んだ。
「え、なんで!? なんでそんなうまいの!?」
「中学までプロ選手目指してたんだよね」
「へえ! あ、だから央位と仲良くなったのか!」
そう言われて「うん」と答えた。
現役の時はお互い「知っているだけ」だったけど、オレがサッカー経験者だってことを隠していても大智と仲良くなれたのは、きっと同じスポーツをしていた経験があったからだと思う。
サッカーボールに触ったのは久しぶりなのにサッカーをする感覚は体が覚えていた。
サッカーをやめてもサッカーをやっていたことがなかったことになるわけじゃない。
そのことを感じて、ちょっとジンとしてしまった。
「ずっとやってなくても、そんな風にボールを動かせるのかあ……てことは、毎日やってる央位はもっと上手いの?」
「うん、悔しいけどそれはそう」
「ふうん」
授業の一番最後に試合形式をやった。
小原はキーパーだった。動きを見た感じ、現役時代もキーパーだったのだろうとわかった。
授業を終えて教室に戻ると、スマホに大智からメッセージが来ていた。
『俺もサッカーしたい』
どうやら教室の窓からオレたちの授業を見ていたらしい。
「佐野? なんで笑ってんの?」
「いや、大智から『俺もサッカーしたい』ってメッセージが来ててさ」
「毎日やってるのに!?」
「だよな。ちゃんと授業受けろって送っとく」
「はは! でも、そっかー、そんなにサッカーって楽しいんだなぁ」
「まあね」
「ちょっと興味湧いてきたかも。世界大会始まるし、ルールとか覚えてみようかな」
「いいんじゃん。オレ教えるよ?」
「教えてくれー!」
「それなら、サッカー部の練習見てみたらいいんじゃない?」
そう言ったのは小原だった。
「実際の試合を見ながらのほうがルール覚えられるだろうし」
小原からそんなことを言い出すとは意外だった。
別にサッカーをやっていたことを隠しているわけじゃないのかな。
でも、俺が木下に経験者だと明かした時、小原も近くにいたけど「オレも」とは言わなかった。
放課後、オレと小原と木下はサッカー部が練習しているグラウンドへと向かった。
グラウンドに下りるためのコンクリートの階段に腰を下ろして練習を眺めていたのだが……。
「全然サッカーしなくない?」
「うーん、だなぁ」
「高校サッカーはこんなに基礎練が長いんだな……知らなかった、ごめん」
サッカーの練習と言うと試合形式の練習がメインだと思われがちだ。
オレも小学校まではそうだった。
中学になってクラブチームに入ると試合形式の練習はとても短くて、基礎練だけで終わる日も珍しくなかった。
大智たちは入念に準備運動して、今はランニングをしている。ランニングと言っても修学旅行の朝練のようにそれぞれのペースで走るわけじゃない。武田の「先取!」に対して他の部員が「速攻!」と言い、この掛け声を繰り返しながら全員でペースを一定に保って走る。これが結構キツい。
グラウンドの中にマーカーコーンが用意されているので、ランニングのあとはドリブルを練習するのだろう。
「高校サッカーは、ってことは小原もサッカーやってたの?」
「小学校までだけどね。実は央位と同じチームだった」
「マジ!?」
オレは「知ってた」とは言わなかった。
もしかしたらオレが寮の部屋で大智にサッカーをしていたことを明かした時と同じぐらい、小原にとっては大事な一歩なのかもしれないと思ったからだ。
「央位ってやっぱ小学生の時からうまかったの?」
「ダントツでうまかったよ。でもコーチの話だと央位兄はさらに上手かったらしい」
「へえ」
オレも大智のお兄さんのことなら知っている。
というか、大智より兄の央位空良が先だった。
高校一年生にして超強豪校のレギュラーメンバーに選ばれ、サッカー雑誌でも取り上げられていた。
大智は最初、その央位空良の弟として注目された。
試合形式の練習が始まらなさそうだったので、オレたちはワークブックを鞄から出して、その場で宿題を終わらせることにした。
沖縄よりは低いけれど、外で座っていてちょうどいい気温だ。五月晴れの空から降り注ぐ陽光は夏ほど強くなくて、過ごしやすい。
お互いに苦手な教科を得意なやつに教えてもらいながら宿題をしていると、グラウンドからホイッスルの音が聞こえた。
ようやく試合形式の練習が始まるようだ。
それを見ながらオレと小原で木下にサッカーのルールを説明した。
「キーパー以外はボールを手で触ったらハンドになるんじゃないの? なんで今、武田はボールを手で持ってるん?」
「今、大智がゴールを決めただろ? そうしたら点を決められたチームからボールを蹴り始めるんだけど、センターサークルから始めなきゃいけないから、そこまでボールを運んでんの」
「ほおん」
木下はわかってるようなわかってないような相槌を打った。
「線から出たボールは手で投げるんだな?」
「そ。スローイン。ちなみに強豪校は全員五十メートル飛ばせるらしい」
「マジ? すご。そういえばうちのサッカー部って強いの?」
「一部だから強いよ……な?」
小原が俺を見るので、オレは頷き返して、宿題をするために開いていたノートの隅に五本線が入ったピラミッドを描いた。
「高校サッカーは地域ごとに全チームが六つのレベルに分かれてるんだけど、一番上はエンペラーリーグっていう」
それがミラミッドの頂点を含む三角形だ。
「強そうな名前だなあ」
「めちゃくちゃ強い。プロチームのユースチームの多くはここに属してる。で、その下は強い順に一部、二部、三部、四部、五部に分かれてて」
三角形のすぐ下の台形の部分をシャーペンの先端で指した。
「開久高校はここ」
「エンペラーの一個下ってこと? すげえじゃん! んで、佐野は?」
「え?」
「中学の頃、何部でやってたん?」
木下は無邪気にそう尋ねた。
「中学と高校じゃリーグの分け方が違うんだけど……オレのチームは四部だった」
「あ、うん、そっか」
「で、でも! 県選抜に選ばれたことがあって!」
「へえ。なんかすごいそうだな!」
「……す、すごい、かもしれない」
言い淀むオレを見て小原が「ちゃんとすごいから自信持てよ」と笑った。
そんな話をしていると急にボールが飛んできた。
「うわっ、いてっ」
木下は驚いてのけぞり階段に肘をぶつけ、その隣で小原がボールをキャッチした。
「朝陽ー!」
グラウンドから大智が大きく手を振った。
「はい、ご指名」
小原からボールを渡された俺は階段を下りてグラウンドに立つと、大智に向かって大きく蹴った。
膝にぐにゅっという変な感触があったけど痛みはなかった。
大智はオレが蹴ったボールを足で受け止め、またオレに向かって大きく手を振った。
「ありがとう、朝陽!」
「央位、集中しろ!」
武田が声を飛ばすも大智はまったく気にする様子はない。
本当にマイペースだなあ。
「なんでミッドフィルダーがボールを取りに来るかなあ」
「ミッドフィルダー?」
木下が首を傾げた。
「えっと、ポジションの名前」
「ゴールキーパーみたいな?」
「そうそう。今、相手のゴールの一番近くに南がいるだろ?」
「うん」
「あれがフォワード。チームの中で一番ゴールを狙えるポジションだ。ピッチの中央あたりにいる大智はミッドフィルダー」
「ふむふむ」
「で、キーパーをやってる藤井の近くに武田がいるだろ? あれがディフェンダー。守備の要だ」
「敵にゴールを決められないように守るってことだな」
「うん」
その他にもファールとかオフサイドとか色々なルールがあるけれど、世界大会を見るだけならこの程度の知識があれば大丈夫だ。もっと細かいことは試合中継の解説を聞けばわかるはずだ。
「世界大会も佐野たちと一緒に見られたらいいのになあ」
「今回は時差があるから朝早いよ。試合開始は五時だと思う」
「それはムリだ」
即座にノーと言うあたり本当に見るのか怪しいが、未経験者の木下がサッカーに興味を持ってくれただけでも十分嬉しかった。
